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(16) 賢王も実はボンクラ

 


「わ、わたくしにこんなことをしてただですむ思っているの?!お前達はクビよ!ギロチンにかけて晒し首にしてやるから覚悟なさい!!」


「我々は主人の危険に馳せ参じたインサルスティマ王国の騎士です。他国のあなたに命令される筋合いはない」

「なっ!!わたくしはダスパラード王国の王妃なのですよ?!あなた方の言う公爵よりも上の尊い身分で」

「我々はインサルスティマ王国に仕えているので我が主人があなたより下の身分だと言われても承服できません」


 胸を隠し涙目で訴えるも騎士団団長は素知らぬ顔で返し、ジュリアス様の前に一斉に跪いた。


「ジュリアスディーン様、メイア様。遅くなり大変申し訳ありません」

「かまわない。むしろ丁度よかったよ」

「はっ」

「それよりもいつから団長はメイアと呼ぶようになったのかな?」

「え、そ、それは……」

「ジュリアス様。陛下達の前ですから…」


 ジュリアス様から不穏な空気が漏れてきたので慌てて声をかけると彼はわたくしには満面の笑みで見て団長には「帰ったら私のしごきに付き合ってもらおうか」と低い声が聞こえ団長の顔が強張った。


「円満なのはいいことだけど締めるところは締めていかないとね」


 にこやかに微笑むがそれ以上の追及をしてきたら許さないと顔に書いてあった。

 別に騎士団は関わりが多くて彼らのトップがジュリアス様だから話す機会が多かっただけなのに。


 いつもは『インジュード夫人』と呼んでくれていたから今のはわたくしはインサルスティマにこれだけ受け入れられているというアピールだと思うのだけど……。

 ジュリアス様にそれが通じなかった、というより許可なくわたくしの名を呼んだのが許せなかったということだろうか。


 何もこんな時に嫉妬染みたことをしなくても、と思ってしまうが少し嬉しいと思ってしまった。いけない、いけない。切り替えなくては。

 緩みそうな頬を引き締めるとジュリアス様とわたくしを囲むように騎士が立ち、王妃の側にも一人騎士がついた。


 王妃の場合は護衛というより変な行動を取った時に戒める見張り役だ。彼はこの旅で副団長についているが厳つい顔は団長よりも苦労を重ね気難しそうに見える。


 でも実際は結構お茶目で動物を複数飼っている愛妻家である。そんなことを知らないカイゼルと王妃は震え上がり、見られただけで悲鳴をあげていた。



「それで、私達を不快にさせた者達を先程裁定したと言うが私は事前に聞かされていないし許可も与えていない。それでよく自分の意見が通ると思ったね?」

「だ、だから…ですから!あの者達で手を打ちなさいという、こちらからの譲歩だと」

「自分達に都合のいい話をいつインサルスティマの総意だと決めた?」


 イライラと返す王妃にジュリアス様は騎士を見、無言で頷いた騎士はソファを蹴って王妃をソファから落とした。

 落とされた王妃はソファに潰されカイゼルに引き摺り出してもらったが、誰も王妃にした仕打ちに怒る者は出てこなかった。


 王妃がやっていることはインサルスティマ王国を侮辱しダスパラード王国を窮地に追いやる行為だ。

 選択を誤ればジュリアス様の予告どおり正式に外交問題になり最悪戦争もありうるだろう。それを王妃はまったく理解していなかった。


 それが他の貴族にも見えてしまい『何をしている助けろ』、と睨んでくるカイゼル達の視線を見ないように顔を伏せることしかできなかった。


「こういった場合は事前にインサルスティマ()に話をつけておくのが定石のはずだ。貴国が私達に直接無礼を働いたのだからな。

 私の同意もなく私の感情を騙るなど傲慢にも程がある。貴国はいつから我が国を従えるほど上位になった?

 貴国の友好とは他国を奴隷のように扱うのが友好の証なのか?それとも先程の謝罪は嘘で本気で戦争でもする気なのか?」


 溜め息混じりに零した言葉に周りにいた騎士達からざわりと殺気が放たれ気弱な者ほど悲鳴を上げ尻餅をついた。立っている者も顔が青白くなり冷や汗を流した。

 彼らの殺気はそれほど恐ろしいものらしい。


 ここで『そうです。インサルスティマ王国を使い捨ての奴隷だと思っています』とジュリアス様に思われたら国交断絶、血で血を洗う戦争になってしまうだろう。


 王妃は国内しか知らないからインサルスティマ王国が諸外国にどれだけ影響力があるのか理解していなかった。だからあんな横柄なことが言えたのだが誰かしらが王妃を止めるべきだった。


「否!そんなことは決してない!これは王妃の暴走だ!我々は諌めたが言うことを聞かなかったのだ」

「陛下!それはあんまりです!わたくしはただ、カイゼルとあの子達のために!」

「黙れ!そもそもそなたがあやつらの罪を隠蔽しようとしたのが原因ではないか!それなのにカイゼルの友人を罪に落とすなどそなたには心がないのか?!」


「カイゼルのために命を張るのは臣下として当然ではありませんか!それがあの子達の分も少し増えただけですわ!

 カイゼルの友人だもの、わたくし達のために喜んで犠牲になってくれるわ!!

 なのにわたくしに心がない、ですって?!あなたこそあの子達やカイゼルが大切ではないの?!わたくしの可愛いリリィちゃんやレッタちゃんを見捨てろと言っているのよ?!

 あなたこそわたくしを思いやる心がないのではなくって?!」


 王妃の本音の叫びにカイゼルはショックを受け、第一、第二王子は怒りに震えた。

 前者はやらかしたのは王妃ではなくカイゼルで、息子の友人は使い捨て程度の価値しかないということ。

 後者は臣下でしかないドゥーパント伯爵家の姉妹のために王家の権限を行使し、インサルスティマ王国を敵に回してでも王家が擁護すると王妃が発言してしまったということ。


 越権行為どころか破滅を呼ぶ王妃の所業に、そこにいる貴族達は改めて恐怖におののいた。



「インジュード公爵。王妃が無礼なことを言ってすまなかった。妃は最近情緒不安定でな。何度諌めても言うことを聞かず手を焼いていたのだ。

 さすがに国賓であるそなた達の前で無礼を働くとは思わなかったのだ。

 王妃は離宮で養生させようと思う。病ゆえの奇行だと思って許してほしい」


 浅く頭を下げる国王に遅れて二人の王子も宰相らも頭を下げた。

 王妃は「なぜ?わたくしは病ではないわ……!」とショックを露にして叫んでいるが離宮に押し込めるというのは恐らく本当だろう。王子二人が国王に強く進めたと聞いている。


 ただ王妃が傍若無人なのは前々から知られていたし国王も見て見ぬフリをしてきた。


 わたくしが公爵夫人として招かれた時点で王妃がこうなるのはある程度予測できたのにこの体たらく。国王は自分以外にとことん王妃の面倒を押し付けるつもりなのだわ。



 その国王は頭を上げると好意的な笑みを浮かべた。あの、わたくしもジュリアス様も許すなんて一言も言ってませんけど。

 なんでもう謝罪を受け入れてもらい許されたような顔をしているんですか?


「インジュード夫人と茶会をしていた頃はマシだったのだが、いなくなってからはこうやって誰彼構わず人に当たり散らしたり暴言を吐いて困っていたのだ。

 やはりインジュード夫人が居てくれると違うな!見てみよ。王妃のこの()()()()()顔を。インジュード夫人に会えて嬉しいのだな!うむうむ。

 どうだろう?折角話がまとまったのだしこれから二人だけでお茶をしてきては?」


「「ち、父上!!」」


 髪の毛が爆発して胸元がすっかりスカスカでピリピリしている王妃のどこに落ち着いた部分があるのかしら?

 一人で頷く国王はいい提案だとばかりに笑みを深くしたが後ろの王子に引き留められた。


「なんだ?一年ぶりの再会なのだから積もる話もあるだろう?

 王妃はお前の妃よりもずっとインジュード夫人のことを()()()()()()()からな。場を用意してやるのは当然ではないか。

 その間にインジュード公爵と話し合い、すり合わせをしておくとしよう。

 おおそうだ。最近良い酒が手に入ってな。第二王子の婚約者から贈られたワインなのだがとても舌触りがよく」


「父上!もうお止めください!!」


「なんだ、今公爵と話しているんだ。黙って聞いておれ。……すまぬな公爵。

 おーそうだそうだ。なんならドゥーパント伯爵姉妹も呼べばいい。

 さっきは久しぶりの再会ではしゃぎ過ぎたようだが、あの姉妹も夫人に会えて嬉しくて仕方なかっただけなのだ。王妃もその方がよいだろう?

 うむうむ。そうだな。それがいい!ドゥーパント姉妹達がしたことはただの戯れ、貴族ではよくある挨拶みたいなものだ。

 インジュード夫人も()()()()()()だと思って大目にみるがよい」


 国王が機嫌良く宰相に指示を出し、別室に向かおうと自分も立ち上がろうとしたが息子達に肩を掴まれ椅子に戻された。

 なんだ?と睨もうとしたが青白く無表情な息子達に『動くな』と目で脅され国王は震え上がった。


 そして何かを耳元で囁かれるとこちらを見て自分の失言を思い出した顔をした。



「ほう。いつも?いつも王妃やあの姉妹と茶会を?私の妻にいつもあんな罵声を許していたのかな?」

「いいいいいや????やー……あー。えっと、これはだな。ちょっとした言葉のあやで」


「陛下は私の娘に、いえインサルスティマ王国のインジュード公爵夫人に〝死ね〟と命じられておられるのですか?」

「い、いや、いやいやいや!違うぞ!そんなこと望むわけがない!……た、ただの言い間違いだ!よくあることだろう?」


 わたくしの代わりに発言したジュリアス様と父の声は怒りに満ちていた。


 父はわたくしが留学した後に改めてドゥーパント伯爵家と王妃とブランツ公爵家を調べ上げたのだ。

 元々膨大だった調査書類が三倍の厚さになって国王に叩きつけたのにまだ王妃の方が怖いと思っている彼に呆れてしまう。


 賢王というのも彼のちょっとだけのカリスマととても優秀な臣下達のお陰で成り立っていたのではないかしら。


「ええ。昨今特に王妃様を疎ましくお思いの陛下は、寝室以外でもできるかぎりご一緒したくないと仰っているのは私の耳にも入っております。

 そのお気持ちがうっかり零れ落ちこちらに押し付けてきたのも理解しております。また王妃様が我が娘に執着なさっているのも承知しておりますよ」


「?!だ、だろう?インジュード公爵夫人に任せておけば王妃の気も落ち着きまともになるだろう!これで万事解決ではないか!」


 は?


 思わず剣呑な目で王を睨むとインサルスティマ側からも殺気がこもった目で睨まれ国王は真っ青な顔で背凭れに体を押しつけ逃げようとした。

 しかし王子二人が国王を椅子に座らせ逃げないように押さえつけた。


「陛下のご命令とあれば従わざるを得ませんが、娘は今やインサルスティマ王国国王の弟君であらせられるインジュード公爵の妻です。

 もし本当に王妃様とお茶会を要望されるのならインジュード公爵にお伺いください」


 父の言葉に国王はそろりとジュリアス様を見た。


「あ……えと、インジュード公爵?その、夫人を王妃に渡してくれまいか?」






読んでいただきありがとうございます。

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