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(14) 幕間

 


「さっきは随分感情的だったね」


 少し休むようにと父に言われて休憩室を貸し切ると隣に座ったジュリアス様に手を握られた。

 向けられた笑みは男爵令嬢達に向けていた冷めたものではなく温かみがあり、少し面白そうに目を細めていた。


 あの頃によく見ていた表情にドキリとする。


 留学したての頃のわたくしは彼の前だとどうしても頑なになり冷たく接することが多かった。その理由のひとつに異性ということがあった。


 何もかもまったく違うとわかっていながらも異性で王家というだけでカイゼルが思い浮かび、イライラとも恐怖とも言えない拒絶反応があった。

 そして心にはいつも友人達を想う心があった。報復を誓う意思があった。だから余計に好意的に見てくるジュリアス様を遠ざけたかったのだと思う。


 彼らへの復讐を成功させる自信はあった。自分にはそれだけの知識と資金と絶対にやり遂げる強い意志があったからだ。

 成就させたあかつきにはわたくしは死刑になったっていい。それくらいの覚悟はあった。


 しかしそれでは不十分だと思いしらされた。ジュリアス様にわたくしが抱える闇を看破された上にその計画は失敗するだろうと言い切られたのだ。

 会ったことがなかったのにメイアの両親は必ず手を差し伸べ、そして復讐に協力するだろうと。もしメイアが裁かれるようなことがあれば全力で庇い擁護するだろうとジュリアス様は断言した。


『君は両親を突き放し、尚且つ裏切ることができるのかい?自己満足のために両親や友人達が悲しみ傷つく姿を見ても平然と断頭台に立てるのか?』


 ぐうの音も出なかった。

 そしてジュリアス様はその後のことも予想してくれた。メイアが突きつけた正論は王家に握り潰され闇に葬られると。

 毒殺未遂の件があったから容易に想像がつき、そして残された人達がどんな目に遭うか想像して泣き崩れた。


 報復のために身分を捨てるという選択もあったが今まで育ててもらった恩義を忘れることまではできない。友人達は大切だったが、次期当主として一人娘として育ててくれた両親を裏切ることはできなかった。


 復讐そのものを諦めることはできなかったが、視野が狭いということをジュリアス様のお陰で気づけたメイアは少しずつ周りに目を向けるようになり、社交界にも出るようになった。


 必要とあれば図書館に行き、知識豊富な先人達と言葉を交わし学んだ。

 サロンやお茶会で夫人達の話術からいろんなものを学び、刺繍やデザインを取り入れることでピンデッド侯爵家とチェスター伯爵家を結ぶ手立てを思いついた。


 芸術を学び国内でのパトロンを探していた時に煉瓦作りに最適な良質な土を所有する伯爵と第二の主食として利用できる寒さに強い芋と豆の苗を分けてくれた侯爵家と出逢えた。

 そのお陰でヘンダーソン侯爵家は弱かった食料面が改善され、道路や建築の幅も増えた。ピンデッド侯爵やチェスター伯爵とはこれからも事業提携をしていく話もしている。


 望んだ形ではないけれどこれならばセシール様もマディカ様も間接的に援助し続けられるし、自分の気持ちも少しは整理できるかもしれない。

 あとは家のためにヘンダーソン侯爵家を継いで正々堂々とやっていこう、そう考えていた。


 不安はあった。噂は耳に入らなくてもドゥーパント伯爵家がメイアやヘンダーソン侯爵家の悪評を流しているのは容易に想像できた。

 国王が退位した後も王妃だけは儚くなるまでカイゼルに取り憑きメイアを目の敵にすることも予想している。


 だけどそれでもやっていくしかない。味方が誰一人いなくてもわたくしはヘンダーソン侯爵当主になるのだから。両親や先祖に恥じない生き方をしなくてはならない。


 たとえ生涯独身で過ごそうとも。

 たとえ孤立し、暗殺を再び企てられたとしてもわたくしは最期まで胸を張って生きなければならない。


 留学から半年後、ダスパラード王国に一時帰国することが決まったメイアは夜会に出向いた際ジュリアス様に別れの挨拶とお礼を述べた。


 あのまま憎しみに囚われていれば自分を見失い大切な人達を傷つけていただろう。目を覚まさせてくれたのはジュリアス様だ。

 いつかお礼をしたいと申し出たが彼がわたくしの手を借りることなんてないだろう。

 留学が終わる頃にはジュリアス様と話すこともなくなるかもしれない。自分はあくまで他国の人間だから。四面楚歌の侯爵家など旨味もないだろう。


 そんな気持ちでその場を辞そうとすれば、ジュリアス様はわたくしの髪を一房掬い上げ『君が戻ってくるのをずっと待っているよ』と手にしていた髪にキスを落とした。


 そこでわたくしは大きな思い違いをしていたことに気がついた。

 ジュリアス様が親身になり手助けしてくれていたのはわたくしを想っていてくれたということ。

 ヘンダーソン侯爵令嬢ではなくメイア自身を見てくれていたこと。

 メイアと添い遂げるためなら爵位を捨ててもいいと断言したこと。


 彼の気持ちは嬉しかったが自分一人では決められず家に持ち帰った。返事はいつでもいいと言われたが両親に話すとすぐに許可がおりた。

 というよりもメイアが悩んでいるということは相手に気持ちがあるのだろう。なら真剣に向き合い、それから答えを出してもいいのではないかと看破された。


『ですが、わたくしは……』

『現状我々に居場所などあってないようなものだ。お前が当主になればもっと風当たりが強くなるだろう。そして国内にメイアを守れるだけの気骨がある貴族はいない。

 それならば他国に嫁いでくれた方が私達は安心して送り出せる。最悪乗っ取られそうになったら爵位を返上して亡命でもするさ』


 だから無理してまで跡を継がなくていいと父に言われ悔しさと不甲斐なさに涙した。

 わたくしに力があれば父にこんなことを言わせなかったのに。

 わたくしがカイゼルや王妃に取り入りコントロールするだけの話術があれば、ヘンダーソン侯爵家を窮地に立たせることなどなかったのに。



『なら私を利用すればいい』


 自分だけが助かるなんて嫌だと思ったメイアはバカ正直だと思ったが、婚約をする代わりに両親の身の安全を保証してほしいと願い出た。

 家の立場が不安定なのと、もしかしたら自分は平民になるかもしれないと恥ずかしいと思いながらもすべて打ち明けるとジュリアス様は気軽な感じに宣った。


『私は全面的にメイアを信頼している。君の家族のこともだ。将来私の妻になってくれるというなら両親の住む家を用意するし必要なら爵位だって与えよう』

『…ジュリアスディーン様…』

『だがメイア達にそこまでの覚悟をさせておいて何も失わないダスパラード王国の王家や貴族が許せない』


 復讐をしても罰せられるのはメイアだ。そんな結末が許せなくて止めたが本当は私も怒っていると胸の内を明かしてくれた。


 いつか必ずダスパラード王国の王家や貴族達に痛い目を見てもらうことを二人で誓い、両親の亡命の準備を水面下で行った。

 途中邸の使用人全員についていきたいと直訴されたり親戚や領民からも見捨てないでくれと懇願されたりもしたが、それ以外は順調に進んだ。



 そしていざ結婚式が近づくと、留学が修了した辺りで国王から『カイゼルと再婚約してくれないか』と白々しい王命が届いた。

 これを見た両親やジュリアス様達が激怒。


 ジュリアス様が義兄のサインと押印付きで、

『メイアはインジュード公爵夫人になるからそちらとは結婚できない。というか解消の際再婚約しなくていいとサインしたよな?』

 意訳するとこんな感じに返してくれた。


 そこでダスパラード王国にもわたくしの結婚がバレて今回の歓迎パーティーに繋がるのだけどパーティーへの参加はメイアよりもジュリアス様や義姉の王妃様が特に嫌がった。


 最後は王家とインジュード公爵家の精鋭部隊をつけ、義姉にはたんまりとお守りを渡され、ジュリアス様からは絶対に負けない勝負ドレス一式をプレゼントされたことで出発が許された。


 一番大人しかった義兄からは『ダスパラード王国を締め上げる切っ掛けが欲しいから好きなだけ暴れてきていいよ。責任は私が取るから』という許可証をメイアとジュリアス様に手渡されている。

 ある意味これが一番恐ろしいものかもしれない。


 その時のジュリアス様と義兄の顔がいい悪戯を考えついたように見え、少しだけダスパラード王国に同情したのを思い出した。



 そんなことを彼の顔を見ながら考えていたが、目が合うと急に恥ずかしくなり顔を逸らした。

「どうした?」と甘味がある声で握り直してくる温かく大きな手に頬が熱くなる。握り方も優しくて、少し甘えてるようにも見え、頭が沸騰しそうだった。


「な、なんでもありませんわ!」

「本当に?」


 さらりと柔らかい銀糸の髪を揺らせてメイアを覗き込んできた。銀に青い瞳なんて冬空を彷彿とさせるのに向けられる視線は温かさしか感じなくて動揺してしまう。

 というか、年上の、自分よりも高身長の男性に覗き込まれるのもジュリアス様が初めてだ。


 わたくしが何を考えているかも、なぜ狼狽してるのかもすべて見透かしているでしょうに、教えて欲しそうに見てくるジュリアス様が恨めしい。


 だってとても可愛くて格好良いんですもの!


 惚れた弱みとはよく言いますが見つめられるだけで心臓が壊れてしまいそうなくらい早鐘を打って落ち着かない気持ちになるのです。

 ずるい、ずるいですわ。わたくしばっかりはしたない顔を晒け出させるなんて!


 ムッとして怒っていることを表現したいのにジュリアス様を見つめれば見つめているほど心も顔もふにゃりと緩んでしまって恥ずかしくて手で顔を隠しました。


 もう!もう!耳元で囁かないでくださいまし!!


「だってメイアの顔が見えないんだよ?私が何かしたなら謝るよ。だからその可愛い潤んだ瞳を見せておくれ」


 確・信・犯!!

 もう!もう!と怒りながらジトッとした目でジュリアス様を睨むと彼は吹き出すように笑って「可愛い私のメイア。怒った顔もこんなに可愛いなんてずるい子だ」と何がずるいのかわからないけど彼もふにゃりと微笑んで額にキスを落とした。



「やはり因縁の相手だったから感情が爆発してしまった?」

「爆発はしませんが……爆発していたらもっと酷い言葉で罵って彼の心をバキバキに折っていましたわ!……ですがジュリアスのご指摘の通りです。久しぶりの再会に手が震えて感情に流されかけました」


「それだけメイアは苦しんできたんだ。感情が揺れるのは正常なことだよ」

「この後も貴族として冷静に話せるか自信がありませんわ……」

「なくてもいいさ。隣には私がいるし、近くには義父上もいる。君は一人じゃない。メイアの思うがままに振る舞えばいい」

「ですが、わたくしが勝手なことをすればジュリアス様にご迷惑が…」

「メイアが勝手なことをするために私がいるんだ。おおいに利用すればいいさ。プロポーズした時にも言っただろう?『私を利用すればいい』と。君の願いが成就されるなら私は喜んで手を貸そう」


「ジュリアス様…」


「断罪して、それこそあの第三王子の心を粉々に砕いても、我慢してあの者達を見逃すにしても私は君の夫であり、味方であり、最後まで見届けると約束した。

 暴れても責任を持つから物理的に彼らの鼻でも折ってくるといい」

「そこまではしませんわ」


 さすがに暴力は気が引けてしまう。体罰も精神的虐待も良くないけれど見える傷はわかりやすく将来が左右されるので、どうしても躊躇してしまうみたいだ。


 わたくしが来訪したのはあくまでもインサルスティマ王国の国賓として、インジュード公爵夫人としてだ。復讐もカイゼル達との再会もすべてがおまけでしかなかった。

 書状でも敬意を払った対応をするとあったが結果はこの様だ。何度も裏切られ予想できていたから驚きはなかったが失望は大きい。



「あちらが何もせず粛々と自分の罪を受け入れてくれるならわたくしからはなにもしないつもりです。

 ですが自分達がしてきたことを受け入れずわたくしを攻撃したり、わたくしの友人達を貶すようなことがあれば徹底抗戦をするつもりです」


「ああ。それでいい」

「ですがもし自分ではどうにもならないことが起きた場合は、わたくしを手伝ってくださいますか?」


 おずおずと申し出れば視界が暗くなり、遅れて自分が目を閉じたのだと知った。更に遅れて唇に柔らかいものが当たったのだと認識して目を見開き顔が真っ赤になった。


 目の前には笑みを深めた夫がうっとりとした目でメイアを映していた。


「誰よりも気高く完璧なメイアに頼られるなんてこんな嬉しい日はない。

 聞くまでもないさ。愛しい奥さんにお願いされて叶えない夫などこの世にいないのだからね」



 ◇◇◇◇



 精神的に疲れていたメイアだったが休憩室で元気を取り戻した。

 待つついでにジュリアス様の従者からその後の話を聞くとマカロン男爵も会場を離れ娘のアニータと共に一般牢へと入ったらしい。


 何かしたというよりは男爵令嬢を守るためのようだ。今まで傍観していた貴族がこぞって責め立ててきたので身の危険を感じ一時牢に入ってやり過ごすつもりもあった。

 それに男爵令嬢と同じ牢屋なら何かあった時に守ることができる。


 王宮で凶行に走る者がいるとは思いたくないが保険は必要だろう。彼らに誰も近づけさせないように見張りをつけてみては?と進言すればすでにヘンダーソン侯爵経由で指示が出されていた。


 男爵令嬢は大嫌いだがマカロン男爵の気持ちを考えると悪者になりきれない。

 中途半端な感じだがちゃんと罪を認める場所を与え償う意思を見るために下手な場所で死んでほしくないということで自分を納得させた。



 またノックが聞こえそろそろ準備ができたという知らせかと思いきやお客様が面会に来たと言われジュリアス様と顔を見合わせた。

 しかも相手はこのタイミングで来るとは思っていなかった方達で、大丈夫なのだろうか?とジュリアス様と顔を見合わせた。


「何を話すか少し興味があるし、とりあえず通していいかい?」

「はい。わたくしは構いません」


 何かあればジュリアス様が守ってくださいますし、と頬を染めて微笑めば彼は目を丸くしたあと嬉しそうに細め「もちろんだよ」と頬にキスを落とした。


 そして出迎えた相手の話にわたくしは大いに驚かされることとなる。





読んでいただきありがとうございます。

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