マルマンドの手紙
そして、アンジュレスの命よりフランベーニュがアリターナに向けて攻撃を開始したほぼ同じ頃。
「六万のアリターナ軍がマンジュークへ向かって行軍をしているのを確認しただと」
アンジュレスが送った伝令は驚くべき速さで後方から追走していた四万の兵を率いるポアティアとシャッスイヌに接触していた。
「……信じられないな」
「だが、事実だ。問題はアンジュレスの目にその軍がどう見えたかだが……」
ポアティアとシャッスイヌはその情報から内容を検討しようとしたとき、伝令役である少年兵が織り込まれた羊皮紙をふたりの前に差し出す。
「これは?」
「マルマンド様よりポアティア様かシャッスイヌ様に直接手渡すように命じられました」
「そうか。ご苦労。おまえの役目は終わった。休憩を取ったら前線に戻らずに後方に下がり、そのままクペル城へ向かい、ロバウ将軍に詳細を伝えてくれ。いや。チョット待て」
駄賃を貰って走りかけた少年兵を呼び止めたポアティアが手渡された手紙を開く。
少しだけ時間をかけてそれを読み終えたポアティアはその手紙を少年兵に手渡しこう告げる。
「これもロバウ将軍に手渡すように」
先ほどよりも勢いよく走り出した少年兵を見送ると、シャッスイヌがポアティアに声をかける。
「手紙の送り主であるマルマンドというのはアンジュレスの副官だろう。奴は何を言ってきた?」
「アンジュレスは、先行しているアリターナを魔族の同盟者として討伐するそうだ。おそらくこの手紙を読んでいるころには戦闘は始まっているとある」
「愚かなことを……」
「だが、表面上の事実だけを並べれば、たしかにアリターナが魔族と停戦し、その対価としてマンジュークを手に入れたように見える」
「見えるだけだろう」
「だが、これだけの事実があるのだから、その同盟が事実であることも考慮すべきだろう。私だってそう思うのだ。戦いたくて仕方がないアンジュレスなら間違いなくそう考えるだろう。さらに奴の周りには同類が多い。実際にそう説いてアンジュレスを焚きつけた将軍ふたりがいたそうだ。さらに、成功した場合の武勲も盛大に口にして」
マルマンドの手紙にはその将軍の名は記されていなかった。
だが、ふたりがアンジュレスに同行している将軍の顔ぶれからそれに該当する人物に行き当たるのはそう難しいことではなかった。
シャッスイヌが苦み走った表情でその人物の名を口にする。
「オービュッソンとラシャルテか」
「おそらく。だが、我々が現場に着いたときは戦いが始まっているのであれば、どちらが正しいかなど関係ない。勝つか負けるか。それだけだ」
「まあ、そういうことだな」
シャッスイヌはそこで一度言葉を切り、それから、再び言葉を続ける。
「だが、それにあたってひとつ不安材料がある」
「不安材料?なんだ?それは」
「もちろん魔族だ」
ポアティアの問いに、シャッスイヌは短い言葉で応じ、それからさらに言葉を続ける。
「たとえば、アンジュレスが考えているようにアリターナと魔族が手を結んだのなら、当然魔族はアリターナを加勢する。もちろんこれだって大問題なのだが、さらに厄介なのは、そうでなかった場合だ」
「そうでなかった場合?」
ポアティアの言葉にシャッスイヌは頷く。
「これがすべて魔族の策略だったらどうする?」
「……なるほど」
シャッスイヌからやってきた最悪のシナリオにポアティアは呻く。
「ここまで状況だけを考えれば、我々とアリターナを戦わせ、残った一方を叩く。当然残った方も相当傷ついているのだから倒すのは容易だ。しかも、マルマンドの手紙が正しければアリターナは渓谷内の全軍をマンジュークへ向かわせている。そして、我が軍も、我々が加わればほぼ全軍となる……。つまり、弱った相手と戦う一度の戦闘で渓谷内にいる両軍のすべてを叩ける。魔族にとってはこれ以上ない状況になるな」
「とにかく急ごう」
実はマルマンドはポアティアたちに送った手紙に、これを読む頃には戦闘は開始されていると記していた。
だが、「バルクマンコーナー」で戦闘は始まったのは、正確にはポアティアたちが戦場に到着するほんの少しだけ前のことだった。
そう。
それはつまりマルマンドが想定していた位置よりもポアティアたちが近くまで来ていたこと意味する。