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第24話「静かなる矛先、風を裂く先端」

 ギルドの掲示板を前に、僕──アルフ・ブライトンは腕を組んだまま、しばらくその場を動けずにいた。


 昨日までとは、たしかに何かが違う。


 槍を振る時、風を読む時。自分の身体の中に、確かに“芯”のようなものが芽生え始めている感覚がある。あの地獄のような修行は、ただの苦行じゃなかった。


 ──でも、それはあくまで“自分の中”の話だ。


 「……外から見たら、俺って変わって見えてるんだろうか」


 ぽつりと、そんな独り言が口をついて出た。


 成果がある気はする。だけど、それを誰かに“証明”したわけじゃない。


 まだ、誰の目にも映っていない。


 そんな時、掲示板の向こうから、見慣れた顔がひょっこりと現れた──


 ギルドの受付主任、ガルドさんだ。


 やたらと面倒見が良いのに、口は悪い。でも、その軽口の奥に、時々鋭い目を光らせる人だ。


 (……あのザイランさんに僕を送り込んだ張本人──)


 思わず口にしていた。


 「おかげさまで、死ぬほどしごかれましたよ」


 「ん? おう、元気そうだな。いい汗かいたか?」


 「水壺、鈴、素振り、風読み……もう、夢に出ます。夢の中でも水こぼしたら叱られてましたよ。目が覚めてからも謝りましたけど」


 「それは効果が出てるってことだ。何よりだな」


 ──何より、って。どの口が言うんですか。


 「いや、なんというか……そろそろ何か“証明”したい気がするんです」


 僕は、やや気恥ずかしそうに言った。


 「“証明”、ねぇ。」

 

 「……もう、“やってるつもり”って言い訳じゃ、前に進めない気がして」


 ガルドさんは、ふっと鼻で笑ってから、掲示板の一角を指さした。


 「じゃあ、コレなんかどうだ? 今月だけで三人が庭を荒らして依頼主をブチギレさせた“貴族様御用達の地雷案件”」


 そこには一枚の依頼票。


 ──『貴族邸庭園に出没する魔獣スプリントラップの静音排除。荒らした場合、依頼失敗。報酬減額・罰金あり。』


 読んでいるだけで胃が痛くなりそうだった。


 「罠みたいな依頼ですね……」


 「いや、文字通り“罠”だよ。挑んだやつらは、皆“音”でバレて、庭を踏み荒らして逃げ帰った。依頼人は静音主義者で有名な貴族。ギルドの信頼もかかってる。失敗すれば、お前の名前も“苦情リスト”入りだ」


 口調は軽いのに、内容が重すぎる。


 けれど、不思議と、目が離せなかった。


 ──音に敏感な魔獣。荒らしてはいけない庭。気配を悟らせず、素早く制圧しなければならない。


 「これ……ザイランさんの訓練、使える気がする」


 気づけば、そんな言葉が口をついていた。


 (……地獄のような修行だったけど、無駄じゃなかったのかもしれない)


 それでも、心のどこかではまだくすぶっている思いもある。


 (でも……ガルドさん。あんな“酔っぱらい仙人”のもとに、予告もなしに送り込んだあなたには、一発くらい文句を言わせてくださいよ)


 「……ま、うまくやれば箔もつく。やらかせば、苦情の記録に名を刻むけどな」


 ガルドさんが片手をひらひらと振って、笑って送り出す。


 その背後で、ミーナさんが優しく声をかけてくれた。


 「でも、今回は期待してますよ。……きっと、アレフさんの努力の日々が、ちゃんと報われるって、信じてますから」


 その一言が、何よりも背中を押してくれた気がした。


* * *


 依頼書を受け取ったその日の午後、僕は指定された貴族邸──というより、小さな屋敷というよりはもはや“庭園付きの美術館”のような静謐な敷地の前に立っていた。


 門の前に立つだけで、空気が違った。


 風は弱く、音もない。外の街路からたった一歩、内側に入るだけで、まるで結界のような静寂に包まれる。音を立てることすら、咎められそうな空気だった。


 執事と思しき老齢の男が、無言で扉を開ける。


 「庭を荒らさぬよう、細心の注意を。あらゆる責任は依頼人様の規約に準じます。……準備はよろしいですか?」


 「……はい」


 静かな圧を背負いながら、僕は門をくぐる。


 敷き詰められたのは、白砂と苔。軽く踏みしめれば、わずかに音が鳴る。意図的に「試される足音」だ。風鈴が枝に吊るされ、通る者の気配に敏感に反応する仕掛けがある。


 ──この庭、まるごと罠だ。


 けれど、思わず笑いそうになる。


 (……なんだ。懐かしいな、この緊張感)


 ザイランさんの訓練──特に三日目の「罠感知・風読み・静音歩行訓練」は、この状況そのままだった。


 僕は息を整える。ザイランさんに何度も言われた。


 「動くな。見るな。風を“聴け”──それが、間合いの一歩じゃ」


 まずは風を探る。


 庭を流れる風は、ゆっくりと、斜めに抜けていく。砂の粒がわずかに舞い、木の葉の端が一枚だけ揺れる。


 《スプリントラップ》は、音と気配に異様に敏感な魔獣。体長は小型の兎程度だが、察知されれば即座に逃げる。


 気配を殺して進む。足裏の感覚で地の硬さを測り、音の出ない“苔石”のラインを選んで歩く。風鈴に近づくたび、通るルートを変える。まるで庭そのものと“間合いの取り合い”をしているような感覚だった。


 次の瞬間、風が変わった。

 揺れていた木の葉が、不意にぴたりと止まった。


 小さく、風鈴が鳴った。だが、それは風のせいではない。


 《いる──》


 空気が微かに揺れた場所へ、視線を向ける。影のような黒い何かが、苔の間をすべるように移動していた。


 (いける……!)


 けれど、踏み出した右足が、風の流れに逆らっていた。僕の匂いが、獣の側へ流れてしまう──


 ぴたり、と気配が消えた。さっきまでいた“気配”が、まるで霞みのようにほどけていった。

 その場に残ったのは、風鈴の余韻でもなく、砂のざわめきでもなく──ただ、“空っぽになった気配”だけだった。

 耳が、音の消えた空気に慣れようとする。


 (……バレた!?)


 数秒の沈黙。そのまま追えば、庭の奥に逃げ込まれる。草木をかき分ければ、依頼失敗だ。


 僕は、そこからいったん下がることを選んだ。


 (……今のは、風を読めてなかった)


 もう一度、深く息を吸う。目を閉じ、風の層を意識する。


 風の流れはさっきより僅かに下がり、僕の左肩を抜けていく。


 (逆風じゃない。今度は、いける)


 音を立てず、再び接近する。


 (見えてきた……風は、“敵”じゃない。あれを読むのが、俺の役目なんだ)


 風が静かに引いていく。その中心に、先ほどの気配が戻ってきていた。


 ──今度こそ。


 穂先に意識を沈める。風が、静かに息を呑んだ。

 その隙間を、槍が――すっと、通った。


 手ごたえは、確かだった。ぶれも、逃げもなかった。


 草は揺れていない。音も、風鈴も鳴らなかった。


 ただそこに、黒く、小さな魔獣が、無音のまま倒れていた。


* * *


 「……完了報告は、こちらでお預かりします」


 庭園の端で待っていた執事が、短く言った。表情は変わらず、声音にも波がない。


 けれど、その手が差し出した報告書の角は、きっちり揃えられていた。指先に力はこもっておらず、それはまるで──一種の敬意にも似ていた。


 「音もなく、庭も乱れず……依頼人様にはご満足いただけるかと」


 「……ありがとうございます」


 たったそれだけのやり取り。


 でも、心の奥に、静かに染み入ってくるような感覚があった。


 (ちゃんと、届いたんだ。あの修行も、この手の震えも──無駄じゃなかった)


 依頼人本人には会えなかった。けれど、その評価は、言葉よりも静かで、けれど確かに──この庭の空気に宿っていた。


 ひとつ、深く呼吸をする。


 “風”が、もう僕の邪魔をしてこない気がした。


 ギルドに戻る頃には、日も傾き始めていた。


 受付のカウンターに報告書を出すと、ガルドさんが軽く眉を上げた。


 「……庭、荒らさなかったらしいな。礼状、届いてたぞ」


 「礼状、ですか?」


 「ああ。“足音を残さず矛先だけが風を裂いた”──だとよ。詩人かと思った」


 「……そっちの方が報酬より重いですね」


 「金は一度きりだが、信頼は次の扉を開ける」


 横から、ミーナさんが書類を重ねながら微笑んだ。


 「この依頼、実は推薦枠だったんです。“訓練された者限定”で。……だから、最初にアルフさんの名前が挙がったとき──ちょっと、胸が熱くなりました」


 「えっ、推薦……? あ、あの、ガルドさん?」


 「おう、推薦したのは俺だ。“鍛えてきたやつが、実戦でどう動くか”──見てみたかったんだよ。……お前が、“何を掴んで帰ってくるか”をな」


 ガルドさんはニヤリと笑う。


 なんて、いい性格をしてるんだろう。


 ──でも。


 ……ちょっとだけ、素直になってもいいかなって、思った。


* * *


その夜、宿の裏庭は静かだった。


 月が雲間から顔を覗かせていて、淡い光が石畳ににじんでいる。僕はいつものように、手にした槍をゆっくりと構えた。


 昼間の緊張が、まだ身体の奥に残っている。けれど、それが嫌ではなかった。


 “無音”の一撃。


 あれは、決して偶然なんかじゃない。


 穂先を前に出す。静かに、抵抗なく、空気を切る。重心を下げ、踏み込みの足を流すように動かす。


 ザイランさんに教わったこと。ギルドで重ねた訓練。風の動き、足裏の感覚、身体の傾き。ひとつひとつを思い出しながら、僕は槍を振るう。


 すっ、と音もなく、穂先が月光の中を裂いた。


 たった一撃。けれど、その一撃の中に、すべてが詰まっていた気がした。


 (まだ、強くなれる)


 思った。それが、迷いでも願望でもなく、“実感”として。


 少しだけ笑って、構えを解いたとき──ふと、風が吹いた。


 頬をかすめるそれは、昼間に感じた風よりも、ずっと軽くて、やわらかい。


 “さっきまで敵だった風が、今は背中を押してくれる気がした”


 そんな言葉が、ふと頭をよぎった。


 そして僕は、もう一度だけ、穂先を空に向けて掲げた。

 その先端に、淡くにじんだ月の光が揺れていた。まるで、“今の自分”をそっと照らしてくれているように。


 誰かに見せるためじゃなく、誰かに証明するためでもなく──


 ただ、今の自分を、きちんと受け止めるために。


※この作品はカクヨムで先行公開中です

ご愛読ありがとうございます!皆様のコメントおまちしております。


【第24話 成長記録】

筋力熟練度:24 → 24(±0)

 → 魔獣への単一一撃による低負荷のため変化なし

敏捷熟練度:5 → 8(+3)

 → 風に逆らわない足運びや風鈴を避ける静音動作による体さばきの洗練

知力:10(熟練度:86→ 86)(+-0)

 → 粉の配置、罠の設置といった論理的思考と判断力を発揮

感覚熟練度:27 → 34(+7)

 → 庭園での風読み・気配察知・無音行動を通じて、環境変化の感知力が大幅向上

精神熟練度:75 → 78(+3)

 → 静寂の庭での緊張下対応・一撃成功体験によって、集中力と内面の安定が強化

持久力熟練度:68 → 70(+2)

 → 任務全体の遂行および夜間鍛錬によるスタミナ継続力の微増


【収支報告】

現在所持金:731G

 内訳:

・前回終了時点:677G

 ・依頼報酬:+75G

 ・朝食(ギルド食堂):−3G

 ・夕食(ノネズミ亭):−8G

 ・宿代:−10G


【アイテム取得/消費】

・取得:なし

・消費:なし


【装備・スキル変化】

武器:スレイルスピア


スキル:《間合制御》

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