表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/55

第50話「それぞれの日常」

 朝の市場は、焼きたてのパンと果物の甘い匂いで満ちていた。

 石畳を踏みしめながら歩いたアルフの目に、見慣れた屋台が映る。小さな布屋根の下、色とりどりの果物を並べるのは、顔なじみの老婆だった。


「やや、坊やじゃないか。ひさしぶりだねぇ」

 皺だらけの顔をくしゃりと笑わせ、おばあさんは籠を揺らした。

「今日は林檎かい? それとも葡萄ひと房で足りるだろう?」


「えっと……今日は少し多めにください。林檎を十個、葡萄を五房、あと柑橘も……」

 そう告げると、老婆は目を丸くした。


「ほほう……坊や、ついに彼女でもできたかい?

 それとも──まさかドラゴンでも倒したお祝いかね?」

 隣の若い客が吹き出す。アルフは慌てて首を振った。


「ち、違いますよ! 孤児院に持っていくんです。子どもたちに食べさせたくて」


「なぁんだ、そうかい。ふふ、いい心がけだね」

 老婆は楽しそうに包みを作りながら、ちらとこちらを見た。

「でもまあ、顔つきも体つきも、前よりずっと頼もしくなったよ。……なるほど、こりゃ子どもたちも喜ぶだろうよ」


 照れ隠しに鼻を掻きつつ、アルフは代金を支払った。

 本当はバルドモアの肉を持って行くつもりだったが、保存方法がなく、結局昨日ギルドで売り払った。

 代わりに購入した果物でずっしりと重くなった袋を肩に担ぐと、不思議と胸まで軽くなる。


 * * *


 孤児院の門をくぐると、すぐに小さな足音が駆け寄ってきた。

「アルフ兄ちゃんだ!」

 子どもたちが歓声をあげ、袋に群がる。


「こらこら、順番だぞ」

 笑いながら袋を開け、林檎や葡萄を手渡していく。子どもたちの瞳が輝き、頬張るたびに笑顔が弾けた。


「まあ……アルフ! 元気にしてるようですね」

 奥から現れたのは、マルガレータ院長だった。


「いえ、少ないですけど。マルガレータ院長もお元気そうで」

 アルフも微笑みながら母とも祖母とも呼べる彼女の元気そうな姿に安らぎを感じる。

「ありがとう。子どもたちに分けてくれるなんて、冒険者だって楽じゃないのに」

 マルガレータ院長は優しく目を細め、それからまっすぐ彼を見つめた。

「……顔つきが変わりましたね。身体つきも、ずいぶん逞しくなって」


(努力を見てくれる人がいる。ここに戻れば、自分を認めてくれる人がいる)

 その実感が、胸の奥をじんわりと温めた。


「そうですか? 自分ではあまり分かりませんけど」

 照れながら頭を掻く。


 院長はそっと肩に手を置き、穏やかに言った。

「でも無理は禁物ですよ。……優しいあなたに神のご加護がありますように」


「ありがとうございます。ちゃんと気をつけます」


 子どもたちの笑い声が、朝の孤児院に明るく響きわたっていた。


 * * *


 薬師ギルドの扉を押すと、乾いた薬草と煮沸した器具の匂いが一気に押し寄せてきた。

 棚には束ねられた草や瓶詰めの薬がずらりと並び、見慣れた光景にリオンは思わず鼻先をくすぐられる。


 手に抱えたのは、借りていた薬草ノートと、依頼先で偶然見つけた紫色の草束。


「こ、こんにちは。あの......ルーシェさんはいらっしゃいますか?」

 受付に声をかけると、奥の机で作業していた白衣姿のルーシェが顔を上げ、目を輝かせた。


「リオンさん! そのノート、もう読み終えたんですか?」

 彼女はぱたぱたと駆け寄り、両手でノートを受け取った。

「どうでした? 役に立ちました? 不明な点はありました?」


「え、ええ……まあ、その……」

 リオンは耳の先まで赤くしながら、苦笑いを浮かべる。


「それに、これは……!」

 ルーシェが紫の草を手に取り、目を丸くした。

「《リラント草》じゃないですか! なかなか実物をお目にかかれないレアな薬草ですよ……。まさか現物を持ってきてくれるなんて!」


 彼女は嬉しそうに頬を紅潮させ、草を大事そうに抱きしめる。

「リオンさん、本当に薬草マニアなんですね!」


「いや、僕はそんな大層なものじゃ……ノートに載ってた薬草をたまたま見つけたから」

 苦笑いで否定するものの、目の前で心から喜ぶルーシェの笑顔に、胸の奥が不思議に温かくなる。

(……こんな顔をする人だったんだ)


「ぜひ次も!」

 ルーシェは机の引き出しから分厚い別のノートを取り出した。

「新しい薬学ノートです。よければまた貸しますから、感想を聞かせてくださいね」


「……わかりました。ありがたく借ります」

 リオンは苦笑しながらも、差し出されたノートをしっかりと抱えた。


 薬草の香りと、ルーシェの弾んだ笑顔。その二つが、彼の足取りを軽くしていった。

(……またお礼の薬草を見つけなきゃな)


 * * *


 扉を開けると、乾いた草と煎じ薬の匂いが鼻をかすめた。

 棚には薬草が束ねて吊るされ、瓶に詰められた薬液がきらりと光る。街の薬房〈エルド〉は、エリンにとって馴染みの店だった。


「いらっしゃい」

 低い声で迎えたのは店主エルダ。白髭を撫でながら、常連の顔にわずかに口角を上げる。

 その後ろから、リリシアがぱっと顔を出した。まだ十代半ばの少女で、手伝いをしながら明るく店を回している。


「エリンさん、こんにちは!」


 エリンは軽く会釈し、薬袋を指先で叩いた。

「毒消し薬と止血薬を。いつもの数で」


 エルダが棚から瓶を取り出しながら、じろりと彼女を見た。

「……エリン、あんた、表情が少し柔らかくなったね」


「え?」

 思わず目を瞬かせる。


「本当ですよ!」と、リリシアが笑顔で頷いた。

「なんだか前より一層きれいになった気がします」


 エリンは視線を逸らし、淡々と答える。

「そう? 自分じゃ分からない」

 表情に変化はないが、耳の奥がほんのり熱くなるのを自覚していた。


 瓶を紙袋に入れながら、リリシアがふと思い出したように言った。

「そういえば……エリンさん、アルフっていう冒険者、知ってますか?」


「……アルフさんのこと?」

 エリンの手が一瞬止まり、視線だけを向ける。

「どうして彼の名前を?」


「知ってるんですね! アルフお兄ちゃんとは、同じ孤児院だったんです。最近は会えてなくて……怪我せずやれてるかなって、ちょっと心配で」

 リリシアの声には、年下が年上を慕うような素直さが滲んでいた。


「そう……」

 短く返しながら、胸の奥に小さなざわめきが残る。


 気まずさを誤魔化すように、エルダが咳払いをして湯を沸かし始めた。

「客も少ない時間帯だし、せっかくだからハーブ茶でも飲んでいきな」


 湯気の立つハーブ茶が卓上に並び、談笑が始まる。


 エリンはリリシアにアルフ達とともに活動していることを話す。

「本当ですか!? ……エリンさんが、アルフお兄ちゃんと一緒に?」

 リリシアは身を乗り出して目を輝かせる。

「……多少は無茶もするけど。しぶとい人だから」

「やっぱり!」

 少女の無邪気な笑顔に、エリンは言葉少なに依頼での出来事を語った。


「無茶しすぎ。ほんと心配だなぁ」

「冒険者になる前は、ガリガリのひよっこだったからねぇ」

 リリシアの言葉に、エルダがくぐもった笑い声で相槌を打つ。


「お兄ちゃんは修道院時代も結構ぬけてるところがあって......」


 穏やかな笑いに包まれながら、エリンは湯飲みを手にほんの僅かに口元を緩めていた。


 普段とは違う穏やかな時の流れ。

 彼女の胸の奥に、「合理」では説明できない小さな温もりが、ひっそりと根を下ろし始めていた。


 * * *


 夕暮れの訓練場に、槍の風を切る音が響いていた。

 アルフは独り、何度も踏み込みと突きを繰り返す。冒険者として「無理」をしないため、やれることを今やるべきだ。汗を拭いながらも、ただ前へ出る感覚を確かめていた。


 そこへ、軽い足音とともに影が差す。

「やっぱり、いると思った」

 リオンだった。本を小脇に抱えたまま杖を取り出し、少し照れくさそうに笑う。

「僕も練習、付き合うよ。また新しいの借りちゃったから少し頑張らなくちゃ」


 アルフが返事をするより先に、背後で弦の軋む音がした。

「……私もいいですか?」

 いつの間にかエリンが弓を構えていた。淡い夕陽にその横顔が照らされ、射抜くような眼差しが的へ向けられている。


 三人は言葉を交わさない。だが、自然と動きが噛み合っていく。

 槍の踏み込みに合わせて矢が放たれ、魔力の光が軌道を補強する。

 突きと矢と魔力が、まるでひとつの呼吸のように訓練場を走った。


 息が合うたびに、アルフの胸にじんわりと熱が広がる。

(……無理はしない。この仲間と一緒に、一歩ずつ進んでいこう)


 夕陽が訓練場を赤く染める中、三人の影が重なり揺れた。

 その背中には、明日へと続く確かな希望が灯っていた。

 記念すべき第50話まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 ここまでアルフたち三人が少しずつ街に馴染み、仲間として歩みを重ねてこられたのは、応援してくださる皆さまのおかげです。


 地味な物語ですが、読者の皆さまと一歩ずつ一緒に歩んでいきたいと思っております。

 どうぞこれからも、見守っていただけると嬉しいです。


 ――次の冒険も、彼らと共に。


【第50話 成長記録】

筋力:11(熟練度:89 → 90)【+1】

→ 夕方の槍稽古を通じて微増。

敏捷:11(熟練度:71 → 72)【+1】

→ 三人での連携訓練(槍・弓・魔法の同調)で動作のリズム感と連携精度が強化。

知力:11(熟練度:36 → 36)【変化なし】

→ 変化を与える大きなエピソードなし

感覚:15(熟練度:3 → 4)【+1】

→ 訓練時の呼吸や動きの同調を敏感に察知

精神:13 → 14(熟練度:81 → 83)【+2】

→ 孤児院での承認、三人での夕方の自主訓練時の改めての決意。

持久力:16(熟練度:65 → 66)【+1】

→ 訓練の継続による微増。


【収支報告】

所持金:1,405G

内訳:

・前回終了時点:1,503G

・果物購入:−60G

・食費:−28G

・宿泊(ノネズミ亭):−10G


【アイテム取得/消費】

取得:果物詰め合わせ

消費:果物詰め合わせ(孤児院へ提供)


【装備・スキル変化】

武器:スレイルスピア

防具:軽革製防具

補助装備:解体ナイフ+革鞘

スキル:《間合制御》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ