第37話「意識過剰な不自然さ」
朝の空気は、まだ少し冷たかった。けれど、訓練場に響く靴音と、打ち込む息の熱で、アルフの額にはじわりと汗が浮かび始めていた。
ギルド裏手の訓練場。いつもの時間、いつもの場所、いつものように──アルフは黙々と槍を振るっていた。
(……悪くはない。けど)
どこか、身体が浮いているような感覚があった。動きは再現できているはずなのに、地面を蹴る足に芯が通らない。重心も、呼吸も、なぜか揃わない。
なにより、音が響きすぎる。
槍を振るうたび、靴を引きずるたびに、耳に届く反響がいつもよりわずかに重い気がした。
(何だろう……落ち着かない)
振り返る。だが、そこには誰もいない。
訓練場の端には、朝露に濡れた木杭が並んでいるだけだった。
(……気のせい? でも、昨日も……)
気を取り直して木杭の間をすり抜ける練習を再開する。だが、その足取りに迷いが混じっていた。
「おはよう、アルフ」
聞き慣れた声が届いた。
訓練場の入り口。リオンが軽く手を振って近づいてくる。
「朝から熱心だね。ちょっと付き合ってもらっていい? 連携の練習したくて」
「いいけど、珍しいね。朝からやる気じゃん」
槍を肩にかけながら応じると、リオンは一瞬だけ訓練場の端へ視線をやった。
「あれ……誰か、今そこにいなかった?」
アルフはそちらを見たが、何もなかった。
「いや? 誰もいなかったと思うけど」
「……フードの人影が見えたような気がしたけど……気のせいかな。変な感じだったな」
そう言いながらも、リオンはほんの少しだけ視線を残していた。
そのやり取りを経て、ふたりは訓練を始める。
そして──ページの向こう。
訓練場の端、小さな茂みの影。
朝日を背に、フードを深く被ったひとつの影が、静かに立ち去っていく。
風に揺れる外套の裾。その足取りは、どこまでも静かだった。
彼女の名は、まだ呼ばれない。
けれど、そこに“いた”ことだけは、確かだった。
* * *
ギルド本館の依頼掲示板前。
朝の訓練を終えたアルフとリオンは、並んで掲示板を見上げていた。
「今日の軽めの依頼って……あ、これなんかよさそうじゃない?」
リオンが指差したのは、王都郊外にある材木置き場での魔獣駆除。
どうやら雑木林を整理していた作業員が、小型の魔獣を目撃したらしい。
「危険度は低め。報酬は……まあまあ。連携を試すには、丁度いいかもな」
「たしかに。……じゃあ、これにしよう」
ふたりで受付を済ませ、出発の準備に取りかかろうとしたそのとき。
「アルフさん、今朝エリンさんと会いました?」
背後から、ミーナの声が飛んできた。
カウンターにいた彼女は、書類の束を抱えながらもこちらに顔を向けている。
「今朝? いや……見てないけど」
「そうですか。出勤のときに彼女の姿を見かけたんです。訓練場のほうに歩いていくのが、ちらっと……」
ミーナはふと目を細め、わずかに首をかしげるような笑みを浮かべた。
「……でも、声かけてなかったみたいですね。どうしてでしょう」
からかいではなかった。ただ、ぽつりと零した問いかけのような言葉。
リオンがアルフを肘でつつく。
「やっぱり、気のせいじゃなかったのかもな……いや、なんでもない」
言いかけてやめた。
アルフは掲示板の前に視線を戻す。
だが、貼られた紙の文字はぼやけて、輪郭が霞んで見えた。
掲示板の縁越しに、空の青が少しだけ覗いていた。
その青は、やけに静かだった。
何かを言おうとして──言葉は、出なかった。
(……いや、違う。言うようなことじゃない)
そのまま数秒だけ掲示板を見上げ、そして槍の柄に手をかけた。
「行こう。リオン」
「うん」
ふたりは並んでギルドを出ていく。
空は高く、陽光は穏やかで、風はすこしだけ、背中を押していた。
* * *
郊外の材木置き場は、陽の光を浴びて静まり返っていた。
人の気配はすでになく、切り出された丸太の山が規則正しく積み上げられている。その間に、かすかに獣の匂いが混じっていた。
「一応、気配には気をつけておこう。見た目以上に潜んでるかもしれない」
アルフの声に、リオンが頷く。
「了解。あっちの材木の影、少し動いたような……」
ふたりは声をひそめて配置につく。
材木の迷路を抜けるように進みながら、互いの位置を意識して動いていく。
──が、最初の接触は、やや予想外の形で訪れた。
「っ……!」
リオンの杖の先に淡い光が灯り、魔力が集まり始めた──詠唱の初動。
それを見たアルフは、とっさに横へ跳んだ。
直後、足元から飛び出した小型の魔獣──斑紋ツチイタチが、低く唸りながら逃げ去る。
魔力は発動しきれず霧散し、リオンの目がかすかに揺れた。僅かに震えた息を吐き、握った杖を見下ろす。
アルフは着地の勢いで足を滑らせ、そのまま積まれた木材に背中を打ちつけた。
「っ……ぐっ……」
「だ、大丈夫!?」
リオンが駆け寄る。
「なんとか……。つい、反射で跳んだ……」
アルフは痛む背を抑えながら、ちらりとリオンを見た。
一瞬、喉まで出かかった言葉を飲み込む。
(詠唱が遅れた──いや、違う。そんなふうに思いたくない)
「ごめん、俺のタイミングが掴みにくかったよね。もっと早めに構えるべきだった」
リオンの声に、アルフはかすかに笑う。
「いや、俺の方こそ先走ったよ。……まあ、どのみち反応できる間じゃなかった」
そう言いながら、ふたりは互いの立ち位置と死角を再確認し合う。
その後も数度、小競り合いのような接触があった。
リオンの魔弾がアルフの肩先をかすめ、アルフの槍先がリオンの視界を横切る──息の乱れた連携だった。
結果的には無事に駆除を終えたが、息は決して合わなかった。
攻撃を合わせようと意識しすぎて、逆にリズムが狂う。
タイミングを測ろうとして、足が止まる。
──互いに、相手の動きを「読む」ことにばかり意識が向いてしまっていた。
依頼の最後、材木の隙間から小動物が飛び出した瞬間。
ふたりは同時に構えかけて、互いに顔を見合わせ──やめた。
ただ、小さく笑って、リオンは杖を下ろし、アルフは槍を納めた。
「……噛み合わなかったけど、悪くはなかったね」
「うん。なんか、変に合わせようとするより、力抜けてた方が上手くいきそうな気がする」
ふたりは並んで材木置き場を後にした。
夕陽が傾きかけていた。
地面に落ちたふたりの影は、ほんの少しだけ重なって、すぐにまた、別々の方向へと伸びていった。
* * *
材木置き場からの帰り道、ふたりは言葉少なに歩いていた。
グラウエルの街が見え始める頃、リオンがぽつりと口を開いた。
「……なんか、変な疲れ方したね」
アルフは苦笑しながら頷く。
「たしかにな。ちゃんと戦ったはずなのに、どこか気疲れした感じだ」
「でも、少しは慣れてきたかも。アルフさんの動き、なんとなく読めるようになってきた」
「それ、俺も思った。……たぶん、焦って合わせようとしない方がいい」
ふたりの足取りは、少しずつ軽くなっていた。
静かだった空気に、ようやく笑いの成分が混ざり始める。
街の門をくぐる直前、アルフはふと足を止めた。
視界の隅、通りの角に誰かが立っていたような気がした──ほんの一瞬だけ。
振り返ったときには、すでに人混みに紛れていたのか、姿は見えなかった。
「……どうかした?」
リオンが振り返る。
「いや……気のせい。行こう」
そう言って、再び歩き出す。
その背に、リオンが微笑を浮かべて追いついた。
いつもと同じ道のはずなのに、今日は少しだけ景色が違って見える──そんな帰路だった。
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【第37話 成長記録】
ステータス・熟練度
筋力:11(熟練度:62 → 65)(+3)
→ 訓練時の反復動作と、材木置き場での短時間戦闘による小規模な身体負荷。
敏捷:11(熟練度:47 → 49)(+2)
→ リオンとの連携における動作調整、瞬時の跳躍・回避行動など、咄嗟の反応が増加。
知力:11(熟練度:12 → 13)(+1)
→ 不調な連携の要因分析や、戦闘中の判断修正を通じて、内省的思考が促進された。
感覚:14(熟練度:73 → 76)(+3)
→ 視線への反応、周囲の気配や魔獣の動きへの鋭敏な感知が戦闘中に発揮された。
精神:13(熟練度:39 → 42)(+3)
→ 焦りや噛み合わなさに対して、自分自身を抑えながら戦い抜いたことで、冷静さと精神的耐性が向上。
持久力:16(熟練度:30 → 34)(+4)
→ 訓練から依頼遂行・帰還までの一連の活動による中程度の持続的消耗が発生。
【収支報告】
現在所持金:1,211G
内訳:
- 前回終了時点:1,083G
- 依頼報酬(材木置き場・魔獣駆除):+150G
- 朝食(ギルド食堂):−4G
- 夕食(ノネズミ亭):−8G
- 宿泊費:−10G
【アイテム取得/消費】
取得:なし
消費:なし
【装備・スキル変化】
武器:スレイルスピア
防具:軽革製防具
スキル:《間合制御》




