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第二話 再会 読書


 私は結構読書は好きな方である。

 大概の本は読もうと思えば読めると思っていた。だから、漫画で本を読んで眠くなると言うエピソードは理解できなかった。

 ああ、一度だけ、眠くなった本があった。

 マルクスの『資本論』を読んだ時は確かに日本語とは思えなかった。そして、長い生涯で難しすぎて寝てしまった唯一の本として記憶に残った。


 でも、まさか、


 私は『虞美人草』を手に驚愕していた。

 どうしよう?夏目漱石の作品なのに読むのが困難なのだ。


 「どうしましたか?」

メフィストに声をかけられてびっくりする。

「え?ああ。うん。」

思わず言葉につまる。まさか、夏目漱石の小説が面白くないなんて、言い出せないわ。

「ふふ。文字が詰まっていて読めませんか?」

と、メフィストに揶揄われて腹が立つ。

「そんなんじゃないわ。そんなんじゃ。でも、なんかこれ、恋愛小説じゃないみたい。」

私はため息をついた。そう、『虞美人草』には魅惑的な美人が登場して三角関係とか、あらすじは何か面白そうなことが書いてあった。が、小説は知らない男が登山をするところから始まってなんともつまらないのだ。

「100年以上前の話ですからね。出だしは長いのですよ。貴女の作品だって、100年後の人間が見たら複雑怪奇な難しはい話になっているかもしれません。」

「もう、夏目漱石と比べるの、やめてよ。恥ずかしい。はぁ。私の話なんて、現在でも面白いのかわからないわ。

 もう、なんで、西洋風味の異世界恋愛もので夏目漱石の話をしてるのよ。」

私は泣きたくなる。そして、ここでこの話を読み切らないと本編が始まらないいのかと思うと空恐ろしくなる。

「そんなことはありませんよ。私からしたら、書籍化しているのか、そうでないかの違いでしかありません。」

メフィストは偉そうにそういった。

「それ、天と地の差があるわよ!ああ。どうしよう?読書が進まないわ。」

私は焦っていた。大体、こんなものは適当にあらすじでプレゼンしたらいいと思った。が、メフィストに止められた。

 しっかりと読み込まないで、人に刺さるプレゼンなんてできないと。

 ついでに、ここでは名前が力を持つ。夏目漱石はファンが多いし、適当なことをすれば、すぐに見破られて酷い評価を受けると言われてびびったのだった。

「何が問題なのでしょうか?」

と、イケメンの真顔の追求は何だかこっちが悪い気持ちになる。

「何も悪くはないわよ。………私が馬鹿なだけで。」

私はぼやいた。

「ばか、ですか。どんな風に馬鹿なのでしょう?」

丁寧語でたためかけないで欲しいわ。メフィストめ。

「どんなって、はぁ。どんなって、読みづらいんだもん。それは、夏目漱石の小説なんだから面白いとは思うのよ?誤字とかもないだろうし、文章も何か、え、エレガント…な感じなんだろうし。」

と、口に出してみると恥ずかしくなる。

上品エレガントですか。ふふ。」

と、こちらもエレガントにメフィストは笑った。夏目漱石の話と違って、メフィストの笑顔は胸にキュンとくるような優しいものだった。


 顔が笑っていても、『虞美人草』を読まなきゃ、先には進めないんだろうな。


 いつになったら、この話は終わるんだろう?

何だか完結が遠く感じる。私、生きているうちに物語の終わりに辿り着けるのだろうか。不安が込み上げてくる。そして、目の前にいる男がただのハンサムじゃない事を思い出した。

 「ねえ、あんた、もしかして、私はこの話を完結できないように邪魔いてない?」

私はメフィストを疑った。悪魔といえばやはり人の魂を地獄に連れてゆくのが仕事である。いきなり、夏目漱石の小説を読めとか、無理筋なんだもの。

それに、この歳になったらいつお迎えが来るかもわからない。

「ひどいですね。私が1番のファンと自負しておりますのに。」

メフィストは責めるように私をみる。何だか、ちょっと怒っているのが伝わってくる。

「ファンって。そんなお世辞はいいわよ。恋愛小説の研究だったら、なんで夏目漱石なのよ。もっと、西洋文学とか、北欧神話とかでいいじゃない。

 きっと読者だって、急に夏目漱石の話なんて話し始めたら逃げちゃうわよ。

 恋愛イベントまで、まだまだかかりそうなんだもん。」

と、文句を言ったが、私はまだ、登山をする謎の男の一節しか読んではいない。

 メフィストは私を困り顔で見て、ため息をついた。

「『虞美人草』は映画やドラマにもなった立派な恋愛小説です。少なくとも、あなたのこの物語よりは。それに、漱石はイギリス留学でアイルランドの民話や、さまざまな物語を日本に紹介した人物ですよ。ロマンチックじゃないですか。」

メフィストの言いたいことは理解できる。そして、ここから反論するのは大人として恥ずかしい。恥ずかしいが、ラノベ作家としては、しっかり言っておきたい。

「悪いけれど、それじゃ、今時のラノベの読者には夏目漱石なんて刺さらないよ。だって、前置き長いし、昔はショッキングでも、今の複雑でオープンな恋愛模様に慣れた読者が面白いなんて考えるかわからないじゃない。

こんな変なことをしている間にみんな飽きて私から離れてしまうわ。」

私の顔が渋くなる。何でだろう?どうにも夏目漱石の物語は読みづらい。



 「では、お手伝いしましょうか。」

メフィストが揶揄うように私を見る。

「読書のなにを手伝うのよ!もう。ああ、大体、こんな長編読んでるうちに私の読者が散ってしまうわよぅ。」

ああ、最悪である。何が悲しくて、乙女ゲームの世界に来て夏目漱石を読まなきゃいけないのだろう?

 不満爆発しそうな私を、メフィストはお姫様抱っこをして、空気の椅子を作り、そのまま座り込んだ。

 アイテムボックスも魔法詠唱がなくても、こんな方法で椅子を出せることに驚いた。


 「どうです?なかなかメロウになりましたでしょ?さあ、脳死状態でよろしいですから私のために音読してください。まさか、音読すらできないとか言いませんでしょ?」

と、挑戦的にいうメフィストの顔が近くにあって、若い娘姿の自分を思い出して何だか居心地の悪さを感じた。

「ねえ、そんな風に背中に手を置かれたら、本なんて読めないわよ。」

私は少し不機嫌になる。そして、脇腹の贅肉がないと、大人同士でも割とゆったりと座れるものだと驚いた。

 メフィストは私に頬を寄せてクスリ、と笑った。そして、私に『虞美人草』の本を渡すと耳元で囁いた。

「さあ、これで甘さをプラスしましたよ。何も心配することなく始めてください。」

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