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蝶々姫シリーズ

【短編】モニの真珠の乙女とメルの白銀の王子様─蝶々姫第2.5章─

作者: 薄氷恋

─世界暦1862年─

素直になれないラゼリードからのハルモニアへの贈り物を巡る、小さな淑女メレニアの初恋とちょっとした試みと、開けてはいけない扉の巻。


※今更ですが軽いBLシーンあります。

 これは俺がラゼリードの過去を旅してから、10年後の話だ。

 俺、ハルモニア・ラ・ルクラァンは、やっと人間年齢で15歳くらいの外見になった。



 きぃ、と俺が父の補佐に与えられた第二執務室の窓が開いた。

「モニ」

 俺と同じくらい背の高い男が、部屋に入ってくる。

右目は紫、左目は赤だ。今日は片眼鏡を着けていない。

 冬も深くなった今、彼はいつもは高く結んでいた銀色の髪をやや低めに結っている。

 服はカテュリア風の襟は高いが、ルクラァン風みたいに胸元に窓は無い、ケープ付きの長衣。

「今日はルクラァンも寒いな。極寒のカテュリアに比べたら楽園みたいだが」

 窓を閉めながら白い息を吐くエイオンに、俺は執務机から立ち上がり、暖炉前のクッションを勧める。

「エイオン。何故、いつもラゼリードの姿で来てくれない?」

 そう俺が言うと、いや、その、とか何かゴニョゴニョ言っている。

 ふと、そんな彼の左手が後ろ手で何か隠しているのに気付いた。

「何か怪我でもしたか? シャロアンスに診てもらうか?」

「いや、違うんだ。あの……これを……お前に」

 暖炉の灯りだけじゃなく顔を真っ赤にしたエイオンは俺の前にバッと勢い良く箱を差し出してきた。

「これは?」

「贈り物に決まってるだろ。早く開けろよ」

「分かった」

 ガサガサと包みを解くと、銀色の羽根の形の台に赤い石の嵌った左耳用イヤーカフが出て来た。

薔薇柘榴石(ロードライトガーネット)か」

「よく分かったな」

「お前の両目の色を交ぜたらこうなるなと、よくこの宝石に見入っていた」

「ばっ、ばか。恥ずかしい事言うなよ」

 エイオンは頬といわず耳までも、もう真っ赤だ。

 俺は片手でイヤーカフを持ったまま、その耳に触れた。

「んっ…」

 存外に色っぽい声がエイオンの口から出た。俺はそのまま頬に手を伸ばす。


 カツカツカツ……


 あ、嫌な靴音。俺は慌てて手を引っ込めた。

バァーン、と大袈裟な程の音を立てて扉が開いた。

勿論、わざとだ。

「ハルモニア、アーシャ殿はいらしているな? ん? どうしたね、2人とも真っ赤な顔をして」

 解ってる癖に。この狸親父。

「エルダナ様、お久しぶりです。非公式な訪問をお許しください」

 エイオンは立ち上がり、優雅に礼をした。

「父上、今いい所だったんですよ」

 俺はぶっきらぼうに言ってみせる。

 それは華麗にスルーして、父は床の上の包み紙に目をやった。

「だろうな。ん? その贈り物は……もしや、我が息子に求婚してくださいましたか?」

「え!?」

 俺もエイオンも吃驚した。

「ご存知ないので? 女性が男性に贈るイヤーカフは【ずっと傍にいて欲しい】という意味ですよ。男性がそれを身に着けるのは【傍でお守りします】の意。貴方の場合、半分女性で半分男性ですが。ハルモニア、早く着けなさい。婚約の承諾の証に」

 ニッコリ笑う父に、エイオンが風精なのに発火する。(比喩)

「ちょっ、そんなつもりじゃ……! モニ! 返せー!!」

「嫌だ! これはもう俺のものだ!」

 手を伸ばすエイオンに興奮しながら逃げ回る俺。

 第二執務室はドタバタ騒ぎだ。父だけが腹を抱えて笑っている。

「君たちは仲良しだねぇ。アーシャ殿は知らずにイヤーカフを選んだのですね。婚約の証とは【今は】取らないでおきましょう。それより、貴方の片眼鏡が4回目の修理から戻ってきましたよ」

「あ、ありがとうございます」

 俺を追い掛けていたエイオンが足を止めて片眼鏡を父から受け取る。

「わぁ、今度の片眼鏡には蝶の飾りが2つも付いた鎖が付属するのですね」

 その隙に俺はイヤーカフを身に着けた。

 が、着け方が甘かったのか、コロリと俺の手のひらに落ちた。

「あっ」

 俺もエイオンも残念そうな顔をする。

「おや、ハルモニアの薄い耳には少し大きいようですね。アーシャ殿、宜しければこちらで金具の大きさを調整しますが如何かな? 現物(ハルモニア)が居なければ調整に苦労なさりますでしょう。かと言ってハルモニアは火精。冬のカテュリアはまだきつそうですからね。行かせられません」

「はい……調整をお願いします。エルダナ様、お見苦しい様をお見せしました。では……」

 窓辺に近寄ろうとしたエイオンに、父が声を掛ける。

「おや。帰るのですか? レカとお茶でも如何です? 私はここでイヤーカフを調整してますから、どうぞハルモニアと行ってきては?」

 もうお茶会の準備までしてあるのだろう。執務の手伝いでやや疲れた俺に休息までくれる父はやはり先見の明があり過ぎる。

 ゆらり、陽炎が立ち上がり、エイオンがラゼリードに切り替わった。襟の高さはそのままで、長衣はドレスに変わった。

「レカ様のご招待を無下にしてはいけませんね。ハルモニア殿下、ご案内頂けまして?」

 久々に見る真珠のような乙女に、俺の胸が高鳴る。

「喜んでお受けいたします、ラゼリード女王陛下」

 こうして、俺はラゼリードをエスコートする権利を得てホクホクしていた。


 父の手で調整されたイヤーカフが、10日後、ふと外した隙に何者かに盗まれるまでは。



「お兄様……? いらっしゃらないの?」

 第二執務室の扉を開けたのは橙色のふわふわの髪を長く伸ばした幼い淑女だった。 歳の頃は12歳、いや、精霊だから何歳かは謎だ。

 彼女は兄の執務机を見て、綺麗な薔薇柘榴石の細工物をすっかり気に入ってしまった。

「少し借りちゃおう。許してね、お兄様」

 ピクニックごっこをする為に持って来ていた、兄と自分の昼食を詰めたバスケットからナフキンを取り出すと、お借りします、と走り書きをした後。

 ひょい、と無造作にイヤーカフを摘み上げ、胸の前で握りしめて第二執務室を立ち去った彼女の名は───。


 ──メレニア・ラ・ルクラァン。

 ハルモニアの異母妹である。


 父に決裁を頼んだ書類を手に戻ってきたハルモニアが、エイオン──ラゼリードからの贈り物を置いた場所に、それは無く、代わりに犯行声明を見つけて素っ頓狂な声を上げた。



 胸がドキドキする、とメレニアは思った。

 お兄様が最近身に着け始めた宝物。

 どんな素敵なものかしらと思っていたら、とても綺麗な石が嵌っている。

 それを黙って借りてきてしまった。

 いいえ! 黙ってではないわ。「お借りします」と書き残したもの!

 妹のほんの少しの我儘を聞いてくださらないお兄様なら、きらいよ。


 そんな事を考えながら自室に辿り着いた時、窓が勝手に開いた。

「きゃっ!?」

「モニ。……あれっ!?」

 白銀の王子様が窓辺に腰掛けていた。

 片眼鏡を掛けた瞳は両方紫。

 言わずもがな、ハルモニアを訪ねたつもりのエイオンだ。

 メレニアはすっかり彼にのぼせあがってしまった。兄妹揃って同じ人物に初恋である。

 気付けばメレニアは叫んでいた。

「私をここから連れ出して下さいませ! 王子様!!」

「え!?」

「私、このままでは殺されますの!!」

「なんで!?」

「宝物を盗んだとの冤罪で閉じ込められ、あと一刻で処刑ですの!」

 エイオンは彼女が胸元で握りしめたままのイヤーカフの羽先を見て

(冤罪じゃないんじゃないかな……)

 と思いつつ、クスッと笑うと、メレニアに自分の外套を着せ掛けた。同時にサイズも調整してやる。

「ではお嬢さん、行きましょうか」

 フワッと風が吹くと、エイオンとメレニアはその場から姿を消していた。


 バタン!


 ゼエゼエと息を切らしたハルモニアがメレニアの部屋の扉を開けたが、その時にはもぬけの殻である。

「メル? メルーー?????!!」

 宝物が()()も消えたのだからたまったもんじゃないハルモニアであった。

「絶対あの筆跡はメルだと思ったんだけどな……さて、どこを探すか。誰ぞ!」


 ◆◆◆


「王子様。ここは何処ですの?」

 キョロキョロと辺りを見回すメレニアにエイオンは丁寧に教える。

「ん? アド市の街だよ? 知らないの?」

「はい、私はあの城から出た事がなくて……あ、私の事はメルとお呼び下さい」

(やっぱり、モニの異母妹のメレニア王女だ。だったら処刑の話も嘘だろうな)

 エイオンが顎に手を当てて考え事をしていると、メレニアが長衣をくいくい、と引っ張った。

「あの、王子様のお名前は?」

「ああ、私はエイオン・アーシャ」

(エイオン・アーシャ様、なんて素敵なお名前なの!)

 メレニアがときめく胸を押さえていたら、彼女のお腹がぐぅ~~~~っと大きな音を立てた。

(は、恥ずかしい! エイオン様の前でこんな大きな音!)

 ギュッと目を瞑って恥ずかしがる淑女に、エイオンは気付かぬ振りで自らのお腹をさすりながら白々しく呟く。

「あー、お腹が空いたな。良かったらメルも屋台の串焼き肉を食べに行かないかい? お代は私が持つよ」

「串焼き肉?」

 メレニアが目をパチッと開ける。その目は輝いていて、口元は涎を垂らしそうになっている。エイオンは笑いをこらえて説明した。

「ルクラァン産のハーブと塩、ソステル産の胡椒で味付けした串焼き肉だよ。この通り道から近いから行こう。ね?」

「はい!」

 メレニアが二重の意味で目を輝かせているのに、エイオンはまだ気が付いていない。



 じゅわー!と肉を焼く音はメレニアにとっては初めて見聞きするものだった。

 屋台上で跳ねる油、芳醇な香り、そしてけむたい煙。二人は列に並んだ。

「へいらっしゃい! 兄ちゃん! 何本だい?」

「2本下さい」

 ルクラァンの通貨もバッチリ用意済のエイオンは、メレニアの目には一層輝かしく見えた。

「あいよ! 熱いから気ぃ付けてな!」

「ありがとう。ほら、メル」

 エイオンが先に受け取った串にハンカチを巻いてやり、メレニアに渡す。

 メレニアは今すぐかじりつきたいのを我慢して、座る場所を探す。その手を自分の分の串焼き肉を受け取ったエイオンが優しく繋いで壁際に寄る。

「この辺りはベンチが無いんだ。今すぐ食べたいなら跪くから私の膝に座りなさい」

「い、いえ! 立ったまま食べます!」

 好きな人を跪かせた挙句、膝に座るなんて幼い淑女には立ち食いよりハードルが高く、メレニアは生まれて初めて立ったまま、思いっきり串焼き肉にかぶりついた。

 じゅわっと肉汁がメレニアの口の中に広がった。硬そうな外見に反して肉は柔らかい。

「おいひぃ……! おいひぃでふわ!」

 メレニアは呂律も回らないくらい肉を頬張っている。

「うん。美味しいね。ここの屋台はいつも行列が出来るんだけど、今日は少し空いてたね。昼餐の時間を少し過ぎたからかな?」

 もぐもぐとエイオンも肉を齧った。

 メレニアはペロリと串焼き肉を食べ終わると、脂で汚れたハンカチを見て泣きそうな顔をした。

「ご馳走様でした。私の手が油で汚れない為にハンカチを巻いて下さったのね。そのせいでハンカチが汚れてしまいましたわ」

「気にしないで、ハンカチは淑女の手を護る為に使うものでしょう?」

「ですが」

 メレニアが言い繋ごうとしたら。メレニアの腹がぐぅー、と鳴った。

「食べ足りない? お代わりする?」

 エイオンが笑みを向けると、メレニアは、くるるー、と腹を鳴らしながら抵抗する。

「い、いいえ! そこまでお腹は空いていませんわ!」

「じゃ、私の食べかけで悪いけど、食べる?」

(で、出会って半刻で間接キス……!)

 メレニアはフラフラとエイオンが半分程食べた串焼き肉に手を伸ばした。

 エイオンが再び串にハンカチを巻いてやり、メレニアに与えた。

 メレニアが少し冷めた串焼き肉を口にしようとしたその時。


 ボッ!と空中に火の輪が浮かび、そこからハルモニアが飛び出して来た。

「うわっ!? エイオン!?」

「モニ!?」

 まさか想い人が妹を連れ回していたとは知らず、着地に失敗したハルモニアはエイオンの上に派手に落ちた。


 弾みで重なるエイオンとハルモニアの唇。

 がつん、と歯までぶつけている。


 まさかの二人のファーストキスは残念な事に衆人環視の中、男同士だった。

 顔を真っ赤にしながらガバッとハルモニアもエイオンも起き上がった。

 真っ赤なのはメレニアもである。


(きゃ~~~~~!! 殿方同士の口付けを見てしまいましたわ!見てしまいましたわ! なんですの!? なんですの!? この胸のときめきは!!!!!? 素敵! なんて素敵なの!?)


 メレニアは串焼き肉を取り落とし、胸を押さえてパクパクと、浅い息を繰り返した。

 串焼き肉は丁度通りかかった野良犬がそれはもう美味しそうに食べている。


「メル? どうした? 具合でも悪いのか?」

 ハルモニアが慌てて異母妹に近寄ると、メレニアは何故かノアンシ語で呟いたのだった。

「わんす もあ ぷりーず……」

「なんて!?」

 このように、王女メレニアは兄ですら解さないノアンシ語にも長けた才媛であったが、同時に頭のいいおバカさんでもあった。

 そしてたった今、初恋の王子様が兄とイチャイチャしてる方がいいと、思ってしまった。腐女子メレニア爆誕。


 ◆◆◆


 城に連れ戻されたメレニアは兄に懇々とお説教されていた。

「お前が窓から落ちたのではないかと、城の者が手分けして探したのだぞ!」

「ごめんなさい……」

 メレニアはベショォと泣きべそをかいている。

「大体、お前が持っていったこのイヤーカフは俺の宝物だ! このカテュリア女王ラゼリード陛下から頂いたんだぞ!」

「えっ!」

「えっ?」

「あっ?」

 ハルモニアが手を伸ばした先にはエイオン。意味が解らなかったメレニアに、エイオンはコホン、とひとつ咳をすると、もう一つの性別──即ち女王の姿を取った。

 彼女が左目の片眼鏡を外すと、メレニアの兄と同じ色の瞳が現れる。


「ごめんなさいね。わたくしは本国ではこちらの姿の方が多いの。改めましてわたくしはラゼリード・エル・グランデル・カテュリアです。はじめまして、メレニア姫」


 パニエで膨らんだドレスで礼をし、メレニアに視線を向けるラゼリードだったが。

 メルは何処か未来を見ていた。(比喩)

 ハルモニアがメレニアを揺さぶる。


「メル? どうした? おい、メル?」

「はわぁ、お義姉様……!」

 その言葉にラゼリードが真っ赤になる。

「ま、まだだから! まだ結婚してないから!」

「まだ、という事は何れ結婚してくれるのか?」

 ハルモニアがガバッと振り向く。

 ラゼリードがツンと横を向き、冷ややかな視線でハルモニアを抉る。

「女王に即位してから求婚者が絶えなくてね。なのにどこかの誰かさんは釣書すら寄越さない内にわたくしの唇を奪って……」

 ラゼリードの頬にみるみる赤みが差す。

 ハルモニアもつられて赤くなった。

「あれは事故だ! 釣書ならいくらでも何百通でも書く! だからもう一度……今度はラゼリードと口付けがしたい!」

 ラゼリードが口元を手袋を嵌めた手で覆う。

「そんなに要らないわよ! というかこんな小さな妹姫の前で何言ってるのよ、あなた!」



 痴話喧嘩をする二人をよそに、その日メレニアはラゼリード及びエイオンが推しになった。

 小さな淑女は推しと兄が結婚する日を今か今かと当分の間、待ちかねるのであった。


 ─end─

メレニアの初恋は実は推しに対する憧れだったというお話。

ハルモニアがイヤーカフを外したのは、着けたままエルダナの所に行くとからかわれるからです。

あと付けっぱなしだと耳が痛くなるから。

決して【傍でお守りします】の誓いを破った訳ではありません(ハルモニアの一方的な誓い)。

ちなみにイヤーカフの左耳用は男性用です。

右耳は女性用。


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