(25) ではご紹介しましょう
「でしたら改めてわたくしの友人をご紹介いたしますね。
お一人目はセシール・ピンデッド侯爵令嬢です。成績は次席で彼女が作る刺繍がとても素敵なんですの。趣味は読書なのですがなんと読んだ本は千冊を越えているとか。
その延長で周辺各国の言葉をすべて翻訳できるようになったそうです。
宰相閣下や外交官の方々ならご存知かと思いますが、近年の外交が進展したのは彼女の功績あってのことなのですよ?
将来は女官か外交官になるのが夢だと仰っていて、ピンデッド侯爵もとても期待していらしたそうです。
そういえばそこの方がセシール様を強情で可愛げがないと仰いましたね?
セシール様はとても勤勉で慎ましく、諸外国の方々や外交官の方々に重宝されていたと聞いています。そんな方が可愛げがないだなんて誰が言いましょうか」
ねぇ?と宰相に同意を求めると真剣な顔で頷いていた。
「ですのに婚約者の方は夢など捨て卒業したらすぐ家に入るようにと仰っていたようで……セシール様も少し悩まれていたようですが婚約者の方をお慕いしているからと夢を諦めたそうです。
わたくしも残念に思いましたがセシール様が幸せになるならと応援していましたのに……お相手の方は不貞に現を抜かし婚約破棄を突きつけてきました。
利益しかないセシール様の夢を諦めさせるのですから、婚約者の方もそれ相応の理由がおありなのだと思っていたのに…ねえ?
元婚約者の方はよほどセシール様に嫉妬していらっしゃったのですね。
なにせ他国と貿易をしているピンデッド侯爵家を知らぬ者など国内の貴族におりませんもの。ピンデッド侯爵と繋がれば財政が苦しいそちらの公爵家は不死鳥のごとく復活できましたでしょう。
それを捨ててでもセシール様に負けるご自分を見たくなかったのでしょうね」
にっこり公爵令息を見れば驚いたように目を見開き、そして怒りに震え真っ赤な顔で騎士を押し返しメイアに掴みかかろうとした。
しかしその手が届く前に捕まりその場に這いつくばらせられた。
「お二人目はマディカ・チェスター伯爵令嬢です。殿下と同期で常に成績は三席にいましたの。殿下は勿論知ってらっしゃいますわよね?だって殿下の次はそこの公爵令息でしたし、女性ではトップの成績ですもの。
知らない方がありえませんわ。ええ、ええ、そうでしょう。わたくしの友人はとても素敵な方ばかりですの。
マディカ様は座学も得意ですが本当は体を動かすことも得意なんです。なんでも馬の中には重種と言われるとても大きな馬がいてその馬を乗りこなしてしまうほどの腕をお持ちだとか。
普通の方だとあまりの大きさと風格に驚いて気絶してしまったり奇声を上げて馬を暴れさせてしまうこともあるのですって。
残念ながらわたくしはお話だけで会えず仕舞いでしたが……」
「ああ、ペンシュロンだね。大きい上に黒くて威厳ある顔はとても恐ろしく魔王の愛馬だったこともあるとか。
大きく長い足は家を優に飛び越え、踏まれた者は跡形もなくなるほど粉々にされるとも言われていてね。いろんな尾ひれがついたせいで初見は驚いて腰を抜かす者が多いのだそうだよ。
だが毛並みはとても美しく穏やかな性格も多いと聞いている。馬に気に入ってもらえればメイアも触れることや乗ることだってできるんじゃないかな?」
「そうなのですね!そんな馬に乗っていたなんてマディカ様は本当に優れた馬術を持っていたのですね。
卒業と同時に女主人に相応しくなるためにそのペンシュロンを手放し、馬にももう乗らないと宣言なさっていましたからそのお姿を見ることは叶いませんが…」
「女性が馬を乗りこなすのは歓迎されない風潮があるからね。相手が領地なしの騎士爵ならそう選択しても仕方ないだろう。
チェルシー伯爵領はかなり広大な土地があるのだろう?」
「ええ。馬車ではなかなか通れない険しい道もありますし有事の際は馬に乗って走らせた方が小回りがきくと仰っておりました。それから風を切って走るのはとても心地好いとも」
「そうだね。わかるよ」
「ジュリアス様も馬駆けがお好きですわよね」
「私の領地も広大だからね。馬に乗って移動する方が早い。馬も馬車を引くよりも人間一人の方が気楽だしね」
今度ペンシュロンを見に一緒に出掛けよう、と誘われ笑顔で快諾しました。
「……知りませんでした。チェルシー嬢がそんな勇猛なご令嬢だったとは、」
騎士令息は呆然としたまま喋らず代わりにその父親が零した。
「このことはご家族しか知らないそうですよ。わたくしが知ったのもたまたま漏らしたマディカ様から伺っただけですし……まあ、元婚約者の方は知ろうともしなかったようですが」
彼女が婚約破棄をされた後に調べて、その時に実はとてつもない馬だと知ったくらいだ。マディカ様の話ではポニーくらいの可愛らしい馬だと思っていたのに。
父親が知らないのだから嫌っていた息子が知るはずありませんわよね?婚約者なら一番に信頼関係を結んでいて然るべきでしたのに。
「友人として同じ貴族令嬢として彼女達はどこに嫁いでも恥ずかしくない素晴らしい令嬢だと自信を持って言えます。
それがこんなことになってわたくしはとても悲しいのです」
「……そうだな。それは悲しいことだ」
沈痛な表情を浮かべればカイゼルも悲しそうに眉を寄せた。そう、悲しそうに。
「だが、彼らと懇意にしているアニーに嫉妬して嫌がらせや器物破損、ドレスにわざとワインを零して辱めたり、暴漢を雇ってアニーを襲わせたのは許せない所業だ。
悲しい結果になったがやってしまったことの責任は取らせるべきだろう」
だからそれが冤罪だと言っているのに。もしかして家の事情だけ嘘だと理解したのかしら?
そんなことを考えていたらカイゼルは身分を笠に着て男爵令嬢を貶めるのは良くない。そんな者達はわたくしの友人に相応しくないとまで言ってきたので思わず扇子を投げつけたくなり手が震えました。
この方、ここまでバカだったかしら。
国王や王子達は天井を仰ぎ、王妃は扇子で顔を隠しましたね。国内の有力な貴族ですからさすがの王妃もどちらが正しいかわかったのでしょう。
「ピンデッド侯爵家は海の玄関口を治め貿易を担い、チェスター伯爵家は国境に繋がる辺境を守っている家柄です。そしてわたくしに最後まで付き添ってくださった心優しい友人達でした。
その上で質問いたします。
ピンデッド侯爵家、チェスター伯爵家は領民を虐げ、王宮に納めるはずの税を横領し、お金を更に得るために無理矢理あなた方と婚約した。
婚約したらしたで高価なプレゼントを大量に寄越せと強要されている。そのせいで家の財政が傾き両親から苦情を受けている。
仲良くしている男爵令嬢に嫉妬し上位だからと執拗に苛め、最後は暴漢を雇って襲わせた。以上でお間違いないですか?」
動揺する三バカトリオを眺めながら聞くと側近二人は目を泳がせながら頷き、カイゼルは自信満々に頷いた。
そんな方々に婚約時の書類をお見せしました。三人共おおいに驚いていて失笑してしまいそうです。
「見ておわかりになるように令息側から令嬢側の家へ資金援助の要請が入っておりましたの。どちらの家も婚約できて家族や領民を助けられると令嬢側の家に感謝していたそうですわ」
「「「………」」」
「あなた方は随分羽振りよく男爵令嬢にプレゼントを差し上げていたようですが、あのお金はどこから出てきましたのでしょうね?」
王家からも覚えめでたいこの二家と縁を繋げばカイゼルの側近としても家にとって箔がつき有利になる。そんなご両親の思惑があっての婚約でした。
納税もしっかりしていたというのにどこからそんな偽の情報を手に入れたのかと側近達に迫れば、あっさり改竄した書類を作ったのだと吐いた。
「セシール様やマディカ様にプレゼントを強要されていた?違いますよね?
あなた方が本来贈るべき婚約者に贈らずアニータ・マカロン様に競いあって贈り続けていたためにご自分の資産を食い潰しそうになっていた。そうですわよね?
あなた方のお陰で彼女は高位貴族のような身なりでダンスを踊っていましたわ。わたくしが学園に在籍している頃からそれでしたもの。
婚約者に使われるべき交遊費はすっからかんでしょうね」
先程の婚約続行や婚姻の話も親に叱られたからだけではなく、困窮した財政をどうにかしてもらうために縋ったもので、そこに誠意も愛情も敬意もないのは明白でした。
わたくしが何をしようとしているのかわかったのか元公爵令息はわかったからもういい、と話を終わらせようとしましたが聞けと言わんばかりに騎士が令息を押し潰し黙らせました。
「そしてもうひとつ。男爵令嬢には元々女性の友人がおりませんの。最初の頃はいたようですがその友人の婚約者を取ってしまわれる悪癖を持っていたので誰も近づきませんでした。
また学園は基本男女別で学ぶ授業が多く、成績順でもクラスが違います。セシール様はわたくしと同じクラスでマディカ様は同じ棟にいました。成績上位のA棟ですわ。
ドゥーパント伯爵姉妹は男女共通の授業が多いB棟、そしてマカロン男爵令嬢は成績不順、出席率の悪さでDクラスでした」
学園のDクラスは貴族の中でも落ちこぼれ中の落ちこぼれと言われている。
彼らは『学園を卒業した』という名目のためだけに通っていて目標も矜持もない堕落した貴族なのだそうだ。
しかもそこは基本令息しかいなくて令嬢は滅多にいない。マナーがあればCクラスに入れるからだ。
それすらない男爵令嬢は紅一点としてDクラスで持て囃されていた。
そして授業をサボっては同じくサボった令息と街でデートをしていたと聞いた。従者もつけず警戒心もなく自由に動き回っているのだ。
暴漢に襲われたとして、それが本当だとしても可哀想だと思うが驚きはしない。
令嬢としての自覚があれば容易に想像がつくからだ。むしろなぜカイゼル達が守らなかったんだ?とさえ思う。
友人だか愛人だか恋人ならば守ってあげるのは当然ではなくて?
その失態をセシール様やマディカ様に押しつける方がどうかしているわ。
「サロンがあったのは男女共に出入りできる場所だったので気づかなかったのでしょうが………あの方のマナーは貴族とも言い難いものでしたのに本当に気づかれておりませんでしたの?」
「……ア、アニーを悪く言うな!アニーは可愛くて、俺達を癒してくれる女神なんだ!!」
「女神様だとしてそんな尊い方に嫉妬してどうするというのです?政略結婚なのですからお二人もある程度までは覚悟しておりましたわ。
定例のお茶会を幾度となくすっぽかされても、プレゼントなど一切贈られず、自分以外の方とデートをするためにお金の無心をされても、エスコートもなければ最初のダンスも踊らない婚約者失格のあなた方でも許して差し上げていたのです。
わたくしからすればセシール様やマディカ様の方が女神様に思えますわ。
そうでなくとも見た目の美しさは年を取れば衰えます。顔だけで教養もない男爵位では社交界でやっていけるはずもありませんし、女主人もできないでしょう」
あれだけ身分に不相応な贅沢を覚えたのだ。結婚したらもっと金遣いが荒くなりその家の家計が大変なことになるでしょうね。傾くどころか没落一直線じゃないかしら。
そうでなくとも彼女は男爵令嬢で長女だ。婿を取らなくてはいけないから一番爵位が近い騎士令息ですら脅威になりえない。公爵位なんてもっての外だ。他のサロンメンバーだってそんな差がある結婚はしていない。
「そんな方のどこに焦燥感や苛立ちを感じる必要があるのですか?嫉妬?あなた方の勘違いでは?
わたくしよりもセシール様やマディカ様の方が婚約者を慕っておりましたが、お考えはとても現実的でしたわよ。
家に益があり価値があるなら愛人として許容する、と仕方なしですがそう仰っておりました。
ですがあの方はお話できる最低限のマナーも教養も敬意もありませんでしたし、あなた方は話し合いのテーブルにすらつかなかった。
なのでその話は自然消滅しましたの」
令息側の家から頼み込まれての婚約だったのに肝心の令息達が愚かな行動を取り続けたのだから捨てられて当然の話ですわね。
「あなた方が未だにマカロン男爵令嬢と婚約も結婚もできないのは家の利益にならないから、という理由もあったのですよ」
ですが一人の平民になったのだからなんの柵もなくなる。これで晴れて結婚できますね!と微笑めば彼らは苛立たしそうな、泣きそうな顔を背けた。
読んでいただきありがとうございます。