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最悪だ。
大怪我をする事よりも。
男子生徒から痛い視線を送られるよりも。
家というプライベートを壊される事が、嫌だ。
その宣言に、思考が止まる。
その間にも、あのチビは家の扉を次々と開けていった。
「狭いわね──」
色々物色した後、こう言い放つ。
「……お前。一応ここ家族向けの寮なんだが」
持て余していた数々の部屋。
その殆どは、埃だらけだ。
「アンタの家政婦、仕事サボってるんじゃないの?」
「──は?」
「何よ」
家政婦?
今、その単語が出てくる理由がわからない。
「何だかよく知らんが、俺は今から掃除を始めるんだ。邪魔するなら帰ってくれ──」
「いや」
端的に、即答。
「じゃあ……せめて、邪魔にならない所に居てくれ」
「いやよ」
またもや、即答。
「お前はイヤイヤ期か!」
思わず、そう突っ込んでしまった。
「はぁ。じゃあ適当に座っててくれ……」
諦めた。
多分、何を言っても聞く耳を持たないだろう。
だが、一応客人だ。
棚から粉を引っ張り出し、コップへ。
お湯を入れ、混ぜる。
そしてノアの元へ。
「……なにこれ」
ノアの前に置くと、予想外の反応だった。
「ただの緑茶だ」
「何でお茶出したの」
「は? まぁ……一応、何も出さないってのは、アレだろ?」
「アレ?」
どうでも良い事で、質問してくる。
だが、世良は勝手にその意味を汲み取った。
「──そんなに、嫌だったか? 緑茶。いや、人から出された飲み物が」
戦闘科では、飲み物にバレないように毒物を入れる訓練をやっている。
きっと疑っているのかもしれない。
「……別に」
予想とは反して、あっさりと緑茶を飲んだ。
その時、ノアが一瞬だけ微笑んだ気がした。
「とりあえず、粗茶で我慢してくれ。俺は今から、やらなくちゃいけない事がある」
世良は、ようやく家事を始める。
「あのさ。さっきから何やってんの?」
突然、ノアが意味不明な質問をしてくる。
「何って──? 皿を洗ってるだけだが」
「……?」
ノアの目が『何言ってるの』と言っている気がする。
それはこっちのセリフだ。
「アンタってやっぱ変ね」
「急に何だよ」
「自分がやらなくていい事を、率先してやっているんだから」
やらなくていい事?
──皿洗いが?
「趣味っていうなら、納得できるけど」
そういう事か。
今、完全に理解した。
話が噛み合わなかった理由、それはノアが──良いとこのお嬢様だからだ。
きっと家事なんて、全部家政婦がやっていたのだろう。
今の光景が、ノアにとって不思議に思うのも無理はない。
「バカを言うな。庶民ってのは、家事を全部1人でやるんだ。1時間、2時間かけてな」
「──そう」
帰ってきた返答は、それだけだった。
その瞬間だった。
──痛。
右手に何かが突き刺さったような感覚。
見てみると、円皿の右部分がバラバラになって壊れていた。
ガラスだった為に、破片が右手に突き刺さっている。
──力を抜いていたハズだったのに。
どうしてだ。
そんな疑問だけが残る。
きっと、古くなっていたからかも。
そう、深く考えはしない。
だが、世良が皿を割った光景を──ノアはただ、じっくりと見ていた。




