(26) バカにつける薬はない
贅沢をしたい男爵令嬢と公爵当主、騎士団団長になると信じていた令息達が平民落ちしてまで添い遂げたいのかと疑問に思いましたが、彼らには他にも問題がありました。
「ああ、でも爵位問題の次は法律の壁がありましたわね」
さも同情したように頬に手をあて困った顔をすれば愚かな元騎士令息がカイゼルに法改正を訴えた。
「俺達だけでいいんだ!殿下は俺達がどれだけ愛しあっているのか知っているだろう?!どちらかじゃダメなんだ!アニーも俺達両方を愛してるって言ってくれたんだ!だから!」
そこまで言って騎士団団長に殴られ令息は気絶した。
団長の顔は赤黒く今にも憤死してしまいそうだった。
ダスパラード王国では一夫一妻で国王のみ後継者が生まれない場合に側妃が適用される。
死別以外で新たな伴侶を迎えたり重婚することは許されていない。騎士団団長は政略結婚だが妻一人だけを愛していたため息子の考えを理解できなかったようだ。
「横領も無駄遣いも嘘。あなた方とマカロン男爵令嬢の関係を嫉妬する理由もない。お互い後継者で爵位の壁もありの重婚狙いですものね。
爵位としても女性としても脅威になりえないのにわたくしの友人達が男爵令嬢を貶める理由なんてあるのかしら?」
「………っ」
「あなた方はセシール様やマディカ様を辱め笑い者になる姿を見たいがためにあのような茶番劇を起こした、そうですわよね?」
そこにはか弱い男爵令嬢を守りたいから、なんて殊勝な心掛けもなく、正義心でもなく、誠実さの欠片もない醜悪な子供の遊びだ。
だってどれだけ友人達を貶し男爵令嬢を持ち上げて婚約破棄をしても重婚を許す理由にはならないもの。
しかも重婚をするためにしていたことと言えばカイゼルとサロンで話すだけ。
サロン内でままごとのような法案を作ってはカイゼルが国王に提出していたが、認めさせるための努力も手回しも認めてもらうための功績もあげなかった。
先にどちらかと結婚すればもう片方は愛人だけど男爵令嬢をものにできたのに。
しかしそれは友情がどうのこうの、抜け駆けは許さないとかなんとかでしなかった。
だから男爵令嬢は側近達に見切りをつけ、カイゼルに乗り換えたのだ。
自分の父親に無理矢理起こされた元騎士令息と並ばされた元公爵令息は顔を見合わせ、観念したように項垂れ自分らの罪を認めた。
それに慌てふためいたのはカイゼルだ。
「ま、待ってくれ!アニーが苛められていたのは本当だろう?私物を壊されたり、足を挫く怪我をしたり、ワインをかけられたり。それは全部本当だったはずだ!」
「第三王子殿下。それらをセシール様やマディカ様がやったのだという証拠はありますの?」
「証拠?!証拠は……」
「ありませんわよ。講堂ではそこの二人と男爵令嬢の証言だけ。
後日いじめに関する証拠書類が提出されましたが証人は全員サロンメンバーでしたし、嵩増しに使われた生徒の署名サインは読めない名前の証人が同じ筆跡で多数あり、あなた方が脅して書かせたものが五人、お金を渡して書かせたものが十人いました。
その十五名に再度事情聴取を『法務省』で行いましたところ、誰一人いじめの現場を目撃していないという供述がとれています」
「「ほ、法務、省……」」
とんでもない名前が出てきてゲームなのだからと嗤っていた側近の顔色が更に悪くなった。学園内の些事だから問題視されないとでも思っていたのだろう。
「あなた方はどこまで確証があって断罪したのかは知りませんが嘘がひとつでもあれば、証拠能力は失われます。
なのであなた方から提出された書類は証拠にならないとしてすべて棄却されております」
「「………」」
「この時点でセシール様とマディカ様は冤罪によって裁かれたということになりますが、あれから一年経ちましたが何か調べましたか?証拠は出てきましたか?」
伺っても側近達は答えなかった。その戻ってきた書類のせいで親達に殴られ説教され家での立場が悪くなったんですものね。
せめて元婚約者達に誠意を見せろと反省を促されていたのに、逆に頑なになり燃え上がって男爵令嬢に固執するんですものね。
あれにつける薬がないというのはこういうことなのかしらね。
「わたくしはセシール様やマディカ様と行動を共にしておりましたのでよく知っていますが、マカロン男爵令嬢にはあなた方の誰かが必ず一緒にいて近づくことができませんでした。もちろんあなた方にもです。
そして男爵令嬢は棟も別で挨拶をしたことがなければ紹介されたこともありません。見知らぬ他人なのです。
その他人のあの方には女性の友人がおりませんでした。ドゥーパント姉妹達ですら彼女を嫌っておりましたのよ?
理由は先程も言いましたが男爵令嬢に婚約者を紹介すると誰彼構わず取ってしまうからです。それも一人二人ではなく両手で足りないほど被害があったと記憶しております。
それにあの不相応な身なり。あなた方は自分の色や贈り物で着飾らせて満足でしょうが、令嬢達からはとても不評でしたのよ?そこには嫉妬もあったでしょう。
殿下の言う嫌がらせはその方々から恨みを買ったから、その洗礼を受けたからではないでしょうか」
側近達はジャラジャラと他の令息達から貰ったプレゼントをつける男爵令嬢に嫉妬して高価なプレゼントをし続け、男爵令嬢は喜んでそれを受け取っていた。
人の婚約を壊しておいて自分はのうのうとしている男爵令嬢を見た令嬢達の怒りはどれ程のものだっただろうか。むしろ私物破損や捻挫程度の嫌がらせならまだマシな方じゃないかと思う。
「せ、洗礼というが、暴漢を雇って襲わせるのはどうなんだ?!やりすぎじゃないか?!アニーだって貴族令嬢だ!貴族令嬢にそんなことをして心が痛まないのか?!
そんなことをするのが洗礼と言うのか?!それでは悪女と同じじゃないか!」
「…そのお話ですが、」
それほど男爵令嬢が大事なのか、サロンメンバーを貶されて怒っているのかカイゼルは声を荒げ叫んだ。
それを眉をひそめながらも答えようとしたらジュリアス様に止められ宰相に促した。
「暴漢が雇われ、貴族令嬢を襲ったという事実はございません」
「はあ?!そんなことはない!だってアニーはあんな格好になっていたんだぞ?!泣きながら俺に助けを求めてきて」
「カイゼル殿下からの要請で調べましたがその事実はありませんでした」
「そんなバカな!!」
「その要請も今から十ヶ月前のことです」
「おや。ご令嬢達が不当な破棄をされてから二ヶ月後のことじゃないか。その頃には令嬢達は領地に帰っている頃だろうね。
それなのに彼女達の罪にしようだなんて随分な話だな」
「え、いや!それは、指示をしたからで……」
「婚約破棄をされた後に男爵令嬢を襲わせてなんの得になる?一矢報いるなら目の前か噂が耳に入る王都に残るだろう?なぜ領地に帰る必要がある?」
ジュリアス様につっこまれ、カイゼルは同意してくれる人を目で探したが唯一味方になってくれそうな側近からは疑心の目を向けられた。
男爵令嬢が苛められたという中に『人を雇って男爵令嬢を襲わせた』というのがあったが、それは作り話だった。
私物破損や怪我は確かに学園内で起こっていたが、暴漢には襲われてはなかった。
だからこそ彼らは暴漢を雇い襲われたと言えば周りの同情を誘うことができ、セシール様達は逃げ場がなくなって自分達が確実に正当化されると驕った。
だが実際にはないのにこんなにも食い下がるカイゼルに側近達は驚き、そして不安な顔で問いかけた。
「僕は知りませんよ。殿下、アニーが襲われたってどういうことですか?」
「俺も知りません。暴漢ってどういうことですか?!」
「え?!いや、その、だな……」
言い淀むカイゼルに扇子で顔を隠せば宰相が代わりに答えてくれた。
カイゼルには四六時中影がついている。
その者達からの報告によると男爵令嬢は乱れた姿でいきなり現れ、それを案じたカイゼルは内緒で自分の部屋に通し、誰一人寄せ付けず一晩中介抱したのだそうだ。
その意味を理解した側近二人は顔を怒りで真っ赤にし、カイゼルは何もなかったのだと真っ赤な顔で弁解した。
彼は未婚同士がなぜ部屋のドアを開けて話すのか、その理由を忘れてしまったようだ。
「ほ、本当だ!メイアも信じてくれ!!俺は潔白なんだ!!」
「ええ。二人きりで密室の自習室にこもるほど信頼しあっておられる方ですものね。わたくしは知らないお相手ですが、あなた様にとっては唯一無二の御方なのでしょう」
「ちがっ違うんだ!!」
にっこり微笑めばカイゼルが否定しようとこちらに寄ってきたのでジュリアス様の後ろに隠れ、カイゼルは騎士に足をかけられ盛大に転けた。
何が違うんだか。それを浮気と言うのよ。
なぜ男爵令嬢がそんな姿で現れたのか調べたところ、暴漢に襲われたのではなく自らドレスを破り砂を被り汚したとのことだった。
そして呼び出したカイゼルが近づいてきたら泣く真似をして淫らな格好を見せつけるように待っていたというわけだ。
冷静な判断があれば医務室に連れて行くなり、女性の先生に預けたり誰かを呼ぶべきだったのに、カイゼルはわざわざ連れ帰り次の日になるまで誰にも報告しなかった。
裏門、校門から程遠い裏庭に呼び出した時点で杜撰な嘘だとわかるのにカイゼルは男爵令嬢を襲ったという『チョイサ』という暴漢を騎士団を使って探させた。
男爵令嬢は現実味を出すためだけに思いついた名前を出しただけだが普通暴漢が名乗ることはない。顔を見られ名前まで名乗る暴漢がいたらそれは知り合い以上の関係だろう。
また警備が万全の学園とその周りは貴族が住んでいるため警備が常に巡回している。
そんな中で襲われただなんて虚言かカイゼルをたらし込む作戦だと気づいてもよさそうなのに、愚かな彼は杜撰な色仕掛けにあっさり堕ちた。
一晩中自室に共にいたという醜聞だけで婚約破棄に十分な理由になるのにまだ自分は誠実でメイアを想っているなどとほざくのだから呆れ果てますわね。
しかもそれが男爵令嬢の尊厳を守るためだったのだと嘯くのだから嗤えてならない。
「言い訳は結構ですわ。先程マカロン男爵令嬢から一年前、聖堂であなた様とお逢いした時は自分とデートをなさっていたのだと聞きましたわ。
わたくしは第三王子殿下を待ち伏せしていた諦めの悪い女だと嘲笑されましたの」
「ち、違う!あの時はアニーがたまたま俺についてきただけで!」
「そういえばこうも言われましたわ。『自分は国母になるのだから傷物は逆らうな。捨てられたのに縋るなんてみっともない。
カイゼルやゲイルに言えばヘンダーソン侯爵家などすぐ潰してやる』と脅されましたの」
「はぁ?!」
「ひぇ?!」
「でも残念ですわね。片方の方は廃嫡され平民になるようですから貴族とのかかわり自体なくなってしまいますし、それに……ジュリアス様もお聞きになりましたわよね?」
「ああ。私が確認したらポカンとした顔で頷いていたね。自分は国母だって」
ぎょっとした顔であの場にいなかった者達が一斉にカイゼルを見た。汗びっしょりのカイゼルはなんとか切り抜けようと必死に目を動かしたが名案は浮かばず、とりあえずデートは男爵令嬢の勘違いだと訴えた。
ついでにジュリアス様にしてきた無礼の数々とわたくしへの侮辱で現在牢屋にいると教えてやればカイゼル達は呆然となった。
「以上が冤罪の詳細です。第三王子殿下、あなたのご友人で側近達はあなた様を騙してわたくしの友人達の名誉を嘘で汚したのです。ご理解いただけたかしら?」
「だ、だがアニーは本当に襲われて…でなきゃ手首や内腿にあんな痣がつくわけ」
「……仮に本当だとしても自業自得では?
あの方、常にお金持ちそうな男性を連れて歩いていると報告書に書いてありましてよ?令息達からのプレゼントをジャラジャラ身につけて練り歩くんですって。
学園に通う令嬢達も誰かしらの婚約者と親しげに歩いている彼女の姿を幾度となく見てきましたもの。
手に取る相手を間違えて痛めつけられても、追い剥ぎに遭っていてもなんら不思議ではありませんわ」
自制もせず忠告も聞かず身勝手に行動した結果なのだから諦めるしかありませんわ。と事も無げに返してやるとカイゼルはショックを露にして「襲われたのは嘘だっていうのか……?」と肩を落とした。
サロンの一連の会話を報告書で読んだ時『こうやって傀儡の王が出来上がっていくのね』と、しみじみ思ったしサロンへの心酔ぶりと傲慢な話し方にカイゼルが王になったら暗君になるわね、と思った。それは今も変わらない。
男爵令嬢も彼女なりに頭を捻りドゥーパント姉妹からカイゼルを奪うにはどうしたらいいかと考え、体を使って篭絡したのだ。
純潔などとうに散らし、複数の男性と関係を持っている男爵令嬢の強味は確かに既成事実しかなかったでしょうが、自分の側近達と関係を持っているから隠しておこうとか、友人ならば責任を取らなくてもいいだろうなどと考えているカイゼルへの嫌悪感は強い。
こんな偏ったお花畑の人、生理的に無理よ。無理。女性に対して不純で不誠実なんて嫌われて当然じゃない?
婚約を結んでいた過去のわたくしを褒めてあげたいくらいよ。
側近の二人は他のサロンメンバーと同様に恩赦を受けての廃嫡、一年の禁固刑と三十回の鞭打ちの刑ののち断種の上親達がセシール様、マディカ様の家に支払われた慰謝料の返済をするために身一つで働くこととなりました。
公爵令息は鉱山夫として鉱山に、騎士令息は一兵卒として辺境に送られるのだそうです。一生かけて働くようですが生きたまま手足が欠けた場合は貧困街で奉仕活動を強いられるのだとか。
わたくしとしては最後の最後までセシール様やマディカ様の前に現れ、不快にさせなければそれで構わないと思っています。
個人的には目の前で側近達が絶望している姿を見られて大変満足していますわ。スカッとはしませんがこの一年ずっと夢見てきた光景ですもの。
友人達がなにもかも奪われたのに彼らがなにもかも失わないなんてありえませんわ。それが独り善がりな感情でも抱いた怒りの溜飲が下がったのは確かでした。
それに友人達の人生を踏み台にして大好きな男爵令嬢と楽しい学園生活を謳歌できたのですからもう十分幸せを満喫できたことでしょう。
これ以上望むものなんてないんじゃないかしら?だったらそろそろ現実に戻してもよろしいわよね?
読んでいただきありがとうございます。