第一話 いとしのローズマリーチート
突然登場のガニメデは、ディアーヌを前に心をときめかす。
なんだろう?ただ、彼の前世が自分の初の失敗BLだってわかっただけなのに、なんだろう…このドキドキした気持ち…
ああ、ただ、彼がガチで剛が好きだった男の転生した魂だと分かっただけなのに、どうしてこんなに胸が切なくなるんだろう?
今ならわかる。ディアーヌを見つめるガニメデの震える気持ち。
彼はそれを憧れだと思っているけれど、成長とともにそれが恋に変わるんだと言うこと。
前世、ガニメデは自分と周りを偽って生きてきた。
だから、生まれ変わったガニメデは国家の秘密を守る運命を引き受けることになった。
「でも、男女に生まれ変わっても、身分の差で結ばれることがないんじゃ。」
私は切なくなる。
ガニメデの好きなディアーヌは公爵令嬢で、彼女は国王のアンリか、これからやってくる勇者と結ばれる、もしくは、誰とも結婚しないで白か、黒の騎士を従えて領主になる運命である。
前世では性別に阻まれ、今生では身分に阻まれるなんて、何だか悲しい気がした。
「でも、男女です。身分は性別よりはクリヤーしやすいですよ。」
メフィストは笑う。
「無責任なんだから。もう少し、なんとか出来るキャラクターに設定したら良かったじゃない。」
私は膨れた。そう、メフィストが飛び入りでいれたキャラなんだから、設定を花婿候補に追加してくれたら良かったんだと思う。
「すみませんね。チートで無理やり加えたんで、これが精一杯だったんですよ。」
メフィスト、片方目を閉じてチャーミングに笑いかけるが、そう言うのは今はいらない。
「チート…チートって、なんか、無双してなんでも出来る能力なんじゃないの?」
そう、深夜アニメはなんかチートなんとかで街とか世界をぶち壊したり、異世界人を思うまま支配していた。
口を尖らせる私に、メフィストはやれやれ顔で苦笑しながら教えくれた。
「チートは無双することではありませんよ。チートの語源は英語のイカサマから来ています。本来存在しない機能やアイテム、設定のプログラムも不正に入れ込んで自分が有利になるようにゲームを展開することです。」
「は?それって、コンピュターウイルスみたいなもんじゃない!」
私は叫んだ。じゃあ、WEBの異世界チートって好き放題するハッカーみたいなものってこと?
私は混乱した。だって、WEB発の異世界勇者って、チートを使う不正な人ってことなの?それでいいの??
「そうですよ。」
メフィストは事もなげに言った。
「そうですって、ラノベの主人公が犯罪者って、それでいいいの?」
私は混乱した。昭和脳の私の主人公は正義の味方でなければいけないと思っていたから、犯罪者なのは違和感がある。
メフィストは、私をしばらく観察してこう言った。
「それでいいのか、ダメなのかは、貴女が決めればいい事です。ここは貴女の心を反映したアストラル界なのですから。」
メフィストは優しげに私を見つめる。私はそれを見返した。でも、彼がなんでこんな顔で私を見ているのかは分からなかった。
「でも、彼はこれでも幸せなのですよ。ほら、あんなに嬉しそうじゃ、ありませんか!」
メフィストは役者のように派手にそういった。そして、彼の広げた手の向こうには赤面しながら俯くガニメデの姿がある。
しばらくすると、姫の従者がやってくる。少し、間抜けな気もするが、シュミレーションゲームの世界なので、イベント優先なのである。
多分、やってきたのはSPなんだと思う。
黒服とサングラスじゃないのは中世ヨーロッパベースなので仕方がないけれど、それにしても、5人の艶やかな細マッチョ。揃いのインディゴブルーのケープマントのイケメンがやってくるって言うのは少し恥ずかしい気もした。
そんな私とは真逆にディアーヌはメンズを見る事もなくガニメデを見つめていた。そして、メンズが配置についたと同時にこう、口を開いた。
「この度は大義であった。褒美を使わそう。なんでも願いが良い。」
ディアーヌの言葉に、ガニメデが思わず顔を上げた。そして、凛としたディアーヌの高貴な顔に少し眩しそうに目を細めてこう言った。
「恐れながら…それでは、私を、姫様のお供に!どうか、王国に一緒に連れて行ってはもらえませんか!」
それは切実な願いであった。そして、彼がなぜ、冒険者ではなく、お庭番としての転生を長ったのかを理解した。
少しでもそばにいたかったのだ。
そう、この短い物語で勇者となって姫と結婚できたとしても、それは最後の数ページのことでしかない。
たとえ、結ばれない運命だとしても、彼は剛のそばにいたかったのだ。
「ねえ、どうせ不正するなら、もう少し、希望の持てる設定に変えられないのかな?私、頑張ったら、なんとかしてあげられるのかな。」
胸が痛かった。キャラが恋をしてると認識する。それがこんなに物語の印象を変えるなんて思わなかった。
私には前世…過去作の彼の思いも知っている。
その切ない気持ちを。
混乱する私をメフィストが背中から抱きしめる、と、いうか捕獲されて持ち上げられる。
「ちょっとぉ。」
文句を言いたい私の耳元でメフィストが囁いた。
「チートは、ラノベで表現されるほど無敵ではないのです。たとえ、最強の技をつくり上げられたとしても、所詮、寄生虫。ゲームがサ終したらそこまでですし、目立てば古参に駆られるだけです。
チートなんてものは、地味に目立たないようにこっそりと入れるしかないのですよ。」
メフィストの声は少し寂しそうだった。
「それにしたって、こんな無理ゲーの鬱展開確定キャラにして。PV落ちたらどう責任取ってくれるのよ!」
まあ、そんなにPVなんてないんだけれど(//∇//)
「どうしましょうか…一生、貴女のしもべとして支えるなんてどうでしょう?」
「で、死ぬ時に地獄に連れてかれるんなんて嫌だわ。」
「ふ。では、何がよろしいでしょうか。いつそ、この心を捧げて…」
メフィストは私の首筋に顔を埋める。少し冷たい彼の頬が首筋に当たった。この人、悪魔で外人なんだから、言葉の意味も一捻りあるんかな?
ハートって、心臓のことよね?心臓を捧げるって…一瞬、黒魔術の怪しげな儀式の場面が浮かんだ。
「心臓を捧げられても、私、黒魔術とかやったことないし。それより、ガニメデをなんとか出来ないの?このままじゃ、彼がかわいそうだよ。」
私は体を捻ってメフィストを睨んだ。メフィストは私を見つめて少しだけ真顔になる。
「おや、完結キャラにもお優しのですね?大丈夫、彼は自分で道を切り拓きますよ。そして、自分で彼の幸せを見つけるでしょう。貴女には分からないかもしれませんが、痛みもまた、恋を美味しくするスパイスなのです。」
うわっ。と、メフィストの顔を見た。恋のスパイスなんて、よくもそんな小っ恥ずかしい事を真顔で言えるもんだ。
「はあ。メフィスト、アンタ、私なんかより恋をよく知ってるじゃない。私がアンタに教えることなんてないじゃない。」
呆れながらこういうと、メフィストは自分の頭を私の左頬に当てながらつぶやくようにこう言った。
「いいえ!いいえ…私は堕ちる恋は知ってはいても、恋に落ちたことはありませんから。」
「へ?言葉遊びはいいから、私を下ろしてよ!で、この先を追いかけなきゃ。とにかく、状況と登場人物を整理しようよ。」
私は不安になる。
そう、気がついたのだ。小説でないこの世界では、チート行為は私だけの専売特許じゃないことに。
そして、ディアーヌの連れてゆかれる王宮についても知りたかった。