(13) 男爵令嬢は野心が強い 2
「ちょっとメイア!そこをどきなさいよ!そこはアタシの場所よ!!ねぇ~ジュリアス様ぁ~!そんな捨てられた女じゃなくてアタシにしようよ~!
アタシと話す方がきっと楽しいし、買い物だっていっぱいするよ?アタシならどんな高価なドレスでも着こなすし、ダンスだってうまいんだから!ね?ね?
メイアみたいにただ薄っぺらい笑顔を貼り付けてひとつも褒められない木偶人形よりなんでもできちゃうアタシの方が絶対いいって!アタシの方が絶対ジュリアス様とお似合いだよ?だからアタシを公爵夫人に」
「…早くこの痴女を連れ出してくれ」
暴れるせいで上半身裸になった男爵令嬢は喚きながらジュリアス様に媚びて妄想を語った。そういうところはとてもたくましいと思うけれど不愉快だわ。
ジュリアス様もそう思ったのか言葉を遮り男爵令嬢は引っ立てられた。
「マカロン男爵。君にはインジュード公爵家とヘンダーソン侯爵家から直々に抗議させてもらう。没落は免れないと思っていてくれ」
「え?!嘘っどうして?!カイゼルはメイアを捨ててアタシを選んでくれたんだから、ジュリアス様だってアタシを選ぶはずでしょう?!なんで?どうして??なんで没落…ふがっ」
なんでそんな都合のいいことばかり言えるのかしら。それにジュリアス様はカイゼルのような不貞はしないわ。
「申し訳ありません!申し訳ありません!精一杯育ててきたつもりだったのですがどうしても考えが変わらなくて……!」
男爵が頭を床に擦り付け謝罪するが受け取らなかった。謝罪を受け取る時期はとっくに過ぎている。
本当に申し訳ないと思うなら―――今となっては婚約を解消できて清々しましたが―――もっと早く学園を辞めさせ厳しく教育し直すなり修道院などに入れて令息達から引き離すべきでした。
友人の令嬢達の話を聞くとわたくしが卒業した後にもいろんな令息との関係が噂され男爵は圧力をかけられたり、事業を潰されたりかなりきつい仕置きを受けているようです。
それでも娘を卒業まで置いたのは嫁ぎ先を学園で見つけようとしたためなのだと思いますが、娘にすべて任せたせいで卒業しても結婚することはありませんでした。
ゲイルとかいう手頃な公爵令息からプロポーズされているはずですが、気持ちに応えなかったようです。それどころかカイゼルを狙っているような口振りに開いた口が閉じられませんでした。
「……あ、あの!娘は、どうなりますか?」
どうなるもなにもないが父親は娘を気にしてこの先の話を問いかけた。
「死罪は免れないだろうな」
「そっ…そうですか」
ジュリアス様の代わりに父のヘンダーソン侯爵が答えた。この場で無礼討ちされてもおかしくないところを恩赦で免れたのだ。これ以上は高望みなのだろうと男爵も頭を垂れた。
またカイゼルとの婚約解消には自分が関与してるような口振りもあった。掘り下げれば余罪やもっと前にも何かしらの悪行が露見するだろう。
見世物にしてもいいが、このままだと男爵一族が処刑されるとも限らない。
女性騎士に指示をして男爵令嬢にこれ以上余計なことを喋らないように猿ぐつわを噛ませておいてよかったと思った。
「卿の息女は理解していなかったが今回のパーティーはインジュード公爵夫妻の成婚を祝うためのものだ。主賓の二人の気分を害するなど外交問題に発展しかねない大きな罪に問われる。その罪も問われることになるだろう。
下位が上位に許可なく話しかけるだけでも不敬罪に問われるのにインサルスティマ王国の王弟とその夫人に無礼な態度をとったのだ。家族全員罰を受ける覚悟をしておいた方がいい」
ヘンダーソン侯爵に言われて男爵は項垂れた。大半は男爵令嬢の暴走とはいえ、放置してきた責任は取らなくてはならない。
「安心しろ。孤児院に預けた子供は罪に問わない」
そう父に耳打ちされたマカロン男爵は人目も憚らず咽び泣いた。
父の姿にショックを受けたのか、現実が見えたのか男爵令嬢は暴れて無理矢理猿ぐつわを取った。
「助けてメイア!いえメイア様!」
ジュリアス様に助けを求めるのかと思いきや男爵令嬢はメイアに助けを求めてきた。
「ごめんなさい!謝るからパパを許して!アタシが全部悪いの!カイゼル達がアタシを愛しちゃったから、もしかしたら玉の輿に乗れるかなって思っちゃって!
本当はちょっと悪いなって思ってたんだよ?でもカイゼルはアタシの方が王妃様に相応しいって言ったから!」
「何をしている。その犯罪者を早く連れていけ」
聞くに耐えない、という顔でジュリアス様が手を振り女性騎士が男爵令嬢を連れていく。
男爵令嬢は猿ぐつわで声が出せず唸りながらマカロン男爵に助けを求め、周りの友人達に助けを求め、ジュリアス様にも目で訴えた。
けれど誰もが男爵令嬢を見ているのに目を合わせず救いの手を差しのべなかった。口を出せば巻き込まれるのは必須。わざわざ沈んでいく泥舟に乗って心中する者などいないだろう。
そのまま連れて行かれるのかと思われたがメイアが進み出て男爵令嬢の前に立った。
「待ってください」
と女性騎士に言えば男爵令嬢が目を輝かせた。
別にあなたを助けるためではないわ。と出かかった言葉を飲み込み乱れた胸元を戻してやりストールで広い胸元を隠してやった。
その行動に男爵令嬢は困惑した顔でメイアを窺う。
目が合った男爵令嬢は助けてくれると信じていて、自分は何も悪くないと思っている無垢な瞳だった。そんな彼女にわたくしは毒を注ぐように囁いた。
「あなたをこの場に留め置いたのはマカロン男爵に遣いをやっていたからよ。あなたを迎えに来てもらうためにね。
正式な招待状もなくあなたのパートナー達は拘束。男爵位でしかもまだ準貴族のあなたは王宮に侵入したことになっているの。
そうでなくとも子爵位男爵位は本来参加できないパーティーなのよ?しかもあなた達のせいで王家はインサルスティマ王国に戦争を仕掛けるつもりなのかと疑われているの。
仮に第三王子殿下の友人だと叫んでも多分誰も信じないし伝えたりしないわ。罪人を王子殿下の友人だなんて誰も言えないでしょう?
次期王妃だと叫んでも誰も取り合わないでしょうね。むしろ王族を謀ったとして王妃殿下に暗殺されてしまうかもしれないわ。あの方はドゥーパント姉妹以外の令嬢はすべて敵だと思っているもの。
だからね。そうなる前に内々に男爵に迎えに来てもらい、あなたを無事に家へ帰してあげようと思っていたのだけど…」
ひとつひとつ丁寧に言葉にすれば男爵令嬢の瞳が不安に染まっていく。表情が強張り涙が溢れ小動物のように震えだした。
それを見てわたくしは愉悦に似たほの暗い気持ちを抱いた。
彼女は学園に入った当初は男爵令嬢らしく慎ましく過ごしていた。田舎からやってきた男爵令嬢は右も左もわからずマナーも授業のレベルも噛み合わない。
両親に可愛がられてきたけれど化粧も服のセンスも自分の魅せ方も何もかも違う令嬢達に圧倒され、友達すらまともに作れなかった。
それがある時令息の目にとまり、仲良くなってサロンに行くようになり、カイゼル達高位貴族と付き合うようになり、そして彼女の価値観がおかしくなった。
男爵位として好意的に見られていた部分を捨て地位が高い令息に媚び、低い者を嘲るようになった。
令嬢に対してはすべて横柄になり気に食わなければ上位でも不満を口にする。大概のことは令息達が守ってくれるから彼女は更に高飛車になった。
そんな彼女がやっと自分の本当の立ち位置を思い出し、すべてが過ちだと認識してくれたことが嬉しくてたまらない。
ああ、わたくしは悪い子だわ。彼女が不幸になっていく様を見て嬉しいと思うなんて。
「なのにあなたときたら……学園の頃とまったく変わっていなくて逆に安心しましたわ」
フフッと小さく微笑み姿勢を正した。
「あなたに会えてよかったわ。きっともう会うことはないでしょうから最後の挨拶をしたかったの。どうか最後まで元気に過ごしてくださいね」
学園を卒業したのにまだ同じ場所にいて同じように愛され守られると思っている愚かな人。
あなたのことは書類上でしかまともに知らないけど、心底大嫌いだったわ。あなたさえいなければと殺人計画を考えたこともあったのよ?あなたは知らないでしょうけど。
カイゼルを寝取られたからとか、嫉妬していたからとかそんなちっぽけな理由ではないの。あんな傲慢なお子様なんてこっちから願い下げだと思っていたわ。
引き取ってくれるならあなたでもドゥーパント姉妹でもいいと思っていたのにこの一年誰も本気でカイゼルを落としていなくて、わたくしガッカリしましたの。
あなたを憎んでいるのは別の理由なの。
それを知ったらあなたは『自分は無関係よ!』と叫ぶかもしれないわね。
あなたはそうかもしれないけどわたくしにとってはあなたは許しがたい宿敵なの。
だからごめんなさいね。わたくしはあなたが確実に死を賜るよう全力を尽くすわ。
「さようなら。アニータさん」
恨むなら見る目がなかったご自分を恨むことね。
貴族令嬢らしく感情を気取らせない人形のような微笑みで最後の挨拶をすると男爵令嬢は捨てられたような絶望した顔になって扉の向こう側へと去って行った。
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