(5) 部外者は王子
はぁ、とわざとらしく溜め息をつきメイアに向き直ろうとすると遮るようにジュリアスが視界に入ってきた。
お前の出番は終わったんだよ。邪魔だからさっさと退場しろ。
「おい。頭が高いぞ。役者風情が」
「おい!バカイゼル!よせ!!」
「フッ……まだ気づかないようだから勉強不足の第三王子に応えてやろう。私の名はジュリアスディーン・モエラ・バッハ・インジュード。
君の兄君達とは顔を合わせていたが貴殿とははじめまして、だね。ダスパラード王国の王子様」
「…え?……インジュード?」
あれ?インジュードってどこかで聞いたことがあるぞ。確か隣国の王弟が興した公爵家の名前じゃなかったか……?
俺の長兄と同い年だが比べ物にならないくらい優れた方で、学生の頃から直感の鋭さと俯瞰的な着眼点に国の窮地を何度も救ったという伝説を作った男と同じ家名だった。
突飛でシビれるような意見は国王を唸らせ頭が固い重鎮達をも魅了した。その噂は国を越えカイゼルの耳にも入り、俺もそうありたいと憧れ目指した人物だ。
サロンで学友達と常に国政について話し合っていたのも彼を模範にしていたからだった。
そんな人がなぜここに?なんでメイアを妻に?国政に興味のないメイアと繋がる理由も切っ掛けもないだろう??
「どうやらインサルスティマ王国のことは知っていたようだな。それで、私の妻に何か用かな?カイゼル第三王子。
先程はなにやら自分はメイアの婚約者だの、自分と結婚するのだと息巻いていたが……私の前でまだ同じ言葉を繰り返すつもりかな?」
「いえ、あ、その……」
あのジュリアスディーンで、隣国の王族とわかってしまったカイゼルは苛立ちも勢いも萎んでしまった。立場は同じだが国の規模が違う。
国同士は対等であり友好関係を結んでいるがどちらが豊かな大国かと聞かれれば誰もがジュリアスディーンの国だと答えるくらいには国力に差があった。
ジュリアスディーンの発案で隣国は随分と潤っている。我が国も置いていかれないように父に進言し、国を発展させようとしているが彼のようにはうまくいっていないのが現状だ。
父や兄達が臆病で保守派、そして俺が侯爵に落ちるからだ。何度も進言していくつか案を通しているが隣国と並ぶには年単位の時間がかかるだろう。
俺の素晴らしい発案を優先的に通してくれれば飛躍的に変わり豊かになれるのだが賢王と謳われた父も俺の才能には及ばず想像も追いつかないみたいだ。
なので俺がヘンダーソン侯爵家当主になった暁にはいろんな貴族を先導しみんなで協力し合って国を変えていこうと考えている。
結果が伴えば父も俺がしたいことがわかり、我が国はもっと……いや隣国以上に発展するだろう。なんならジュリアスディーンよりも俺の名前が有名になるかもしれない。
そんな目標を掲げているが今は道半ば。俺には輝かしい未来が待っているが、現時点ではジュリアスディーンの方がほんの少し功績があり俺よりもちょっとだけ上回っている。
先見の明があれば俺の手を取るはずだが、メイアにはそれがなく目先の欲に囚われジュリアスディーンなんぞの手を取ってしまったのだろう。なんたることだ!
どうしたらメイアの目を醒まさせることができる?嘆かわしいことだがメイアを渡すわけにはいかない。俺はヘンダーソン侯爵になるのだ。だからメイアが妻でなくてはならないからだ。
というかジュリアスディーンもなぜ自国の女ではなくメイアの手を取ったのだ?
メイアはこの俺、第三王子と婚約しているんだぞ?許可なく手を出すなんて無礼じゃないか。外交問題を起こすなんてジュリアスディーンもたいしたことないんじゃないのか?
俺と結婚するメイアは花嫁修業に明け暮れ、先に卒業してからも一切社交界に顔を出さず、俺が卒業し侯爵家に入ることを一日千秋の思いで待っていたはずだ。
俺とデートする時間すら持てないほど王妃教育や淑女教育で忙しくしていたのに隣国に出掛ける暇があるなんてありえない。それに俺に報告してないのもおかしい。
社交界にいないのだからジュリアスディーンだってメイアと逢える機会などなかったはずだろう?なんで知り合っていた上にこんな茶番なんてしているんだ??
「ど、どうして、メイアなのですか?あなたなら自国で引く手数多のはず。わざわざ婚約者がいる相手を選ぶなどあなたらしくもない……メイアの婚約者は王族である俺なのですよ?」
「『だった』が抜けているな第三王子。私はすべて知った上でメイアにプロポーズしたのだ。婚約していたことも、なぜ婚約解消をしたかも全部知っている」
「俺は婚約を解消した記憶はありません!」
「私に言われても困る。気になるならそこの君の兄君か両親に聞くといい」
「だってそんな……父上がそんな、許すわけない!!」
父上も母上も喜んでくれてたのに!母上は『メイアさんはカイゼルの妻に相応しくなるために領地に引きこもってあなたが迎えにくるのを一生待っているそうよ』と言っていたのに!
この時カイゼルは王妃教育はどこで行われ誰が指導しているのかを失念し、王妃の明け透けな悪口を都合のいいように解釈していた。
なのでどうしても婚約白紙を認められず何度も食い下がっているとジュリアスディーンがやはり貴族らしい笑みを浮かべ説明した。
「君は知らないことだが我が妻メイアは一年前インサルスティマに単身で留学してきたのだ。
理由は令嬢らしく社交と見識を深めるためだと言っていたが、メイアはとても勤勉で親しみやすくてね。すぐにインサルスティマに馴染んでいったよ」
「え、留学……?」
「社交ではインサルスティマ王国を席巻する名高い夫人達を魅了し、語学も堪能、年若い令嬢に敬遠されてきた国産の生地もメイアが纏えば最先端のドレスに早変わりした。来年はメイアの着こなしが社交界で流行るだろうな。
そしてダンスも素晴らしく男達が順番待ちで列をなしていたくらいだ。隣に立てるまで私もかなり苦労したよ。
その他にも刺繍では難易度が高いと言われる我が国の伝統模様を習得し、音楽と絵画では無名だった逸材を社交界に解き放ち見事貴族達の心を射止めた。
国内の貴族が宣伝するならまだしも国外の、しかも社交界に出て間もないご令嬢が成し遂げてしまったのだ。注目しないわけがない」
「……お戯れを。わたくしはたまたま運が良かっただけですわ。どちらの方も元々才能がありいつ世に出てもおかしくない方達でしたもの。わたくしはただ切っ掛けを与えただけですわ」
「だとしてもメイアの審美眼は正しかったよ。彼らは間違いなく世界に飛び立てる逸材だ。芸術の国ディディバでも通用する芸術家になればメイアの名声は益々高まるだろうね。
私は素晴らしい人を妻に迎えることができて本当に嬉しいよ」
「……褒めすぎですわ」
メイアの肩に手を回し、優しげに見つめるジュリアスディーンと頬を染めながら此方に向けていた笑みとは明らかに違う柔らかな微笑みになんとも言いがたい焦りを感じた。
「最初の君は警戒心が強くて『男なんて信用に値しない』とすげなくされたが、メイアは優しくて純粋で誰にでも平等に接することができる心の美しい人だ。だから私は誠心誠意尽くして君の心を射止めたんだ」
「お恥ずかしい限りですわ。ジュリアス様に対して何度も不敬な態度を取ってしまい、思い出すだけで顔から火が出てしまいそう」
頬に手をあて眉を下げるメイアはとても後悔していたがジュリアスディーンはとても嬉しそうに微笑んだ。
「あの出逢いがあったからこそ私達は結ばれたのだ。出逢った頃は捨てられた子猫のようだったが今は私の心をつかんで離さない大切な女神だ。もう誰にも渡したりしない」
「ジュリアス様……」
「それに怒った可愛いメイアの顔も他の男に見せたくないしね」
「も、もう!ジュリアス様ったら…!」
真っ赤な顔で怒るメイアにジュリアスディーンは笑ってヘッドドレス越しにキスを落とした。
いかにも幸せそうな二人の世界にムカついて目をつり上げたが、メイアの視線が向き顔が強張った。
その顔は見知っているのに別人に見えた。
「わたくしは学業を修了させひと足先に卒業したのであなた様がどれほど努力してくださったかは存じ上げません。
きっと偉業というのも殿下にとっては素晴らしいものなのでしょう。いつもご友人達と国の行く末を思案し答弁をされていましたものね。
あなた様を支えるにはわたくしでは力不足だったと深く反省しておりましたの。小娘の努力ではどうしようもないのだと、わたくしは一年前に思い知りましたわ。
それに瑕疵を付けられた友人を持つわたくしを近くに置いては第三王子殿下の名にも傷がつきましょう。
わたくしはあなた様の視界に入らぬようインサルスティマ王国に移り住み、粛々と貴族の務めを果たす所存ですわ」
背筋を伸ばし凛とした佇まいで見つめられたカイゼルは悪いことをしたわけでもないのにたじろいだ。態度と話の内容が噛み合っていない。
どういうことだ?力不足というならそれ以上に努力を重ねるべきだろう?凡人はそれしかできないのだから。
反省したのならもっと前向きに取り組むべきだ。この俺、第三王子を迎えられるなんてそんな名誉なことは一生に一度しかないんだぞ?
友人に瑕疵がついた?なら今後は俺がメイアが付き合うべき友人を選べばいいだけの話だ。
大抵の令嬢は俺を見ると知らぬ間に想いを寄せてきて妻になろうとするからな。メイアの友人が俺に懸想して修羅場にならないよう一定の距離を取っていのだ。サロンにも婚約者の女性を呼ばないようにしたのもそのためだ。
これからはヘンダーソン侯爵家夫人に相応しい家格と取り引きに使える家、敬意を持って付き合える夫人を中心に俺が選んで社交させよう。
そこまでお膳立てしてやれば不器用なメイアでも俺の意向を汲んで動いてくれるはずだ。
考えれば考えるほどメイアと結婚しない理由がわからない。ちゃんとした理由があるのなら今俺に伝えるべきだ。
でなければ何も始まらないしメイアも己の間違いに気づけないだろう。そういうところがプライドが高くアニー達に煙たがられるのだ。
「メイア。いい加減にしろ。これ以上ジュリアスディーン殿に迷惑をかけるんじゃない。
お前のいう自分にとっての重大な原因を後で聞いてやるからここにいる全員に謝罪をするんだ。お前の嘘と我が儘でこれだけの者達が迷惑を被ったのだぞ。
しかもジュリアスディーン殿の優しさにつけこんでこんな芝居をうたせるとは……はぁ。外交問題もいいところだ」
何を考えているんだと頭を振った。
王妃教育をびっしり詰め込められていたはずだがそのほとんどを母上との茶会で消化していたのだろう。
これが外交問題になるという考えも、想像も、危険だという危機感すらいなかったのだ。
政治にまったく興味がないとはいえこれは酷すぎる。
「俺との婚約を解消すればヘンダーソン侯爵家は最悪没落するかもしれないんだぞ。それでもいいのか?」
どう考えても俺の手に負えないレベルの話だ。
そうなると婚約解消をしていてよかったのかもしれないが、カイゼルの気を引くためにやらかしたメイアを思うと非情になりきれない。
ああ、この愚かなメイアをどうやったら救えるんだろう。
俺の妻だと認めさせればジュリアスディーンも手を引くだろうか。しかしメイアの嘘を信じてしまったからプライドが邪魔して自分の間違いを認めることはできないだろう。
だがメイアもジュリアスディーンも恋愛感情はないみたいだ。
本当に結婚しているならもっと二人の関係の深さを見せつけてくるはずだ。
見せられる方は限りなくムカつくが手を繋いだり体を寄せ合うのは当然のこと、人目を憚らず口付けをしまくりカップルによってはところ構わず情事に耽るものだ。
顔を見て微笑んだり並び立つ程度では幼児の遊戯レベル。その程度で俺を諦めさせようなんて片腹痛い話だ。
何も知らないジュリアスディーンに真実を教えてやろうとニヤリとした時はぁ、とメイアに嘆息を吐かれた。
「…何を言っても無駄ですわね」
「は?」
メイアは人形のような顔でカイゼルに背を向けると控え室がある方へと歩いて行く。いきなり背を向けられたカイゼルは混乱するばかりだ。
「あなたよりも大切な友人達にわたくしの晴れ姿を見てほしかったのに……」
待て!と追いかけようとしたが友人らしき令嬢達が軽蔑を露にした顔で不敬にも俺を睨みつけ、メイアの後を追った。
読んでいただきありがとうございます。