*陛下と妃陛下*
俺と妻は身分としては不釣り合いと言われていた。
俺が妻と出会い婚姻するまでは、王族と婚約となると、せめて侯爵以上と言われ、誰しもが絶対的決まりとしていた。
当時の俺は、それが『当たり前』と疑うことなく従っていた。
そろそろ婚約者を決める時期。
学園では、王族という肩書に群がる令嬢たちに、辟易していた。そんな折、近づくどころか、目も合わせない令嬢がいた。キリッとした姿勢、何事にもまっすぐ前を向く、そんな彼女が気になりだした。
その彼女には、他の令嬢のせいで近づくことすらできない。彼女は俺に群がる令嬢を一瞥して、遠ざかっていく。俺は、とうとう群がる令嬢から逃げ出すようになった。
逃げ回っている内に、校舎裏の、植木に囲まれたベンチを見つけた。植木のおかげで、見つかることはなく。1人静かな時間を過ごすことができた。
令嬢から逃げ、いつものベンチで休んでいると、彼女がやってきた。「すみません」と立ち去るのを、話がしたいと呼び止めた。
彼女から話をすることはなく、俺が一方的に話をした。時に授業のことを、時に公務のことを、時に愚痴を。彼女はただただ聞いてくれるだけで、否定も肯定もしなかった。
「みんな、肩書だけで、自分を見てはくれない。王族に生まれなければよかった」
「…殿下はやさしくて、努力家で、みんなひとりひとりに向き合っている。そんな殿下が引っ張っていく国を…、私は見てみたいです」
初めて話してくれた彼女の言葉が、心に響き、恋に落ちるとは、このことかと思った。
この密会は長く続かず、他の令嬢から見つかってしまった。それから彼女に対し嫌がらせが始まる。俺はそんなことになってるとは知らなかった。令嬢たちは教師や俺にわからないよう巧妙に嫌がらせをしていた。
とうとう気づいてしまった。ゴミを投げつける、突き倒し、蹴る、彼女を魔法の的にする。止めに入ったが、収まるはずもなく…。自分が不用意に呼び止め話をしたばかりに、彼女に辛い思いをさせたことを後悔した。
しかし、彼女は逞しかった。俺にノートを見せた。
そこには『どこの令嬢が』『されたこと』『回数』を日付とともに書き連ねていた。そのノートは3冊。
2人で会っていたところを見つかった日から、嫌がらせをされていたことに、驚きと怒りで頭がどうにかなりそうだった。
婚約者を決めるとき、国のすべての公爵、侯爵の家族と令嬢を集め、ノートを読み上げた。嫌がらせをした令嬢のほとんどが、公爵・侯爵だった。
こんな嫌がらせをする令嬢は国の上に立つ資格無しと宣言した。守らなければならない民を任せられない。俺の父も賛同してくれた。令嬢の親達はうるさかったが、そんな風に育てたのが悪い!と一蹴した。婚約者候補は、ほとんどいなくなった。
学園も嫌がらせに対し厳しい処置をした。そして訓練場以外での魔法の使用は禁止となった。
彼女に謝罪をした。俺の軽率な行動のせいで、彼女が傷ついたこと、辛い思いをさせたこと。彼女は俺のせいではないと、言った。今回のことは心が未熟な人たちがしたことだと。
「未熟な人たちを、殿下が導いてあげてください」
そう言われた時、突き動かされた。
「好きだ。……俺と一緒に導いてほしい」
彼女は、目を細め微笑み頷いてくれた。
「と、まぁ〜そういった馴れ初めだよー。妻は子爵だからと周りがうるさかったが、あのノートで脅して、認めさせたもんねぇ」
父は酔うと、馴れ初めを語りだす。何度も、何百も聞いた。
「お前も、早く見つけろよー」
わかってますよ。父の経緯が、あえて婚約者を決めないという方針になってしまった。恋に落ちる……どんな感じなのだろ?
その後、留学先で運命の出会いをし、父の言っていたことは、このことだったのか、と身を持って知ることとなる。