表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/55

第41話「白霧の悪意と、最初の一重」

 霧は、ただ白いだけじゃなかった。視界を覆い、音を呑み込み、鼻腔に冷えた匂いを押し込んでくる。肌をなぞる空気は、氷の刃で試し切りされているみたいに鋭い。


 足音が近くで響いたかと思えば、すぐ消える。鳥の声も飲まれ、霞んだ世界だけが広がっている。


(……間合いを測れ)


 ザイランの低い声が、耳の奥で重たく響く。あの人の教えは、こういう時ほど鮮やかに蘇る。


 槍の柄を握る手に、汗がじわりと滲んだ。冷気で指先が痺れるのに、掌だけは妙に熱い。ひとりじゃない──その事実が、逆に緊張を膨らませる。


 背後にリオン、さらに後ろにはエリン。足並みは揃っているはずなのに、霧がその確信を奪っていく。肩越しに振り返りたくなる衝動を、歯を食いしばって押し殺した。


(大丈夫だ。……大丈夫、なはずだ)


 吐いた息が、すぐに白に溶ける。視界の先に広がるのは、果てのない白と、足元の泥だけだった。


 * * *


「……静かだな」

 アルフがつぶやくと、返事はなかった。代わりに、後方の気配がわずかに動く。


 エリンだ。無言のまま、弓を握り、耳をそっと動かすように首を傾けている。その仕草に、獣みたいな鋭さを感じて、アルフは一瞬言葉を飲んだ。


 一方、リオンは魔導書を胸に、呪文を小声で確認している。

「し、静まれよ、風よ、我が声を……あ、あれ、違っ……」

 最後の一音が裏返り、情けない声が霧の中に浮かんだ。


「……聞こえてないよ」

 アルフが小さく笑って声をかけると、リオンの肩がびくりと震えた。

「う、うるさい……確認だってば……!」


 その反応に、アルフは思わず息をもらした。笑いというより、緊張を解くための、小さな音。

 ぎこちない。けれど、この三人で歩いていることが、不思議と悪くなかった。


 * * *


 その瞬間だった──空気の色が変わった気がした。


 鳥の鳴き声が、完全に消えていた。次の瞬間、霧の奥からばさりと羽音が弾ける。無数の影が空に逃げ、白い世界を切り裂いて飛び去った。


「……異常だな」アルフが呟くより早く、エリンが膝をつき、泥に指先を当てた。


「足跡……古くない。盗賊かも」


 低く放たれたその言葉に、空気が一気に張り詰める。冷気が喉を刺し、槍を握る手に力がこもった。


「深追いするな。まず安全を──」アルフが声を出した、その直後だった。


 霧を割って、影が走った。


 * * *


 霧を割って現れたのは、三つの影だった。先頭の男が短剣を抜き放ち、「やれ!」と低く吠える。その声に応じ、灰色の毛並みに霧を纏った獣が「グルルッ」と唸りながら前方へ跳ねた。さらにもう一人、長い棍棒を構えた盗賊が後方から迫ってくる。


「リオン、後ろ! エリン、上から射線!」

 アルフの声が鋭く飛ぶ。迷いはなかった。彼自身、もう前へ踏み込んでいた。


 スレイルスピアを半身で構え、獣の動きを読む。霧が絡む足場で、相手は音もなく飛びかかってきた。


 ──速い!

 槍を横に振り、軌道を逸らす。牙が空を噛み、頬を掠めた。風圧が肩を打つ直後、泥を裂く爪音が鋭く響く。


 背後で、冷たい声。

「……頭を下げて」


 アルフは即座に腰を落とす。ひゅっ、と霧を切る音。矢が獣の肩を貫き、鮮血が白い世界に散った。木の枝の上で弓を引いたエリンの瞳は冷ややかだった──だが、その奥に微かな震え。


「助かる!」アルフは短く叫び、槍を構え直す。獣は吠え、片脚を引きずりながらもなお襲いかかろうとする。


 そのとき、リオンの詠唱が走った。

「……風よ、乱れ、霧を裂け──!」

 声が一瞬、かすれる。地を這う風が霧を巻き込み、渦を生み出す。後方で迫っていた棍棒の盗賊が足を取られ、「うわっ!?」と叫びながら泥に沈む。


「今だ!」

 アルフは踏み込み、槍先を低く走らせる。短剣を振るう盗賊が「ぐっ……!」とうめきながら受けきれず、体勢を崩す。横目で見た棍棒の男も、必死に体勢を立て直すが足場が悪い。


 獣が吠え、血を滴らせながら再び牙を剥いた──が、その瞬間、先頭の盗賊が舌打ちを放つ。

「チッ……ここは退くぞ!」


 二人の盗賊は視線を交わし、獣を呼び寄せると、白い霧の奥へと消えていった。霧の中には、乱れた足跡と赤い染みだけが残る。


 静寂が戻った。


 アルフは荒い息をつき、槍を支えた。

「……無事か?」

 エリンは枝の上から軽くうなずき、リオンは膝に手をついてかすかな笑みを浮かべる。

「……やった、よな?」


 ぎこちなくも確かな達成感が、三人の間に漂った。完全じゃない。けれど、確かに“噛み合った”瞬間があった。


 * * *


 枝から飛び降りたエリンは、髪に絡んだ葉を払うと、ほんのり柔らかい声で言った。 「……紙一重。次は、もっと早く動く」


 リオンは魔導書を抱え、泥を払おうとして諦めたように苦笑する。 「足、まだ震えてるけど……ちょっと嬉しい」


「この泥、ギルドで笑われるな」アルフが肩をすくめると、リオンが即座に返す。 「アルフだけ沼掃除の依頼受けた?」


 三人の間に、わずかな笑いが生まれた。


「ここから先は危険だ。報告を優先しよう」アルフの言葉に、誰も異を唱えなかった。


 * * *


 ギルドの扉を押し開けた瞬間、三人の体にまだ霧と土の匂いがまとわりついていた。受付に立つミーナが、目を瞬かせる。


「……ずいぶん派手にやったみたいですね」


 アルフは苦笑し、簡潔に報告を始めた。盗賊と追跡犬の存在、霧に紛れた奇襲、そして辛くも退けたこと。ミーナの指がペンを握りしめ、書き留める音がやけに重く響く。


「……やっぱり、放ってはおけないですね。皆さんが無事で本当に良かった」 その声は静かだったが、安堵の色がにじんでいた。


 報告を終えた瞬間、アルフは気づいた。胸の奥で張りつめていた糸が、ようやく緩んだことに。――帰ってこられた。それだけで、世界が少し広くなったように感じた。


「ギルドで報告書をまとめ、王国駐屯軍へ連絡します。皆さんはしっかり休んでくださいね」 ミーナがそう告げると、三人はそろって頷いた。


 席を立つとき、アルフは隣を歩く二人を横目に見た。自分ほどではないが、泥に汚れ、疲れ切った顔。それでも悪くない。たしかな重なりを――そう、重ねられた。



※ご愛読ありがとうございます!皆様のコメントおまちしております。


【第41話 成長記録】

筋力:11(熟練度:74 → 76)【+2】

→ 槍の踏み込みと体勢保持で瞬発力が微増。

敏捷:11(熟練度:56 → 58)【+2】

→ 霧中での回避、横移動、姿勢制御で強化。

知力:11(熟練度:20 → 22)【+2】

→ 奇襲に即応し、隊列指示と状況判断を重ねた成果。

感覚:14(熟練度:83 → 88)【+5】

→ 視界を奪われた環境で音・気配を頼りに戦闘、感覚精度が向上。

精神:13(熟練度:54 → 59)【+5】

→ 霧・盗賊・獣の連続緊張に耐え、恐怖を抑えて踏み込み。

持久力:16(熟練度:44 → 46)【+2】

→ 足場不良での戦闘と緊張維持による疲労耐性。


【収支報告】

所持金:1,647G

内訳:

 -前回終了時点:1,405G

 -依頼報酬:+260G

 -夕食(ノネズミ亭):−8G

 -宿泊費:−10G


【アイテム取得/消費】

取得:なし

消費:携帯食(小)


【装備・スキル変化】

武器: スレイルスピア

防具: 軽革製防具

スキル:《間合制御》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ