陰キャ乙女ゲームプログラマーの彼女の作り方
陰キャな乙女ゲームプログラマーの兄と陽気な妹のありふれた日常です。
〆切が近いというのに、妹のミキが一人暮らししている俺の家に転がり込んで、横でポテチをムシャムシャと食べている。
「………が好きな子がいてね」
「あぁ」
「私の中学の1個上のバレー部先輩なんだけど」
「おぅ」
「この近くに引っ越すらしいから今度、会うんだ!」
「うん」
妹の一人しゃべりが終わったことを見計らって、俺は思っていることをぶちまける。
「ミキ! 俺は仕事の〆切に追われていて、徹夜続きなんだ!! ポテチ食い終わったんなら、悪いけど帰ってくれ! 寝不足で余裕がないんだ!!」
「知ってる~」
おい、コラ。
俺が死にそうになりながら仕事をしているのをわかっていながら、おしゃべりしに来たのか。
「じゃあ、また遊びに来るね~。頑張れ!!」
ミキはポテチの袋をゴミ箱に捨てて、汚したテーブルを拭いて片づけてから、ご丁寧に振り返ってガッツポーズでエールを送ってから俺の部屋から去っていった。
あいつ、こういうところはきちんとしているんだよな。
いや、勝手に上がり込んで、汚したんだから片付けていくのは当たり前なのか。
妹なりに気を遣ってくれたことはわかるけれど、今はそれどころじゃない。
俺の頭は一瞬にして現実に引き戻される。
「やばい、明後日までに仕上げなきゃいけないのに……前作の乙女ゲームの追加コンテンツも提案しないといけないのに……あぁ、時間が足りない!!」
俺はボサボサの頭を掻き、眼鏡をはずして目頭を押さえる。
「ダメだ。目が死にそうだ。目薬をしておこう」
そう思って、立ち上がった瞬間。
ガクッ ドシン
あれ? 俺、何で倒れているんだ? 過労ってやつか?
遠のく記憶の中で助けを求めるべく、スマホに手を伸ばしたけれど誰に連絡をしたのかはわからない。
■■■
ピッ ピッ ピッ
規則正しい電子音で目を覚ます。
ゆっくり重たい瞼を持ち上げる。正直、このまま寝てしまいたい。
いや……それはそれで、一生目を覚まさないのではないかとも思えて、気合で目を開いてみる。
白い見慣れぬ天井。
ここは……病院か。
腕から伸びるチューブを見て、自分が点滴を受けていることに気が付いた。
はぁ……やっちまった。もう絶対、〆切に間に合わすのは無理だ。
「あっ!! お兄ちゃん、気が付いた?」
片手にペットボトルの紅茶を手にしたミキが病室に入ってくる。
「もう! びっくりするじゃない。電話がかかってきたと思ったら、無言なんだもん。近くに私がいて良かったでしょ?」
「俺はミキに電話をしたのか?」
「覚えてないの? 咄嗟の時に助けてくれる恋人がいないお兄ちゃんが不憫ですね」
おい、コラ。倒れた病人にズケズケと真実を告げるなんてどうなっているんだ、うちの妹は。
だが、何も言い返そうにない。ミキがどうやら救急車を呼んで、俺を病院まで運んでくれたことに変わりはないのだから。
「ありがとう、助かったよ」
「まぁ、ポテチのお礼だからいいよ」
相変わらず、上から物を言ってくる妹だが今は俺も疲れているし弱っているから、あのまま過労死しなくて良かったのだと、心の中で感謝しておく。
「じゃあ、目が覚めましたって看護師さんに伝えてくるね」
「あぁ、頼む」
それからしばらくすると、「目覚めて良かったですね」と言いながら入室して来た看護師が、俺の体温と血圧を測ってから点滴の滴下速度を調整してくれる。
「じゃあ、お兄ちゃん。私が入院手続きしてくるから、いい子にしているんだよ」
そういうとミキは病室から出て行き、見知らぬ看護師と二人きりになる。
「蔵さん。過労です。三日間ほど入院になります」
アーメン。心の中で〆切に間に合わせられないのだと腹を括る。
「あの……パソコンを持ち込むのは……」
「ダメです。病室は仕事をする場所ではありません」
「……そうですか」
俺は、職場にどうやって連絡しようかと思案して溜息をつく。
「先ほどミキさんが、どなたかに連絡されていましたよ」
そういいながら、看護師は病室を離れて行った。
その後、入院の手続きを終えたミキに確認すると、すでに職場へ連絡してしばらく休む件と〆切には間に合わないと伝えてくれたのだと教えてくれる。「こういうのは身内から深刻そうな声音で電話したら、意外と大丈夫なのよ」と言い切っている。
あいつ、どうやって俺の職場の上司の連絡先をスマホの膨大な電話帳から見つけ出したんだ?
2歳年下だけど優秀な秘書になれるんじゃないか。そう思っていたら…
「お兄ちゃんの人間関係とか、仕事の進捗状況くらい把握していますから!!」
ってサラッと言いやがる。
「…コワッ……妹が優秀過ぎて怖いわ!!」
「うふふふ、褒め言葉として受け取っておくね。じゃあ、また明日くるから大人しく入院生活楽しんで!!」
ミキはそう言い残して帰って行った。
入院生活が楽しいわけないだろう。
■■■
次の日の朝。
目が覚めるとベットの横にすでに朝食が置かれていた。
「やばっ。俺、全然起きなかったのか?!」
自分で自分の爆睡具合に驚く。それだけ、身体は悲鳴を上げていたのだろう。
朝食のメニューは何だろうかと、トレイの上を覗き込む。
『熟睡していたので置いておきます』
一言メモが置かれている。声をかけてもらったけど起きなかったのかもしれない。
ん? メッセージの横に何かマークが描いてある。
「これは……」
見覚えがあるマーク。
なぜそれが描かれているのだろうと考える。
描かれていたのは、俺の前作で開発してヒットした乙女ゲームの学院の校章だ。
「一体誰が……」
まさか、異世界転生していて、乙女ゲームの中に入り込んだのかと一瞬考える。
「いや、それはないな。ミキもいたし」
ちょっと冷静になって、そのメッセージを手に取って考えてみる。
ガラガラ
「蔵さん、おはようございます。朝食は食べられそうですか?」
昨日と同じ看護師が入室して、体調を尋ねてくる。
「……はい……」
てきぱきと動く看護師を横目に、俺の目は校章に釘付けだった。
「あぁ、それですか? 私が描いたんです」
「え?」
犯人を推理するよりも先に、答えがわかってしまい少しガッカリする。
もう少し、推理して楽しむ時間が欲しかった。なんてな。
「私、あの乙女ゲーム大好きなんです。特に悪役令嬢が好きなんで彼女の隠れルートを作っていただけると嬉しいですね」
血圧計を俺の腕に装着しながら、ペラペラとゲームについての話してくる。
ゲームのファンが、こんなところに。
開発するだけで、実際にゲームをプレイしている人に出逢ったことがなかったので目を丸くする。
意外と周りにいるもんだな。世の中って狭い。
「もっと詳しくお話聞いてみたいですけれど、仕事中なので失礼します」
看護師が血圧計をはずすのと同時に妹がやってきた。
「おはようございます」
「だいぶ熟睡されていましたから、まだ疲れが残っているようですよ」
「そうですか……ありがとうございます」
ミキと看護師が短いやり取りをしているのが聞こえる。
病室の扉が閉まるのを確認すると、俺はミキに質問する。
「ミキ……今の人、俺が乙女ゲームの開発者って知っていたんだけど、お前が話したのか?」
「うん、そうだよ。かなりはまってやり込んでいるって言ってたよ」
「ふ~ん」
なんだ。ミキが話していたから、朝食トレイに校章を描いてくれたのか。
謎解きする間もなくなぜ彼女が俺の仕事内容を知っていたのか理解できて納得してしまう。
■■■
それから二日後。
俺は無事に退院することになった。
校章の図をメッセージに描いてくれた看護師は、休みなのかその後会う事はなかった。
「よし、会計も済ませたし帰って仕事でもするか!!」
俺は、少ない荷物を持って病院の外に出ると妹のミキが迎えに来てくれていた。
「あ! お兄ちゃん! 退院おめでとう!!」
三日ぶりの日光が眩しく感じる。外で手を振っているミキに俺も手を振る。
その横に、もう一人誰か立っているのが見える。
近づいていくとそれが例の看護師だと気が付いた。
「蔵さん、退院おめでとうございます」
「え? 看護師さん、今日、お休みですか?」
「えぇ、そうなんです」
わざわざ患者の退院の為に、病院に来たのだろうか? それともたまたま見かけたから立ち寄っただけだろうか?
「あのう……」
俺はゲームのファンだという看護師の感想もいつか聞いてみたいと思っていたから、連絡先を聞いても大丈夫だろうかと一瞬躊躇ってから、この機会を逃すともう彼女の意見を聞くことが無くなると思い、勇気を振り絞る。
「連絡先をお聞きして……ゲームの感想とか要望とかお話してみたいのですが……」
俺が躊躇いながら、伝えると看護師の目がキラキラと光り輝く。
そうか、彼女も病室でゲームのこと話してみたいって言っていたもんな。
「えぇ! もちろんです!! できれば……」
彼女は両手をグーにして、何かを言おうとして目をギュッと閉じる。
「こ、恋人を前提にお友達から始めてもらえませんか?」
「……?」
俺は何を言われたのか理解できずに、しばし逡巡する。
コイビトとは……男と女がお付き合いするというアレだろうか。
女性が耳まで真っ赤にしているのを目の当たりにして、俺の言葉の解釈が合っているのは間違いなさそうだと理解する。
「えぇ、俺で良ければ宜しくお願いします」
「ほ、本当ですか?!」
嬉しそうに微笑む彼女の横に妹のミキが立って、一部始終見ていたことに今更ながら気が付く。
ヤバい。お兄ちゃんが連絡先を交換している場面を目撃されてしまった!!
めっちゃ、恥ずかしい!!
そう思っていたのも束の間。
「ミキちゃん、ありがと~!!!!」
「良かったですね! 先輩!! 十年の片想いが一歩前進ですね!!!」
あれ? どういうことだ?
「えっと……ミキと看護師さんは知り合いなのか?」
俺は状況を理解できずに、ミキに問うてみる。
「もう! お兄ちゃんの開発した乙女ゲームが好きなバレー部の一個上の先輩がいて、今度近くに引っ越してくるって倒れた日のちょっと前に会話していたの、覚えてないの?」
「……あ……」
うかすかに聞いていたけれど、確かにポテチ食べながらそんなこと言っていたな。
「先輩は中学時代からお兄ちゃんのことが好きだったんだよ。全然気が付いてなかったのか? もう、これだから陰キャは困るよね~」
「では改めまして。高橋 すずねです。宜しくお願いいたします!!」
「お、おぅ。こちらこそ宜しくお願いします」
こうして、俺は恋人を前提としてお友達から始める女性の連絡先を手に入れることに成功した。
一か月後、俺はすずねに告白をして晴れて恋人となる。
彼女が10年ごしの片想いを進展させるための会話をするために、俺の開発した乙女ゲームをやり込んでくれたことは、恋人になってから教えてもらった。
俺の行動と情報を横流ししていた妹だが、ミキに足を向けて寝るのはできそうにない。
お読みいただきありがとうございます。
リアクションや★評価を押していただけますと励みになりますので、宜しくお願いいたしますm(_ _)m
「陰キャ蔵くんのありふれた日常」シリーズに分類しています。