第二話 再会麗人
「この建物はね、古代のローマの様式を取り入れて作られているんだよ。古代ローマで発明されたローマコンクリートはね、現代でも再現が難しい、素晴らしいものなんだ。建物の重量はアーリ構造を巧みに使うことで軽減させているんだよ。」
ジオは嬉々として説明をしていて、メフィストは無言でその後ろをついてきていた。なんとなく、怪しい気もするけれど、いまだに魔法もアイテムも無い私にはこの地味な地理知識のレベル上げは出来るうちにやっておきたかった。
ガニメデは私より大変な立場であったけれど嬉しいと思ってた。美しいこの屋敷は、幼くして親を亡くした彼を引き取ってくれたディアーヌの母であり王妃の愛する別荘だった。
もちろん、彼が屋敷に入る事はなかった。そして、妊娠中、何度も王妃に言われた『この子を助けてあげて。』という言葉を叶えられる奇跡に打ち震えていた。
ディアーヌの開かれた状況はあまりいいものではない。
戦略結婚の道具にされると言うことも、あの俺様王アンリと結婚することになるということも、ガニメデにはいいとは思えなかった。
ディアーヌの父、ローズマリー公はいい人だった。しかし、それは当たり前に貰えるものとは限らなかった。
戦いの褒章のように与えられる姫君の相手は、身分も不確かでな荒くれ者も多いと噂があったからだ。
大王は国土を増やすために戦をしていた。そして、人ならざる敵を駆逐し、その辺境に国をつくり、新しい領主を任命してゆく。
ディアーヌも、そんな辺境伯の妃にされてしまう可能性があったからだ。
アーチ型に開いた柱の向こうには、コバルトブルーの空が見える。
私はガニメデの心を読みながら、面倒くさい話の先を思って暗い気持ちになった。ただ、普通の話を作りたかった。恋愛の、他愛も無い穏やかな話を。
しばらく歩くと、美しい麻の織物で飾られた入り口があった。そして、その入り口の向こうには、中央に道のある睡蓮の空中庭園!
そして、中央の道の両端に飾られたほぼ裸のロボ女性の像。
その、悪趣味に美しい像に、なんでメフィストがあんな前置きをしたのかが分かった。
「随分と悪趣味ね。」
私はメフィストを睨んだ。
「ですから、これは私の仕草ではありませんよ。原作は貴女です。」
メフィストは苦笑しながらそういった。
「全く、もう。でも、やはり悪趣味よ!何よ、このエロい感じは。」
私は叫んだ。もう、なんでこんな、こんな、いかがわしくも悪趣味なものを飾るんだろう?だから、男心って嫌なのよっ。
「エロいって、普通の裸じゃ無いですか。こんなものは、ギリシア、ローマ時代からいっぱい設置されてますよ。」
メフィストは面倒くさそうに、それでも、私にとり入ろうと頑張っていた。
「古代の彫像のビーナスは、こんなボインじゃ無いもん!もう、なんなのよ、これ、それに、これって、機械人間の剥製みたいなもんでしょ?悍ましい。」
私の不快感にメフィストは足を止めて私を抱き上げた。
そして、少し寂しそうに真顔で話す。
「これは剥製ではありません。もとは、人間が火星に送った探査機で作られた鎧のような外枠ですよ。ローマの彫刻と変わりませんよ。」
メフィストは諭すようにいう。
「ローマの女神像は、あんなロケットおっぱいじゃないもん!」
言いながら少し悲しくなる。多分、これが生涯最後の少女小説になる気がする。何度も夢に見て、書けずにいた、夢の少女漫画。の、はずなのに。
どうして、こうなってゆくんだろう?
「おっぱいのことなんて忘れてしまいなさい。今は、ガニメデさんの事に集中しましょう。」
メフィストの言葉に、私は頷くしかなかった。そう、今はこんな細かい事を気にしてる場合じゃなんだわ。
私は緊張するガニメデが奥の建物へと進む。
中央の端のロボの像がディアーヌの父親の中の人を想像させる。
こういう、敵と戦うのを好む、そんな男の姿を。
割り切らなくてはいけないと、そう考えても、私には割り切れない何かを抱えることになった。
確かに、ゲーマーという人たちには、悪い人もいい人も、素敵な人もいるかもしれない。でも、たとえ、数%でもリスクがあるなら回避したい。
そして、こんな銅像を飾る人物が、公爵の側なのか、ディアーヌの未来を考える側なのか、わからなくなってきた。
東屋のような建物の奥は、薄布に覆われていて、緊張しながらも真っ直ぐ進むガニメデを察知すると、スルスルと薄布が開かれて大人の男の影が見えてくる。
ドキドキとした。
颯爽と進んだガニメデが、東屋の前で止まって跪いた。
「面をあげなさい。」
穏やかな男声がした。そして、私はその、あまりの、あからさまな美しさに思わす叫んでしまった。
何、この、少女時代の黒歴史を擦り倒すような、神々しさと麗しさ。
柔らかいライトブラウンの長髪、巻毛の美しい20代の青年だった。