第16話「家出魔導士と護衛槍使い」
ギルドの食堂には、朝の柔らかな光が差し込んでいた。
焼きたてのパンとあたたかなスープの香りが鼻をくすぐる。
アルフは窓際の席に座り、スプーンを手にぼんやりとスープをすくっていた。
「……この槍にも、だいぶ慣れてきたかもな」
昨日の依頼では、なんとか振るえた。
けれど、まだまだ手応えを掴みきれていない。
今日こそ、もう少し“自分の武器”として扱えるようになりたい。
気が引き締まる一方で、どこか浮ついた期待もある。
* * *
朝食を済ませてギルドの玄関前へ出ると、まだリオンの姿はなかった。
風はひんやりとしていて、空気は澄んでいる。
アルフは軽く肩を回しながら待ちの時間を過ごす。
そこへ、重い足音とともに現れたのは――ガルド。
いつも通りの筋骨隆々の体格に、無精ひげ。
無言で近づいてきた彼は、ちらりとアルフを見て口を開いた。
「おう、アルフ。今日も頑張ってるな。その槍も似合ってるぞ」
「ありがとうございます」
「最初にしちゃ、少し重い槍だが……使いこなせるか?」
「まだ手探りですけど、少しずつ慣れてきた気がします」
そんな会話を交わしていたその時、小走りで近づく影を見てガルドが目を細めた。
「……ん? あれは……」
リオンが手を振りながら駆けてくる。
「……なるほど、今日は家出魔導士のお守りか」
「家出?」
空気が一瞬、固まる。
その直後、タイミング悪くリオンがやってきた。
「あっ、アルフくん、おはよっ……」
リオンは途中で言葉を飲み込む。
ガルドと目が合い、顔を強張らせた。
「うっ、ガルドさん……」
アルフが慌てて話を変えようとしたその時、ガルドはふっと肩をすくめる。
「ま、こいつは優秀は優秀だ。お前が護衛すんのは良い判断だ。……じゃ、頑張れよ」
そう言って、大きな背中を揺らしながら去っていった。
静けさが戻る。
「……えっと、気にしないで。あの人、悪気はないから」
「うん、分かってる。慣れてる……っていうのも変だけど」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
「よし、じゃあ行こっか。今日は“魔導士のお守り”の仕事だからね」
「……そういう言い方しないでよぉ……」
アルフは吹き出しそうになるのをこらえながら、リオンと肩を並べて歩き出した。
今日もまた、小さな冒険が始まる。
* * *
街道を離れ、森の気配が近づくころ。
アルフはふと尋ねた。
「……さっきの“家出魔導士”って、どういう意味?」
リオンは歩みを緩め、少しうつむく。
「……あんまり、かっこいい話じゃないよ」
「そういうの、聞くつもりで言ったんじゃないけど……でも、気にはなるな」
しばし無言で歩いたあと、リオンは観念したように口を開いた。
「うち、魔導士の家系なんだ。兄も姉もみんな優秀で、今じゃ王都で宮廷付き。……でも、僕だけ全然だめだった。魔力も弱いし、集中力もないって言われて」
「……それで家出?」
「うん、なんか……もう、いたたまれなくて。比べられてばっかりで」
アルフは肩をすくめて笑った。
「ビビりなのに家出したの?」
リオンはぎくっとして顔をしかめた。
「び、ビビりって……そうだけどさぁ!」
二人は思わず笑い合う。
「でも、すごいと思うよ。怖がりでも、一人でここまで来て、依頼に出てさ」
「そ、そんな……アルフくんに言われると、ちょっと救われるけど」
「アルフでいいよ、呼び方」
「……うん、じゃあアルフ」
名前を呼び合ったことで、距離が少し縮まった気がした。
依頼先の森は、もう目の前だ。
* * *
森の入り口は、かすかに霧が立ち込めていた。
枝葉が太陽を遮り、気温は一気に下がる。
「ここが、封印地……だよね」
「ああ、地図の座標も合ってる。気をつけよう」
石碑が現れた。
苔むし、亀裂の走ったそれは、かつての封印を示していた。
リオンが魔導板をかざすと、淡い光とともに魔法陣が浮かび上がる。
「……反応、ある。ごく弱いけど……最近になって動き始めた感じ」
そのとき――
草むらが揺れ、低い唸り声とともに黒い影が滑り出てきた。
「来るっ!」
アルフはスレイルスピアを構える。
現れたのは、黒くしなやかな体躯の獣――幻獣・影狼。
影のような毛並み、音を立てぬ足取り。
その鋭い眼が闇の奥で光った。
一気に距離を詰めてくる影狼。
アルフは槍を横に払い、衝撃をそらす。
「リオン、下がって!」
「う、うんっ……!」
リオンは怯えを押し殺し、杖を突き出した。
「――閃光!」
眩い光が走り、影狼の動きが鈍る。
アルフは突きを繰り出し、肩口をかすめた。
獣は唸り、草むらへ後退。
「追ってこない……? いや、終わってない」
「魔力の濃度……上がってる。封印、不安定だよ」
「もう少し記録取る。アルフ、頼む」
「任せろ」
二人の呼吸が、少しずつ噛み合い始めていた。
* * *
報告を終えると、ミーナは眉をひそめた。
「幻獣との接触……完全にランク設定ミスでしたね。本当にごめんなさい」
「大丈夫ですよ、ミーナさんのせいじゃないです」
アルフの言葉に、リオンが笑う。
「今までで一番緊張したけど……ちゃんと動けた気がする」
「二人とも、無事でよかった」
報酬と共に、小さな魔力結晶が手渡された。
その淡い光を見つめながら、リオンは呟く。
「……また難しい依頼のとき、誘ってもいい?」
アルフは頷き、拳を突き出す。
「もちろん。僕も頼むよ」
拳と拳が、軽くぶつかる。
それは即席の“冒険者の合図”。
「じゃ、またな、リオン」
「うん、アルフ。またね」
* * *
夜。
槍を磨きながら、アルフは小さく呟く。
「同世代の仲間って……悪くないな」
夜風が静かに髪を揺らす。
スレイルスピアを構え直し、もう一度だけ突きを放つ。
その動きは、昨日よりも鋭く、そして滑らかだった。
※この作品はカクヨムで先行公開中です。
いつもご愛読ありがとうございます!
【第16話 成長記録】
筋力:10(熟練度 89 → 92)(+3)
→ 夜の自主訓練(素振り)の継続による筋肉への負荷
敏捷:10(熟練度 75 → 80)(+5)
→ 影狼の跳躍への回避行動、咄嗟の立ち回りにおける即応性の向上
知力:10(熟練度 59 → 65)(+6)
→ 封印地での地形・魔力反応の分析支援、リオンの魔導解析補助
感覚:12(熟練度 76 → 84)(+8)
→ 霧中での気配察知、幻獣の動きへの即時反応、周囲索敵警戒
精神:12(熟練度 17 → 27)(+10)
→ 幻獣との実戦での恐怖克服、指揮対応、信頼関係の構築と感情的充足
持久力:15(熟練度 28 → 35)(+7)
→ 朝の活動から依頼遂行、夜の素振りによる負荷
【収支報告】
現在所持金:567G
内訳:
・前回終了時点:417G
・依頼報酬:+170G
・朝食:−2G
・夕食:−8G
・宿泊費:−10G
【アイテム取得/消費】
・魔力結晶の欠片 ×1(報酬として受領)
【装備・スキル変化】
武器:スレイルスピア(継続使用)
スキル:未開花