0 異世界漂流の巻 1
主人公はこんな奴なんだ。
種岩吉良。高校二年生。
地球という星の、日本という国の、特にどうという事もない男子生徒。
彼は今、物凄くつまらなかった。
その日は遠足で、二年生の皆で某県山中へハイキングに来ていた。
空は青く、木々は萌え、風は爽やか、時おり鳥の声が響く。
同級生たちは気の合う者同士で組を作り、談笑したりふざけたりしながら、先導する教師の後へ続いていた。
文句のつけのようの無い、楽しい楽しい行事である。
吉良少年は、この時、本当に物凄くつまらなかった。
独りで黙々と歩きながら、ひたすらに面倒な山歩きに耐えていた。
元々毎日が面白くなかった。
彼は学校が好きではなかったのだ。
彼は勉学が得意ではない。運動も苦手だ。
何をやってもだいたい45点の男である。
親しい友人もいない。
まぁクラスメイト達とて、この少年と仲良くなろうとは思わないだろう。
自分からは話しかけて来ず、いつもスマートフォンを覗いては時々黙って笑ったり不機嫌になったり凄い速さで何かを入力したりしているだけの人間と、積極的に打ち解けようと思う者はほぼいない。
この少年は人付き合いがしごく苦手、かなり下手糞だったのだ。
とはいえ、それで少年が困っているわけではなかった。
彼の趣味は独りでも楽しむ事ができたからだ。
彼はマンガが好きである。
それをスマホで読むのに、人の手を借りる必要は無い。
彼はアニメも好きである。
イヤホンつけてそれを観るのに、誰かが必要なわけではない。
彼はゲームも好きである。
金があるわけではないので無料石しか使えないが、無微課金で遊べる範囲で概ね満足はできている。無論、これに他者の協力はいらない。
そして彼は――無料小説サイトも大好きである。
毎日無数の作品が更新されるその世界で、自分好みの世界を探して読むのが好きなのだ。
そして商業に出てヒットを飛ばす作家達に憧れ、一つ自分も挑戦してみようと思い‥‥二、三作品ほど書いてもいた。
その結果は‥‥作品を書く事の難しさを思い知るという、とても貴重な経験ができた。
それだけだ。
まぁ得た物がある事は常に良い事なのだ。
しかしそういうインドア趣味とて、同級生に同じ趣味が全くいないという事も無い。
だが吉良少年は同じ趣味の子らとも親しくならなかった。
吉良少年の趣味の大半は、実は親の影響による物だ。
両親ともにこのテの趣味の人間だったので、物心ついた時から家の中には色々な玩具があったのだ。
よって吉良少年は幼き頃から、変身アイテムにもキャラクター人形にも合体ロボにも不自由する事は無かった。
同世代の子よりもどっぷりハマり、同じ趣味の親がそれに苦言を呈するわけもなく、ボクの考えたカッコいいロボットを毎日お絵描きするようになった吉良少年。
そんな彼は、小学生の頃に気づいてしまった。
それを両親に恐る恐る尋ねた。
「俺の名前、父さんと母さんの大好きなアニメの主人公と同じだよね?」
父は正直に答えてくれた。
「そうだ。あの作品が無かったら俺と母さんは出会わなかった。だからお前の名前にしたんだ」
なんてこった‥‥。
まぁここまではまだ良かった。
自分の名前がヒーローと同じなので、その時は無邪気に喜んだりもした。
ただ、まぁ‥‥創作のヒーローはヒーローなので、劇中では大活躍するものだ。
吉良少年は中学生になる頃、余計な事に気づいてしまった。
何やっても45点の自分とは違う‥‥と。
そのせいで、どうにも元のキャラクターに苦手意識ができてしまったのだ。
なのにアニメ、特にロボット物が大好きなのは変わらなかった。
人の嗜好とは難しい物だ。
おかげで別の問題も浮上した。
彼の名前の元になったキャラクターは、ロボットアニメの中ではかなりのビッグタイトルシリーズであり、その中でもヒット作の主人公であり、番組が終了した後も多数のゲームに出演し続け、かなり有名な名前だったのだ。
吉良少年はロボットアニメが大好きなのだが、同じ趣味の集団の中に入ると、誰か一人ぐらいは気づく。
「フリーダムww」
これをネタとして一緒に笑える性格なら良かったのだが‥‥吉良少年はそうではなかった。
なんとなく触られたくなくて――彼は自分が属せる筈のグループからも離れ、常に独りを好む少年になってしまったのである。
いつも通り、鬱々と。
(さっさと帰りたい‥‥いやもうどこか遠くへ行きたい。どうせこの先、俺の人生にホームランなんて無いんだろ)
無料小説サイトに投稿した作品——投稿前までは自信作——がスルーされっぱなしで終わった事を苦く思い出しながら、少年はいつも通り心の中で愚痴り続けていた。
そんな少年を現実に引き戻したのは、誰かの悲鳴だった。
(獣でも出たのか?)
焦りながら顔をあげ、声の方を見た少年は、驚きで硬直してしまった。
同級生の中に、白い光と虹色の光芒に包まれている者がいる。
一人ではなく、あちこちで同じ状態の者がいた。
そして次々と光に呑まれ、その姿が消えてしまう。
周囲の、光に呑まれていない者は、同級生も教師もただ狼狽えるだけだ。
異世界転移ものでは珍しくない導入であろう。
だがそんな非現実的な目にあって、秒でそこに思い至る奴はいない。
だから吉良少年が呆然としていたのも、自分も光に包まれたのに思考が停止していたのも、それは仕方の無い事だ。
彼が何のリアクションもできないうちに、強烈な浮遊感が少年を捉えた。
ほんの一秒の後。
種岩吉良は地球から消えた。
すまねー。異世界の話は次からだ。