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第31話「革を着て、一歩」

 朝焼けの淡い光が、グラウエルの石畳にうっすらと影を落とす。まだ人通りもまばらな時間、ギルド裏手の訓練場に、ひとり走る少年の姿があった。


 アルフ・ブライトン。

 まだ見習いの域を出ない若き冒険者は、薄く汗ばむ額に手をやりながら、呼吸のリズムを整えていた。


(ザイランさんとの修行が終わっても……体は、自然と動きたがってる)


 訓練場の端に並んだ木杭の間を縫うように走り、何度も折り返す。地面を蹴る感触。踏み込みの位置。無意識に、それらを意識できていることに、アルフ自身が気づく。


 成長というのは、こういう“違和感のなさ”なのかもしれない。


 ふと走りながら視線を下げると、自分のズボンの膝に目がいった。布地がすっかり擦り切れ、うっすらと地肌が見えかけている。


(……このズボン、そろそろ限界か。今度の報酬で服も買い替えないとな)


 そう思いながらも、どこか「まだいけるか」と楽観してしまう自分に、苦笑いを浮かべる。


 走り終えたアルフが深く息をつきながら休もうとしたとき、訓練場の出入り口から低い声が届いた。


「動きだけは一丁前になってきたが……お前、その装備でまだ生きてるのは奇跡だな」


 振り返ると、そこにはハルドの姿があった。

 肩に槍を担ぎ、無精髭を撫でながらも、視線は真っ直ぐにこちらを見ている。


「え……どういうことです?」


「いや、どこからツッコんでいいのか悩むが……防具、着てねぇだろ。今まで素っ裸で魔獣相手に突っ込んでたのか? いや、マジで」


 アルフは思わず自分の服装を見る。

 薄手の布シャツと、動きやすいズボン。

 手には、使い込んだスレイルスピア。


 防具らしい防具──確かに、何も着けていない。


(……言われてみれば、本当にそうだ)


 冒険者になってからというもの、武器の扱いや立ち回り、魔物への対処法には必死に目を向けてきた。

 けれど、“守る”という意識は、どこか後回しになっていた。


「……よく、今まで無事でしたね。自分」


 苦笑まじりに呟くと、ハルドは呆れたように鼻を鳴らした。


「無事だったのは運だな。Eランク以上の依頼に行くなら、そろそろ備えろ。防具は“保険”じゃねぇ、“動きの一部”だ。重くて動けねぇとか言う前に、その命守れ」


 その言葉は、どこかザイランにも似た“現場の重み”を感じさせた。


 アルフはもう一度、自分の身なりを見下ろす。


(守るための準備……ちゃんと考えなきゃいけないかもな)


 そうして、その朝の訓練が終わった頃には、アルフの胸の中に一つの小さな決意が芽生えていた。


 * * *


 訓練を終えたアルフは、ギルドの食堂で軽い朝食をとっていた。

 パンとスープ。それだけなのに、体を動かしたあとのせいか、やけに美味い。


 ふと周囲を見渡すと、先輩冒険者らしき男女がテーブルに座って談笑していた。

 金属の胸当てに、皮の篭手。布と革を重ねた軽装鎧に、手入れされたブーツ。


(……みんな、ちゃんとした防具、着てるんだな)


 今までは“そういうもの”として流していた光景が、今日はやけに目につく。

 そうか、見慣れていたのは、自分が意識してなかっただけなのか。


 手元のスープを飲み干しながら、アルフは意を決して席を立った。


「……よし、防具屋に行ってみよう」


 街路に出ると、空はすっかり明るくなり、朝の活気があふれていた。

 通りのあちこちに色とりどりの布や飾りがかかっていて、どうやら祭りの準備が始まっているようだった。


(……そういえば、そんな話も聞いたっけ)


 街の人々が忙しそうに動き回る中、アルフはやや奥まった小道に足を向ける。


 ハルドに教えてもらった店だ。

 “革防具と修繕の専門”という小さな看板が掲げられた木造の建物。

 外見は質素だが、手入れの行き届いた扉や窓枠から、長年の仕事ぶりがうかがえる。


 アルフが扉を開けると、革と油の香りが鼻をついた。


「はーい、いらっしゃ……あら、珍しい顔ね」


 店の奥から現れたのは、屈強な腕を持つ中年の女性だった。

 白い作業エプロンに革の手袋。髪を後ろでざっくりとまとめた快活な雰囲気。


「防具の相談? それとも修繕? あ、採寸から? 予算は? 動きやすさ重視? 肩当て欲しい派? それとも脚部から入るタイプ?」


「え、あの……はい、防具を……初めて、なので……」


「あらまあ、初々しい! よし、じゃあ『軽くて動けて、とりあえず死なないやつ』をベースにご提案するわ」


 女性職人は慣れた手つきで数点の防具を取り出し、カウンターに並べていく。


「これは軽革製のハーフジャケット。動きやすいし、肩に小さなパッドつけてある。これが脚部。太腿と膝にだけ装備するタイプで、可動域が確保できるようになってるの」


 アルフは呆気に取られながらも、一つひとつの説明に耳を傾けた。


 金属ではないから目立たず、音も少なく済む。

 見た目は地味だけど、そこには職人の工夫が詰まっていた。


 そのとき、入口の扉がガチャリと開いた。


「悪い、昨日預けてた肩当て、取りに来た」


「ちょっと待った。……あんた、これ、どうせ干しもしないで濡れたまま放っといたでしょ。革がカビてんじゃないの!」


 怒気交じりに応じた女店主に、客の男が苦笑いしながら頭を下げた。


「手入れがなってないんだから、また同じ壊れ方するわよ? 今回は修繕代だけで済んだけど、次は新調よ!」


 (……なんか、すごい人だな)


 アルフは少しだけ背筋を伸ばし、整然と並べられた防具に視線を戻した。


「ちなみにこれ、440G。高く感じるかもだけど、正直これで命一つ守れるなら安いもんよ」


「……お願いします。それにします」


 手持ちの財布から、貯めてきた硬貨を一枚ずつ丁寧に出す。


 数えているうちに、思っていたよりもずっと減っていることに気づいて、胸の内にわずかな寂しさが広がった。


(もっとあったと思ったのに……いや、そりゃそうか。こうして使うと、一気に減った気がするもんな)


 財布が軽くなった代わりに、防具が入った包みのずしりとした重みが腕に残る。


(思ったより軽い……けど、ちゃんと動けるかな。走ったり、避けたり……)


 初めて手にした“守るための道具”に、期待と不安が同時に湧き上がる。


(……ま、とりあえず、これでシャツとズボンよりはマシか)


「気に入ったら、また来なさいよ。うちの子たち、ちゃんと可愛がれば長持ちするからね」


 女店主の言葉に背中を押されるように、アルフは包みを肩に担いだ。


 * * *


 その日の午後、陽が傾きかけた薄曇りの空の下。アルフは再びギルド裏手の訓練場に立っていた。


 午前中に手に入れたばかりのそれを、彼はすでに身に着けている。


 柔らかな革の肌触り。最初はぎこちなく感じた装着感も、少しずつ馴染んできた。

 けれど、動き出してすぐ、アルフは気づく。


(……やっぱり、いつも通りにはいかないな)


 微妙に重心がずれる。肩が引っ張られる。足の上げ下ろしが遅れる。


 スレイルスピアを手に、木杭の間を走り抜ける。

 ……が、普段なら難なくすり抜けられる間合いで、ほんのわずかにバランスを崩して杭に肩をぶつけた。


「……ちっ」


 舌打ちが漏れる。


(こんな装備一つで、こんなに変わるのか……)


 装備とは、守るためのもの。それは間違いない。

 だが同時に、動きを鈍らせ、判断を遅らせる要因にもなる。


(だけど、これは──慣れなきゃいけない重さだ)


 アルフは一度深呼吸し、構えを整えた。


 次第に、革が自分の動きに少しずつ追いついてくるのを感じた。

 呼吸を整え、手足の動きを意識する。スレイルスピアの柄が腕に馴染む。


 思えば、武器の時もそうだった。

 最初は重たくて、握りも不格好で。

 けれど、日々使い続けることで、自分の“戦い方”になっていった。


(この防具も、同じだ)


(……今まで防具も着けずにやってきた自分って、周りから見たら──無謀で、無知で……うわ、ちょっと恥ずかしい)

(でも、それでもここまで来られた)


「……まだまだ、だけど……慣れてみせる」


 呼吸を整えながら、彼はそっと革の胸当てを押さえた。


(……まだまだ、ぎこちない。でも──これから少しずつ、自分の動きになっていくのが楽しみだ)

(きっと、いつか“しっくりくる日”が来る。そのとき、また一歩、先に進める)


 彼はゆっくりと槍を下ろし、防具の革を一度だけ握りしめた。


 そのまま、何も言わずに訓練を続ける。


 午後の淡い陽射しの中に、革の衣擦れと靴音が、静かにリズムを刻んでいった。


 * * *


 訓練を終えたアルフは、革の装備を外すと、慎重に畳んで包みに戻した。

 肩や腰のあたりがわずかに擦れていて、じんわりとした痛みが残っている。

 まだ汗が残る生地の重みが、なんとなく“手に入れたばかり”という感覚を際立たせていた。


 これが、これからの自分を守るもの。

 これと一緒に、戦っていく日々が始まる。


 ノネズミ亭に戻る頃には、日も傾き、街の空には淡い橙が広がっていた。  石畳に映る影が長く伸びる中、アルフは足を止めて、ふと背中の荷を意識する。


 少しだけ、重い。

 けれど、それが“備え”という安心にもなっていることに、彼は気づいた。


「……さて。次は、どこまで通用するか、だな」


 独り言のような声に、通りすがりの人々は気にも留めない。

 でもアルフにとって、それは心に刻んだ約束だった。


 これを着たからって、急に強くなるわけじゃない。

 でも、少なくとも“なりたい自分”に一歩だけ近づいた──そんな気がした。


 革の包みが、わずかに軋む音を立てた。

 それは、まだ馴染まぬ新たな相棒が、彼の背中に確かにいるという証だった。




※この作品はカクヨムで先行公開中です

ご愛読ありがとうございます!皆様のコメントおまちしております。



【第31話 成長記録】

筋力:11(熟練度:41 → 43)(+2)

 → 訓練場での走り込み、木杭走、革装備を着用した動作反復などにより、体幹や脚部の筋力が自然と活性化。

敏捷:11(熟練度:30 → 33)(+3)

 → 革防具の装着によって変化した重心や可動域に順応するため、再調整された動作の中で反応力・身体制御力が向上。

知力:10 → 11(熟練度:99 → 1)(+2/ステータスUP)

 → 「備える」という概念に向き合い、防具導入の必然性を理解。戦闘全体の構造や自分の役割を再定義し、内的知的成長が閾値を突破。

感覚:14(熟練度:57 → 57)(±0)

 → 環境察知・空気読みといった外的感覚の使用機会は限定的で、変化は見られなかった。

精神:13(熟練度:11 → 13)(+2)

 → 新装備に対する戸惑いや違和感に向き合いながら、自信を揺らがせず自己肯定へとつなげた内面的柔軟性が向上。

持久力:15→ 16(熟練度:98 → 3)(+5/ステータスUP)

 → 朝からの連続訓練・午後の防具慣らしを通して、持続的な身体負荷が発生した。


【収支報告】

現在所持金:493G

 内訳:

 ・前回終了時点:955G

 ・朝食(ギルド食堂):−4G

 ・革防具一式購入:−440G

 ・夕食(ノネズミ亭):−8G

 ・宿泊費:−10G


【アイテム取得/消費】

・取得:軽革製防具一式(ハーフジャケット+脚部防護)

・消費:なし


【装備・スキル変化】

武器:スレイルスピア

防具:軽革製防具(新装備)

スキル:《間合制御》

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