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踏み込んだ瞬間、世界の輪郭が歪んだ。
音を置き去り、衝撃波のようなものが目の前を包んでいる。
気づけば──もうフード男の背後にいた。
世良の意識を無視して振るわれる、黒く磨かれたナイフ。
それは、間違いなく奴の首元まで迫った。
だが、皮一枚で避けられる。
その時、凄まじい反応速度で避けたアイツの動きが手に取るように分かった。
まるでスローモーションのように。
一つ一つの動きが理解できる。
突如、反撃の一刀を視界に収める。
重いナイフを受け止め、カウンター。
首、胴、膝、甲。
上から下まで、狙いを定める。
奴の対応は、下へ行くほど僅かに遅れた。
そして──遂に捉えた。
黒刃の切先が奴の末端を切る。
浅い。
だが、確実に与えた。
嵐のような斬り合い。
互いの間に隙間は無い。
斬撃が飛び交う最中。
世良は、考えなかった。
ただ、刃を振るった。
突然、衝撃が走る。
腹部への痛み。
フード男の右フックが腹部にめり込んでいた。
次の瞬間──吹き飛ぶ。
その矢先、突然に世界の輪郭を認識する。
すると、さっきまでの感覚が嘘のように消えた。
──どうして。
世良は荒い息を吐きながら、理解できない違和感を噛み締めていた。
これはいつもの魔龍化じゃない。
俺の知る限り、魔龍化は──大量の血を流したときだけのはずだった。
傷一つ付いていないのに、一瞬だけ覚醒した。
理由は、さっぱり分からない。
吹き飛んだことにより、距離が開いた。
フード男の呼吸は一切乱れてはいない。
激しい戦闘を繰り広げたばかりだというのに。
だが、世良へ向けられる視線は──明らかに変わっていた。
対して、世良はその視線に焦っている。
これ以上の戦闘続行は不可能。
通常の自分が結衣を守りながら戦う。
さっきの力は、もう戻らない。
そんな事は嫌というほど理解していた。
フード男は、こちらの様子を伺っている。
品定めをしているかのように、じっくりと。
その時だった。
さっきまでの殺気が、突然無くなった。
予想外。
今の一瞬。
確かに、こちらの領域に踏み込んできた。
何者だ。
フード男の視線に、迷いが生じる。
それが、疑念なのか、興味なのか──世良には分からない。
風が、止まった。
「やめだ」
奴は、短くそう言い放った。
奴の目的は達成されていない。
だが、それよりも重要性があるものを見つけていた。
「面白いものを見れた──」
ナイフを下げ、僅かに体勢を崩す。
その佇まいに、一切の隙はない。
しかしそれは、戦闘の終わりを告げていた。
「待てよ! お前は一体──」
世良がそう声を出した瞬間──熱。
周囲の温度が急激に上がった。
「ほう……」
楽しそうにフード男はニヤける。
空高く舞い上がった炎の神。
炎神が、空から現れた。
炎を全身に纏い、フード男めがけて落ちてくる。
まるで、隕石のように。
豪快に着地。
燃え盛る炎から出てきたのは、赤毛の少女。
──赤瀬ノアだった。
「ノア──!」
「遅れた──どういう状況、あんた説明しなさい」
いきなり登場からの世良への横暴な態度。
しかし同時に、安心感もある。
それはSランクの実力者が、この場にいる事だ。
結衣へ一瞬だけ、視線を送る。
深い傷だが、致命傷ではない。
しかし、まだ倒れたままだった。
「謎の男が、結衣を狙っていた。結構傷が深い。ギリギリで割り込んだけど、アイツは相当強い」
出来るだけ簡潔に答える。
連携には必須の技術だ。
「分かった。どうやら今のでもやられてないみたいだし、手強い相手かもね」
ノアは、フード男の気配を感じ取る。
間違いなく、炎の中にいる。
しかし、炎が晴れたその時には──男の姿は気配と共に消えていた。
残されたのは、切り裂かれた地面と焼け焦げたコンクリート。
そして、異常な沈黙だけだった。




