9 雄飛の決意の巻 10
登場人物の簡易紹介(誰かわからない奴がいた時だけ見てください)
キラー:主人公。召喚された元高校生。クラスチェンジアイテムによりニンジャとなった。
ストライク:森で見つけたカメレオン。
ディナル:キラーとその邸宅を世話する専属メイド。外見年齢は十代。
キャシャロット:カパード国でキラーに買われた元メイドの奴隷少女。マッコウクジラ獣人。
ディナルは掃除をしていた。改造メイド服から着替え、清掃用の作業着に。
湯を抜いた浴槽にごしごしとブラシをかけながら独り愚痴る。
「クッソー‥‥毎度毎度、女どもはべらして入浴してたとは。こっちでお楽しみだったんかい。そらスッキリした後に帰ってきてりゃ、家では見向きもせんわな」
ギリギリと歯ぎしり。ブラシにも必要以上に力が籠った。
まぁ汚れがよく落ちるのは良い事だ。歯軋りに飽きると再び悪態をつく。
「完全に出遅れとった! チクショウ! あのメイドとは一緒に入浴してたなんて! チクショウ! 他にもピチピチの女いっぱいなんて! チクショウ! やっぱ男なんて若い娘がいいんやな! チクショウ! 私はいつも一歩遅れとるんや! チクショウ!」
「まず貴女が考えているような猥褻なお楽しみはしていませんので」
後ろからの唐突な返事に「ドヒャア!」と悲鳴をあげるディナル。
振り向けばそこにはキャシャロットがいた。
手にはバケツ、そこにはモップと洗浄液の瓶。道具を持ってきてくれたのだろう。本人はメイド服のままなので、作業自体を手伝う気はなさそうだが。
「私とそういう関係もありませんので」
「きゃ、キャシャロットちゃん!?」
念を押すキャシャロットの言葉で、ディナルは自分の愚痴がずっと聞かれていた事を悟る。
「つーかそんな関係迫るご主人なら私はここ出てますので」
「あ、いや、あの‥‥」
念を押すキャシャロットの言葉に、ディナルは言い繕おうと慌てふためく。
「そもそもここに浴場がある事を知らなかったんですか? ずっとお城にいましたよね、ディナルさんは」
それを言われると辛い所だ。ディナルはキャシャロットから目を逸らした。
「い、家の方にいたし。浴場ができたのは知ってたけど、私が使うのは他のメイド達と一緒だったし。キャシャロットちゃんがいないのは、時間がズレてただけだと思ってたし‥‥」
「ヌケてますね」
(こんのガキャア‥‥!)
小さな同僚からの言葉に、ディナルは青筋を立てて歯軋りした。
そんな彼女にキャシャロットは付け加える。
「ではご存じないかもしれませんね。ご主人様はこれから最終決戦に向かいます」
それにはディナルもピンときた。
「あ、シソウ国との決戦ね。それは聞いたわ。そっか、あの人ならそこできっと大活躍するわね。ならもう一度、あそこに邸宅を‥‥いやいや、貴族に取り立てられて今度こそ城下町の一等地に! ならもう一度お仕えできれば裕福で優雅な生活が? これは、イケるやん!」
モップを握りしめて瞳をキラキラ輝かせるディナル。その目には諦めかけていた安楽で裕福な生活が再び映ろうとしていた。
そんな恍惚の先輩にジト目を向けるキャシャロット。
「本音が漏れてますね」
ちょっと小さく溜息をついてから——彼女はディナルに教えてあげた。
「勝利したら、報酬を貰って国を出るそうです」
「え? なんで!?」
びっくらたまげて目玉を真ん丸に見開くディナル。
彼女にキャシャロットは教えてあげた。
「自分の国を建てるそうです。誰もいない所に、土地を開拓する事から、ゼロから」
「マジで!?」
びっくらたまげて目玉を真ん丸に見開くディナル。
彼女にキャシャロットは教えてあげた。
「本人はマジですよ。あの人ならできそうな気もしますね。私はそう思うって話ですが」
そして一礼、道具を置いてキャシャロットは浴場から出て行った。
その背を見送り、呆然としていたディナルだったが——
(私も‥‥そう思う)
短い間だったが自分に夢を見せてくれた年下の主人。彼への信頼と、迫る別れへの想いが、ディナルの胸の内に一緒に溢れて来た。
設定解説
・こっちでお楽しみだったんかい
ヘイゴー連合国の浴場は、男女混浴の方が多い。大概の住民はそれを何とも思っていない。
もちろん異性へ性的な目を向ける事はマナーが悪いのでできるだけやらない。
だがやはり意識するなと言われても難しい事もある。
まだ若い少年少女が異性と入浴するのを避ける事はよくある。
また異性への感情を拗らせている者が過剰に意識する事も稀にある。
ヘイゴー連合住人なのに複数の男女の関係が「乱れて行われて」いると考えるのは極めて特殊なケースである。
もちろん原因も特殊であろう。
本来は異性への憧れと欲求がとてもとても有るのに相手を得る事ができず諦めたふりを無理にしている‥‥等。