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第10話「この汗は無駄じゃない」

 朝の空気は、昨日と同じように冷たく澄んでいた。

 けれど、僕の中にあるものは少し違っている気がした。


 今日からは、早朝の訓練場通いを日課にしよう。

 昨日のように、他の冒険者から刺激を受けるのも悪くないし、自分の中に残る高ぶりを形にしていくには、それが一番だと思ったのだ。


 ノネズミ亭の薄暗い玄関を抜けると、まだ空には星の名残が浮かんでいた。

 朝露に濡れた石畳を踏みしめながら、ギルドの裏手にある訓練場へと足を運ぶ。


 昨日のようにハルドさんがいるかもしれないという期待もあったが、今朝の訓練場は静かだった。

 けれど、それで気落ちすることはなかった。


「よし……やるか」


 僕は木の棒を両手で握りしめ、槍の構えを思い出しながら突きの素振りを始めた。

 朝靄の中、誰にも見られていない場所で、自分だけの鍛錬を重ねる。


 ハルドさんが教えてくれた「間合い」や「槍先への意識」。

 まだまだ形にはなっていないけれど、それでも昨日より一歩だけ進んでいるような気がした。


 突き、構え、足運び。

 汗が額を伝い、呼吸が少しずつ荒くなる。


 でも、それがなんだか嬉しかった。

 この汗は、たぶん無駄じゃない。


 * * *


 鍛錬を終える頃には、東の空がすっかり明るくなっていた。

 額から流れる汗を手の甲で拭いながら、僕は木の棒をそっと地面に置いた。


 突きのフォームはまだぎこちない。

 けれど、昨日より少しだけ足の運びがスムーズになった気がする。

 今日も、一歩前に進めた──そんな確かな実感が胸の中にあった。


 そのままギルドへと足を運ぶ。

 訓練の疲労感が心地よく、背筋を伸ばすたびに少しだけ身体が軋む。

 でも、この痛みは悪くない。


 受付で依頼票を眺めていると、ミーナさんが声をかけてきた。


「おはようございます、アルフさん。今日も早起きですね」


「はい。ちょっと鍛錬をしてから来ました」


「ふふ、えらいですね。それなら、こんな依頼はいかがですか?」


 そう言って差し出されたのは、「町外れの資材運搬補助」の依頼票だった。


 内容は、ギルド支部の改修準備に伴う資材運び──木材や麻袋を倉庫から訓練場まで、二往復。

 単純作業ではあるが、筋力と持久力が必要で、それなりに骨の折れる仕事だ。


「よければ、これお願いします。……重いので、あまり人気がなくて」


 ミーナさんの苦笑に、僕は迷わず頷いた。


「大丈夫です。むしろ、こういうのは鍛錬になりそうでありがたいです」


「助かります! 支部の資材係の人が待ってますので、よろしくお願いしますね」


 僕は依頼票を受け取り、軽く一礼してギルドをあとにした。


 さあ、今度は体を動かす番だ。


 * * *


 倉庫で待っていたのは、ギルド管理部の資材係を名乗る中年男性だった。


「よぉ、今日の荷運びは君か。助かるよ。どれも訓練場に運ぶやつだ、頼んだぜ」


 彼の指示に従い、僕は木材の束や麻袋をひとつひとつ抱えては、訓練場へと運んだ。


 一往復目はそれほどでもなかったが、二往復目になるとさすがに腕と足に疲労がたまってくる。


(……想像以上に重いな。持久力、まだまだだな)


 肩に食い込む重さと格闘しながら、昨日の訓練を思い出す。

 ハルドさんが言っていた“姿勢とバランス”──槍と資材は違うけれど、重さを分散させるという意味では通じるものがある。


 僕は荷物の持ち方を少し調整し、腰と足で支えるように意識した。

 すると、ほんの少しだけ動きが楽になった気がする。


「……お。工夫してるな」


 ふいに声をかけられて顔を上げると、訓練場の脇にハルドさんが立っていた。


「その姿勢、少し板についてきたじゃねぇか」


「……ありがとうございます。今、ちょうど昨日のことを思い出してました」


 ハルドさんはにやりと笑って、訓練場の方へと歩き去っていった。

 短いやり取りだったが、それだけで疲れがふっと軽くなった気がした。


 残りの荷物もなんとか運び終えた頃、ギルドの職員が湯気を立てた木の椀を手にやってきた。


「おつかれさま。干し肉のスープと黒パン、あんたの分もあるよ」


「……ありがとうございます」


 スープの香ばしい匂いが、冷えた身体に染みわたっていく。

 味も格別というわけではなかったけれど、今の僕には十分すぎるほど嬉しいご褒美だった。


 ギルドの中で、少しずつ自分の場所ができている気がした。


 * * *


 夜になり、ノネズミ亭の灯りがぼんやりと路地を照らしていた。


 いつもの定食でもよかったけれど、今日はなんだか少しだけ、贅沢がしたかった。


「ザックさん、ちょっとだけ追加で払うので……肉か魚、つけてもらえませんか?」


 厨房の奥から顔を出したザックは、無表情のまま僕をじっと見た。


「……4G追加だ」


「はい、お願いします」


 無言で調理を始める背中を見ながら、僕は椅子に腰を下ろした。

 ほどなくして、肉と野菜を炒めた温かい皿が目の前に置かれる。


「……頑張ってるみたいだな」


 ぽつりと、ザックが呟いた。


 え? と思って顔を上げたけれど、彼はもう背を向けていて、何も続けなかった。


 その一言だけが、やけに印象に残った。


 食事を終えて部屋に戻ると、布団に倒れこむようにして天井を見上げる。


(朝に訓練して、昼は仕事して、夜は疲れて寝る。……あれ、前世と変わらないな)


 思わず笑いが漏れた。


(でも……やらされてるのと、自分で選んでやってるのは、全然違う)


 明日も早起きして訓練場へ行こう。

 きっとまた、誰にも気づかれないくらいの小さな一歩を踏み出すために。


 部屋の中は静かで、窓の外からかすかに虫の声が聞こえていた。

 僕は明かりを消し、目を閉じた。


※この作品はカクヨムで先行公開中です。

ご愛読ありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします。


【第10話 成長記録】

- 筋力熟練度:62 → 67(+5)

 → 資材運搬による実働負荷、全身への重量訓練効果

- 敏捷熟練度:45 → 50(+5)

 → 資材のバランス調整時の姿勢修正、素振りによる重心移動と足運びの改善

- 知力熟練度:32 → 36(+4)

 → 資材運搬時の姿勢工夫、前日の学びを応用した荷重分散の実践的応用

- 感覚熟練度:47 → 50(+3)

 → 体の感覚と負荷分散の意識向上、他者ハルドの気配察知・反応

- 精神熟練度:87 → 94(+7)

 → 自主訓練への継続意志、疲労下でも積極的に行動し続ける忍耐

- 持久力熟練度:94 → 100(+6)※1up 持久力:14→15(熟練度 0/100)

 → 早朝訓練+資材運び+就寝前までの活動


【収支報告】

現在所持金:654G

 内訳:報酬70G/朝食 -2G/昼食(支給:スープと黒パン)/夕食 -7G(追加メニュー)/宿泊費 -10G


【アイテム取得/消費】

・なし


【装備・スキル変化】

武器:木の棒(継続使用)

スキル:未開花

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