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第14話「Eランク冒険者、槍を買う」

 昨日は少し夜更かししてしまった気もするけれど、今朝も変わらず目が覚めた。


 身体の奥に少しだけ重さが残っている。でも、それすら清々しい。


 今日は――武器を見に行こう。


 そう決めると、なんだかいてもたってもいられなくなって、僕は早々に支度を済ませて街へ出た。


 目的はひとつ。槍だ。


 冒険者になってから十二日。ようやく手にしたEランクの証。これを節目に、ちゃんとした“自分の武器”が欲しかった。


 ……が。


「……まだ、どこも開いてないか」


 早朝の街並みに立ち尽くす僕。


 武器屋のひとつ、ふたつ覗いてみたけれど、どの店も頑なにシャッターが閉ざされたままだった。


 当然といえば当然だ。開店前に来るなって話である。


(……落ち着け、アルフ)


 深呼吸をして、僕は気持ちを切り替える。


 まずは、いつもの訓練場で体を動かそう。槍を買う前に、心も体も整えておくべきだ。


 * * *


 訓練場の空気は、いつもと同じはずだった。


 けれど今日は、どうも槍の握りがしっくりこない。突きのタイミングも、足運びの感覚も、どこか上の空だった。


「おいおい、どうした。今日はえらく気持ちが入ってねぇな」


 背後から聞こえた渋い声に振り向くと、大柄な男――ハルドさんが肩を回しながらこちらへ歩いてきた。


「……見てたんですか」

「おう。朝から鍛錬してる奴がいれば、そりゃ目に入るさ」


 僕は槍を下ろして、少しだけ照れくさく笑った。


「……実は、ですね。今日、Eランク昇格のお祝いに、自分の槍を買おうと思って」

「ほう。そりゃめでたい」

「それで、気になって気になって、なんだか集中できなくて……」


 打ち明けながら、思わず苦笑いが漏れる。子どもかってくらい、そわそわしていた自覚がある。


 するとハルドさんは、ぶはっと笑い出した。


「それなら納得だ。ま、初めての武器ってのは特別だからな。……俺もそうだった」


 そう言って肩をすくめると、顎で軽く街の方を示した。


「だったら、《オルドン鍛冶工房》に行ってみろ。真面目な親父がやってる工房で、特に槍の扱いには定評がある。初級者向けの品も揃ってるしな」

「オルドン鍛冶工房……」


 聞き覚えのある名前だった。たしかギルドの掲示板でも推薦店として載っていたはず。


「ありがとうございます。開いたら、行ってみます」

「うん。焦らず、じっくり選べ。……それも、鍛錬のうちだからな」


 そう言って、ハルドさんはひとつ伸びをして、訓練場の端へと歩いて行った。


 その背中を見送りながら、僕はふと気づく。


(……あれ、僕、朝から何も食べてない)


 気づいたとたん、腹の虫が鳴いた。ぐぅ……と響いた音に、思わず背中を丸める。


 昨日は槍のことで頭がいっぱいで、今日の計画なんて何も考えていなかった。


「……よし、今日は休みにしよう」


 昨日までの頑張りを自分でちょっとだけ労って、僕はギルドに併設された食堂へ向かうことにした。実は、入るのはこれが初めてだった。


 * * *


 ギルド食堂の扉をくぐると、香ばしい匂いとともに活気が胸に広がった。


 長机に所狭しと並ぶ冒険者たち――仲間と冗談を言い合う者もいれば、黙々と食事をとる者、地図を広げて打ち合わせしているグループもいる。


 その賑やかさに一瞬たじろぎつつ、僕は空いていた隅の席に腰を下ろした。


「トーニャパン一つ、お願いします」


 すぐに運ばれてきたパンは、こんがり焼けた生地の間に香ばしく焼いた魔獣の肉が挟まれていた。


 がぶりと齧ると、肉汁とともにほんのりスパイスの効いた香りが口の中に広がる。


「……うん、美味しい」


 久々にしっかり食べる“肉らしい肉”に、自然と笑みがこぼれる。


 ふと目を上げると、隣の卓では三人組の冒険者パーティがにぎやかに話していた。


 剣士らしい青年に、ツインテールの弓使い、そして落ち着いた雰囲気の魔導士風の少年。


「お前さ、昨日も毒キノコ間違えてたろ」

「う、うるさい! あれは似てたんだってば!」


 どうやら、昨日の依頼の反省会中らしい。


 他にも、地図を囲んで真剣に話し合う大人数のグループや、黙々と食べてすぐ立ち去るソロ冒険者の姿もあった。


(仲間、か……)


 自然と、そんな言葉が浮かぶ。


 僕はといえば、訓練場ではいつもひとり。依頼も、ほとんど単独か見習い薬師の同行補助。


 もちろん、それが嫌なわけじゃない。でも――少しだけ、羨ましいと思ってしまった。


 残りのパンをゆっくりと噛みしめながら、僕は静かに席を立つ。


(まあ、今は今で、やるべきことがある)


 気持ちを切り替えて、僕はハルドさんに教えてもらった《オルドン鍛冶工房》へと向かうことにした。


 道すがら、財布の中をもう一度確認する。


(……予算的には、三百Gくらいまでが現実的か。けど、少しぐらいは奮発しても――)


 街の陽光が少し眩しくなった気がした。


 なんだか、今日のこの一歩が、また何かを変えてくれるような気がしていた。


 * * *


 オルドン鍛冶工房の扉を押すと、金属と油の混じった匂いが鼻をついた。


 奥からはカン、カン、と鉄を打つ音が響いていて、工房というより鍛冶場といった趣だ。


「いらっしゃい……お、新顔だな」


 無骨な体躯に煤けた前掛けをつけた店主――オルドンさんが、太い腕を組んでこちらを見た。


「はい、自分に合った槍を一本探してて」


 そう言うと、オルドンさんは無言で頷き、槍が並ぶ棚の前へと導いてくれた。


 棚にはさまざまな槍が整然と立て掛けられていた。


 訓練用の木槍から始まり、先端だけ鉄で補強された軽量の槍、太く重々しい槍、波打つ刃を持った見たことのない形状の槍まで――どれも異なる個性を放っていた。


「こっちは鉄刃付き訓練槍。初戦闘用として人気だ。重さも軽めで扱いやすい」


 値札には『280G』と書かれている。


 僕はそれを手に取り、軽く構えてみた。バランスは悪くない。何より、価格も現実的だ。


(……うん、これなら間違いない気もする)


 だが、その隣に並んでいた《スレイルスピア》に、僕の視線は自然と引き寄せられていった。


 焼き入れされた鉄の槍頭。握った感触に、手のひらが吸いつくような心地よさがある。


 柄には滑り止め加工が施され、わずかに重みがあるぶん、突きの際にしっかりとした手応えが感じられた。


(……でも、こっちは450Gか。正直ちょっと高い)


 財布の中身と照らし合わせながら、僕はもう一度、訓練槍の方へ視線を戻した。


 すると、黙ってこちらを見ていたオルドンさんが口を開いた。


「悩んでるな。……いいか、最初の一本ってのは、ただの道具じゃねぇ。これから何度も一緒に戦う相棒だ。少し高くても、自分の腕と感覚にしっくりくるやつを選んどけ」


 僕は思わず顔を上げる。


「その《スレイルスピア》は、初心者から中堅まで長く使える設計にしてある。鍛冶ギルドでも推奨されてるモデルだ。軽すぎず、重すぎず。鍛錬にも実戦にも使える。


 命中補助の滑り止めも、感覚がまだ定まってない頃にはありがたいはずだ。突いたときに手がぶれにくくて、狙いが自然と定まりやすい。実戦での命中精度が安定するって評判だ」


 オルドンさんの言葉には、派手さはないけれど重みがあった。


 それを聞いて、僕はもう一度スレイルスピアを構えた。


 手のひらに吸い付くような感覚。重さの中にある、確かな信頼感。


「……これ、ください」


 財布の中身とにらめっこしながらも、ほんの少しだけ奮発しての決断だった。


「手入れは毎日だぞ。柄の滑り止めに使う油は月に一度でいい。あとは――実戦で折らないようにな」


 無骨だけど、どこか温かいその口調に、僕は何度も頭を下げて礼を言った。


 * * *


 訓練場に戻った僕は、早速スレイルスピアを握って構えを取った。


 ……重さが違う。けれど、不思議と嫌じゃない。むしろこの適度な抵抗が、「本物」を握っているという実感を与えてくれる。


 握りの革紐がしっとりと手に馴染み、動かすたびに自然と腕の動きが導かれていくような感覚があった。


 夢中で突き、振り、構え直すうちに、時間が経っていた。


「めずらしい時間にいるな」


 声に振り向くと、そこにはガルドさんの姿があった。


 僕は槍を下ろしながら言う。


「今日は一日、休みにしたんです。で……その、槍を買ったので」

「ほう……」


 ガルドさんは近づいて、僕の手にあるスレイルスピアをじっと見つめた。


「悪くねぇな。バランスもいい。作りも丁寧だ」


 無愛想ながら、その言葉が妙に心に響く。まるで自分が褒められたみたいで、僕は思わず照れた。


「鍛錬もいいが、たまにはしっかり休めよ」


 そう言い残して、ガルドさんは手を軽く上げて去っていった。


 * * *


 ノネズミ亭に戻って夕食を済ませた僕は、自室でスレイルスピアを膝の上に乗せていた。


 まだ一度も傷んでいない、まっさらな槍。


 けれど、手入れ用の布で磨く手を止めたくなかった。


「……結構、使っちゃったな」


 財布の中身を思い浮かべて苦笑する。でも、それ以上に気持ちは満ちていた。


(明日からはまた依頼だ。頑張らないと)


 新しい“相棒”とともに、次の一歩を踏み出す準備は、もう整っていた。


※この作品はカクヨムで先行公開中です。


今日も読んでくださってありがとうございます!



【第14話 成長記録】

- 筋力熟練度:81 → 85(+4)

 → スレイルスピアの試用訓練、素振りによる筋力使用量増加

- 敏捷熟練度:66 → 70(+4)

 → 新しい槍の取り回し調整、突きの動作反復による体幹と操作バランス向上

- 精神熟練度:5 → 11(+6)

 → 初めての装備購入決断と、自己選択による納得感と充実感の形成


【収支報告】

現在所持金:362G

 内訳:

 ・前回終了時点:834G

 ・スレイルスピア購入:−450G

 ・朝食(ギルド食堂):−3G

 ・夕食(ノネズミ亭):−9G

 ・宿泊費:−10G


【アイテム取得/消費】

・スレイルスピア(購入・所持)


【装備・スキル変化】

武器:木の棒 → スレイルスピアに変更

スキル:未開花



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