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(6) 友を想う

 


 いつからだろうか。


 両親のような仲睦まじい夫婦を夢見ながら貴族の妻は夫に服従し尽くすのが務めであり幸せなのだと誤認しだしたのは。


 いつからだろうか。


 頼もしいと思っていたカイゼルが、自分は人として高貴で神のような存在だと隠さず発言するようになったのは。

 いつからだろうか。

 婚約者のはずが小間使いか何かのように思われてるのでは、と考えてしまうようになったのは。


 いつからだろうか。


 カイゼルを王子としても婚約者としても敬うことができなくなったのは。


 いつからだろうか。


 彼から逃げたいと願ったのは。




 ◇◇◇




 窓の外を見ていたメイアはきゃあきゃあと黄色い声をあげる侍女達に目を向け微笑んだ。侍女達が頬を染めうっとりとしながらおおはしゃぎしているのはメイアのウェディングドレスだ。


 先日、母国ダスパラード王国に戻り思い出深い聖堂で挙式を行ったのだがジュリアス様と選んだドレスはとても好評だった。


 清楚でありながら大人びたマーメイドラインに豪華さを出すドレープ。胸周りの刺繍には宝石の屑石が使われていて角度を変えるとキラキラと光るし袖口や襟口には花模様のレースがあしらわれ中心にはやはり宝石があしらわれていた。


「わかってはいますがこのドレスが一度しか着れないなんてもったいなさすぎます!」

「こんな素敵なドレスなのにインサルスティマ王国ではまた別のウェディングドレスを着ることになるのですか?」


「ええ、そうよ。ジュリアス様がわたくしに似合う生地を作ったとかで、それでウェディングドレスを用意するから是非着てほしいと。

 わたくしも楽しみにしているのだけれど、このドレスもとても気に入っているからどこかでもう一度袖を通したいわね」


 でもさすがに白は無理よね。ジュリアス様と離縁すればあるいは着る機会があるかもしれないけど、バツがついた女性が再び結婚式を挙げるなんてさすがに顰蹙ものよね。


「でしたら色を変えてはいかがですか?再利用という形になってしまいますが、ホームパーティーや此方の式に参列されていないインサルスティマ王国のお茶会ならそれほど問題にはならないと思います!」

「そうね。それがいいわね」


 侍女の提案にその手があったわね、と手を叩くと話を聞いていた母がなんとなしに混ざってきた。


「あら、自分の娘のために残してあげないの?」

「え?!」

「インサルスティマ王国では大切な儀式に使うものは代々受け継がれるものだと聞きます。ウェディングドレスも祖母から母へ、そして母から娘へ受け継がれ式にはその伝統服を着て出るそうじゃない」


「え、あ、はい。確かにインサルスティマではそういう風習がありますが、あの、わたくしはまだ、娘など……というか、その」

「わかっています。誰もあなたのお腹に子がいるなんて話していないでしょう?仮にという話よ。メイアは娘も欲しいと言っていたでしょう?」

「は、はい。それは、はい……」


 真っ赤な顔を隠すように両手で覆った。もう、お母様が紛らわしいことを言うから驚いてしまったじゃない。

 ジュリアス様と初夜を過ごすのはインサルスティマ王国に帰ってから、という約束ですが甘い時間は日に日に長くなっていました。


 お陰でわたくしはジュリアス様を見るたびに動揺してしまい、恥ずかしい限りで。

 今は実家の侯爵家に滞在し、部屋は鍵付きで隣同士だけどいつ一線を越えてしまうのか気が気でなくて、心臓が痛くてすでに限界を迎えている。


 一番恥ずかしいのは一線を越えることをわたくしが望んでいることだ。なんてはしたないのだろう。


 学生時代は、カイゼルと婚約していた頃はこんな破廉恥なことなど一度も考えなかったのに。いつの間にこんないやらしい子になってしまったのでしょう。

 ジュリアス様にがっかりされないかしら。引かれないかしら。ああ、胸が痛い。


 お相手が年上のジュリアス様で良かった。

 彼はとても紳士で子供のわたくしに合わせてくださるの。彼の口からや他の方から『子供っぽい』と言われたことはないけれど、もし言われてしまったらとても傷ついて否定しようと怒ってしまうでしょう。


 ですがこと恋愛と夫婦に関してはわたくしは子供そのものなのです。すべてがお勉強で初めてのことばかり。

 わたくしはちゃんとジュリアス様の妻としてやっていけるのかしら。不安を出さないように気をつけているけれど早く自信が持てるように頑張らなくちゃ。



 馬車を降りたメイアはある方向を見て目を細めた。


「いつもそうやってどこかを見つめているね」

「よくおわかりになりましたね。ええ、誰かを見ていたわけではありませんの……と言うと、少し不気味ですわね。実は友人の領地がある方向なのです」

「ああ、領地に帰られた方だったかな」


 帰られた、だなんて優しいものではなく彼女は閉じ籠ってしまった。けれどジュリアス様の言葉には思いやりとまた会えるかもしれないという願いをこめた言葉に聞こえ、メイアは微笑んだ。



 会えるなら会いたい。会いに行きたい。

 そして三人でまた一緒に語り合いたい。



「ええ。息災でありますようにといつも願いながら空を仰ぐんです」


 近くにはいないけどいつもあなたを想っている。ささやかだけど毎日続けていたら癖になってしまった。

 最近は無意識にやってしまうので驚かせたらごめんなさい、と先に謝った。


「いつもどこでもメイアに想われるなんて少し嫉妬してしまうな。私にもそんな友人が欲し……いやいらないな。男に想われてもちっとも嬉しくない。

 メイア、友人達のおまけで構わないから私のことも想ってくれないかい?」


 気味悪いと思われたらどうしよう、と内心焦ったがジュリアス様は至極真面目な顔でそんなことを言うので思わず笑ってしまった。


 おまけだなんてありえない。友人達を想うことはやめられないけど、でもそれ以外はジュリアス様のことばかり考えてるしずっと想っている。

 それを正直に伝えたら怖がられてしまうかしら。だってきっと、わたくしの方がジュリアス様を好きだと思っているもの。



 重くて厚いドアを潜り抜けるとひらけた部屋に出た。

 壁には権力を示す大きな絵画が飾られ、内装はきらびやかなデザインになっている。内装の装飾も美しく角度によってはキラキラと反射するものもあった。


 この舞踏会場では本日インサルスティマ王国から来たジュリアスディーン様とメイアを歓迎するパーティーが行われる。

 大きなものではないので参加できる貴族は伯爵以上だが結婚式にも参加してくれた友人達や見覚えのある顔ぶれもいて挨拶は和やかに進んだ。



「メイア様、今日は一段とお美しいですわ。お召しになっている生地はとても柔らかそうに見えますがもしやインサルスティマ王国で出回っている絹ですの?」

「ええ。ずっと輸入に頼ってきましたが近年自国でも生産が可能になり少しずつ増やしておりますの」

「なんとも優しい色ですわね。少し黄色がかっているのかしら?」


「ええ。白よりも少し色が入っている方が目に優しく肌とも馴染んで見えますでしょう?インサルスティマではクリーム色と呼んでいますの」

「白は美しいですがダンスをしていると殿方は目を細めてしまうのだと聞きましたわ」


「折角着飾ったのに見てくださらないなんて!と思いましたがこの優しいお色ならわたくしの顔をちゃんと見てくださいますわね」

「それだけではありませんわ!身につけている宝飾品はインジュード公爵様のお色でしょう?メイア様はとても愛されておりますわね」


 フフフ、と友人達に微笑まれ少し照れた。


「確かにジュリアス様のお色ですが宝石はチェスター伯爵領、装飾はピンデッド侯爵領で共同製作されたものなんですのよ」

「まあ!マディカ様とセシール様の生家ではありませんか!」

「お恥ずかしいわ。わたくし達ったら近くにいるのに何も知らないなんて」


「別事業で立ち上がっていたのですが一年前にご破算になりましたの。

 ですがわたくしと父のヘンダーソン侯爵が取り持ち、改めて製作されたものなんですの。市場に出るのはもう少し先になりますが品質は保証いたしますわ」

「ええ、ええ!メイア様が身につけているだけで完璧だとわかりますわ!きっと今後の社交界でも流行ることでしょう。帰ったらすぐに注文いたしますわ!」


「わたくしも!ピンデッド侯爵領の職人はとても細やかで丈夫なものを作ると評判ですもの。今から楽しみですわ!」

「チェスター伯爵領は宝石が採れるのですね。国境付近は開拓していない山々があると聞きますから、伯爵領は宝石採掘でも豊かになるでしょうね」


 さすがはマディカ様セシール様だわ、と彼女達を称賛する声にメイアも一緒に微笑み頷いた。わたくしの友人はとても素晴らしい方々でしたもの。


 ここにいればもっと楽しくお喋りできたでしょうに。

 そう思い窓の外を見遣れば一段と派手なドレスを纏った集団が視界に入り、スッと視線を外した。


 しかしあちらも見ていたのか派手な集団はメイアの方へと向かってきた。


読んでいただきありがとうございます。

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