ベストエンディング
メフィストは混乱する私に優しく言った。
「別に、ゲームを作るわけではありませんから、もう少し簡単に考えましょう。ただ、一番見たいエンディングを考えてください。」
「一番見たいエンディング…」
胸が締め付けられた。
めまいがする。
「そんなの…決まってる。モーニングを…ワンコインでパンもついてくる…お得な名古屋のモーニングを食べるの。」
涙が流れた。
そんなの…叶わない…
剛は死んでしまったから…
でも…魂が本当にあるなら、生前の思い残しがないように、私は行きたい、一人でも剛の魂を連れて…名古屋に…
だって、ワンコイン…稼げたんだもん。
あんな滅茶苦茶な文章だったけれど…
なんか、色々、おまけして貰ったけど…
当初の予定から、随分とショボい結果だし、なんか、物価高とか消費税が上乗せされて食べられるかわからないけど…でも、でも、ここまで何とかしたんだもん!
「確かに、私は未完ばかりを増産してるし、話を作るのが上手いとは言えないわ。
でも、剛の話は考えていたわ。
異世界から名古屋に行く物語を!
確かに、一人では人気ジャンル攻略は出来なくても、過去の作家に助けてもらえば、出来ると考えたわ。所属サイトに確認したわ。著作権が切れた作品は、投稿できるって。公募も、二次禁止のところでも、確認したら投稿出来る大賞も結構あったもん。
だから…私、『オズの魔法使い』をベースに考えていたのに…」
私は泣いた。小さな子供のように…小さな体に戻り、ここが安全な場所だと、感情を放出して良い場所だと安心して…ただ、わんわん泣いた。
本当に、そこまで細かく考えたかと言われると困る。でも、『オズの魔法使い』をベースの話は考えていた。
『オズの魔法使い』は、ライマン・ボームと言う20世紀のアメリカのファンタジー作家だ。
『オズの魔法使い』は、アメリカのカンザスに住む少女が竜巻に巻き込まれて異世界へと飛ばされ、家に帰るために旅をする物語である。
それに合わせて、webファンタジーの異世界転生のイメージで話を考えていた。
異世界に永遠に住み着く話は作りたくは無かった。
それは、私の少女時代はバットエンドで怖いことだったから。
剛は大型の複合スーパーの駐車場でつい、眠ってしまい、そのまま異世界に車ごと転移する。
そして、ドロシーのような可愛い妖精と仲間を連れて、名古屋にモーニングを食べに行く。
そんな話を考えていた。
ライマンは1919年に亡くなった。
その百年後、私は彼を見つけてそんな話を剛の車でしていた。
大丈夫、だって、今度はちゃんとエンディングが見えているんだもん。
そして、私達は小説がどうなろうと、名古屋に行こうと決めていた。
2019年…それが剛と最後の別れになるなんて考えもしなかった。
「では…オズをベースに考えてはいかがでしょう?」
メフィストがそう言った。
「そんなこと、無理でしょ?」
「いえ、魔法使いを目指す物語は可能ですよ?
転生した剛さんがドロシーのように異世界を旅する…素敵ではありませんか。」
穏やかに…大人が子供を丸め込むようにメフィストが話しかけてくる。
が、剛をドロシーのようと言われてかっときた。
「剛はおっさんだもん!ドロシーのような可愛い少女と旅してデレるんだもん!TSなんて…女の子になんて今さらされても…話なんて、なんにも浮かばないよ…大体、地球、無くなってるじゃない。」
そう、この世界では、地球は膨張した太陽に飲み込まれた後の物語。
もう、思考停止で泣きじゃくった。
気がつくと、私はメフィストに抱き締められていた。
いい加減、泣きつかれた私の背をさすりながら、メフィストは語り始めた。
「そうですか…ドロシーさん、そして、かかしさん、あなた方は完結に行かれるのですか?
じゃあ、ブリキのアタシも連れていってはくれませんかね?」
どうも、『オズの魔法使い』を寸劇しているようだった。
私はメフィストから離れて彼を見る。
「ドロシーさんはオズの魔法使いに家に返して貰うのですね?」
メフィストは、ブリキ…と言うより、80年代のロボットダンスの様な動きをしながら私に聞いた。
ドロシー役を急にフラれたのは複雑だが、確かに、いつまでもこんな事はしてられない。
アストラル界、あの世とこの世の狭間の世界なんて、長々といる場所ではない。
帰らなくては!私もだが、剛も!
一瞬、正気に戻った気がした。
メフィストは、私の変化に気がついたように穏やかに微笑み、寸劇を続ける。
「アタシはオズの魔法使いに会ったら、『心』を貰うつもりです。
貴女のお陰で、こうして体も動くようになりました。けれど…ブリキの体になってしまった私には『心』が無いのです。」
と、ここで私の手を引いて自分の胸に私の耳を当てさせる。
本当に、心臓の音がしない!
ギョッとしてメフィストを見上げた私を見て、メフィストは劇を続ける。
「ドロシーさん。アタシはね、『心』を手にしたら、恋をしたいと思うのですよ。世の中には、幾万の幸せがありますが、錆びて動かない体で、アタシ、考えたのですよ。やはり、人に愛し、愛されるのが一番の幸せだと。」
ゾクッとするような、切なくて綺麗な顔だった。
一瞬、メフィスト自身の言葉と錯覚してしまうほど。
本当に、目が覚める様な…そんな綺麗な笑顔。
さすが、物語から生まれた悪魔だけあるわ…
感心した。
唖然とする私の両手を握る。
「完結に連れていってはくれませんか?この哀れなブリキの私を…」
メフィストに言われて、はっとした。でも、いきなり、寸劇をはじめて、ドロシーにされても、普通の人は『もちろんだわ、ブリキさん』などと、ミュージカルの様にアゲアゲに台詞を言えるもんじゃない。
「あ、うん…分かった。」
と、なんか、パットしない台詞を小さな声でボヤくのがいっぱいいっぱいだった。
代わりにメフィストが歌う。
なんか、オペラのような、どこか切なげな外国語の歌を。




