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(24) なぜわたくしに助けを求めるの?

 


 事実を知った令息は頭を掻きむしり「なんで?!どうして?!」、「そんなはずはない!」、「セシールがそんな……これでは僕の計画が!セシールとは白い結婚で離れに住まわせ、本邸にアニーを迎えて幸せになるはずだったのに!」と馬鹿げたことをブツブツと宣い裁判官に咳払いをされていた。


 ハッと我に返り顔を上げた令息は大人達の顔を見て今いる場所を思い出し自分の失言にはくはくと白い顔で空気を噛んだ。


 彼は更に重い罰が下されることでしょうね。国王の前での嘘は軽かろうと重罪だもの。

 ここで裁かれているのは婚約破棄をしてあの令嬢を選んだからなのにまだ囲おうとしているなんて。なんて諦めの悪い愚かな男だこと。



「公爵家の嫡男として学園に通う子息子女の指針となり導く立場でありながら、同じサロンを出入りする学友の凶行を諌め止めるでもなく、恐れ多くもカイゼル殿下を巻き込み率先して他家の婚約までも壊した。

 それだけでも国家転覆を狙った犯罪者として裁かれてもおかしくないというのにまだ愛だの恋だのと現を抜かすか」


「ち、父上。あの、その」


「ピンデッド嬢の現状を聞いても心を痛め慮ることもなく、心配するのは自分のことばかり。遅すぎたが私もいい加減覚悟を決めよう。

 陛下、我が公爵家は次男を公爵家当主に据えようと思います。こんなうつけが当主になれば国の損失は免れません。

 また我が家が降爵、没落になったとしてもこの者を血の繋がった息子と思うことは二度とありません。

 平民に落としますゆえどんな処分でもお受けいたします」


 公爵は深々と頭を下げ息子の廃嫡を決めた。サロンメンバーなので元々決まっていたが父親に告げられた令息は驚愕していた。


「俺……いえ私は爵位を返上いたします。元々チェスター伯爵令嬢への慰謝料を支払うためだけに残していた爵位です。

 ですがこの馬鹿者はそのことをまったく理解せずチェスター伯爵令嬢を更に追い詰めようとしていたようです。そんな者に爵位を残してもチェスター伯爵家の方々に多大なご迷惑となりましょう。

 なに、爵位などなくとも王家に忠誠を誓うことも騎士もできます。この馬鹿者には兵士以下としてこき使うくらいが丁度いいのだと愚考いたします」


「ち、ちち、うえ……」

「そんな……俺は団長になれるんじゃ」


 父親から見捨てられるという想像以上の罰に彼らは愕然としていた。


 政略で結ばれた婚約者への悪評を流し、婚約破棄をするために罪を捏造、あわよくば婚約破棄で自分有利になるよう誂えた文書偽造、今後も社交界などで会うことになる生徒達の前で嘲笑の的になるよう元婚約者達の未来を潰したのだから廃嫡も籍の剥奪も当然だろう。


 もっと罰を与えてやっても足りないくらいだと考えていたら不快な声に呼ばれて眉をひそめた。


「ヘンダーソン!ヘンダーソン助けてくれ!あなたならセシールと話せるだろう?!

 セシールに言ってくれ!婚約破棄は冗談だったと!結婚してやるからそんな嘘はつくなって!

 じ、自殺未遂なんて嘘なんだろう?あいつがそんなか弱い令嬢みたいなことするもんか!きっと僕の気を引くための嘘なんだろう?!あがっ」


「ゲイル!!」


 セシール様とわたくしが友人だと覚えていたのか公爵令息が必死な形相で縋りつこうとしてきました。あまりの気持ち悪さに身を引くと騎士達が一斉に動き出し令息を拘束しました。


 気持ち悪さが顔に出ていたのかジュリアス様が気遣ってくれ、わたくしは頷き、呼吸を整えてから這いつくばる公爵令息を見下ろしました。



「ごきげんよう。名も知らない方。わたくしはインサルスティマ王国公爵家の妻メイア・インジュードと申します。

 呼び捨てで旧姓を呼ばれるような間柄ではなかったと思いますが。公爵令息はまだ学生気分でいらっしゃるのかしら?」


「な、にを言って……僕だ!僕はパンズラビ公爵家のゲイルだ!セシールから聞いているだろう?!」

「よくもまあわたくしの前でセシール様の名前を出せますわね。命が惜しくないのかしら?」


「え、なんだよ。その態度は。僕はカイゼル殿下の側近だぞ?殿下の婚約者なら僕の顔だって名前だって知っていて当然だろう?そっちこそ次期公爵の僕を脅すつもりか?!不敬だぞ!」


「顔は知っておりますわ。けれどもわたくしはそこの第三王子殿下からただの一度も紹介されておりませんのであなた様が次期公爵()()()なんて知りませんわ。

 セシール様と常にご一緒しておりましたが、あなたがセシール様と共にいた記憶はひとつもありませんし紹介を受けるような機会もありませんでした。

 同じ会場にいながらセシール様をエスコートすることもダンスも話をしている姿すら見たことがありませんの。学園でも共にいた姿など一度もお見かけしませんでしたわ。

 そんな方とどうやったらわたくしが挨拶を交わすことができるのですか?」


 いつもいつもセシール様やマディカ様を放置してサロンメンバーとしか話さなかった無礼な令息達だ。

 学園のパーティーですらまともにエスコートしていなかったのに何をもって知り合いだと抜かすのか。

 それに比べればエスコートをしてダンスも最初の一回は踊るカイゼルの方が最低限婚約者の役目をこなしていただろう。


 だけど婚約者よりも国を動かす政策の話が好きなカイゼルはその最低限の役目を終えるとすぐサロンメンバーの元に行ってしまう。

 側近達はカイゼルよりも先に恋慕を抱く令嬢の元に向かい側近の役目すらしていない。


 その愚者の宴を見せ続けられたわたくしが友人達を苦しめたあなた達を助ける?はっバカにしないでほしいわ。



「セシール様、マディカ様の婚約も一年前に解消されておりますの。言い訳をするにも遅すぎでしたわね。

 破棄をあなた方有責の解消になるよう、あなた方がどれだけ不誠実で傲慢だったか、それらを詳らかにしたのはヘンダーソン侯爵家ですのよ?そんな相手にあなたは助けを求めますの?」


 しまった、と顔色を悪くするカイゼルを尻目に震える元公爵令息を見下ろし、扇子で口を隠した。サロンでの噂を鵜呑みにしてわたくしを軽んじていた自分の不勉強を恨むことね。


 ああ、感情が激しく揺れる。

 声を荒げ罵倒しないように我慢するのが精一杯だわ。


 わたくしはこんなにも冷たく他人に言い放てるのね。学園時代は人当たりのいい自分を演じていたけどこの者達の前ではそんな仮面はつけられない。


 ずっとずっと腹の中でくすぶり続けた黒い炎が轟々と燃え盛る錯覚を覚えた。この炎で目の前の愚者を焼き尽くすことができればどんなにいいだろう。

 感情の赴くまま傲慢に振る舞えないのが口惜しいわ。


「そ、そんなこと、ど、どうでもいいだろう?婚約破棄なんて些細なことじゃないか!ゲームだったんだ!そんなのすぐわかるはずだろ?

 なあ、カイゼル殿下の婚約者だったんだから僕を助けてくれよ!僕は公爵なんだぞ!アニーを公爵夫人にするってそう約束したんだ!僕に恥をかかせないでくれ!!」


 先程剥奪されたでしょうに。

 令息の後ろでは怒りの形相の父公爵が真っ赤になりながらこちらに向かってきた。それを目で制した。


 自分が罵られるのはまったく痛くない。彼の言い分も『だから?』しかない。助けを求めるならカイゼルにしておけばいいのに。

 ただ無表情に令息をじっと見つめていれば「なんなんだよ!」とキレられた。内容がない言葉ばかり並べられても耳障りなだけね。


 もういいかしら、と嘆息を吐くとジュリアス様がカツン、と床を鳴らしその音で静かになった。



「私の妻を侮辱しないでくれるか?平民の青年よ」



 ジュリアス様の睨みはとても威力が強かったらしく公爵令息は粗相をしてしまった。

 意気消沈してしまった公爵令息の代わりに騎士令息がカイゼルに助けを求めた。妥当だが力不足は否めない。けれどもカイゼルは彼らのために立ち上がった。


「そ、その、確かに彼らは婚約者達を辱めましたが、彼女達だってアニーを苛めていたと聞きました。

 多少は、身内贔屓な部分もあるかもしれないが、アニーが泣いているのを俺も見ました。

 暴力を振るわれたという確かな証拠もあります。サロンのことを何も知らないくせに変な言いがかりはよしてくれ……!」


 彼らとカイゼルの友情は本物だったのでしょう。吃りながらも果敢に意見を発したカイゼルに騎士令息は何度も頷いていました。その舟が泥舟と知らずに。


 この件で口を挟むなんて無知で無謀で愚かな方ね。彼らが来る前までの会話を忘れたのかしら?それとも友情の勝利?

 わたくしがどうして彼らの婚約者の汚名を払拭すべく奔走したのか、元公爵令息がなぜセシール様に取り次ぐよう訴えたのかまったく理解していないわ。


 余計なことを言わなければ罪状を増やさずにすんだのに。本当、愚かな元婚約者達だわ。その気持ちが伝わったのかジュリアス様も呆れた顔でカイゼルに話しかけた。


「まあ、自分が主催するサロンに出入りしていた者達が悉く捕まっているのだから憤慨したくなる気持ちはわかる。が、君はそれでいいのか?」

「え?」

「君は側近の彼らの婚約者がどこの誰か、彼女達が誰と繋がっているのか本当に理解しているのか?」


 淡々とジュリアス様に問われ首を傾げた。セシール・ピンデッド侯爵令嬢とマディカ・チェスター伯爵令嬢というのはさっき聞いたがそれ以外の情報はない。


 いやあるにはあるが側近達がこぞって、

『ピンデッド侯爵領とチェスター伯爵領はダメだ。国の未来にまったく必要のない役立たずの領主だ。これでは領民が不幸になるだけだ。我々が救いの手を差しのべるべきだ!』

 とこき下ろし、悪評ばかりをカイゼルに植えつけた。


 彼らを信頼していたカイゼルはそれを鵜呑みにして何度か国王にピンデッド侯爵家とチェスター伯爵家の領地縮小、もしくは割譲、王家管轄領として利益をもっと循環させるべきだと訴えていた。

 サロンメンバーがふきこんだ横領や領民への虐待、領主としての怠慢をもっともらしく並べ立て、下位のサロンメンバーの家の方がよっぽど利益をあげることができると豪語していた。


 その話が通ることはなかったが、カイゼルは側近達の言葉を信じ、ヘンダーソン侯爵家当主になった暁にはその二つの家から領地を取り上げサロンメンバーに配ると豪語していた。

 そこまで敵視することになったのは友人の男爵令嬢へのいじめで、そんな現場などひとつも見ていなかったが側近や男爵令嬢が言うのだからと精査もせず丸々信じた。


 また後日個人的にいじめの確証を得たカイゼルは、ピンデッド侯爵令嬢もチェスター伯爵令嬢も前代未聞の非道な悪女として敵意を剥き出しにしたが、他者の意見以外の彼女達を何一つ知らなかった。



「セシール様とマディカ様はわたくしの友人だと以前殿下に紹介したはずですが?」


 そうだろうなと思っていたけれどまさか本当に忘れているとは思わなかったわ。「そ、そうだったか?」じゃないわよ。

 そっちは紹介していないからってこちらもやってないわけないじゃないわ。しかも側近の婚約者なのだから普通紹介するし挨拶の場も設けるわよ。


 それに元婚約者の友人を一人も把握していないのってどうかしてると思うわよ?覚えていたとしてもあのドゥーパント姉妹だし。怒りを通り越して呆れてしまうわね。


「そうですわね。殿下にとってはわたくしの友人など些事に等しいことでしたわね」


 失望しました、とがっかりすればカイゼルが慌てて否定してきた。


「いや、そういうわけでは……お前には俺が選んだ相応しい友人を与えてやろうと思って…」

「は?」

「っ…ほ、ほら、その二人は悪政を敷いている家のものだろう?お前に悪影響があってはいけないと思ってだな。

 ……そ、そんなことよりもだ。メイア!彼らは俺の大事な友人で側近達なんだ。紹介しなくともわかってるだろう?俺の婚約者なのだから!

 だからそんな相手を辱めるような意地悪をしないでくれ!彼らには未来があるんだ!」


 何を言ってるのこの人。


「わたくしの友人達を衆人環視の中冤罪で貶し突き放したあなた方が何を仰るの?何もかも本当にお忘れになりましたの?」

「そ、その目をするな!!俺はお前のためを想って言っているんだぞ!!」


 その目ってどの目よ。呆れてるのがわかるのかしら?隠してないからどうでもいいけど。

 それよりも友人を与えてやる?どの面を下げてそんなバカげたことを言っているの?妄想?気持ち悪いわ。

 わたくしを想ってそんなことが言えるなら、わたくしはカイゼルと別れられて本当に良かったと思うわ。








読んでいただきありがとうございます。

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