終・やっぱり変わらず、お前は馬鹿だよ
本来、雫は入院していればもう少しは生きて居られたらしい。心臓移植が、拡張型心筋症の根本的な治療となるが雫の体にそれは難しいらしく。なんもない病院生活で延命するくらいなら自由に短い時間を生きたい。そう、雫本人が入院を断固と拒否し、半ば逃げ出すように親を説得して転校してきたようだった。
(って、聞いたが。知るかよ。俺はお前に生きてて欲しいんだ。少しでも、長く。)
病気について聞いた日曜日、俺はすぐに近くの病院に雫に入院しろと説得、いやもはや命令に近い言葉をぶつけた。家の様子から、入院を拒んでいたとはいえ病院自体には通っていたことはわかっていた。今からでも、1日でも長く生きてくれと、土下座をする勢いでお願いしたんだ。すると、雫はある一つの条件を出してから、入院してくれた。
俺は、その条件を呑んだから今ここにいる。
月曜日・放課後 病院
「すいません、高野雫の病室はどこですか。」
「お名前だけ聞いてもよろしいでしょうか。」
「飛ケ谷燐です。」
「飛ケ谷さん。お話は聞いています。高野さんの病室は404号室です。」
「わかりました。ありがとうございます。」
雫の出した条件は、毎日必ずお見舞いに来ること。それを聞いたとき拍子抜けしたもんだ、そんなの条件にならない。当たり前のことだって。俺が来るだけで、雫が入院してくれるなら、苦しみを少しでも緩和して、無理なく…余生を過ごせるなら。
願ってもなかった。
(…人いないな。)
病院の廊下は暗く、人が見当たらなかった。天井から流れ出ている淡いだけが、辺りを照らす。奥の方に看護師さんが一人、見えるくらい。学校から家に荷物置いて、すぐに歩いてきたのだがもう日は暮れてしまっていて。学校を休んでやろうかと思ったが、それはそれで雫に怒られそうだと、やめておいた。
「404、ここか。」
ノックを三度、コンコンコンと繰り返す。すぐに「どうぞ。」と、アイツらしくない真面目な声が返って来た。
「失礼します。」
「あ!せんぱ…ごほっ。」
「あんま大きな声を出すなよ。」
「先輩…来てくれたんですね。」
「そういう約束だろ。」
個室の病室に、点滴をつけた雫がベッドの上で横になっていた。付近には心電図やいくつかのチューブが、絡まないようまっすぐ引かれてある。近くの机の上には薬や、誰かが来たのだろう。お菓子やフルーツが置かれてあった。
「ここ置いといていいか。お菓子。」
「ありがとうございます。…そんなに積み上げられちゃって。どうせ、食べられないのに。」
「…。」
雫は入院しても、変わらず雫ではあった。なのに、俺の目に映る彼女は、少ない記憶の中の彼女とは何かが違って。目が虚ろなのか、顔色が悪いのか。ただ違和感だけが頭の中を周回している。
「座りますか?わざわざ歩いてきてくれたのなら、疲れてるでしょうし。」
(俺の心配をするな。)
「…いや、いい。立ってる。」
「そう、ですか。」
当然訪れた、静寂の中、雫はそわそわと毛布の上で両手をいじいじと動かし続ける。俺は視界の端にそんな様子を見ながら、壁にもたれかけて病室の床を眺める。何を話せばいいのか、わからなかったわけではない。慰めを言うつもりもない。「大丈夫」「なんとかなる。」「希望を捨てるな。」
どれもが雫にとって毒であることを、俺は知っている。だから、こういうときは。いやこういう時だからこそ。いつものように、俺は文句を、後輩にぶつけるのだ。
「嘘、つきやがって。」
「え…。」
「『冬にやりたいこと三つ』、じゃないよな。…『人生でやり残したこと三つ』、だろ。」
「あー…まぁ。はい。そうですね。」
そもそも一つ目の願い事からおかしかった。雪一面が広がってロクに見えないこの時期に、『海の見える学校に転校したい』。それは冬にやりたいことだったんじゃなくて、人生を通して、行ってみたい場所だったから。
そんな彼女の嘘を追求したから、何になるという訳でもないのに。
俺は、その意思を止められなかった。喧嘩したかったのかもしれない。雫の事を嫌いになって、サヨナラできれば。まだマシになれると思ったんだ。きっと。
なのに、雫は困ったような笑顔で、そんな俺すら包み込むように…
殴り返してくる。
「でも、先輩も嘘つきじゃないですか。」
「…なんでだ。」
「名前。燐じゃないでしょう。」
「…。」
(やっぱり…気づいてた。コイツ。)
俺は散々、こいつを馬鹿だと思ってきたが。そのバカさに不審も感じていた。言葉の節々に知性を感じるというか…なんというか。
乗り掛かった舟だとか、嗜み、だとか。
あり得ない間違え方な気がしたんだ。
そんな間違え方をする人間が。
一人で、病気なのに。あの家で耐えることができるのか。
ほぼ勘に近い考察……だが。高野雫は、多分。馬鹿じゃない。
「……何言ってんだ。俺は飛ケ谷燐だよ。母さんも俺の事リンちゃんって。」
「読みはあってるんでしょう。…でも、違う漢字なんじゃないですか。」
「いつ、気づいた。」
「最初からですよ。『燐』という名前は日本の『常用漢字』と『人名用漢字』のどちらにも含まれていない言葉です。戸籍上に、登録できないはずなんです。」
「…。」
「加えて、燐という名前は少し不吉…ですよね。燐火とか、幽霊ですし。先輩のお母さん、優しそうな方でした。そんな方が、不吉な名をつけるとも思えませんしね。」
「はぁ……そうだ。その通りだよ。俺は燐じゃない。…凛。凛としている、の凛だ。」
ある日から、俺は凛ではなれなくなっていた。
燐として、嘘をつく人間になったんだ。
「そうでしたか。…でもなんで、わざわざ変えていたんですか?」
「それは……教えない。」
「えぇえええー!!?あーないっすわー先輩。そこまできて……うわー。もう後先短いのに、私。」
「おいそれだすのズルいだろ!お前だって嘘ついてたんだからお相子だろうが。」
「こんなこと初対面で言ったら変人じゃないっすか。」
「冬に夏らしい事やり出す方がよっぽど変人だわ。」
俺たちは病室でも変わらず、言い合って。笑った。窓の外では雪が降っていたが、中は、暖かかった。暖房がついているだけじゃないと、そう思える。
「…で、なんですか。」
「しつこいやつだな。……じゃあ雫、お前もう俺になんも隠し事してないな?」
(全部言いきっているなら、まだ隠してる俺の方が悪い……気がする。)
「かくしごと……。あ。」
「あんのかよ。」
「夏休み補習まみれで何もできないって、言いましたよね私。」
「言ってたな。だから冬に返上するんだって。」
「補習まみれって、嘘なんです。ずっと、病室から出れなかっただけで。本、沢山読みました。必要もないのに…勉強までして。私このまま病室で一人静かに死んでいくんだって。そう思ったらムカついてきて。」
そこから先を言葉にはしてこなかった。先輩ならわかりますよね、とでも言いたげな目を見て、俺も黙って頷いた。
(一人、知らない土地に逃げたのか。)
「ほら、言いましたよ。これで全部です。もう嘘はありません。……なんで先輩は、燐じゃなくて凛ちゃんだったんですか。」
「……妹がな。可愛い名前って、からかい気味に、だけど思い出すようによく言ってくれてたんだ。お兄ちゃんの名前、好き。ってな。」
「!!……ヒナタちゃん、でしたっけ。」
一瞬、雫は驚いたような表情を見せたがすぐに眉を下げる。
「あぁ。……ヒナタが死んでから、俺は自分の名前を思い浮かべる度に、紙に書く度に。名前を、呼ばれるたびに。……あの子の事を思い出すんだ。それが、辛かった。一時期不登校にだってなったんだぜ。」
「なはは、不良、ですね。」
「そうだな。不良だった。だけどそのままじゃダメだって、名前を少し、変えたんだ。それが理由。シンプルだろ。」
燐としてなら、誰とでも話せた。紙にも書けた。仮面を被れば、何も見えなくなるから。だけど。
「…今思えば。」
「…?」
「雫と話すときは、ちゃんと本名の、凛として接してたのかもしれない。一度も俺の事、名前で呼ばなかっただろ。」
だから嘘をつけなかったんだ。『凛』を褒めてくれた、妹に似ていたのも含めて。
「そりゃ、先輩ですし。精々呼んでも苗字ですからね。………あぁ。あー…。」
「雫…?」
「……いつか、名前で呼びたかった…です。」
未来を見据えてしまったからか、雫は両手で顔を隠した。
「死にたく…ないです。先輩。」
「…。」
(むしろなんで、今まで、言わなかった。)
きっと、喉のすぐそこまで出かかっていたんだろう。今に至る話じゃない、もっと前から、弱音を吐きたくてたまらなかったはずなんだ。こんな小さな女の子が、ため込めるような重たさじゃない。
(こんな、優しくて、可愛くて…こんな良い子が、なんで死ななきゃいけないんだ。)
その時ようやく、寄りかかっていた俺の体は起き上がり雫の傍まで行って、手を重ねた。するっと小さなあったかい手のひらは抜け出して、俺の手の甲に乗っかってくる。世の不条理を、二人で掲げるように。
「うっ…ううっ…。」
隠しきれていない涙が、頬を伝っていく。
瞬間、あのウワサを思い出す。
『死に直面した人が、自分の涙を他の誰かに飲ませると願いが叶う』
賭ける言葉を、見つけた。
「…。」
「んっ…どうしました。先輩。」
俺は黙って、雫の頬を指ですくった。涙を、指先に。
「…知ってるか。雫。『死に際の涙』って、噂。」
「あ…。ふふっ、良いっすね。私そういうの、好きっすよ。そうですねぇ、何を願いましょうか。」
雫は困ったように、でも意気揚々と右手を顎に当てて考えるような仕草をしだした。正直笑ってくれただけで俺にとっての願いは叶ったようなもんだが。それでも、高望みをする。
「俺はまだ、お前に生きていてほしい。」
「…!」
「やりたいこと、まだまだあるだろ。夏らしいことは、夏にやろうぜ。一緒に、俺と。」
「…はい。やりたいです。先輩と…山登りとか、海水浴とか。…今日ずっと、考えてました。まだ生きられてたら、普通の女の子だったら。何してたのかなって。」
そのか細い、虚しい空想を…根も葉もない眉唾の噂に任せる。
我ながら滑稽だ。自分自身がそういうの、一番嫌っていたはずなのに。
…違うな。嫌っていたのは燐だ。凛は、妹のどんな無茶な願い事でもかなえてやりたくなる、ただの兄。
「なら、願ってくれ。雫の為にも、俺の為にも。」
「…はい。」
そうして、俺は雫の涙で湿った指先に舌を乗せた。
雫は目を閉じて、自らの病気を治すよう願う。
「なんか、恥ずかしいっすね…へへ。」
「しょっぱい。」
「ロマンないっすねぇ先輩。そこはもっとほら、甘いとかさぁ。」
「病気だろ涙が甘かったら。」
「実際病気っすから。」
「ツッコめねぇからやめれ。」
実際はしょっぱいというより、夏の味覚が思い出された。海水の、塩辛さを感じ取る。雫は海水に、触れた事すらないかもしれないのに。
「てかちゃんと願い事したのか。長生きするって。」
「しました。ちゃんと。私の一番の願い事。先輩も喜んでくれます。」
「ならだいじょ…
(大丈夫じゃない。バカげてる。所詮噂。)
うるさい。馬鹿はお前だ。
「………大丈夫だ。夏になったら、まず何したい?」
「そりゃ肝試しっすよ。結局できなかったですから。」
「夏の始まりが肝試しってのも変な気がするが…まぁいいのか。…うわ、もうこんな時間かよ。」
気付けば時計の針はまぁまぁ良い時間を指していた。
「え、あ!すいません長話を…。」
「明日もこれくらいの時間までいるよ。どうせ暇だしな。」
流石にそろそろ帰らなければ母さんを不安にさせてしまう。
「じゃあ、明日また。」
「おう。あ、そうだ。」
「どうかしましたか?」
「願い事三つ目、考えたか?」
「あぁ、そういえば。」
雫のやり残したこと。
一つは海の見える学校に転校すること
二つ目は夏っぽい事をすること。
だが最後の三つ目は思いついていなかったと、雫は言っていた。
「まぁ、思いついてなかったってのも、嘘ですけどね。」
「なんなんだよお前は…。」
(こいつ、俺なんかより飛んだ嘘つきじゃねぇか)
「なはは。…だってほら、全部叶ったら、やり残したことなくなっちゃうんですよ?もう、死ぬことしか待ってないみたいじゃないっすか。」
(どうしてそう…なんとも言いにくいことをさらっと言うんだ。)
どうせなら悔いなく、と思ったから言ったのだが…よくよく考えればもう大丈夫なんだ。もう雫は死なないんだから。明日も、来月も、来年も。
雫は日差しの下に生きていける。
「でも一応考えておきます。もう死にませんし!」
「だな。その意気だ。じゃ、帰るよ。」
「はい。ありがとうございました。」
病室の扉を閉め、俺は外へと向かう。話では、この後雫のお母さんが来てくれるらしい。流石に娘が入院したというなら駆け付けるのは普通だろう。むしろ今まで良く娘の暴走を許していたもんだ。
(でもまぁ、ヒナタもよく母さんたちにわがまま言ってたっけ。)
なんだかんだ一理ある意見だから二人ともしぶしぶ飲み込んでいたのを思い出して、ふと、安心した。
(もう俺)、ヒナタのこと思い出しても…問題なくなってる。
燐は、いつの間にか心のどこかしらで消えていた。高野雫という女の子の涙に、浄化されたのかもしれない。
寒さなんか気にならない、心の暖かさが帰路を一緒に辿ってくれた。
・・・
病室、一人の余命いくばくもない少女が、曇り空を眺め、呟いた。
「先輩が、女の子だったら。…まだ生きられたのかな。」
残念ながら、《《転校前に思いついていた三つ目の願い事》》は、叶ってしまっていた。先輩がいなくなっても収まらない胸の高まりと、少し暖かく紅に染まっているであろう頬がその証拠だ。
「…なんだよぅ。なんであの人、あんな…かっこいいんだよぅ。」
布団を握りしめる両手は、力なく、だけど。
ぎゅっと、限りなく握られていた。
泣きそうになる目を抑え、また窓の空へと視界を移す。
「きっと綺麗なんだろうな。」
・・・
次の日のお昼時、高野雫がこの世を去った。
学校から帰ってくると、俺のスマホに雫からの不在着信が来ていた。取ってみると、出てきたのは知らない女性の声。雫のお母さんからだった。
伝えられた内容は、耳を塞ぎたくなるような内容で。
俺が一人お弁当を食べてるくらいに、目を覚まさなくなったと聞かされた。
[雫から、昨夜聞いてね。…もしものことがあったら、男の子に。飛ケ谷凛って人に伝えてほしいって言われてて。…良かったら今から会えないかしら。聞きたいことが多すぎて。]
「…すいません、今はちょっと。一人に、なりたいんですが。」
そういうと雫のお母さんは重たく「そうね」と返しくれて、そこで通話は終わった。
「…母さん、ちょっと外出てくる。」
「夕飯もうできるわよ?」
返事はしないで、俺は家を出た。
ダウンジャケット一枚羽織って、乱暴に玄関の扉を開き、夜へと足を踏み入れた。
「…寒いな。」
行く当てもなく歩く、冬の夜道は寒くて。ポケットの中の手袋を探して、雫に貸したことを思い出す。
仕方ないのでそのままポケットの中に手を突っ込んで、歩いた。
茫然とした頭の中、彼女の言葉が思い出された。
【余命、一週間切ってます】
俺が雫に会ったのは、金曜日。あれから今日まで四日ほどしか経っていない。予想だが、多分その余命というのは、雫が入院していた時に聞かされたものだろう。しかしすでに、その医療関係が整っていないまま、雫は出鱈目な食生活を過ごしていた。お昼をおにぎり二つだけで済まし、挙句の果てには、たい焼きに、かき氷、瓶ラムネ。うちでの夕飯も吐いていた。
もしかしたら出会ってた時すでに、生きていたこと自体奇跡だったのかもしれない。
昨日、最後話せたことが、運命のいたずらだったんじゃないか。
「…あれ、ここ…。学校か。」
気付けば学校についていた。街灯が点々と世界を照らしていて、俺は海を眺めるように、立ち尽くした。
「…俺で良かったのかよ。雫。遊び相手、後悔してないか。」
雪は降らず、むしろ星がきらりと見える、気持ちの良い夜だった。
だが、次の瞬間。俺は鳥肌を立ててしまう。寒いからじゃない。
ひゅん、と。暗闇を一点の光が、気づく頃には消えていく。
「…あ、流れ星。…まただ。また、あそこも………………
え…?
これって
…流星群?
直近のふたご座流星群でも、12月のはず。今はもう1月の末だ。
「嘘だろ、そんな時期じゃ……ない。」
『死に直面した人が、自分の涙を他の誰かに飲ませると願いが叶う』
「まさか、アイツ。…願い事、これ。流星群、を?」
あり得ないんだ。今流星群が降る事にも、だが。
雫が、そう願うこと、あり得ない。
「…わかってたのか。」
明日自分が死ぬこと。奇跡を願っても、所詮容赦なく現実に潰され、終わること。
わかっていた。自分がもう、助からない事。
それなら、先輩を、俺を喜ばせるような願い事にしよう。
そう…思ったんだ。アイツは。
「なに…してんだよ…。ばか、あほ…。」
どうして俺の願いを優先したんだ。もう、ヒナタはいないんだぞ。
「は、はは…。やっぱり変わらず、お前は馬鹿だよ。」
生きていたかったんじゃないのか。死にたくなかったんじゃないのか。
嘘つきめ。
やりたいこと、まだまだいっぱい…海水浴、山登り、肝試し。
あったじゃんか。あったんだろ?
「三つ目も、結局わからなかった…。叶えてやれなかった…。……ごめん、しずく。……ごめんなぁっ……うっ、ああああぁ…。」
俺はしゃがみ、顔を覆い隠すように両手を開いて、嘆いた。思い出の中の彼女の笑顔がしんしんと積もる雪のように頭を埋め尽くす。
一緒に笑った、一緒に悲しんだ、一緒に驚いた、短く濃厚な思い出が。
流星群が流れる度に、溶けて、冷たい水になって。
雫の事で、頭がいっぱいになった。
もう、自分がどんな表情をしているのかわからない。
流星群が見れて、妹へ笑顔を向けるべきか。
しずくは馬鹿だと、自分を優先しろと怒るべきなのか。
これが彼女を弔う星かと、悲しむべきか。
「…しぬなよばか」
ふと、雫が頬を伝った。雨が降ってきたようだった。
雨が口の中にすっと入ってくる。不思議なことに、海水みたいな味だった。
「…はぁ。」
俺は無情にも流れ続ける流れ星に、願い事をする
「彼女の三つ目の願いが、叶いますように。」
すでに何もかも、手遅れだというのに。俺は、願わずにはいられなかった。
君と過ごした夏のような冬が、一面に広がるこの雪と一緒に、消えてなくなるような気がした。
その夜、俺は流星群が降りやむまで、海を見続けた。
「………妹みたいに、思ってたよ。雫。」
最後にそれだけ、アイツに、呟いた。
カクヨム版から、数文字追加しています。




