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第23話「壊さず、騒がず、信頼を得る」

 ギルドの掲示板を眺めながら、僕──アルフ・ブライトンは、今日はどんな依頼を受けようかと考えていた。


 昨日の訓練の疲れはまだ身体の奥に残っているけれど、休むほどではない。むしろ、何かひとつ仕事をこなして、自分の“進んでいる”という実感を得たかった。


 そんなとき、受付カウンターの方から声がかかった。


「アルフさん、ちょっとよろしいですか?」


 ミーナさんだった。いつものように書類を手際よく整理しながら、僕に視線を向けている。


「はい、何か……?」


 手に持っていた依頼票をそっと戻してカウンターへ向かうと、ミーナさんは整った書類の山から一枚を抜き出して僕に見せた。


「実は名指しで依頼が来ているんです。三月亭のマルシアさんから」


「……僕に!?」


 思わず声が上ずる。名指しの依頼は、薬師ギルドのルーシェさん以来、これが二度目だった。


 マルシア──その名前に心当たりがあった。グラウエルでも評判の良い飲食店の店主。落ち着いた雰囲気の女性で、依頼にも慎重だという噂を聞いたことがある。


「“丁寧にやってくれる人がいい”とおっしゃっていて。アルフさんのこれまでのお仕事ぶりを見て、私からご紹介させていただきました」


 体の奥に残っていた訓練の疲れが、不思議とすっと引いていくのを感じた。


「内容は、納品倉庫に出る小動物の調査と対処。派手な戦いにはならないと思いますが、物を壊したりすると信用を失ってしまいます。報酬は高くありませんが、そのぶん信頼は積める依頼です」


 ミーナさんは最後に、少し柔らかい笑みを添えた。


 僕は一拍置いて、深く頷いた。


「……僕、やります」


 任されたからには、丁寧にやり遂げる。それが、名前を呼ばれた者の責任だ。


 僕は革袋の紐をきゅっと締め直し、静かに歩き出した。


* * *


 三月亭の裏手にある倉庫は、見た目以上に古びていて、扉を開けた瞬間、木と布と乾物が入り混じった独特のにおいが鼻をくすぐった。


 中は薄暗く、棚や積み上げられた袋が道を狭めている。天井の梁には蜘蛛の巣が垂れ、床板もところどころ軋んでいた。


 ここで物音を立てずに動くのは、思っていたより難しい。


(……まずは、音を立てないように一歩ずつ)


 訓練場での動きを思い返しながら、ゆっくりと倉庫の中に足を踏み入れた。


 動線の中に、米袋の端がわずかに裂けている箇所を見つける。周囲には小さな足跡──否、爪痕に近い痕跡があった。


(ムルコ、か……。数は少なくなさそうだ)


 依頼内容から想定した通り、小型魔物ムルコが複数で出入りしているらしい。


 音に注意しながら、餌となりそうなものを使って簡易罠を設置していく。粉を撒いて足跡を確認し、足場のゆるい板の上に罠を置くなど、静かな工夫を重ねた。最近身につけた「物音を抑えて動く感覚」や「気配の変化に敏感になる意識」が、自分の動きに、これまでとは違う“軽さ”と“しなやかさ”をもたらしていた。


 ひとつ、またひとつ。

 罠がうまく機能し、小さな音とともに、ムルコが数匹ずつ仕留められていく。静かで確実な処理に、心の中にわずかな手応えが生まれた。


 しかし──


 最後の一匹だけが、なぜか引っかからなかった。


 倉庫の奥に姿を見せたそのムルコは、他よりひとまわり大きく、罠の範囲を巧みに避けるように動いている。


 足元の粉の匂いをかぎ取り、避けるように迂回するその動きは、まるで罠の存在を知っているかのようだった。


(……こいつ、罠を理解してる?)


 目を凝らして観察すると、そのムルコは慎重に足を運び、布袋の影からこちらを伺っていた。何かを見抜こうとしているような、静かな気配。


 気づけば、僕も息を止めていた。


 ──距離、角度、動線。相手の“動き出す瞬間”を読む。


 ザイランさんとの訓練で叩き込まれた感覚が、脳裏に蘇る。


(あと一歩……いや、半歩……今だ)


 身を低くし、布袋の影から伸ばした木の棒を、寸分の狂いなく振る。


 小さな音を立てて、最後のムルコが動かなくなった。


 静寂の中に、ほんの少しだけ、自分の成長の実感があった。

 この感覚が、次の一歩につながるかもしれない──そんな予感が、胸の奥に静かに灯っていた。


* * *


 作業を終えた僕が倉庫から出ると、マルシアさんがちょうど裏口から顔を出してきた。


「終わったのかしら?」


 僕は軽くうなずき、捕らえたムルコの入った麻袋をそっと持ち上げて見せた。


「七匹。中にいたのはこれで全部だと思います。物にも手は触れてません」


 マルシアさんは少し目を見開き、それから麻袋と僕の顔を見比べた。


「……ほんとうに、何も壊してないのね」


「はい。足音もできるだけ立てないように気をつけました。袋の上に粉を撒いて、足跡を見ながら罠を設置して……」


 言いながら、自分でも少し恥ずかしくなって途中で口をつぐむ。


 けれどマルシアさんは、ふっと笑って首を振った。


「いいえ、立派よ。以前、若い冒険者が同じ依頼を受けて、袋を破って台無しにしたことがあったの。罠のことも何も考えずにね」


 僕は思わず背筋を伸ばす。


「気配を乱さずに動ける人って、ほんとうに少ないのよ。あなたみたいな人に最初からお願いしたかったわ」


 その言葉が、胸の奥にじんわりと染みた。


「今回の対応、すごく丁寧だった。ありがとう。もしまた何かあったら、ぜひお願いしたいわ」


 その言葉が、少しだけくすぐったかった。


「……はい。そう言っていただけて、うれしいです」


 僕は頭を下げ、麻袋を置いて倉庫を後にした。


 ギルドへ戻ると、ミーナさんがすぐに声をかけてきた。


「おかえりなさい。マルシアさんから、すぐに連絡がありましたよ。……すごく嬉しそうでした」


 その言葉に、ほんの少し肩の力が抜けた。


「よかった……ちゃんと役に立てたんですね」


「はい。それに、“またお願いしたいって言ってたわよ”って」


 それを聞いた瞬間、胸の奥に、小さな火が灯った気がした。


 いつかまた呼ばれるときがあるなら、そのときはきっと、もっと良い仕事ができるようになっていたい──そんなふうに、自然と思えた。


* * *


 宿に戻った僕は、荷物をほどいてから、小さく深呼吸をひとつした。


 依頼ひとつ終えただけ。でも、その“ひとつ”が、今日はなんだか特別に思えた。


 名指しで依頼されて、評価をもらって、またお願いしたいと言われた。

 ひとつの仕事を、丁寧にやりきること。それがこんなふうに、誰かの役に立って、言葉にして返ってくるなんて──ほんの少し前の自分なら、照れくさくて信じなかったかもしれない。


(少しずつでも、前に進めているんだろうか)


 ふと、そんな思いがよぎる。

 修行を繰り返す日々。ギルドでの地道な依頼。

 派手さもチートもないけれど、でも確かに、自分の中で何かが積み上がってきている気がした。


 手帳を開く前に、僕は荷物の隅に置いていた木の棒を手に取った。

 今日はザイランさんの修行はなかったけれど、身体の奥にはまだ余韻が残っていた。


 宿の裏手に出て、人気のない場所でそっと構えを取る。

 足を置く位置、呼吸、手の力の抜き加減。

 今日の依頼で感じた“気配の変化”や“動線の読み”を思い出しながら、ゆっくりと素振りを繰り返す。


 ──まだ動きは硬い。

 でも、前よりは無駄が減ってきた。


 もう一度、間を測り、空気の張りを意識して振り抜く。

 闇の中で、小さく風が鳴った。


 小さくうなずき、僕は棒を元の場所に戻した。


 それから、手帳を開いて、今日の出来事を短く書き留める。


「倉庫内小動物対処。損傷なし。再依頼の可能性あり」


 それだけの言葉が、不思議と誇らしかった。


 僕はペンを置き、夜の窓を見上げた。

 そこには、雲間から顔を覗かせた月が、静かに浮かんでいた。


 あの光みたいに、誰かの記憶に残る“静かな存在”になれたら。


 そんなことを、少しだけ思った夜だった。


※この作品はカクヨムで先行公開中です。

貴重なお時間にこの作品を読んでくださり、ありがとうございます。


【第23話 成長記録】

筋力:11(熟練度:22 → 24)(±2)

 → 依頼および夜の鍛錬による軽微な蓄積

敏捷:11(熟練度:1 → 5)(+4)

 → 音を立てずに動くための足運び、静音行動による反応速度の向上

知力:10(熟練度:83 → 86)(+3)

 → 粉の配置、罠の設置といった論理的思考と判断力を発揮

感覚:14(熟練度:17 → 27)(+10)

 → 倉庫内での物音・気配・空間把握を応用的に用い、罠を見抜き・避ける精度が向上

精神:12(熟練度:72 → 75)(+3)

 → 名指し依頼による緊張、静かな集中力と達成感により芯が強化

持久力:15(熟練度:66 → 68)(+2)

 → 依頼および夜の鍛錬による軽微な蓄積


【収支報告】

現在所持金:677G

内訳:

・前回終了時点:630G

・依頼報酬:70G

・朝食:-3G(ギルド食堂)

・昼食:無料

・夕食(ノネズミ亭):−8G

・罠用備品(ノネズミ亭より):-2G

・宿泊費:−10G


【アイテム取得/消費】

なし


【装備・スキル変化】

武器:スレイルスピア


スキル:《間合制御》

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