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(3) 結婚式は誰のため?

 


「メイア!!」


 バタン、と力任せに開けられた両扉は壁にぶつかり反動で戻ってきたのでもう一度押し開いた。

 ずんずんと歩く姿は不満と怒りに満ちていて近くにいた者達が驚き、恐れて道を譲った。

 その花道を躊躇なく進んで見つけた彼女の名をもう一度大声で叫ぶ。


 驚き振り向くメイアは以前よりも美しくなっていた。太陽の女神がいるならばこんな美しさだろうと思うほど今の彼女は輝いていて、カイゼルの鼓動が高鳴った。

 思わず頬が緩んだがそうじゃないと叱咤して顔を引き締め彼女の前に立った。


「どういうつもりだ。約束したのは()()()だぞ!俺は宣言通り半年前、ここに来たんだ。しかしいくら待ってもお前は来なかった。なのに、なのになぜ!なんで一年経った今ここにいるんだ!」


 そう叫んだカイゼルに周りは困惑を浮かべた。それはそうだろうとカイゼルは鼻を鳴らす。メイアは半年後の約束を一年後の今日だと勘違いしていたのだ。


 才女と謳われたメイア・ヘンダーソンはミスをしない。あってはならない。そんな凡ミス、侯爵令嬢として恥ずかしすぎる。

 しかもこんな人目がある場所で婚約者である第三王子に指摘されたのだ。メイアは恥ずかしくて顔をあげていられないだろう。


 動揺する周りにカイゼルは自分の方が正しく有利なのだと胸を張った。


 観衆が元学園の生徒や関係者だと気づいていたし本当は二人きりで話すべきだったが、半年前おざなりに約束を破られたカイゼルは矜持を傷つけられとても怒っていた。


 あの日、用意していた水仙の花束を地面に叩きつけ人目があるにも関わらず花束を踏んで去って行ったくらいには本気で怒っていた。


 ちなみに今日はいきなり知らされたので何も用意していない。しかしそれは許されると思っていた。カイゼルの気持ちはずっとメイアに伝えてきた。変わらずメイアにあるとも。

 だからこれ以上ないくらい気持ちは伝わっているのだと信じていた。


「俺はずっとメイアのために頑張ってきた。メイアと共に歩むためにしなくていい苦労も買って出た。

 あの時よりもずっと成長した俺を見てほしかったのになんで来なかった?!俺の名声は侯爵領にも届いていたはずだろう?俺の婚約者なら聞いていていない方がおかしい!!俺の偉業をお前だって喜んでいたはずだ!

 それなのにどうして約束を破った?!今ここで答えろ!俺が納得できる明確な理由がなければ、今度という今度は許さないぞ!!」


 半年間ぐつぐつと煮えたぎり、けれども愛する人の前だからとなるべく声を抑えたが目と表情はカイゼルの怒りをありありと見せていた。


 最初襲ってくるような勢いで向かってきたカイゼルにメイアの隣にいた男が間に割って入ってきたが、文句を言う前にメイアが制し自ら俺に一歩近づいた。


 一年ぶりに見るメイアは大人っぽく化粧をしていて赤い口紅が色っぽく、潤んだ瞳がとても印象的だった。

 特に剥き出しになっている肩やデコルテが白く美しく真っ白いドレスにとても映えた。


 そして思い出した。結婚すればメイアは自分の物になり、隠された部分もすべて取り払い無垢な姿を自分だけが見れるのだと。


 ままごとのような関係で育ってきたが、カイゼルとメイアは男と女。いつしかその先にある事柄に期待を寄せていた。

 結婚すれば、体を重ねればメイアはもっと自分を愛してくれるのだと思っていた。


 その気持ちは半年前に砕かれたが、それを思い返し期待してしまう程には今のメイアは美しすぎた。


「あ、その、とても美しいな。前も美しかったが今日のお前は更に美しく見える。ずっと自分を研鑽してきたのだな」

「……勿体なきお言葉です」


「だが、ここに来るのなら事前に先触れを出しておくべきだ。俺がたまたま来たから良いものの来なかったらどうするつもりだったんだ?しかもそんなに着飾って。俺に見せるためなら下調べをちゃんと……」


 そこでカイゼルは気づいた。白一色のドレスにゴクリと喉を鳴らした。純白のドレスと透け感のあるヘッドドレスをセットで纏うことは滅多にない。

 それを纏うのはヘッドドレスはないがデビュタントと……。


「第三王子殿下。この度はわたくしの結婚式においでくださりありがとうございます」


 固まるカイゼルに以前のような微笑みでメイアが微笑んだ。そう。ウェディングドレスだ。メイアはウェディングドレスを着ているのだ。

 そうわかった瞬間からメイアの姿は輝いて見え頬が熱くなった。ああ、ああ、俺が見たかった姿だ。やっと叶った姿に目頭が熱くなった。


 そうか。メイアはウェディングドレスを着て俺を待っていてくれていたんだ。俺と結婚するために!



「メイア!君はなんていじらしいんだ。俺のためにそんな……」


 緩んだ頬のまま一歩近づけばメイアが一歩下がった。カイゼルが一歩踏み出せばメイアはまた下がる。なぜだ?俺と結婚したいんじゃないのか?


「ああ、そうか!プロポーズがまだだったな!!俺も君も若かったんだ。半年前の裏切りは水に流そう。あの日のことは君も申し訳ないと反省したんだろう?

 これからは二人で協力しあいながら愛を育んでいけばいい。メイア・ヘンダーソン。どうか俺と結婚してく……」


「茶番はおやめください」


 笑みを張り付けたままメイアはカイゼルの言葉を遮った。そんな無礼なことを初めてされた。


「茶番……?」

「ええ。わたくしは第三王子殿下と婚約した事実はございませんもの」

「え……?」


 瞳に映ったメイアはとても可愛く微笑んでいるが妙なプレッシャーを感じ、ザリッと足を少し引いてしまった。


「殿下は昔から人をあっと驚かせるようなことをなさいますが、祝いの席でわたくしがあなた様と不貞をしているかのような言い方をされてはわたくしの旦那様や家族、招待した大切な方々にいらぬ心配をかけてしまいます。

 どうか発言の撤回をしていただきたく存じます」


 待ってくれ。なんでそんなことになるんだ?


「待ってくれ。何を言っているんだ?俺と結婚の約束をしたじゃないか。だから俺をこの場に呼んだんじゃないのか?」

「今日は待ちに待った結婚式なのは確かです。友人達と祈りを捧げに何度も来ていた思い出深いこの聖堂で、真に心を通わせた方とバージンロードを共に歩くことがわたくしの幼い頃からの夢でした。

 ですがそのお相手はあなた様ではありません」


 友人達と来ていたのは知らなかったが、バージンロードは婚約した最初の頃に語っていたのを覚えている。だから俺はメイアのために華々しく一生記憶に残る結婚式を挙げようと心に誓ったんだ。


 だってここは恋人同士が愛を誓うと一生添い遂げられるという場所。ここで()()()()結婚式をあげたいと()()()()()からメイアの夢を叶えるのに丁度いいと思ったのだ。

 そしてメイアと再び会うために約束したこの場所は限られた者しか式を挙げられない神聖な場所でもある。


 ステンドグラスから射し込む柔らかな光が室内を照らし、厳かな空気に満ちている。天井絵は国を守護する女神が天使と共に守り育み安寧を約束するまでの物語を綴っている。奥には光に照らされた女神が優しく微笑んでいた。


 ああ、そうだ。俺はここでメイアと永遠の愛を誓うことを夢想していたのだ。


 半年前に一度裏切られたが、その半年後にまさかこんなサプライズがあるとは。

 しかも俺のためにウェディングドレスを纏ってくれているなんて!


 なんだ、メイアはやはり俺のことが大好きなんじゃないか!


 俺のために努力してくれていた聡いメイアは俺の気持ちをわかってくれた上で先回りしたのだろう。それだけ俺との結婚が待ちきれなかったんだ。


 自分に都合のいい考えだということに気づかず、カイゼルは意気揚々と語ったがメイアの反応が予想と違っていた。



 メイアの笑みは女神のように美しいが発せられた言葉は冷たさを帯びていて心の距離が遠くに感じる。

 どういうことだ?俺はヘンダーソン侯爵家を継ぐ者だぞ?メイアだって俺が侯爵家当主になることを楽しみにしていたじゃないか!


 なのにカイゼルではなく別の者と結婚するような言い回しに戸惑い苛立ちを感じた。その隣の男は予行練習の代理、もしくは飾りじゃないのか??


「もしかしてまだあの勉強会のことを根に持っているのか?あれはお前の勘違いだと何度も言ったではないか。だというのにお前は俺の言葉を聞かず勝手に交流を()って……。

 この俺、カイゼルでなければお前は王家に無礼を働いたとして侯爵共々罰を与えられていたのだぞ?」


 わかっているのか?寛大で優しい俺だから許されていたんだぞ?と眉をひそめやんわり叱ると周りにいた令嬢達から悲鳴が聞こえた。うむうむ。周りの令嬢の方が現実をわかっているじゃないか。


 王子の俺が婚約者で侯爵位だからメイアは少し高飛車になっているのだろう。その辺も結婚したら調教……いや教えてやらないといけないな。



「お戯れを。あなた様との婚約は一年前に白紙になったではありませんか。だというのに罰を与えるとは……いくら第三王子殿下でもお言葉が過ぎるかと」

「はく、し?」

「カイゼル!!」


 メイアは愛想のいい笑みをそのままに、しかし発する言葉と空気がやたらとヒリついて肌寒い。カイゼルはうなじから背中がぞわぞわとして身震いした。


 一年前に婚約白紙だと?どういうことだ?!何も知らない話に混乱していると人混みの中から兄である第二王子が焦った表情で飛び出してきた。


「なぜここに来た!お前はこの一週間王子宮から出るなと命令されていたはずだぞ!!」

「あ、兄上こそ何を言っているのですか。俺は王子で学園を卒業したのですよ?父上や兄上達の仕事を手伝うのは当然ではないですか。

 俺がいないと何も回らないと母上から聞いているのですよ?滞っている書類があるならば俺にも回してください。ぱぱっと終わらせてあげますよ」

「は、はあ?!お前、何を言って…」


 兄上がぎょっとして声が裏返った。図星だったようだ。やれやれ。母上の話は本当だったようだ。


「ああ、ですが俺は次期ヘンダーソン侯爵としての準備があるので程々にしておいてください。俺を頼りにしたいのはわかりますが手伝いばかりもしてられないのでね」


 まあ侯爵家当主になっても王宮に出入りすることになるだろうが。俺は父上に一番信頼されているからな。俺を手放したりしないはずだ。


 だがそうなれば兄二人は今以上に王位を継ぐには相応しくないという噂が流れてしまうことになるだろう。


 なにせ俺は学園で創設以来の()()を成し遂げてしまったからな。それを聞いた貴族達が俺を()()()()()()()と考えているみたいだ。


 才能を考えれば俺が国王になった方が国をもっと豊かにできるが俺は三番目なので仕方ない。

 兄上が国王になったら方向性を指示して助言をしてやれば、下手な政策はしないだろう。


 ダメなら母上に言って()()()()()()()()()()()()だけだしな。

 下手に兄達より才能があるとこういう気の回し方をしなくてはならないから手間がかかる。


 声を荒げる次兄を呆れた顔で見れば、兄上は青白い顔でメイアに頭を下げた。あ!王家が頭を下げてはならないというのに!これだから責任感のない凡人は困るんだ!



「も、申し訳ない!何か手違いがあったようだ!

 陛下から直々にこの一週間王子宮から出るなと言われておりましたし、使用人達にも『カイゼルを外に出すことまかりならぬ』と厳命していたのです!!なのにっなのにっ!

 わ、我が国はインジュード公爵や夫人に物申すつもりはない!このカイゼルが勝手にしたことなのです!!決して敵意はありません!!」


「兄上やめてください!!何をそんなに慌てているのですか?王子たるもの臣下に易々と頭を下げてはならないと教わったではありませんか。

 メイアは侯爵令嬢ですが準貴族です。そんな者に王子が頭を下げてはメイアも困るでしょう。メイア、驚かせて悪かったな」







読んでいただきありがとうございます。

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