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基準


「なにも…貴女にミュージカルの要素を求めてはいませんよ。」

メフィストは膝で上品に手を組み、困ったような上から目線を私に浴びせた。

「それはよかったわ。」

その態度に少しムカつきながら私も笑い返す。

「はい。気をおわず、普通通りに千円の本を売る方法を考えてくだされば、それで良いのです。」


普通に千円の本を売れって…全く、無茶苦茶だよ。

「うん。」

少し不満げに頷く。一体、どんな話が待ち受けてるんだろうか…

「因みに、入選とか、リアルの結果は考えなくても大丈夫ですよ。」

メフィストが優しく補足したけど訳がわからない。

「入選はともかく…金儲けは考えないといけないんでしょ?」

つい、口が尖る。それを見て、メフィストは右の人差し指を嫌みな感じの上品さでノンノンと横に振る。

「金儲けは考えてはいけません。」

「はぁ?」

千円の本を売るのに金儲けを考えないって…

ふと、ローカルテレビの昼のテレビショッピングのあの人の台詞が思い浮かんだ。

『ほんとうに…ほんとうに、この値段だと、厳しい(>_<。)でも、皆さんの笑顔が見たいから、頑張って、10%オフ!しかも、こんな素敵な時計もつけちゃう。』


私にも…あれをしろというのだろうか?


「物語の質にこだわってください。」


メフィストの台詞にビンゴ!と、嬉しくなった。なんか、オマケをつけたり、値段を下げたり…営業をしろと言うわけだ。

「わかったわ。私、そうゆうの得意よ。フリマでも色んな商品を売ってきたもの。」

ああ、ワクワクしてきた。

「フリマ?ですか。」

メフィストは疑わしそうに私を見る。

「そうよ。つまりさ、あなた、商売口上を頑張れって言うんでしょ?

今だけ半額とか、オマケをつけるとか、なんか、品物の良いところを熱弁するとか…」

と、言いながら、少し心配にもなってきた。

千円で売るなら、二千円の作品を用意して、そこからの半額って話よね?

でも、20万字に増やしたり、2巻セットにしたとして…お客さんはお得に感じてくれるだろうか…


ふと、自分の小説より、積め放題のピーマンの方が価値があるんじゃないかと不安になる。


「違いますよ。まったく。まずは、作品を…千円の価値のある作品を考えてください。」

メフィストの不機嫌そうな顔に私の顔も渋くなる。

千円あったら、ピーマンがどれくらい積められると思うのよっ。

まあ、昔、ニュースで不作でキャベツが一玉千円って時があったけどさ、キャベツだって、千円になったら買うのを躊躇(ちゅうちょ)するんだから。

千円を甘く見ないで欲しいわ。


「わかってるわよ。でも、アンタも酷いわよね?

剛で20万字を書いて、半額で千円とか、やれって言うんでしょ?

二十万字なんて難しいけど頑張るわ。」

ああ、ワクワクしてきた。

二千円の価値を客に想像させるには、10万字の完結したストーリーを二本…

難しいわ。でも、やりがいはある\(^-^)/


色々と考える私に、メフィストはため息をつく。


「全く、そんな無理ゲー頼んでませんよ。

気がついてないようですから説明しますがね、貴女、わりと貴重な部類のweb作家なんですよ。」

「はあ?」

「昭和生まれで、少女時代、基本的な児童小説を読み、『赤毛のアン』に憧れ、物語クラブを作り、そして、普通に進学、高卒で目立つイベントなしで人生の終盤にwebで小説を書いているのですから。」

メフィストは長い足をこれ見よがしに組み直し、物憂げにテーブルに肘をかけて頭を支える。


「なによ〜その怪しげなプロフィール。

私、『赤毛のアン』なんかに…」

と、叫ぶ私の唇に長い右の人差し指をメフィストは乗せてモンクをとめる。


(///ロ///)…


やめてくれよぅ…その、昭和少女漫画のテンプレを実践するの、卑怯だよ。


私はバクバクする心臓を通常運転させる為にティーカップを手にする。


「いいんですよ、我々もイメージ商売なんだから、多少のプロフィールは変えてもね。」

メフィストは、そう言って華やかにウインクを私に飛ばした。


この時点で、奴は昭和のイケメンだと悟った。

細く感じたけれど、それは、昭和の優男(やさおとこ)で、令和の細マッチョより骨格は太くしっかりとしているし、眉が太い。


「で、それでどうなるのよっ」

私は不機嫌に聞いた。

何がしたいのか、理解できない。

確かに、私の10万字の小説を倍にしても二千円で売れるなんて思えないけどさ。

メフィストは、幼女のいたずらに戸惑うような困った笑いをもらす。

「モデルケースになるのですよ。」

「モデルケース?」

「はい。PVに特化して数を稼ぐなら、『基準』として認識されるのが早いと考えましてね。」

メフィストは知的な含み笑いを浮かべる。

「基準…」

私はおうむ返しに呟くしか頭が回らない。

「はい。貴女の物語は確かに、特化した面白味はありません。」

酷い(T-T)

「しかし、ネットでの無駄な工作やSNSなどのコネクションを作らずに作品を投稿していた事、特に、文芸カテゴリーで停滞していたのは悪いことではありません。」

まあ、身バレ出来ないから…

「はぁ…」

「ふふっ。信じていませんね?

でも、批評家からしたら、分かりやすい『基準』は重宝するのですよ。

ネットでのコネが無く、作品のみでの評価が出来る作家の作品は。

ですから、『基準』として認められたら、評価が貰えなくとも、PVは増えますし、変な感想に煩わされる事も無くなりますよ。」

メフィストは嬉しそうなどや顔を私に向けるけど、私は複雑だった。


それ、本当に良い事なんだろうか?


私の不安に気づいたようにメフィストは私の手を握って…少年のような、爽やかな笑顔になる。


「心配はいりません。誰にも邪魔されず、私達の物語を…つむいでゆけるのですよ。」


なんか…呆れた…そして、笑いが込み上げてくる。


さすが、演じる悪魔。

すごい百面相だ。


「そんなことより、早く剛と合流しようよ、これじゃ、『異世界恋愛』じゃないもん。私は昭和の少女漫画の新作が見たいのよっ。

そうよ、私達、人口が多い世代だもん。ちゃんと、良い作品を作ったら、興味を持ってくれる人も多いんだよぅ。

もう、PVも気にしなくて良いからさ、設定終わろう。ほら、お客さん、逃げちゃうよ。」

私はメフィストを急かす。

もう、本当に剛を何とかしないと、私の寿命(ライフ)も尽きちゃう。


が、メフィストは心乱れる私の頬に、右の手で、本当に羽毛のように軽く触れ、壊れ物でも見るような、切なげな視線を私に向けてこう言った。


「大丈夫ですよ。お客様は逃げたりしません。

貴女が、私をちゃんと書いてくだされば…」


本当に…有名キャラは自信過剰でいけないわ。

自分の魅力で集客できると信じてるんだから。


確かに、格好よくはあるけれど…

今のこのシーンだって、少女漫画なら野ばらの外枠と、バラの花びらが飛んでる風情だもん。


アストラル界なんだから、なんか、念力でバラをバックに咲かせたり出来ないものだろうか?


ふと、そんな馬鹿げた考えに沈んで行く。

フィクションです。念の為。

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