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第34話「またの機会を紡ぐ足踏み」

 朝のギルド食堂には、パンとスープの香ばしい香りと、眠気を残した冒険者たちのざわめきが漂っていた。


 アルフとリオンは、いつもの角の席に並んで腰掛け、朝食を取りながら前日の出来事を振り返っていた。


「昨日の朝さ、ギルドでアルフのこと探してたんだけど……」


 リオンがパンをちぎりながら、少しだけ唇を尖らせて言った。


「ごめん。朝から依頼が入ってて。」


「あとでミーナさんから聞いて、びっくりしたよ。例の気難しい弓の子と組んでたって」


「うん。俺も驚いたよ。最初はちょっとどうなるかって思ったけど……すごく頼れる人だった。判断が早くて、動きに無駄がない」


「へえ……ちゃんと会話、できたんだ。それより……揉めなかった? あの子、ギルドでも他の冒険者とよく言い合いになってるの見るから、ちょっと心配だったんだけど」


 アルフはスプーンを口に運びながら、少し考えた。


「うーん……会話っていうより、意図をくみ取るって感じかな。言葉は少ないけど、伝えようとしてることは、なんとなくわかった」


「ふーん……アルフがそう言うの、ちょっと意外かも」


 そのとき、リオンの手がパンをちぎる途中で止まり、ふたりの背後から気配が差し込んできた。


 アルフがふと振り返ると、そこには弓を背にした少女──エリンが立っていた。


「……わたしがどうかしましたか?」


「うわっ……いや、あの……エリンさん、おはようございます……」


 リオンがやや固まったような笑みを浮かべて、ぎこちなく頭を下げた。一方で、アルフは平静を装いつつも動揺を隠しきれない様子だった。


「おはよう。……昨日はおつかれさま」


「……おつかれさまでした。」


 エリンは一度、ギルドの入口の方を振り返るように視線を投げてから、何かを確認するようにアルフたちのテーブルに視線を戻した。そして、手に持った盆を小さく動かす。


「報告書……いえ、依頼を探しにきたところです。」


 その言葉には、わずかな間と迷いが混じっていた。


「そ、そうなんだ。……どんな依頼を受けるの?」


 アルフが問い返すと、エリンは小さく首を傾ける。


「まだ決めていません。」


 そして、ふたたびテーブルの空いた席を見やり、短く問う。


「……空いてますか?」


 リオンが一瞬アルフを見るが、アルフは軽くうなずいた。


「どうぞ」


 スープとパンを載せた盆を持ってエリンが静かに腰掛ける。


 沈黙が、ふと降りた。しかしそれは居心地の悪いものではなかった。


 リオンがちぎりかけたパンに再び手を伸ばすまでに、一拍の間があった。


 ただ、空気の質が少しだけ変わった──そんな気配が、そこにはあった。


 * * *


 食事を終えた三人は、そのまま依頼掲示板の前へと足を運んでいた。


 朝の混雑もひと段落したギルド内では、依頼票を眺める冒険者の姿がちらほらと見られる程度だった。


「アルフ、昨日って結局どんな依頼だったの?」


 リオンが掲示板を見上げながら、少し遠慮がちに尋ねる。


「簡単な調査依頼だったよ。罠が仕掛けられてたのはちょっと驚いたけど」


 アルフが答え、視線を隣にいるエリンへと向ける。


「エリンさんの動き、すごく正確だった。……あれ、見えてたの?」


「足音と空気の流れで。……見えなくても、傾きと湿度である程度は」


 相変わらず淡々とした口調だったが、その内容にリオンは「マジか……」と小さくつぶやいた。


「才能とか、それだけじゃなさそうだね」


「...技量が保てなければ、命は遠からず失われますから」


 そう答えるエリンの声に感情はなかったが、どこかに張り詰めた強さが感じられた。


「このへんなら、探索型の依頼が多いみたいだな」


 アルフがそう言って、掲示板の一角を示す。


 依頼内容のひとつに目を留めたリオンが、声を上げた。


「あ、これどう? 北東の古井戸周囲の調査。少し危険はあるみたいだけど、歩くにはちょうどよさそう」


 アルフが内容を読み、うなずく。


「良さそうだね。距離も遠くないし、今から出れば夕方には戻れそう」


「……わたしも同行しても支障ありませんか?」


 ふいに、エリンが言った。二人は思わず顔を見合わせる。


 リオンがやや間をおいて、アルフに目で問いかける。


 アルフは短く考えたのち、笑ってうなずいた。


「もちろん。問題ないよ」


「ありがとうございます」


 エリンはわずかに頭を下げた。ほんの数秒のやりとりだったが、それだけで空気に少し緊張が混じる。


「じゃあ、準備して出発しよう。念のため、簡易装備くらいは持っておこうか」


 * * *


 街を出てしばらく歩くと、周囲は人通りもなくなり、林の中を通る旧道へと切り替わった。


 簡単な雑談を交わしながらも、道中はおおむね静かだった。リオンが何か話しかけようとして、言葉をのみ込む場面も数度あった。


 そんな中、ふいにエリンが立ち止まり、小さな声で告げる。


「風向きが変わります。先に少し歩いて、二人は右側の立木の陰で待機を」


 唐突な言葉に、リオンが反射的に問い返しかけるが、アルフが一歩前に出て遮る。


「了解。リオン、こっち。ここから先、茂みが風に流れるから視界が切れる。たぶん、それを利用するってことだと思う」


 リオンはアルフを一瞬見てから、頷いた。


「……わかった」


 エリンは、そんなふたりの応答を確認するように一瞥だけ送り、そのまま静かに道を進んでいった。


 数十メートル先、風の流れに乗って、乾いた音が聞こえた。


 その直後、茂みの奥から濁った体毛とねじれた角をもつ獣──《スナッガル》が三体、唸り声とともに飛び出してきた。


「来た!」


 リオンが叫び、アルフが即座に棒を構えた。エリンは茂みの上方へ位置を取り、すでに矢を番えていた。


 スナッガルの動きは速くなかったが、そのうちの一体が斜めに逸れ、リオンの位置に向かっていく。


「リオン、引いて!」


 アルフが叫び、同時に足を踏み出す。だが、その位置取りはエリンの想定よりも少しだけ早く、そしてわずかに右寄りだった。


 エリンの指が瞬時に緩み、矢が飛ぶ。


 矢は空気を裂き、アルフの足元をかすめるようにして、逸れたスナッガルの左脚を正確に撃ち抜いた。


 リオンはわずかに息を呑みながら、それでも位置を守り切った。


(……本来なら、俺がフォローすべきところだったのに……エリンさんがリカバー入れてくれたんだ)


 残りのスナッガルたちは、ふたりが挟み撃ちにするようにして制圧された。


 全てが終わったあと、エリンは静かに弓を背に戻しながら、アルフの動きを思い返していた。


(……タイミングがずれた。でも、悪くない……)


 その背中を見つめながら、リオンもまた、胸の内で何かを整理していた。


 * * *

 遺構の外縁に建てられた、古びた石の標柱の脇に腰を下ろしながら、アルフは水筒を傾けた。


 風が静かに抜けていく。戦闘の余韻はすでに遠のいていたが、身体の芯には、どこか不思議な感触が残っていた。


「……戻る前に、少し休憩しておこうか」


 アルフが声をかけると、リオンも「だね」と小さくうなずき、背中の汗をぬぐいながら地面に腰を落とした。


 そのすぐ横、立ったまま弓を点検していたエリンが、ふいに言葉を発した。


「連携、取れていましたね」


 アルフとリオンは、同時にエリンの方を見た。


 彼女の表情に特段の変化はなかったが、言葉にはどこか戸惑いのような色が混じっていた。


「……そう見えたなら、嬉しいけど」


 アルフが笑って返す。


「俺、途中でちょっとフォローが遅れましたよね。あれ、正直ミスでした」


 リオンが照れたように頭をかく。


「でも、結果的には……あの位置で問題ありませんでした。」


 エリンは小さくまばたきをひとつした。


「誤差をリカバーするのは、こちらの役目です。ですが……思ったより、うまくできた気がします」


 その言い回しはまるで、想定と現実の間にできた小さな隙間を、慎重に指先でなぞるようだった。


「……普段、そんなに乱れるものなの?」


 アルフの問いに、エリンは少しだけ沈黙した。


 そして、静かに言った。


「……連携という行為は、合理性の中に不確定を内包するものです。私は……不確定を好みません」


 その言葉には、まるで自分自身へ言い聞かせるような硬さがあった。


 リオンが、場の空気をやわらげようとするように、手を広げて笑う。


「でもさ、不確定なぶん面白くない? 昨日と同じことなんて、どうせ起きないし」


「面白い……ですか」


 エリンはリオンを見て、少しだけ目を細めた。まるで、初めて聞いた単語を噛みしめるように。


「……ふたりとも、変わってるね」


「アルフがそれを言う?」


 リオンの軽口に、今度はアルフがくすりと笑う。


 エリンは何も言わなかった。ただ、弓を背に戻すその動作に、どこか肩の力が抜けたような印象があった。


 立ち上がるアルフに続いて、三人は再び歩き出す。


 その背後に、何かが確かに芽吹きかけている気配があった。


 * * *


 日が傾きかけたころ、三人はギルドの門をくぐった。


 軽く埃を払って受付に向かうと、ミーナが顔を上げ、にこやかに出迎える。


「おかえりなさい、アルフさん、リオンさん、そして……エリンさんも。三人で行かれたんですね」


 アルフが報告書を差し出しながらうなずく。


「はい。依頼は無事に完了しました。対象地点の調査も問題ありません」


「ご報告、ありがとうございます。お疲れさまでした」


 ミーナが受け取った報告書に目を通す。その手際を横目に見ながら、アルフはふとエリンの方に視線を向けた。


 彼女は何も言わず、静かに一歩引いた位置に立っていた。けれどその表情は、以前よりどこか柔らかい気がした。


 報酬を受け取ったあと、リオンが軽く息を吐いて言う。


「……じゃあ、お疲れ様でした。ひと足先に帰るよ。夕食、残ってるといいな」


 そう言って微笑み、軽く会釈してギルドの外へと歩き出す。


 アルフはそれを見送り、ふとエリンの方へ向き直った。


「……今日は、ありがとう。エリンさんの助けがなかったら、あの場面、危なかったと思う」


「……こちらこそ。少し、わかった気がしました。……自分に足りないものが...」


 その言葉が、アルフの胸に静かに染み込んでいく。


 そして、エリンはほんのわずかに視線を外し──まるで照れ隠しのように、言葉を続けた。


「……また、機会があれば」


 それだけ告げると、くるりと背を向けて、足音も立てずにギルドをあとにする。


 その背中を見送りながら、アルフはぽつりと呟いた。


「……“非効率でなければ”は、今日はつかないんだな」


 その言葉を、誰に聞かせるでもなく、静かに反芻する。


 気づけば、肩の力が少し抜けていた。




ご愛読ありがとうございます!皆様のコメントおまちしております。



【第34話 成長記録】

筋力:11(熟練度:51 → 55)(+4)

 → 早朝鍛錬および依頼中の戦闘・移動によって、持続的に身体が使用されたため。

敏捷:11(熟練度:39 → 42)(+3)

 → 戦闘時の位置取り・支援行動・間合いの調整など、判断と反応の連動動作が明確に向上。

知力:11(熟練度:5 → 7)(+2)

 → エリンの指示理解、連携補完の判断など、文脈読解と適応思考が強化された。

感覚:14(熟練度:63 → 66)(+3)

 → 風向き・足音・魔物接近への感知に対応し、視線・空気からの情報読み取り能力が高まった。

精神:13(熟練度:23 → 27)(+4)

 → 信頼形成への小さな進展、連携中の葛藤の受容と補完行動によって内面的成長が進んだ。

持久力:16(熟練度:15 → 20)(+5)

 → 朝からの訓練+戦闘を含む依頼遂行により、運動負荷と集中維持による疲労耐性が向上。


【収支報告】

現在所持金:888G

 内訳:

 ・前回終了時点:810G

 ・依頼報酬:+100G

 ・朝食(ギルド食堂):−4G

 ・夕食(ノネズミ亭):−8G

 ・宿泊費:−10G


【アイテム取得/消費】

・取得:なし

・消費:なし


【装備・スキル変化】

武器: スレイルスピア

防具: 軽革製防具

スキル:《間合制御》

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