1・冬に夏らしさを求めるやつがどこにいる
五話完結のシンプル恋愛小説です
学校に到着し鞄を降ろして自席に座る。静寂をカリカリと破る、シャーペンが走る音だけが響く教室には、鞄を置いた音すら耳に目立つ。この一連の行動を俺は中学入学から三年間、何度も何度も行ってきた。かと言われれば嘘になる。ある時は鞄を置いてすぐに友人の傍へと歩いて行ったし、ある日は鞄を置いて一時間目の課題をロッカーに置き忘れた事を思い出し、笑われながら取りに行ったことだってあった。だから、今さっき行った動きを俺は毎日やっていたかと言われれば、そうではないだろう。
「おはよ、クルマ。朝から精が出てるな」
「おう、おはよう飛ケ谷。もう受験お気楽組は随分とゆっくり登校だな。羨ましいぜ。」
こいつはクルマ。本名がクルマなんじゃない。もしそうだとしたら親の顔が見たい。
単に名前から取っただけ。こういう中学、高校でつけられたあだ名というのはなんだかんだ大人になるまで使われると言うが、果たしてコイツとそこまで関わりを持ち続けるかと言われると微妙である。会話がつまらないヤツだから。
ちなみに俺の名は燐。飛ケ谷燐と名付けられた。友からはジャンプの主人公みたいな名前だと褒められたが、恥ずかしいったらありゃしない。
「受験、来月か…。」
クルマに言ったかと言われれば、一応向けて言葉を発したはずなのだが言葉が帰ってくることはなかった。ちらりと見るとまた、シャーペンを自分でしか読めないようなモジを書く速度で動かしだしている。
そう、シーズンは受験真っ盛り。じゃお前はそんな余裕でどうしてるんだと。答えはカンタンだ。すでに高校への入学が決まっているからである。俺は元々頭が良い。頭脳明晰、博学多才。天才とは正に自分だと自負してる。故に、受験などというメンタルブレイクイベントは無視し、簡単な面接だけで割と学力の高い高校へ入学が決定したのだ。
「…。」
制服の上に羽織っていたカーディガンは、教室の暖房の温かさに合わせると少し汗ばみそうだったので、脱いで椅子の背もたれにかけた。教室とは裏腹に、窓から見える景色は雪雲、雪浜、海水と寒さの三拍子が存在していた。うちの中学の売りは、教室の窓から見える日本海。夏は海を見ながら勉強、帰りは砂浜へと駆けて友と遊ぶ。好きな女の子と海デートだって、容易にできる。青春の交じり合う魅力に誘われ、わざわざ県外からこの中学に来る奴だって少なくはなかった。
(冬にはそんな青春も、海に流されて無くなるがな。)
俺はと言えば、地元だからと通い、何か甘酸っぱいことをあの海で経験した、なんてことは一切なく。むしろ友と遊び、しょっぱい経験しかない。一時期は恋心に憧れもしたが…誰もが勉強まっしぐらな現状、そんな世迷言は似合わない。心の深海部分に、大きな錨が刺さっていて、ドキドキとかわくわくとか、そういう感情が湧きあがるのが阻止されてるような。そんな気がした。
・・・
ほぼ自習と化した授業の数々で、暇つぶしにその時間の担当教師と話したり、意味わからんような問題を遊び半分で出されたり。フィボナッチ数列ってなんだよ、習ってねぇわ。天才とは言ったが中学生として、である。フェルマー?フルーチェみたいなもんか?
「じゃあな、飛ケ谷。」
「あぁ、クルマたちも勉強頑張れよ。」
「そう思うなら放課後自習会手伝ってくれよ。」
「俺は俺で忙しくはあるんだ。心の中で応援だけしとくわ。」
「あいよ。」
嘘である。忙しいもんか。帰ってやる事なんて精々ゲームくらい。忙しいというなら、確かに早く龍にさらわれたお姫様を助けなければいけないから、急いだほうが良いとは言えるが。
でもとっくに気づいていた。ゲームをしても、友に勉強を教えても、一人で雪の中を歩いても。俺の心は満たされない。
「…はぁ。」
ため息一つ、玄関まで歩く。すると、職員室前から何やら大きな声が聞こえて来た。
「知りませんか、花火できるとこ!」
(…え。)
「先生ここ地元だから知ってるけど…今冬だよ?」
「関係ないです!私の気持ちはもう三尺玉なんです。」
「何言ってんだ…。」
…いや人違い、あの騒いでるのは知らないやつだ。黒髪でショートのせいで見間違えたが、そんなことあり得ないんだ。……少なくとも同学年ではないな。迷惑生徒に絡まれてるのは…三年の主任?違和感だな、こっちは見覚えがあるなんて。あの先生は別に何かしらの科目担当って訳じゃ…ない。一年、二年の担任も受け持っていなかったはず。なんであの人が対応してるんだ?単純に近くにいたからだろうか。
(まぁ俺には関係ない事か。)
馬鹿と話すのは嫌いじゃないが、この真冬に花火やろうという思考回路を持つのはもはや馬鹿を超えている。そういう人種はお断り。
「せんせぇ~…。教えてくださいよ。」
「んな事言ってもなぁ…。あの辺は引っ越してきた高野には行くのが難しいぞ。あ、飛ケ谷!良い所に!」
いえ、悪い所の間違いです先生。気のせいだな。呼ばれたのは。
「飛ケ谷~!」
「…はい、なんですか。いややっぱいいです用件聞かなくて。嫌です。それじゃ。」
「ま、待ってください先輩!」
「俺はお前の先輩じゃない。先生、こんなのほったらかしとけばいいんすよ。」
「そうはできん。高野は昨日この学校に転校して来たばかりなんだよ。だからまともに友人もいない。」
「そ、そんなはっきり言わなくても…。」
高野はがっくしと肩を降ろし、そのままずんと頭まで前方方向へ下げてしまった。どうせフリだろうと思ったのだが、下げたことによって見えた背中に哀愁を感じてしまう。
というか、昨日転校してきただって?どんな時期に来てるんだこいつは。夏休み明けとか新学期の始まりとかならわかるが…1月末に来る奴がいるか?
「…俺関係ないでしょう。」
「ない、がヒマだろう?お前はもう高校決まってるんだし、地元の人間なんだし。高野の願い叶えてやってくれ。それじゃあ任せたぞ。私は忙しいからな。」
「あ、ちょっ…!!」
実際先生の忙しいは嘘じゃないから、俺としてはこれ以上強く止められなかった。めんどうなこと頼まれたな…。
「帰っていいか。」
「ダメです。先輩、こうなったらもうアレっす。乗り掛かったスネです。」
「舟な。それは親のかじる方だ。乗船拒否させてもらう。」
「そんな!殺生な!お願いです!」
しゃがみ込み両手を合わせ懇願してくる高野に、小さな同情心と、ある共通点が邪魔をしてくる。…似てるんだ。あの子に。、高野が。
……ダメだダメだ。これ以上コイツと関われば嫌な思い出が、奥にしまったはずの記憶が這い上がってくる。友がいないのは可哀想ではあるが…きっぱり拒否ろう。
「無理だ、俺は…」
「なんでもしますんで!先輩が考えてるあんなこともこんなことも!全部やりますんで!どうかこの哀れな雫ちゃんを…
「お、お前?!バカ、んなこと大声で…クソッ。ちょっと来い!」
「はい!」
コイツ…大声でなんてこと言いやがる。周りの視線が一点に集まってしまっては、居心地が悪すぎる…。何があんなことやこんなことだ。…人の気持ちもわからんくせに。
高野を立ち上がらせ、職員室の先。空き教室へと連れだした。他の生徒の力を借りられちゃ困る。
「それでなんですけど、先輩私やりたいことが…。」
「やらん。諦めろって説得しに来たんだ。」
「え?あぁなるほど先払いですか?」
「は?」
そういうと、高野は灰色のダッフルコートを脱ぎ始めた。
「待て待て!何するつもりだ?」
「あんなことやこんなことじゃないんですか。」
「ば、馬鹿か!?やらねぇよ……。……もっと自分を大切にしろ。アホ。」
「…うい。」
全く…なんで俺はこんな奴に説教してボタンまでつけてやってんだ。まだあの頃の癖が放れてないのかもしれないと思うと、自分自身へ嘲笑を向けたくなった。
(あんな躊躇なく脱ぎだして…震えてすらない。危ないやつ過ぎる。こいつをほったらかしたら何しでかすかわからんな…。)
「はぁ…わかったよ。話くらいは聞いてやる。」
「マジっすか先輩神っすか!?」
「あいにく人間様だ。で、用件は…いやまず名乗れ。誰だお前は。」
「へい!私は高野雫と申します!高い野はらって書いて雫は水の雫そのまんま。中学…
「二年生。」
「なんでわかるんですか!?」
「身長が高いから。」
「テキトーっすね…。」
嘘だ。さっきコートをこいつが脱いだ時、中の制服のリボンが見えた。二年生のリボンの色は緑。ちなみに男はネクタイが緑色である。まぁ、わざわざネクタイをつけてくる優等生は俺くらいだろうがな。
「先輩のお名前は?」
「…飛ケ谷燐。飛ぶに谷。りんは…書く方が早いか。」
汚い黒板に燐とでかでかと書いた。机が乱雑に置かれてるのを見た感じ、いつから使われてないかはわからないな…。
「これだ。」
「へぇ…かっこいい名前ですけど…。」
「んだよ。不満か。」
「先輩嘘つきですね。」
「は。」
(…こいつ)
「嘘な訳あるか。俺は燐だ。」
「そこは疑ってません!というかこの話は別に興味ないです。」
「こんにゃろ…。」
今のはどうせ適当な事言っただけだろ。俺が嘘つきだって?心外だぜ。
「先輩、私この冬にやりたいことが三つあるんです。」
「なんだそりゃ。この冬限定か?」
「はい。一つは海の見える学校に転校することです。」
「…叶ってんじゃん。」
とは言え親の都合でこんな時期に転校してくることになるのは少し同情するな。元々の中学には友達がいただろうに。
「超豪運だと思いません?たまたま親の都合でここら辺に引っ越したんですけど、まさか願いが叶うなんて!正直これが一番望み薄だったんですけどねぇ。神様っているんですかね!」
「何故俺を見る。」
「先輩は神様っす!」
「こんな根暗な神様いてたまるか。……あぁ合点が行った。その三つの中の一つが花火か。」
「そうっす!でも花火だけじゃないです。」
「他にもあんのか。」
「はい……。実は私、頭悪くて。」
「見ればわかる。」
「酷い!」
確かに頭は悪いのだろうが、勘は鋭そうだ。
「とまぁ自他共に認める頭の悪さでして。今年の夏休みはほぼ補習!何にもできてないんです!!私!」
「話しは見えた。要するに冬に夏できなかったことをやろうって訳ね…。次の夏休みじゃダメなのかよ。」
「先輩頭悪いっすね。次の夏休みも私は補習にまみれるに決まってるじゃないっすか。」
「補習回避はお前の頭にはないのかよ。」
「ないっす!」
んな元気いっぱいに言われましても。ったく…性格まで似てやがる。
俺の天敵だなこいつは。
「てことで先輩!私と夏っぽいことしませんか?今冬っすけど!」
はぁ…冬に夏らしさを求めるやつがどこにいるんだよ。




