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第15話「敬語がほどける瞬間に」

 朝の光が訓練場の地面をじわじわと照らし始めていた。


 手に馴染みつつある【スレイルスピア】を握り、アルフはいつものように構えを取る。


 突き、引き、回す。


 数日前よりも、ほんの少しだけ槍の重心の扱いに慣れてきた気がした。


 自分のために選んだ、自分専用の武器。


 木槍のころとは違う鋼の重みと、しっとりとした革紐の感触が、どこか誇らしい。


「やっぱり、自分の武器って……いいなあ」


 自然と口元が緩む。


「……よし、こんなもんかな」


 身体を温め終えたところで、アルフは槍を背に立ち上がった。


 昨日手に入れたスレイルスピアが、思っていた以上にしっくりきている。


 静かな満足感を胸に、訓練場を後にする。


 ギルドのカウンターに近づくと、ミーナが手を上げていた。


「アルフさん、ちょうどいいところに!」


「おはようございます、ミーナさん。今日は何か……?」


「ええ、紹介したい人がいて。こちら――」


 ミーナが身を引くと、その背後からひょこっと顔を出したのは、やや長めの前髪で目元を隠した神経質そうな少年。


 着崩れたローブの裾や綻びた袖口が、彼の生活感を物語っている。


 年のころは、アルフと同じくらいだろう。


 手には、魔導士らしい木製の杖を抱えていた。


「ど、どうも……リオン、リオン=ミルフォードといいます……その、魔法使いです。Eランクで……ええと、その……」


「は、はじめまして。アルフ・ブライトンと申します。よろしくお願いします」


 名乗るやいなや、リオンはしどろもどろになり、視線を泳がせて落ち着かない。


 冒険者証は、手汗で微妙に湿っていた。


「リオンくんね、ちょっと他の冒険者とうまくいってなくて……でも、真面目だし術式の精度は高いの。少し慎重すぎるだけで」


(いや、慎重っていうより完全にビビりだな)


「だからね、アルフさんなら気が合うんじゃないかと思って!」


 明るく言い切るミーナに、アルフは苦笑を返す。


 どうやら、今日もまた――一筋縄ではいかない一日になりそうだった。


 * * *


 リオンが請け負っている依頼の内容は、なかなかに興味深いものだった。


「封印地の魔力漏れ調査……?」


 アルフが眉を上げると、リオンは胸元からややくしゃくしゃになった紙を取り出した。


「そ、そうです。ほら、これ。依頼書……あの、かつて魔獣が封じられた森の石碑の周辺で、微弱な魔力が検出されたって……調査を……」


 紙面には“魔導監察局・封印管理課”の文字。


 依頼そのものは信頼できる筋らしい。


「で、でも……一人じゃちょっと怖くて……封印って聞くだけで……ね?」


 上目遣いで同意を求めてくるリオンに、アルフは小さく頷いた。


「なるほど……これは一人じゃ心細いかもですね」


 調査場所は、町から北へ半日ほどの森の外れ。


 依頼は明日までに開始すればよく、今日は準備でも構わない。


「なら、明日一緒に行きましょうか。今日のうちに少しでも慣れておいたほうが、お互いやりやすいと思いますし」


「えっ……ほんとに?」


 目を丸くするリオンに、アルフは微笑んだ。


「せっかくなので、今日は軽めの依頼を一緒にこなしてみませんか?」


「う、うん! その……ありがとう……」


 そこへ、カウンターの奥からミーナが声をかけてきた。


「おふたりとも、ちょうどよかったです。今日はこちらの依頼はいかがでしょう?」


 差し出されたのは――「野犬の監視と威嚇任務」。


 牧草地で出没する野犬を、威嚇して追い払う軽警備の仕事だ。


「戦闘ではありませんし、魔法で追い払う程度で済みますから、リオンさんにとっても無理のない内容かと」


「よかった……戦わなくて済むのは……」


 ミーナの言葉にリオンは、安堵の息を漏らした。


「ですが、野生の動物ですから、万一に備えて十分に警戒してくださいね」


 明日は本格的な調査依頼が控えている。


 封印地、魔力漏れ、幻獣の気配――どんな展開になるか予想もつかない。


(けど……少し、楽しみでもあるな)


 アルフは、そんな予感を胸に抱いていた。


 * * *


 夕暮れ。


 アルフとリオンは街の東にある牧草地に立っていた。


「ここ……ですね。依頼に書かれてた地点……」


 リオンが地図を確認し、アルフは槍を手に警戒する。


「今日は戦闘にならないようにしないと。野犬たちも、本来は争いを好まない」


「う、うん……威嚇だけで、済めば……」


 だが、その言葉を裏切るように――


「っ……! アルフくん、見て……あっち!」


 草陰に、灰色の毛並みが揺れる。


 数頭の野犬が、鋭い目でこちらを睨んでいた。


「俺が前に立つ。リオンくんは魔法を準備して」


「う、うん……」


 リオンは震える手で杖を握り直す。


 だが、野犬たちの目に射す光に、喉が詰まり、声が出ない。


「リオン、下がって!」


 アルフは前に出て、槍を横に払った。


 鋭い音が草を裂き、野犬たちが一瞬たじろぐ。


 その隙にリオンは退避し、震える声で詠唱を始めた。


 だが――アルフが一瞬、視線を外した刹那。


「――っ!」


 一頭の野犬が突進してくる。


「《風よ、音を裂け――偽りの雷を生め》!」


 轟音が草原を揺らした。


 野犬は驚愕し、飛びかかる寸前で跳ね退く。


「ふぅ……助かった。ありがとう、リオン」


「う、うん……今度は、ちゃんとできた……よかった……」


 互いにフォローし合い、肩の力が抜ける。


「……案外、悪くないかもしれないな」


 アルフの小さな呟きは、風に紛れてリオンには聞こえていなかった。


 * * *


 牧草地での依頼を終え、夕暮れのギルドへ戻る。


「おかえりなさい、ふたりとも。無事だったみたいね、よかった」


 報告を終えたあと、ミーナが優しく言った。


「リオンくん、少し表情が柔らかくなった気がする」


「そ、そうですか……? ちょっと、がんばったかも……」


「明日の調査依頼は幻獣や低位魔物が出る可能性もあるそうだから、油断せずにね」


「わかりました」


 アルフとリオンは、軽く手を振り合ってギルドを出た。


「じゃあ、明日は朝八時にギルド前でいいかな?」


「うん、それくらいなら……準備もできてるはず」


「無理しないで」


「だ、大丈夫……今日はちょっと自信ついたかも」


(……あれ、いつの間にか敬語じゃなくなってたな)


 妙に嬉しくなって、アルフは小さく笑った。


 * * *


 宿に戻り、槍を膝に乗せて磨きながら呟く。


「仲間と協力するって……案外、悪くないもんだな」


 明日はもっと、うまくやれるだろうか。


 そんな小さな決意とともに、ランタンの火を落とした。

※この作品はカクヨムで先行公開中です。

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【第15話 成長記録】

- 筋力熟練度:85 → 89(+4)

 → スレイルスピアの重量に適応するための反復操作と訓練場での突き動作

- 敏捷熟練度:70 → 75(+5)

 → 野犬への即応動作、槍のバランスを活かした回避・足運び

- 知力熟練度:53→ 59(+6)

 → 仲間との戦闘協力時の作戦理解と判断、魔力調査の準備知識

- 感覚熟練度:69 → 76(+7)

 → 野犬の気配察知・距離感の把握、周囲感応力の向上応力の向上

- 精神熟練度:11→ 17(+6)

 → リオンとの共闘・指揮、連携の成功による自己肯定の回復

- 持久力熟練度:21→ 28(+7)

 →槍の携帯と訓練・依頼遂行による持久負荷の累積


【収支報告】

現在所持金:417G

内訳:

 ・前回終了時点:362G

 ・依頼報酬:75G

 ・朝食:−2G

 ・夕食:−8G

 ・宿泊費:−10G


【アイテム取得/消費】

・スレイルスピア(購入/新装備)

・朝食・夕食・宿泊 利用


【装備・スキル変化】

武器:スレイルスピア(新規装備)

スキル:未開花

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