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第二話 再会 成長


 変身が終わったジオは、少し身長が伸びて15歳くらいの少年の姿になっていた。乙女モードの私からしたら、まだ可愛いらしいあどけなさのある可愛い少年に思えた。

 が、贅肉のない筋肉質のしなやかな腕を持ち上げて自信満々に笑うと、どことなく、男の雰囲気が漂って少し甘酸っぱい気持ちにもなった。

 「じゃ、いくね!職能スキル開示オープン!!!」

ジオは叫んだ。ここまで来ると、もう、電光掲示板はもういいよ、と、流石に言いたくなるんだけれど空中にそれが出てくると、やはり、おおっ。と嬉しくなるのは何故だろう?

 絶対、ラノベのテンプレのそれとは違うんだけれど、それでも、このハンドメード感が、たまらなく好きなんだなぁ。

 と、ばんやり思っていると、大型テレビの様な画面がオレンジ色に輝いて出てきて、それと同時にジオが命令する。

「比叡山周辺の地図を表示!!!!」


 すごくヒーローチックな言いまわしだけれど、やってる事はネットの地図検索の様なものである(//ー//)

 しかも、地図って…本当にジオは地理を教えたかったんだな、と、恥ずかしくもしみじみする。ああ、このゲームが終わったら、ジオのために中学生が試験で使える地理について話そうかな。と、彼の涙ぐましい努力に胸が痛くなる。が、そんな人のことを考えてる場合じゃない。


 私、現在、この世とあの世の境、アストラル界で自分の意識をベースに作ったゲーム世界で死んだ友人の魂と話すために異世界恋愛 しかもTS転生の真っ最中、なのに、夏目漱石の小説のプレゼンをする、という、地獄のゲームで七転八倒しているところなのだ。


 しかも、ここにきて、この歳になって、私、夏目漱石の小説が面白く感じない自分に気がついた。

 ああ、私は本が好きだった。そして、大概の本は読めると信じていた。

 でも、どうしよう?このすごく有名な文豪の小説が読んでも頭に入ってこないのだ。しかも、このプレゼンの評価でガニメデの今後もかかってる。

 なんとか、お、面白おかしく話をまとめないといけないのに、どうにもできない。といった現状なのである。


 なんでつまらないのかを考える。

 もう、仕方ないのだ。web小説を書き始めてから、横文字の空間が開く文章に慣れてしまい、ついでに、出だしでアクションがあってサクサク進むラノベに慣れて、何だか本格的な小説を読むのが面倒になってきたのだ。

 ページ開いて、3行、はい主人公、何するかテンプレでわかる。って感じに慣れちゃって、名前も知らない謎の男について長々と書いてあるのを追いかけるのが面倒くさいのだ。


 仕方がないから、ジオのスキルの地図と比叡山の話を聞いていた。

 漱石は『叡山』と略していた。だから、初めはなんだ分からなかった。

 そして、比叡山の略語とわかると、なんだか、90年代に流行った業界用語を連発していた先輩を思い出した。

 飯=シーメー とか、おつかれちゃんとか、背中にセーターを背負って話していたな。先輩元気かな、って、脱線した。


 とにかく、夏目漱石の『虞美人草』恋愛小説らしい。そして、虞美人の名前をタイトルにするんだから、なんか美人が登場するはずなのだ。ラノベの悪役令嬢的なやつが。

 でも、それを期待して読んでると、いつまでも山の話で面倒臭くなるのだ。

私、Z世代じゃないけれど、タイパ重視の読書になってきたんだなって、時代を感じて寂しくなってくる。


 それでも、なんとかプレゼンしないと、ここを抜けられなさそうだから、頑張るしかない。

 この物語は男が登場する。名前はまだ分からない。面倒臭い。


 そして、この男はハンケチで顔を拭くのである。


 ハンケチ…ハンカチともいうが、山に登ってハンカチって、ここは普通に手にぬぐいでいいじゃない、と、モヤっとする。

 大正時代の話だと思うから、まだ、それほどスポーツ登山は一般的じゃないだろうし、道も整備はされてないと思う。

 最近、時代劇の撮影ができなくなった理由に、現代のものが映り込まない舗装されない道やロケーションがなくなってきたから、なんて聞いたことがあるけれど、昭和の時代だって、割と舗装されない道路や山道があったんだから、大正時代ならもっとあったと思う。

 そんな薮があって当然の山に行くなら、タオルとか、手ぬぐいの方が実用的である。汗も倍拭けるし、首筋に虫などが入らないようにガードとかにもなるし、手拭いはいざという時、包帯や、裂いて紐状にしてロープにもなる。断然、こっちの方がいいと思うのだ。ハンケチ、何を格好つけてるんだろう?


 この疑問と、業界用語の先輩から、これは大正時代のナンパな青年、人気者的な主人公ではないかと思いついた。すると、作品のイメージも随分と変わることに気がついた。


 漱石このひと、連載小説家なんだわ。


 そう思った途端、明治大正の難し顔の文豪が近くに感じた。

そう、文豪とか、天才とか、そんなものは後付けの評価でしかない。

この人も、結局はただの小説書きなのだ。

 そう考えると、この文章の意味が変わって見えてくる。


 連載小説を、当時、1番注目の人気媒体、新聞の連載の初投稿である。

ここで全力で考えることなんて、一つしかない。


 客の心を掴むこと。


 文豪だろうが、優等生だろうが、WEBの底辺作家だろうが、規模は違っても、まずは考える。自分が掴める読者をどこまで囲い込めるか、ということを。


 そう思うと、この小説の謎の人物が浮かび上がってきた。

読者に媚びる。読者が見たいキャラをばっちり印象付ける。彼はそんな漱石の主人公。

客層は、大正の若者。特に学生。

WEBラノベに当てはめるなら異世界恋愛のジャンルの様なものに違いない。


 大正時代のことなんてよく知らないけれど、漱石が読者にマウントが取れる登場人物を作ったとするなら、ここに書いてある事って、ヤングアダルト情報誌的な内容だよね?


 大正時代、登山は90年代のドライブ的な位置付けじゃ、ないんだろうか。

 東京のイケてる坊ちゃんは、京都の付近で登山をする。遊びで。

 剱岳に測量の起点を設置するような、過酷なものではない。ふらりと山を登り、そして、登山が終わればパパの行きつけの祇園のお店で飲み食いするような、ハイソな登場人物に違いないわ。


 そう考えるなら、いちいちハンケチを連呼するのも、ハイソ感を出すためなのかもしれない。

 ファッションで銀座あたりのテーラーであつらえた洋装の登山服。英国製の登山靴に靴下。

 私が雑誌の付録の高原で遊ぶアイドルに胸キュンしたように、この文章に時代の青年はときめいたに違いない。


 ふと、90年代ドライブに連れて行ってもらった記憶が蘇る。白いスポーツカーで、革の手袋をして運転していたな。あの人。

 「ドライブは好きさ。気がのると200kmは軽く出してしまうよ。この車だとすぐだからね。はは、大丈夫、合法さ。僕はそこらへんの走り屋とか言ってるガキとは違うんだ。思いっきり走りたくなったらレース場に行くんだ。そして、思い切りコイツをぶっ飛ばすんだ。」

みたいなことを言われて驚いたことがあった気がするな…

 あの革手袋は忘れらないな。漫画のレーサーみたいで、リアルに装着してる人、初めて見たもん。


 登山でハンケチで汗を拭くって、大正女子からしたらこんな感覚なんだろうか?


 そう考えると、あんなに面倒くさかった文章が、大正女子の噂話とともに甘酸っぱく響いてくる。

 私、いけるかもしれない。


 避暑地の高原、電話ボックス、テニスラケットを持つ彼女。

 サドルが二つある自転車に相乗り。

 湖でのボートのデート…


 大人になったら、きっと自分もやってくる、そう考えたスチュエーション…

思いかえすと、ほぼ、経験してないわ。あはは。


 夏目漱石もそんな感じで時代を先取りの青春劇を描いていたのだろうか。

この物語はフィクションです。

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