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2・冬の寒さ+花火の熱=青春

 

 意思の天秤は圧倒的に否定側だった。こういうのと関わるとろくなことがない。まだ15年しか生きていないこの身でも、今コイツに賛同すれば後悔する事になると勘でわかる。


(断ろう。こいつには申し訳ないが…遊ぶなら年上でしかも異性である俺じゃなく、同年代の女子との方がマシなはずだしな。)


「………まぁいいだろ。ヒマつぶしだ。どうせ他の友は受験勉強でやることなかったしな。」

「本当ですか!!先輩やっぱ神っすね!」

「おこがましいだろ、人間様が神なんかになれるかよ。」


 ウソだった。否定的な意思があることは嘘ではない。ただ天秤は圧倒的に、コイツへと偏っている。時には自分にだって嘘を吐く。だが…あの子に似てるコイツに、嘘を突き通すことができなかった。見た目だけじゃなく性格まで近しい所がある。


(つくづく、俺は甘い兄だ。)


「それじゃ先輩、さっそく花火ができるとこへ!」

「今から行くのはだるい。」

「人を喜ばせといてそれはないっす…。今から行けばほら、時間丁度いいじゃないですか。」

「何のだよ。」


 高野は置いていた鞄を持ち上げて、埃の舞う教室から引きはがすようにその鞄をぽんぽんと払いながら言った。


「花火のゴールデンタイム、真夜中です!」

「…一理ある。」

「あれ、意外っす。またダルいって言われるかと…。」

「暇つぶしとは言え、疲れるのはダルいってことだ。さっさとお前の願い事全部叶えて、ゲームに戻った方が労力は減るって寸法だ。」

「…先輩馬鹿っすね。」

「帰ろうかな。」

「あーちょっとすいませんでした私が悪かったです先輩天才!!」


(都合のいい言葉ならべやがって、ったく。)


 空き教室の扉を開き、そいつを手招きする。


「おら、行くんだろ。花火。」

「先輩!最高っす、ふぅ!」

「うっさい。」


 ソイツはまるで餌を与えられた犬のように……いや、この例えはダメだ。俺のポリシーとトラウマが許さない。

 ソイツは、まるでお菓子をもらえる子供のように笑顔で、走って寄って来た。


「俺はお前の先輩じゃねぇ。」

「私はお前じゃないです!高野雫という立派な名前があるんですから。」

「…俺は高野の先輩じゃねぇ。」

「及第点っすかねぇ。」

「ふっとばすぞ。」

「なはは。」


 廊下に出て、くだらない会話を繰り広げた。こんなやって誰かとまともに雑談をするのは、いつぶりだろう。少なくとも今年初めてのお日様以降、そんな記憶はないな。


(何、楽しくなってんだ。俺は。)


 高野は、あの子の代わりじゃないんだ。



 ・・・



 そこまで長いこと話した気はしないのに、外に出ると下校しようとしていた生徒は数を数えられる程度になっていた。そんな少ない生徒の中、友を見つける。


「クルマ。勉強終わりか?」

「あれ?飛ケ谷じゃん!まだいたのか?」


(上機嫌…ってことはクルマのやつ、会えたんだな。)


「ちょっとな。面倒事と知りあっちまって。」

「誰が面倒事ですか。先輩。」

「お?なんだこの可愛い子。緑リボン…ってことは後輩か。飛ケ谷、お前まさか。」

「違う。選ぶならもう少し愛想のある女子を選ぶ。」

「酷い!?」

「はっはっは!仲良いんだな。あ、そうだ飛ケ谷。さっきまた聞いたんだよ、あの噂。たまたま隣のクラスのカオルちゃんが教えてくれてよぉ。」


 そのカオルちゃんと話したいから遅くまで学校に残ってることを俺は知っていた。恋心を受験勉強に生かすなんて、貪欲なやつだ。どちらか一つを選べ。

 と、言ってやっても良いのだが俺はクルマの友。野暮ってやつだろう。


「何の噂ですか?」

「お、後輩ちゃんも気になるか?実はな、うちの中学には太古からある噂があるんだよ。」


(太鼓…?…あぁ太古か。クルマが大袈裟に言いすぎて変換が追い付かなかった。)


「おぉ!そういうの大好きっす、私!それで、どういうのなんですか?!」

「ふふん、よく聞くと言い。『死に直面した人が、自分の涙を他の誰かに飲ませると願いが叶う』って噂だ。通称『死に際の涙』って話がなんでか昔からあるんだよ。」


 その噂があること自体は嘘ではない。俺が入学してすぐに耳に入った。が、そんな根も葉もない話は嘘だ。あり得るはずがない。確証も実証も皆無。第一、涙を飲ませるというところが違和感だ。どうして飲んだ他人じゃなく、涙を流した側の願いが叶うんだ?効力はどちらかと言えば涙にある方が自然だろ。


(って、何真剣に考えてんだ俺は…。)


 眉唾に興味はない。泥にまみれていても、真実の方が俺は好きだ。


「なんだかロマンティックな噂っすね。誰か本当に願いが叶ったんですか?」

「ははは!それはないな!少なくともうちの中学に今すぐ死にそうなやつはいないし、付近でもそんな話は聞かん。」

「そうっ、なんすねー!」


 少し、高野が震えた気がした。日が沈み、寒くなってきてる。雪の匂いがより一層体を震わせてきた。早く向かった方が良いな。


「もう良いか、クルマ。俺は今からコイツ…高野と行く所がある。」

「なんだなんだ、どこ行くんだよ。二人で。」

「花火しに。」

「…は?」

「行くぞ。」

「え、あ、クルマ先輩!面白い話ありがとうございましたー!」


 高野の腕を掴み、校門から出て立ち止まった。時間が無い。冬の夜は早いんだ。完全に暗くなるうちに、家に送る必要がある。


「先輩強引っすよぉ。そんなに待ちきれないんですか?」

「あほ。」

「いてっ。」


 掴んだ腕を放り投げてから、ちゃんとこの後の事を考えることにした。


「それで、花火やるにはいいが。その花火スポットはお勧めできないぞ。」

「なんでですか?」

「雪が積もって行くのに苦労するから。疲れたくはない。」

「うーん。同意見ではありますね…。雪は冷たいから嫌です。あ、もちろんできれば疲れたくもないです。」


(疲労より寒さ優先なのか。確かによく見れば…。)


 高野は赤いマフラーに先ほど脱ぎだしたコート。指定のスカートではあるが厚そうなタイツに靴下を二枚も履いていた。


(真冬はそんなもんか。)


「ん?どうしました?私の下半身をそんなじろじろと…。欲求不満ですか?」

「冗談は寝て言え。で、どうする。てかまず花火あるのか?」

「はい。うちに手持ち花火がかなりあります。」

「なら高野の家でやればいいんじゃないか。アパートとかなら少し困るが。」

「あ、珍しく天才ですね先輩!お爺ちゃんの一軒家なので大丈夫です!」

「珍しくは余計だ。なら、行こう。」

「はい、引導いたします!」

「先導な。殺されてたまるか。」


 親への連絡はメールで済ましつつ、俺たちは高野の家へと向かった。足取りが軽くなってる自分へ、ノーダメージのビンタを食らわせる。すでに認めてしまっているんだ。コイツといると、楽しいって。無関心の連続、監獄の中のような生活から、突然外の世界に出て来たような気分。

 意識の奥底に刺さっていた錨を、高野が引き上げてくれた気がした。


(俺は単純だな。)



 ・・・



 ほどなくして高野の家に着いた。ほぼ近所だなこれ。


「意外と綺麗なんだな。」

「私のおじいちゃん綺麗好きでしたから。」

「…なんで過去形?」

「え?いや、もう他界してます。このお家残してくれたんっすよ。遺産みたいなもんで。」

「は?」

「へ?」

「じゃあ今この家に…両親と住んでるのか。」

「いえ、お母さんとお父さんはまだ仕事の都合で来れてないです。」

「……つまり、お前今一人暮らしか?」

「ですね!」


(こんな暴れる天然記念物を一人にしていいと思ってるんですか高野のお母様お父様)


「てことはなんだ。今俺とお前は二人きりなのか。」

「理想的シチュエーションっすね。襲いますか?」

「俺は幼稚園児を襲うような異常性癖者じゃない。」

「誰が幼稚園児ですか!!まったくもう、先輩め、さっさと上がってくださいよ。もう。」

「怒ってんのか招くのかどっちかにしろよ。」

「はーい。そこの部屋で待っててください、お茶出します。」


 家の中に入ると、やはり綺麗だった。と同時に、広かった。年代物の古時計が時間を刻む音が、畳やふすまに反射して耳に届く。威厳のある内装だが、夕暮れ時のこの時間では不気味さも感じる。短期間だろうが、この家に一人で住むってのは随分寂しいだろうな。初めて本気で高野に同情した。家族がいない寂しさは、わからなくはないから。


(学校であんな必死に先生に頼んでたのも、納得…か。)


「お茶です!」

「おう。…って待て。花火するんじゃないのか。」

「花火のゴールデンタイムは19時ですよ。」


 古時計は親切に、18時を示していた。あと一時間はあるってことね。

 渡されたお茶を喉に通すと、ぬるかった。


「誰が決めたんだその時間設定。…てか飯良いのか。」

「はい。先輩と花火したら、コンビニ行こうかなって。」

「……そうか。」


 一瞬、俺の家に連れてきて、夕飯を一緒にしないかと聞きかけた。それは自殺行為だ飛ケ谷燐。うちに、高野がいる……その状況は想像しただけで吐き気を催してしまった。


「先輩?大丈夫っすか?」

「あぁ。問題ない。」

「ところで先輩!あの噂、本当なんですか?」


 予想通りではあったが、やっぱその話出すのか…。何か苦い思い出があるわけでもないし、時間つぶしには丁度いいが。


(そういうくだらない会話をするのは底辺みたいで嫌いなんだよな。別の話題を出して乗り切るか。)


「さぁな。ただ俺が入学した時からずっとある噂だ。もしかしたら本当かもな。」

「ならロマンありますねー。」


 どうして、高野の前じゃいつもみたいに自己優先にできないんだろう。

 考えて、思い出した。そういえば、身内に押されると弱いんだった。

 母さんの頼み事も、父さんの理想にも。頷いてしまう悪い癖。

 それが、高野にも適応されてしまう。


「先輩ならどんな願い叶えますか?」

「そっちなのか?この話は誰に飲ませるかって方な気がするんだが。」

「えぇ、ばっちいですよ。」

「何がロマンだこのやろ。」

「それで、何かないんですか?願い事?」


 何故、高野に俺は押されると弱いのか。答えは簡単だ。あの子に似てるから。大好きだった、守ってやると誓った、あの子に。


(願い、ね……)


「亡くなった妹と、流星群が見たい……」


(馬鹿)


 イグサの香りに誘われたか、心の奥底で閉じ切っていた扉の最深部の箱の中身。誰に見せる気も、話す気もさらさらなかったのに。

 高野雫の前で、俺は甘えを見せてしまった。


(こんな話、冗談で乗り切れる話じゃ…。)


「いや、高野、今のは、その。」

「…妹さんがいたんですか、先輩。こんな私のめちゃくちゃなお願い聞いてくれたのも、面倒見がいいから、ですかね、あはは。」

「……高野。」

「あー私ってば贅沢っすね!こんな良いお兄ちゃん借りちゃって。きっと妹さんに怒られてます、私。すいません。」


(不器用なやつだ)


 それでも、俺の気持ちを気遣ってくれたんだと不器用ながらわかった。優しいやつでもあるんだな。


「ははっ…俺こそすまん。暗い話で。」

「そんな、謝らないでください。聞いたのは私ですから。…ちょっと早いっすけど花火しちゃいますか。あんまり先輩を私の物にしてたらいけませんよね。」

「俺は高野の物になった覚えはない。」

「なははー!」


 高野雫は、俺の妹に似ていた。それだけだった。



 ・・・



 それから高野の家の前で花火をした。それはもう、多種多様な花火を。

 赤から青、青から黄に代わる火花。


「色ころころ変わる!すごい!」

「高野の表情みたい。」


 いろんな方向にカラフルに散って行ったり。


「爆散!花火爆発!」

「小学生かお前は。」


 匂い付き花火とかいう変なものまで。


「焼肉の匂いします?」

「…焼きそばじゃね?」

「あ、ほんとっすね。」


 冬に花火をするってのは、随分馬鹿らしくて、あほらしくて、楽しかった。


「みて!先輩見てください!ハナビーム!」

「鼻水の事か?…あ、線香落ちた。」

「ちょ、何一人で線香花火してるんっすか!私もやるー!」


 高野はもう数少なくなってしまった花火の入った袋から、線香花火を二つ持ってきて俺に片方を手渡してくれた。


「どうぞ!」

「どーも。」

「勝負しましょう先輩。」

「いやです。はいスタート。」

「つまらんやつっすね、先輩は。」


(お前が愉快すぎるんだよ。)


 先に俺が、その後に高野が火をつけて、線香花火は綺麗にばちばちと音を立てて燃えだした。小さくとも、大きくとも、人間様をこんなに魅了する花火ってのはつくづく罪な存在だ。


「先輩寒い。寄って良い?」

「落とすなよ。火玉。」

「うい。」


 慎重に高野は俺の横にやってきて、ぴったりくっついた。高野に比べれば、俺は軽装だったのに、交わされる熱は同じくらいだった。よくよく考えれば不思議なもんだ。今日出会ったばかりの後輩と、冬に花火をするなんて。


「こんな寒いのに花火やってる俺らバカみてぇ。」

「冬の寒さ+花火の熱=青春ですよ、先輩。」

「バカみてぇ。」


 ぽとっ、と。先に火をつけたからか俺の線香花火は息絶えた。


「雑魚っすね。」

「ふっ。」

「あー吹きかけないでくださいよ!落ちちゃったじゃないっすか!!」

「ふん、雑魚め。」

「むぅ…。」


 お互い、花火は終わったのにくっついたままだった。どうして離れないのか、答えは簡単だ。


(…寒かったからかもな。)


身も、心も。お互い。


「……そういえば聞き忘れたんだが、あの噂。涙の。高野はどんな願いを叶えるんだ。」


 そう聞くと、高野は立ち上がって燃えカスを水バケツにじゅっと、投げ捨ててから答えた。


「夏っぽいことしたいです。まだまだ、いっぱい。」


 そこまでなら数時間前と同じ、変化ない願いだった。しかし続けて、願いは変更される。


「先輩と一緒に。…良いっすよね?」

「わかってる。乗り掛かった舟だ。」

「乗船許可します!」


 やり忘れた青春が、始まった。


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