(27) 誰の子供?
「ああ、そうだ。これも報告しておかないとな。君達も知りたかったであろう話だ」
そう言ってジュリアス様はヘンダーソン侯爵を見て頷くと宰相に話すよう指示をした。
「アニータ・マカロン男爵令嬢が無事子供を出産した」
淡々と話す宰相に脱け殻だった側近達の目に光が宿り歓喜の声をあげた。
彼らは男爵令嬢が妊娠していたことを知っていた。お腹が膨らみ隠せなくなるまでずっと寄り添っていたらしい。
そして男爵家に産婆や産着を贈っていたのだという。
父親としてはとてもできた紳士だがそれまでの行いや貴族令息が未婚の令嬢を孕ませるという醜聞を考えると決して褒められたものではなかった。
「どちらですか?!」
「髪の色は?!紺色ですよね?!」
彼らが食いぎみで聞いたことは髪色だった。どちらも自分の髪色であることを望んでいるらしい。
メイアは妙に活気づいている彼らを軽蔑した目で眺めた。彼女が国母と言ったことを忘れたのかしら?都合のいい頭ね。
「ふざけるな!僕の子に決まっているだろう?!アニーは僕と先に愛を誓ったんだ!!」
「いいや、俺だ!アニーは俺に純潔を捧げると言ったんだ!お前は俺の次に抱いたんだよ!」
「だったらなんだ!ヤっても子供ができなければ意味ないだろうが!勿論僕の子ですよね?ならば僕はマカロン男爵家の当主だ!」
「はあ?!お前にはプライドはないのか?男爵家だぞ?!公爵令息が男爵家に、しかも婿入りするつもりか?!」
「仕方ないだろう?そんなことよりもアニーが生んだ子供の髪色が大事だ!それで第一の夫が決まる!負けた方は第二、もしくは男妾ということだ!」
「ま、負けてたまるか!俺の方が断然強いに決まってんだろう?!」
とてもくだらない内容だが彼らにとって愛する唯一の子供は勝者の証らしい。彼らを見ないようにしているが声を聞いているだけで気分が悪くなってきた。
子供のようにはしゃぐ彼らに宰相も呆れた顔で頭を振った。
「どちらの色でもない。彼女の髪色はダークブロンドだ」
ダークブロンド?そう聞いた彼らはまっすぐカイゼルを見た。王家は金色の髪を持っているがダークブロンドはカイゼルしかいない。
そのことに気づいた元令息達は顔を赤く染めカイゼルに怒鳴りつけた。
「やっぱりアニーと寝たんじゃないか!友達だって言ってたくせに!裏切り者!!」
「え、いや、ちが……!」
「暴行の痕ってやつもヤった時に見たんだろ?!内腿っつったもんな!?弱ってる時につけこみやがって、この屑め!何回だ!何回アニーとヤったんだ?!」
「いっ一回しか!いや二…かいだったか?……あ、や!そんなのどうでもいいだろ?!」
「「よくないから言ってるんだろうが!!」」
どちらが多いかだの出したの出してないの下品極まりない。わたくしはすぐさまジュリアス様に耳を塞がれ抱き締められたが気持ち悪さはなかなかなくならなかった。
それから側近達は国王に止められるまでカイゼルと言い合い続けた。
「仮にあなた方の子供だったとしても男爵位を継げません。なぜならばマカロン男爵は令嬢の教育を間違えた上にあなた方の他にも婚約を破談に追い込んだのです。なのに男爵は更正をさせなかった。
そして本日のインジュード夫妻への無礼……彼女をパートナーとして連れてきたのはあなた方でしたね?
伯爵位以上のパーティーに下位貴族をパートナーに連れてくる場合は事前申請が必要です。それを怠り、あなた方は無断でその男爵令嬢を連れてきた。
あなた方にとってはどれだけの価値がある友人だとしても、それが婚約者でも、伴侶でも、申請もしていない相手を勝手に呼び寄せる行為は厳罰に値します」
側近になる際に王宮の警備が厳重なのは間者や暗殺者から守るためだと聞いていたはずだが、平和だから、友人で愛しい男爵令嬢だから、自分はカイゼルの友人で側近だからと他のサロンメンバー同様驕り高ぶり、止める者達の言葉を聞かなかった。
「本来下位が上位に逆らうことはできませんが今回は王家主催のパーティーです。国王陛下よりも尊い御方はおりません。爵位を理解し、ある程度教養があれば拒否することも容易にできました。
ですが彼女はあたかも高位貴族かのように装いあなた方のパートナーとして王宮に侵入。そしてあろうことか知り合いでもない国賓に許可なく近づいた。
あなた方が無断で下位の者を王宮に引き入れたことで彼女は高位貴族の暗殺容疑がかけられ、国に損害を与えた犯罪者として処罰されることが決定したのです」
「「そ、そ、そんな!」」
「インジュード公爵夫妻の恩赦のお陰で一家共々処刑は免れましたが、責任を負ってマカロン男爵家は没落、男爵令嬢も終身刑になる予定です。
ですのであなた方の希望が叶うことはありません」
仕方なく宰相がマカロン男爵家の今後を話すと元騎士令息が焦った顔でカイゼルに叫んだ。
「殿下!なんとかしてくれ!アニーが子供と引き離されてしまう!!俺達の子供がだ!!
子供が母親と引き離されてもいいのか?!娘なんだぞ!アニーを孕ませた責任を取れよ!父親だろう?!」
「そ、そうだ!!カイゼル殿下がアニーや僕達を囲えばいいんだ!結婚に関する法改正の申請はすでにしてある!
あとはカイゼル殿下が陛下に口添えしてくれれば完全に通る!そうすれば僕達は晴れてアニーと結婚ができる!!」
「その子供はカイゼルの子ではない」
何言ってんだこいつ、と言わんばかりに国王が元騎士令息の言葉を遮った。
国王からすればたとえ本当でも認めるわけにはいかないだろう。
未婚の令嬢でしかもインサルスティマ王国に無礼を働いた男爵令嬢の生んだ子がカイゼルの血をひいてるなど、嘘でも言えるはずがない。
庶子にも王位継承権はあるのだ。争いの火種にしかならない者を認知するわけにはいかない。彼らは知らないがその話はさっきドゥーパント姉妹でやって国王も辟易しているのだ。
絶対に認めるわけにはいかない、と国王は断固拒否する体勢を取った。
「マカロン男爵令嬢が生んだ子は娘であり、カイゼルの子供ではない。マカロン男爵令嬢は他にも複数の令息、豪商の子息達と関係を持っていた。
その中にもダークブロンドを持つ者がいるのを確認している。
よって肉体関係があったとしてもカイゼルの子と断定はできない。王家は認めないものとする。王妃もそれでよいな」
男爵令嬢の子供を認めてしまえば間違いなく王妃が動き大騒ぎになる。下手をすればまた暗殺だの内戦だのという騒ぎになってもおかしくない。
そこまでの危機感があっての否定だったが側近達の嘆きは大きかった。
カイゼルも自分の子供ではないと認めなかったが、子供を見捨てるような形になってしまい傷ついたような顔をしている。認めなかったのにそんな顔をする資格なんてあるのかしら。
ともあれ、王妃が男爵令嬢の子に何かしようと考えていたのは確かみたいなので、父のヘンダーソン侯爵と視線を合わせ子供を王妃の追跡ができない場所に住まわせなくては、と考えた。
「さて、多少蛇足はあったが君が知るべき話をしてきたつもりだ。どうかな?少しはメイアの気持ちがわかったかな?」
落ち着いたところでジュリアス様がカイゼルに問いかけた。衝撃と情報が多すぎて多少抜けてそうな顔をしていたが、神妙な面持ちで頷きサロンのあり方が良くなかったのだと語った。
自分はサロンを高等な話し合いの場として利用してきたこと。
その内容は国政に通じる素晴らしいものしかなかったこと。
だから友人達がそんな風にサロンを悪用すると思っていなかったこと。
だから自分は悪くないのだと締めくくった。
「彼らは罰を受けるがちゃんと反省するだろう。その時にはメイアも許してあげてほしい。彼らは恋愛以外はとても優秀なんだ。彼らの未来のことも考慮してやってくれ」
だからなかったことにしろ、と言われてるみたいで気分が悪い。ついっと視線を外せばカイゼルは慌てて言葉を続けた。
「これで誤解も解けただろう?いい加減機嫌を直してくれ!!」
「誤解、とはなんでしょうか?」
「アニーと関係を持ったという話だよ!父上も言っただろう?アニーの子供は俺のではない!俺との関係はなかったんだ!」
「……はぁ、」
それで?
「メイアに嫌がらせしていたのもドゥーパント姉妹やゲイル達だろう?俺は何も言っていない!!むしろ愛していたんだ!
婚約解消だって父上や母上が勝手にサインしただけで俺は何も聞いていない!!メイアだって俺と婚約を解消したくなかったんだろう?だけど母上に逆らえなかった!
だけどもう我慢しなくていい!自分の気持ちに嘘をつかなくていいんだ!!メイアは俺が幸せにする!だからジュリアスディーン殿!俺のメイアを返してください!!」
沈黙がおりた。カイゼルだけが息を切らし赤ら顔で拳を握っている。誰もが呆然とカイゼルを見つめ誰もが『何言ってんだ?こいつ』と思った。
「………言いたいことはあるが、まずは第三王子。いい加減メイアを呼び捨てにするな。不敬だぞ。彼女は私の妻だと再三言っているはずだ。
どんなに親しい間柄でも敬称はつけるものだ。それができないというなら私は君に制裁を与えなくてはならない」
「え、…や、その…ですが、」
「国王よ。この場で息子の血を見たくなければ、第三王子の腕を一本折る許可を出せ」
「え、いや……う、うむ」
「え?ち、父上?……っっ!!?」
「綺麗に折ってやるから大人しくしてろ」
淡々と語るジュリアス様に国王は戸惑いを露にしたが最後は頷き、動揺するカイゼルの腕が近くにいた強面の騎士に腕を掴まれたところで目隠しされた。
次に視界が開けた時はカイゼルは片腕を抱えのたうち回っていた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔でわたくしに助けを求めてきているけど気のせいよね。
だって何もかも遅すぎだもの。
というか、ここまで言われてもわたくしが好いてるとなぜ思えるの?我慢??幸せにする?今の方がよっぽど幸せなのですが。
目がスッと細くなり、彼に抱いて残っていた微かな情もすべて消えた。頭が冷えて心も冷めた。もう、同情すらいらないわね。
「第三王子殿下。確かにあなたは利用されたのでしょう。初めてご挨拶した時からあなたはとても素直な方だと思っておりました」
「だ、だろう?俺ほど素直で正直な者はいないっ」
「前向きな行動には好意が持てましたがそれ以外はとても危ういと感じておりました」
興味のないことへの無頓着さ、内に入れた者への過剰な信頼感、王妃や周りの者の言葉を鵜呑みにし自ら学ぶ視野を狭くする怠惰なところ、下の者…特に女性に対しての差別的な態度など目に余るものが多すぎました。
「正直に申しまして、王命でもなければあなたとの婚約なんてしたくありませんでした」
だって内定の段階で毒殺されそうになりそれを知らないままあの姉妹と仲良くする婚約者なんて誰が喜ぶと思います?
「婚約だってあなたがなにもしてくれなかったから解消になったんですよ?」
ショックそうに顔を歪ませるカイゼルになんでこう自分は被害者みたいな顔ができるのか疑問に思ったがあえて無視をした。
「わたくし、ヘンダーソン侯爵家当主を継ぐべく努力してまいりましたがそれだけでして、あなた様に見合おうと努力したことは一度もありませんでした」
「え?!」
「否定するのもおかしな話でしたので合わせておりましたがあれは誰から流れてきた話だったのでしょうね?
周りの方々は第三王子殿下に見合うために頑張っているのだと噂されておりましたが、あなたが婿入りするのにどうしてわたくしがあなたに合わせなくてはならないの?と疑問に思っていましたの」
「あーそれは、そうだね。当主になるのはメイアだものね」
ですわよね?とジュリアス様と顔を見合わせ、そして震えるカイゼルを見下ろした。
「ですので、あなた様があの姉妹と関係を持とうと男爵令嬢とどうなろうとどうでもよかったのです。だってそれはあなたの責任ですもの」
関係が世間に知れれば婚約が解消されると思っていましたし、そっちの方が楽よねとも思ってました。
それでわたくしに傷がついてもどうでもいいと思えるくらいカイゼルとの結婚に利益を感じませんでした。
「卒業までには王妃殿下が裏で手を回して婚約を破棄なり解消なりするだろうと予測しておりましたが、まさか救済処置で組まれた婚約をあんなおぞましい方法で破棄するとは思っておりませんでしたわ」
馬鹿馬鹿しく安い演劇で辱められた友人達はさぞや無念だったでしょう。
彼女達が何もできずその場を去ったのは側近らに矜持を傷つけられたから?笑い者にされたから?慕っていた婚約者に裏切られたから?どれも違いますわ。
「わたくしがあなたとの婚約を破棄でもなんでも絶対に縁を切ると決めたのは、わたくしが大切にしていた友人達を王子としてあなたが『俺の国から出ていけ』と追放したからです」
そんな馬鹿げたことをしなければ諦めて結婚するつもりだった。
お家乗っ取りを仄めかす言葉を隠しもせず垂れ流すバカ王子とそれを許す王妃と国王。この国にいる限り婚約破棄なんて無理だろうと思っていた。
「よりにもよって『俺の国』ですものね。学園生徒の前で辱められ、その場で偽造書類にサインさせられ、挙げ句の果ては王族のあなたに国から出ていけと言われた。
わたくしの友人達はあなたに何をしたというの?サロンメンバーでなければ情の欠片もないのかしら?」
「え、じゃあ、俺が何か落ち度があったからじゃなくてメイアの友人せい……いだ!!」
「少なくともあなたが国外追放などと言わなければ彼女達はまだ貴族令嬢としていられたはずだわ」
強い口調で言い放てばカイゼルは初めて気づいたような顔で固まった。
軽はずみに発した自分の言葉がどれほどのものか、学園とはいえ王子の考えひとつで周りにどう影響するか、威力があるのか今更思い出したのだろう。
そして王子の言葉は軽々しく撤回もできない。王家が軽々しく頭を下げ謝罪をしていけないようにひとつひとつに責任があるからだ。
だから侯爵令嬢も伯爵令嬢も何も言えず何もできず立ち去るしかなかった、ということを本当に今更カイゼルが知った。
読んでいただきありがとうございます。