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第43話「鍛えよ、食えよ、生き延びよ」

 朝の街路には、まだ昨晩の雨の名残があった。しめった石畳を踏みしめながら、アルフはひとり、王国軍グラウエル駐屯所へと向かっていた。


 目的は挨拶と報告、そして──盗賊討伐に関する案内役としての打ち合わせ。


 門番に名前を告げると、すぐに通された。懐かしい道を通り、まっすぐ訓練場へ向かう。


 そこには、ぼさぼさの白髪に無精髭、緩んだ袖のローブをまとい、木の椅子に腰を下ろして昼間から酒を煽っている──どう見ても浮浪者のような男がいた。


 だが、彼の横に立てかけられた槍と、わずかに動いた瞬間に走る圧──


(……うっ、なんか怒られそうな予感)


 アルフは背筋を正して声をかけた。


「ご無沙汰してます、ザイランさん」


 ぐい、と喉を鳴らして酒を飲み干したその男は、カップを片手にアルフを一瞥する。しばしの沈黙の後、ぽつりと呟いた。


「……坊主か、どれどれ」


 口ぶりは気楽だが、視線だけは容赦がなかった。


 アルフの姿勢、呼吸、重心。すべてを一瞬で見切ったかのように、ニヤリと笑う。


「で、鍛えておらんな。足がぬるい。目が眠うて、背筋が鳴いとらん。こりゃ、干物寸前じゃわ」


「……ぐっ……」


 挨拶よりも先に、的確すぎるダメ出し。


 ザイランは立ち上がり、ローブの内側から木製のカップを取り出す。白くどろりとした液体が、ぬめりと揺れていた。


「ほれ、飲め。言わんでも分かるな?」


 言い終えると同時に、腰の酒瓶を片手にひとなめ。


 アルフは覚悟を決めてカップを受け取り、一気に飲み干した。舌が痺れるような粉っぽさと、喉に残る生臭さ、何度味わっても慣れない。


「……やっぱり、まずい……」


「おぬし、いまだにこの不味いミルクの意味が解っとらんな?」


「……え、はぁ……」 


 ザイランは鼻を鳴らし、空いた手でカップを奪い返す。


「しょうがないのぉ。身体作りのためじゃ、強い身体も家と同じで材料が無くてできるか!」


「うっ……」 


「朝から粥と果物なんぞで生き延びようたぁ甘すぎるわ。戦場に出る者が、食事をケチってどうする。……死ぬ気か?」


 叱責に怒気はない。だが、重さが違った。


 アルフは無言で頷く。今朝の質素な朝食が、喉の奥でつっかえるようだった。


「命張ってるなら、まず “ 体 ” が武器じゃ。食え、寝ろ、鍛えろ。ハイハイしとる赤子のような構えで、生き残れるほど甘かぁないわ」


「……気をつけます」


 心からそう思った。ザイランの“酒臭い言葉”には、どこか背筋を正させる説得力がある。


 ザイランは空になったカップを腰袋へしまいながら、ひとつ欠伸を漏らす。


「まあええ、来たんならちったぁ身体動かせ。どうせ今日も鍛錬不足じゃろ」


 次の瞬間、どこからともなく木槍が一本、アルフの足元に転がってきた。


 訓練の開始を告げる合図だった。


 * * *


 訓練場の朝は、まだ空気が冷たい。


 木槍を握ったアルフが、湿った土を踏みしめて立つ。その前で、ローブの袖をまくったザイランが、地面に線を描くように足を滑らせる。


「まずは坂道逆走じゃ。……ぐだぐだ言う前に走れい」


「……了解です」


 言われるがまま、訓練場の傾斜を駆け上がる。石畳の隙間から生えた草に足を取られそうになりながら、何度も足を運ぶ。


 下りきる頃には、額から汗が流れていた。


「ふん……やっぱり鍛えが足りんの、足の付き方がまだ甘い。もっと“地に刺す”ように踏め。間合いの鋭さは、そこからじゃ」


「はいっ」


 アルフが答えると、ザイランは少し目を細めた。


 素振り、歩法、間合い──すべてが地味な基礎だ。だが、その一つひとつを見ながら、ザイランはぽつりと呟いた。


「……案内役に、指名されたそうじゃな」


 槍の軌道を止めかけたアルフの手が、ピクリと動いた。


「はい。昨日ギルドで正式に通達が」


「……坊主、おぬし、自分が何をやらされるか分かっとるか?」


 問いかけには、どこか試すような響きがあった。


 アルフは、正直に答えた。


「……正直、よく解ってないです。僕たち三人が案内役って言われても、そんな……騎士団の大部隊が動けば、盗賊だってすぐ逃げると思いますし」


「ふん、少しはまともな頭をしておるな」


 ザイランはそう言って、ローブの内側から丸めた地図を取り出す。地面に広げ、草石を重しにして止める。


「……“見せ”と“秘め”、それが今回の策の肝じゃ」


「……“見せ”と?」


「駐屯軍本隊は、奴らの視界に入るよう派手に動く。騒がしく、わざと“抜け道”を作るように、のう。盗賊どもに“逃げ道がある”と思わせるんじゃ」


 アルフは地図の上に目を落とした。


 尾根沿いの山道、林を抜ける獣道、そして農地へ抜ける迂回路──どれも見落とされがちな道が、丁寧に印されている。


「……これだけの地図があるなら、僕らじゃなくても……って、思っちゃいました」


 思わず漏れた言葉に、ザイランがにやりと笑った。


「逆じゃ。おぬしらがおるから“鉤”が仕込める。こっちが“抜け道”と見せかけたその先に、待ち構える獲物を配置するんじゃ」


「罠、ですか?」


「違う。“選択肢”を与えるんじゃ。追い詰められた盗賊どもが、唯一逃げられそうな道を選ぶ──そう思わせてな」


 ザイランの指が地図の一点をなぞる。


「おぬしらの役目は“囮”じゃない。“鉤”じゃ。“逃がす”んじゃなく、“逃がす先”を誘導する──その違いが分かれば上出来じゃ。……やれるか?」


 問いかけに、アルフは自然と背筋を伸ばしていた。


 重圧を感じるのではない。自分を信用してくれている、その感覚だった。


「……やります。全力で務めます」


 その答えに、ザイランは酒瓶を傾け、ぐいとひと口煽る。


「まぁ、頑張れ。とりあえず今日の分はこれまでじゃ。……だがな、坊主」


「はい?」


 ザイランは、くいっと空のカップを振って言った。


「“鍛錬”は一日じゃどうにもならん。だからこそ、毎日食え。肉を食え、噛んで、溜めて、筋肉に変えろ。戦いに生きるのならそこをケチるな」


「……肉……」


「また粥と果物で誤魔化しとったら、今度は粉だけ食わすぞ」


「それはちょっと……」


 思わず笑いがこぼれる。ザイランも、くくっと喉の奥で笑った。あの日と、何も変わらぬ調子で。


 まるで、かつての訓練の日々に戻ったようだった。


 * * *


 駐屯所を後にする頃には、太陽が高く昇っていた。


 アルフは門を抜け、湿った街路をゆっくりと歩く。訓練と地図上での作戦検討──身体も頭も、程よい疲労感に包まれていた。


 そして何より、胸の内には一つの確信があった。


(……あの人は、きっとわざわざ僕らを“指名”したんだ)


 ギルドに正式依頼を出すだけなら、案内役など誰でもよかったはず。

 だがあの策、あの地図、そして“鉤”という言葉。

 ザイランはきっと──“自分たちだからこそ”任せたのだ。


 軽口と叱責の裏に、照れ隠しのような温もりがあった。

 だからこそ、あの不味いミルクの味も、今日は少しだけ違って感じられる。


 空腹を感じながら、アルフはふと思い返す。


(……今朝、食べたの……果物とパンのかけら、だけだな)


 指摘されるまでもなく、それでは足りない。

 生き残るための身体をつくるには、まず“食うこと”から変えなくては。


 手近な酒場の看板が目に入ったが、すぐに首を振った。

 ──食うなら、しっかりとした“肉”を。きちんとした“飯”を。


 アルフは歩調を少しだけ速めた。


 次の戦いは、すでに始まっている。

 それは剣や槍を交える場面ではない。

 “備える”という静かな時間の中で、己を鍛え、支度を整えること──


 仲間がいる。任された役目がある。

 だからこそ、後れは取れない。


 ふと、ザイランの背中を思い出す。


 酒をあおりながらも、誰よりも鋭い眼をした、だらしない師。


(……師匠、と呼んだら、怒られるかな)


 呼ばずとも、その背に倣うつもりで──

 アルフはまた新たな一歩を歩き出すのだった。




【第43話 成長記録】

筋力:11(熟練度:79 → 83)【+4】

→ 坂道逆走・木槍訓練により下半身強化。

敏捷:11(熟練度:60 → 64)【+4】

→ 歩法・素振りの基礎反復で反応力に微細な変化。

知力:11(熟練度:24 → 25)【+3】

→ ザイランの作戦を理解し、地形・誘導の本質を把握。

感覚:14(熟練度:92 → 93)【+1】

→ 地図上の地形・視線誘導などに意識を向け、空間認識が微増。

精神:13(熟練度:62 → 64)【+2】

→ 指名の意味を受け止め、役割への覚悟を固めたことで安定性向上。

持久力:16(熟練度:50 → 55)【+5】

→ 訓練による持続負荷と軽度の消耗でスタミナが成長。


【収支報告】

所持金:1,713G

内訳:

・前回終了時点:1,735G

・朝食:−4G

・夕食(ノネズミ亭):−8G

・宿泊費:−10G


【アイテム取得/消費】

取得:なし

消費:なし


【装備・スキル変化】

武器: スレイルスピア

防具: 軽革製防具

スキル:《間合制御》

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