女神
メフィストは剛が馬に乗るのを手伝った。
足をかけさせ、尻をバレーボールのトスをするように持ち上げ、あげく、剛の尻の助走をつける台として顔面を差し出してまで奴を馬に乗せた。
「誉めてください。慰めてください。そうして、労わってくださいよぅ」
メフィストは、さっきの電工掲示板を器用に使い、その名場面を見せてくれた。画像として。
その時、剛は確かに、『騎士・ゲオルグ』だった。
私は意外と凛々(りり)しく、ラノベと言うより、本格ファンタジーの表紙にいそうな剛の姿に笑った。
馬にも一人で乗れないとは思えない、なんか、良い感じのチェニックとロングブーツのシブメのオッサンがそこにいた。
「メフィスト…ありがとう。」
私は胸がイッパイになった。
剛のお洒落な姿と言えば、履歴書用の写真を撮るのについて行った時の上半身スーツ姿しか思い出せない。
確かに、主役をはれるとは言わないけれど…なんか、良い感じに仕上がっていて笑った。
「いえ、いえ、こちらこそ、静止画しか撮れなくて。」
メフィストは、そう言って画像の右端の倒れた三角をクリックする。すると、静止画が動き出した。
剛の不器用な乗り方に驚いた馬が歩き出し、剛は『あああっ…』と慌てて叫びながら馬のたてがみをつかんでいる。
メフィストは、剛の尻で蹴飛ばされて転んでいる。
笑う…
凄く大変な状態なんだけれど、爆笑してしまった。
「気がすみましたか?」
メフィストは笑うのを止めた私に皮肉をこめて聞いてきた。
「うん…ごめん。」
「いえ、いいんです。何とか馬から剛さんを下ろして、彼の希望と親切な村の人の助言で、馬とロバを変えてもらいました…。
そして、次の村へ旅する途中、剛さんの内股が限界をこえてしまって。」
「内股の限界?」
「はい、内腿の皮が剥けてしまって…ロバすら乗れなくなり、そこを通りがかった親切な村の人に荷馬車に乗せてもらったのです。」
メフィストは淡々と語った。
そのボカロのような淡々とした話ぶりに、彼の絶望や苦悩を考えた。
「なんか…本当にすまないね。」
私はため息をついた。
TS転生…それは異性として転生する事を意味する。
この長いエピソードをメフィストが話したのは、剛を転生させた言い訳に違いないと思った。
確かに、大変だったと思う。
剛と旅をするより、育て直して馬が乗れる良い感じの成人にした方が早い気もする…そこまでは分かる。
わかるけどさ、なんで女に生まれ変わらせるんだろう?
「悪いとは思うよ。でも、女にする必要ないと思う。」
そう言いながら、剛の趣味を思い、女の方がいいのかも…と考える自分も自覚する。
剛は編み物とか、ビーズ細工なんかも好きだった。
そんな事に興味があったから、剛と私との長い付き合いもあったのだ。
多少、考え方の違いはあるとしても、洋服の生地や、料理、ビーズの話をするなら、女性に転生した方が良いのかもしれない。
「女神が…空から降臨したのです…」
メフィストが呟くように言ってぎょっとする。
(;゜∇゜)め、女神?
メフィストは芝居がかった言い方で続けた。
「そうです。干し草の上に寝転がって起きない剛さんと途方にくれた私の上に広がる青空から…女神が降臨して…剛さんを生まれ変わらせてしまったのです。」
「はあっ?ち、ちょっとぉ…ねえ、ちょっと、その役、私じゃないの!?」
そう、異世界転生のテンプレでは、主人公の魂を異世界に誘う神的な存在が現れる。
高確率でそれは女神で、主人公と旅をしたり、助けたりする。
私は作者である。
この物語の全知全能の…神的存在である。
私が女神じゃなくて、誰が女神をすると言うのだろうか?




