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第54話「等身大の冒険者たち」

 朝の光に照らされた畑のあぜ道を、三人は並んで歩いていた。

 空は青く澄み、芽吹いた草が風に揺れる。けれどその土の上には、ところどころ掘り返された跡が残っていた。


「スクラビットって、思ったより厄介なんだね」

 アルフが視線を落とすと、畝の一角が穴だらけになっている。苗が食い荒らされ、葉だけが無惨に散らばっていた。


「まったく、僕らの仕事って……冒険者っていうより害獣駆除業者だよね」

 リオンが苦笑しながら杖を肩に担ぐ。


 その呟きに、アルフは思わず笑みを浮かべた。

「でもこういう依頼も大事だろ? 毎回命がけじゃ、さすがに身がもたないよ」


「……安全第一。危険を避けて成果を出すのが、いちばん合理的」

 エリンは矢筒の位置を整え、すでに視線を畑の端へ走らせていた。小さな足跡が森の方へ伸びている。


 歩きながら、リオンがふと思い出したようにアルフへ顔を向ける。

「ねぇアルフ。昨日、ザイランさんからシュラードさんの話、何か聞けた?」


 アルフは一瞬言葉を詰まらせ、それから小さく苦笑した。

「本人に会ったけど……結局、何も聞けなかったんだ」


「なにそれ! せっかくの機会だったのに!」

 リオンが大げさに肩を落とす。


 そのやり取りを、エリンは口を挟まずに聞いていた。だがわずかに唇の端が緩み、彼女なりの柔らかさが覗く。


 空気は穏やかだが、三人の胸の中にはそれぞれの思いが渦巻いていた。

 畑を荒らすスクラビットを探しながら、今日もまた「等身大の冒険者」としての一日が始まるのだった。


 * * *


 畑の脇で待ち構えていると、茂みの影から小さな影がぴょん、と飛び出した。

 耳の先が裂けたようにとがり、鋭い爪を持つ灰色のウサギ──〈スクラビット〉だ。二匹、三匹と飛び出し、畑へ突っ込もうとする。


「来たっ!」

 リオンが杖を振る。低く詠唱すると、地面の草が急に伸びて絡みつき、跳ねかかったスクラビットの動きをわずかに鈍らせた。


「──っ!」

 間髪入れずエリンの矢が放たれる。二匹が矢に貫かれて転がり、もう一匹も足を射抜かれて動きを止められる。


 だが群れはそれで終わらなかった。次々に茂みから現れ、すばしこく走り回る。

「くっ、やっぱり数が多いな!」

 リオンの魔力阻害は追いつかず、弾かれた矢が土に突き刺さる。


 アルフは咄嗟に槍を構えかけて──やめた。

 小さすぎる。素早すぎる。槍で振るえば畑を壊す危険の方が大きい。


「……アルフ!」

 エリンが射抜いたスクラビットの傍らで声をかける。


「わかってる!」

 アルフはすぐに駆け寄り、倒れた個体から矢を丁寧に抜き取り、死骸を一か所に集めていく。矢を無駄にしないように布で拭き取り、次の射撃へと備える。


 視界の端でスレイルスピアの長い影が寂しげに地面へ落ちていた。

(……役に立ってないな。俺だけ、何もしてない)


 悔しさに拳を握りかけたその時。

 矢をつがえる手を休めず、エリンが淡々と声を投げた。


「いつもは、最も危険な位置に立ってる。今日は違うだけ」


「……え?」

 アルフは思わず顔を上げた。


「冒険者=無茶、じゃない。私たちはそうじゃないはず」

 矢が放たれ、また一匹が仕留められる。


「そうそう!」

 リオンも息を弾ませながら笑った。

「僕らは英雄じゃない。無茶せず、できることを積み重ねるのが僕ららしいでしょ」


 アルフは胸の奥にじんと熱が広がるのを感じた。

 思わず脳裏に浮かぶのは、鮮やかな外套をまとった男の背──シュラード。

 彼のようにはなれない。だが、自分たちの歩みは確かにある。


「……そうだな。ありがとう」

 アルフは集めた死骸をまとめ、矢を返しながら静かに頷いた。


 スクラビットの群れが一掃されると、荒らされかけた畑に、ようやく静けさと安堵が戻っていた。


 * * *


 依頼を終えた三人は、農家から感謝の言葉と小さな籠いっぱいの野菜を受け取り、ギルドへと戻ってきた。

 夕方のギルドは報告を終えた冒険者や、次の依頼を探す者たちで賑わっている。掲示板の前には人だかりができ、酒場の方からは笑い声が響いていた。


「ふぅ……思った以上に疲れたね」

 そう呟くリオンに、アルフは受け取った依頼完了の印章を見下ろし、苦笑した。

「今日の自分は冒険者っていうより、本当に駆除業者みたいだよ」


「でも畑の人たち、すごく喜んでたよ?」

 リオンが肩にかけた杖を軽く揺らす。

「英雄じゃなくても、誰かの役に立てるなら、それで十分じゃない?」


「……そうだね」

 アルフも頷き、横を見る。エリンは野菜の籠を抱えたまま、静かに満足げに目を細めていた。


 その時だった。

 受付横の通路から、低く張りのある声が響いた。


「アルフ、だったな」


 振り向いた瞬間、心臓が跳ねる。

 緋色の外套をまとい、長剣を腰に下げた長身の男──シュラードがそこに立っていた。

 ざわついていた冒険者たちが思わず声を潜め、場の空気が変わる。


「シ、シュラードさん……!」

 アルフの背筋が思わず伸びた。


 シュラードはゆるやかに歩み寄り、アルフの前で足を止める。

「王都へ戻る前に……お前に伝えておきたいことがあってな」


「ぼ、僕に……?」

 思わず聞き返すアルフ。リオンとエリンも少し離れた場所で息を呑み、二人のやり取りを見守っている。


 シュラードは軽く息を吐き、言葉を紡いだ。

「俺は師匠の元を出た。剣に加え、魔法をも修める──より厳しい地獄を選ぶためだ」


 その眼差しは真っ直ぐで、揺るぎない。

「弟子は師匠を超えることを目指すものだ。──違うか?」

 アルフは思わず言葉を失った。


「だから一応、兄弟子らしく忠告しておく」

 シュラードの声は淡々としていたが、その響きには熱が宿っていた。

「──他人を自分の物差しで測るな。そして、自分を他人の物差しで測るな」


 アルフの胸に、重く深く突き刺さる。


「自分自身をよく見て、信じて歩み続けろ。それが俺たちの “生きる” ということだ」


 言葉を終えると、シュラードは軽く微笑み、そして背を向けた。


 冒険者たちが静かに道を開ける中、緋色の外套が人混みに消えていく。


 アルフは拳を握りしめ、胸の奥に熱が広がるのを感じていた。

(僕らは英雄じゃないかもしれない。……でも、今日のこの一歩を重ねて、明日の自分へと歩いていくんだ)


 視線を上げると、少し離れた場所でリオンとエリンがこちらを見ていた。二人とも微笑みながら、軽くうなずく。

 その仕草だけで、胸の中に新たな力が満ちていくようだった。


 * * *


 ギルドのざわめきが落ち着きを取り戻し始めた頃、隣にいたリオンが空気を読んだように口を開いた。

「……ね、せっかくだし食堂で飯食べて帰ろうよ」


 その一言に、アルフは緊張でこわばっていた頬を少し緩めた。

「……そうだね」


 三人は並んで食堂に入り、席につく。木製のテーブルには、温かなシチューと黒パン、香草を散らした肉料理が運ばれてくる。湯気が立ちのぼり、張りつめていた胸を和らげていく。


 無言のままパンをちぎりながら、アルフは思い出していた。

(──自分を他人の物差しで測るな。自分自身を信じて歩み続けろ)


 シュラードの言葉が、何度も胸の中で反響する。


 その横で、エリンが静かにコップを持ち上げた。

「……弟弟子と、呼んでもらえてよかったですね」

 わずかな笑みを浮かべながら、軽くアルフへ差し出す。


 アルフは驚いたが、思わず笑みを返し、コップを合わせた。

「……ああ」


 するとリオンが、残念そうに肩をすくめる。

「……でも、魔法剣士については結局、聞けずじまいだったね」

 茶化すように笑いながらも、その声はどこか優しかった。


 三人の笑い声が、食堂のざわめきに混ざって消えていく。

 英雄ではなくてもいい。自分たちは自分たちの歩みを進めていけばいい──。


 アルフはそんな思いを胸に刻みながら、湯気の立つシチューを静かに口へ運んだ。



 こうして小さな依頼とささやかな出会いを積み重ねてきた日々が、確かに彼らを冒険者として形づくってきた。

 ──そしてその歩みは、まだ始まったばかりにすぎなかった。


 第1章 完 (第2章へと続く)

【あとがき】

 ここまで拙作をご愛読いただき、本当にありがとうございます。

 皆さまからいただいたブックマークや高評価、そして温かい応援コメントが、どれほど執筆の力になってきたことか……心より感謝しています。


 さて、物語はここでひと区切り。

 第2章をより充実させるために、しばらく執筆・書き溜めの期間をいただきます。更新まで時間が空いてしまうこと、お待たせしてしまうことをお許しください。


 次章ではアルフたちがDランクへ昇進へ挑戦したり、街をまたぐ依頼に挑んだりと、少しずつ冒険のスケールを広げていければと考えています。

 そのためにも、私自身がいろいろな作品に触れて刺激を受けながら、物語を深めていきたいと思います。


 第2章以降も、読んでくださる皆さまに楽しんでいただけるよう精一杯励んでまいりますので、どうか引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。


 あらためて、この第一章を最後まで見守ってくださった皆さまに、心からの感謝を込めて。


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