第29話「望まれぬ冒険者と沈黙の村」
騒がしいはずのギルドの朝も、依頼前の静けさの中では妙に遠く感じた。
受付カウンターの端で、アルフとリオンは簡易の腰掛けに並んで座っていた。前日にリオンが受けていた依頼。その確認と支度を済ませるため、ふたりは今朝早くからギルドに顔を出していた。
「ネル村の件ですが……出発前に、いくつか補足があります」
受付嬢のミーナが手元の記録を確認しながら口を開いた。
「数日前から通信が絶えています。魔物による被害という明確な報告はありませんが、家畜の逃走や畑の荒らしといった報告が複数出ており、村内でも意見が割れているようです」
アルフが静かに頷き、リオンがやや不安げな表情で尋ねた。
「やっぱり……騎士団が動くには、小さすぎる案件ってことなんでしょうか」
「はい。近隣の部隊も現在出払っており、正式な派遣は難しい状況です。ただ、村の不安が長引くのもよくありませんから、今回のように“様子見と護衛”を兼ねた依頼が急きょ回されました」
「なるほど……まあ、様子を見てくるだけなら」
リオンが言いかけたところで、アルフが腰の装備袋を確認しながら立ち上がった。
「何も起きなければ、それでいい。けど、何かが起きていても、ちゃんと気づけるようにしておかないとね」
その言葉に、リオンはジト目を向けた。
「……誰ですか今の。ちょっと前まで、寝癖つけたまま槍振ってた新人さん知ってるんですけど」
「寝癖は直してきたし、槍も……今日はちゃんと持ってる」
「その言い方、全然フォローになってないんだけど……」
「でもほら、準備できてる感あるって言いたいんだろ?」
「うわ、自覚してるのがまた腹立つ。前は、とりあえず突っ込んでから考えるタイプだったのにさ」
「忘れたくないだけだよ。あの修行で教わったことを」
リオンは肩をすくめながら、「ああ、駐屯騎士団で一人だけ別メニュー受けてた伝説の新人ね」と茶化す。
「そういうリオンは、ビビり癖、もう治った? 最初の幻獣戦、棒立ちしてたの覚えてるけど」
「うわ、それ今ここで掘る? やめて、成長中の自尊心が割れる」
「じゃあ、お互い進歩ってことで」
軽口混じりのやり取りを終え、ふたりはギルドを後にした。
道中、アルフは周囲の風景を注意深く見回していた。
道端の痕跡、小動物の気配、風の流れ。
リオンはその横顔をちらりと見ながら、ぽつりと漏らす。
「……今日のアルフ、ほんとに“冒険者”って感じするな。最初に会ったときはさ、僕と同レベルでちょっと頼りないな〜って思ってたのに」
「……それ、さりげなく“見下してました”って告白だぞ?」
「いやいや、褒めてるの! ……たぶん。うん、そういう意味で!」
アルフは小さく苦笑し、「なんとも微妙な褒め方だな」と返す。
そんなやりとりを交わしながら、ふたりはネル村へと足を踏み入れた。
しかし、村の様子はどこかおかしかった。
人気がない。扉も窓も、固く閉ざされている。
農作業の音も、家畜の鳴き声も、どこからも聞こえてこない。
村の入り口に立ち尽くすふたりに、ようやく近づいてきたのは初老の男だった。
「……騎士団じゃないのか。子どものお使いとはな」
村長と名乗った男は、露骨に落胆した表情を隠そうともしなかった。
「まあいい。来たからには一応、話は通しておく。……ついてこい」
ぶっきらぼうに背を向けたその背中に、アルフは一歩踏み出す。
目立った痕跡はない。けれど、音がない──それがいちばんの異常だと、アルフは感じていた。
* * *
村長の案内で通された村役場の一室は、質素ながらも整理されていた。
村の中央に位置する建物──といっても、ほとんどが木造の小屋に近い。
椅子に腰を下ろすなり、村長は手を組み、ぶっきらぼうに口を開いた。
「最近、夜になると“何か”の気配がする。姿は見えないが……畑は荒らされ、鶏は消え、柵が壊されている。騒いでるのは一部だが、こういうのは早めに手を打った方がいい」
声には疲れと苛立ちが混じっていた。
リオンは少しだけ肩をすくめ、遠慮がちに問いかけた。
「そ、その……誰か、“それ”を見た人は……?」
「いない。皆、怖がって夜は出歩かん。……いや、実際に見たとしても、騒ぎ立てる方が余計に混乱を招く。そういう空気になっている」
アルフは沈黙のまま、村長の話す言葉を一つひとつ丁寧に追っていた。
言葉の端々に“隠そうとしている”気配はない。ただ、どこか踏み込んで話そうとしない壁のようなものを感じる。
報告を終えると、村長は「あとは各自で見て回ってくれ。村の地図はそこに」と事務的に告げて立ち去っていった。
ひとまず外へ出たアルフとリオンは、村を歩いてまわることにした。
家々は戸を閉め、窓には布がかけられている。日中にも関わらず、人影はほとんどない。
出会った村人に声をかけても、返ってくるのは曖昧な返答か、目を逸らすそぶりばかり。
「……みんな、なにか隠してるっていうより、“触れないでほしい”って感じだね」
リオンがつぶやく。アルフも頷く。
「騒ぎたいわけでも、歓迎したいわけでもない。ただ……距離を置いておきたい。そんな感じがする」
そんな中、小さな広場の脇で遊んでいた子どもたちが、アルフたちの姿を見て一瞬静まり返った。
しかし、数秒の沈黙のあと、ひとりの少年がぽつりと話しかけてきた。
「……おにーさんたち、あの夜の音、知ってる?」
その言葉に、リオンがしゃがみ込む。
「えっと……夜に、何かあったのかな? ど、どんな音だったか、聞いてもいいかな……?」
「ううん、トントンって、木を叩くみたいな……でも、すぐに止まっちゃって……。お父さんたちには、言うなって言われた」
その場にいた子どもたちも、どこか不安げな様子でうなずく。
アルフはそっと視線を巡らせる。
──家の配置、林の位置、音の方向。昨日の見取り図と照らし合わせながら、頭の中ではすでに“地形の音図”が組み上がっていく。
「ありがとう。大丈夫、もう少しで分かりそうだ」
日が傾きかけた頃、ふたりは一度村の宿屋へ戻る。
とはいえ宿と言っても、空室の一軒家に布団が並べられただけの簡素な建物だ。
「……なんか、泊まるっていうより“待機所”って感じだよね」
リオンがあきれたように言った。
アルフは槍の柄に手を置きながら、ふと視線を外にやった。
「嫌われてるんじゃなくて、警戒されてる。外に何かを伝えることを……もしくは、何かを見られることを」
「どっちにしても、気分はよくないね」
日が落ちると、村は一層静まりかえった。
アルフとリオンは、交代で見張りに立つことにしていた。
夜。アルフが当番の時間。
月明かりだけが頼りの中、風に揺れる葉の音や、遠くの動物の鳴き声がかすかに聞こえる。
そして。
──カツ、カツッ。
乾いた、しかし規則正しい音。
アルフの耳が、それを捉える。
すぐに立ち上がる。
その音は、木を叩く音というよりも……靴の裏が石を踏む、ごく短い足音のようだった。
(人の……歩調)
そのまま森の方角へと向かう気配。
深追いはしない。ただ、足跡のリズムと向きだけを慎重に記憶する。
翌朝。
アルフは昨日の子どもたちの証言と合わせ、村の北端──森の縁に接する畑の裏手へと足を運ぶことになる。
そこには、踏み固められた小さな獣道のような足跡が、昨晩の音の方向と一致するように残されていた。
* * *
森の縁に足を踏み入れたアルフは、靴音を立てないよう慎重に歩を進めた。
茂みに覆われた小道の奥に、わずかに踏みならされた獣道が続いている。
その先で──わずかに煙の匂いが漂っていた。
視線の先、半ば倒れかけたような小屋の影から、焚き火の残り香が立ちのぼっている。
「……いるな」
アルフは槍に触れかけた手を止め、そのままゆっくりと腰を落とす。
木々の間から様子を窺うと、粗末な毛布にくるまり、腰を下ろしている男の姿があった。
痩せた体、乱れた髪、獣じみた警戒心を漂わせた目。
だが、動きにはどこか人間らしい「迷い」が混じっている。
(……村人だ)
アルフは確信した。
この男は、魔物ではない。むしろ“誰かに怯えながら、ここで生きようとしている”人間だ。
宿に戻ったアルフは、朝食の席でリオンにそのことを伝える。
「森に、ひとりいた。小屋の残骸みたいなところで、焚き火と……人影を見た」
リオンが目を見開く。
「それって……その人が、“音”の正体?」
「たぶん。でも、動きも声も……すごく慎重だった。人に見つかりたくないって感じだった」
「村の人なのかな……?」
「可能性は高い。魔物の動きではなかったし、足音も人間の歩調。追いかけても、戦うことでもないと思った」
アルフの冷静な判断に、リオンは少し間を置いて、ぽつりと口を開く。
「……そんなふうに、ひとりで森に隠れてるなんて。なんか、つらいですね」
ふたりは再び村長を訪ねる。
報告を済ませたアルフに対し、村長は短く答える。
「……そうか。見つけたか」
その言葉に、アルフが目を細める。
「やはり、村の方なんですね」
村長はしばし沈黙し、重たく口を開いた。
「……昔の狩人だ。三年前、村で事故があってな。矢が誤って仲間に当たり、命を落とした」
それだけを語ると、村長は息を吐いて、視線を逸らした。
「戻る場所はあると伝えたが……あいつは頷かんかった。今さら顔を見せるのも気まずかろうて。……わしらも、それ以上は踏み込まんことにした」
リオンは言葉を探すように口を開いた。
「……じゃあ、話せるかどうかは別として。せめて、どうして今もここにいるのか、知りたいです」
「……勝手にしろ。ただし、あの男のことは、村の中では話すな」
村長の言葉はきつかったが、それは過去を口にすること自体が、村にとっても重荷であることの裏返しだった。
ふたりは再び森へ向かう。
今度は、武器も構えず、手ぶらで。
森の奥、小屋のそばに立つと、アルフはしばらく口を開けずにいた。
風の音だけが、木々の間を吹き抜けている。
少しして──アルフは小さく息を吐き、静かに呼びかけた。
「……こんにちは。俺たちは村から来た者です」
沈黙。木々の揺れ。
「騎士団じゃない。冒険者です」
ようやく、小屋の奥からかすれた声が返る。
「……冒険者、か」
アルフは手を前に出して見せる。
「武器は持っていません。昨日、森で音を聞いて……それを追って来ました。あなたのことは、まだ何も知りません。でも……話してもらえるなら、聞きたいと思っています」
茂みの向こう、男の姿はまだ見えない。
だが──空気が、わずかに和らいだ気がした。
* * *
村に戻ったふたりは、村長にだけ森の男と会話ができたことを報告した。
男は自分の名前を名乗らなかったが、彼の口調や様子から、まだ村に対する罪悪感と葛藤を抱えていることは明白だった。
村長は報告を聞き終えると、しばらく黙ったまま窓の外を見つめていた。
「……そうか」とだけ呟き、足音も立てずに部屋を出ていった。
その背中に、アルフは一礼する。
ふたりが村を出る朝、広場の前で子どもたちが待っていた。
「おにーさんたち、もう帰っちゃうの?」
リオンが目を丸くする。
「えっ、なんで知って……」
「だって、見てたもん。森の方に行くとこ」
リオンは苦笑しながら膝をつき、子どもの目線に合わせる。
「そっか。……また来たときは、森のこととか、もっといろいろ聞かせてね」
「うん!」
アルフは静かにその様子を見守っていたが、ふと、村の通りの端でこちらをちらりと見る男の姿に気づく。
昨日までは頑なに口を閉ざしていた、若い村人のひとりだった。
男は目をそらすように視線を落とし、だが──ほんの一瞬、口の端をわずかに上げた。
それが笑顔だったのかどうか、確かめる間もなく、男は家の奥へと消えていった。
リオンが歩きながら、ぽつりと漏らす。
「……この依頼、報酬とか成果って意味では、地味だったかもだけど。なんだろ、ちゃんと“進んだ”感じがします」
「うん。剣を抜かないで進めたのは、はじめてかもしれない」
リオンはちらりとアルフを見上げる。
「でもなんか……こうやって歩いてると、今日のアルフって、ちょっとだけ騎士団っぽいよね」
アルフは苦笑した。
「そう? 僕は……そういう冒険者でありたいけどな」
そう言って前を向いたアルフの背を、リオンはしばらくのあいだ、静かに見つめていた。
※この作品はカクヨムで先行公開中です
ご愛読ありがとうございます!皆様のコメントおまちしております。
【第29話 成長記録】
筋力:11(熟練度:40 → 40)(±0)
→ 本話では戦闘や高負荷作業の描写はなく、筋力的な使用は限定的だったため変化なし。
敏捷:11(熟練度:25 → 27)(+2)
→ 夜間の無音移動や足跡追跡、森への潜入といった慎重な行動の中で、反応の正確性と動作の滑らかさが向上。
知力:10(熟練度:95 → 97)(+2)
→ 村の雰囲気・証言・足跡などを論理的に統合して状況を把握し、非戦闘的対応に反映させる判断力が成長。
感覚:14(熟練度:50 → 54)(+4)
→ 子どもたちの証言・夜間の足音・村人の表情の読み取りなど、情報を感覚的に読み解く動作が複合的に行われた。
精神:13(熟練度:1 → 6)(+5)
→ 剣を抜かずに対話を選んだ冷静さ、沈黙の村と向き合う胆力、拒絶に屈せず尊重する姿勢により、精神の柔軟性と強度がさらに成長。
持久力:15(熟練度:94 → 95)(+1)
→ 夜間の警戒・探索・慎重行動の継続により、軽度ながらも身体的持続力が消耗・鍛錬された。
【収支報告】
現在所持金:829G
内訳:
・前回終了時点:723G
・依頼報酬:+110G
・朝食(ギルド食堂):-4G
・昼食(訓練場提供):0G
・夕食(依頼先にて提供):0G
・宿泊費:依頼先にて宿泊
【アイテム取得/消費】
・取得:なし
・消費:なし
【装備・スキル変化】
武器:スレイルスピア
スキル:《間合制御》




