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(12) 男爵令嬢は野心が強い 1

 


 別室の準備を待つ間、パーティー会場で飲み物を手に待っていました。王家はすでに退出していて事情を知らない貴族達はどういうことだ?!と大騒ぎ。


 メイアへの質問などは父が答えてくれているので囲まれることはないが近寄りたそうな視線はビシバシ感じる。跡を継いだばかりの令息令嬢達だ。

 学園時代は遠巻きにしていたけどわたくしの立ち位置が変わったからご機嫌伺いと真実の確認がしたいのだろう。


 それらをすべて無視しているがそちらよりも目の前のことの方が気になって仕方なかった。


「ねぇねぇジュリアス様!インサルスティマ王国ってどんなところなの?

 あ!アタシね、ピンクが好きなの!見て見て!これゲイルが贈ってくれたの!アタシ高くてキラキラしててゴージャスなのが好きなんだ!

 そっちの国に綺麗なピンクの宝石とかあったりする?ね!ね!こっちの高そうな宝石はカイゼルがくれたの!大きくてキラキラしてるでしょ?!

 これよりももっと大きなピンクの宝石あったらアタシ欲しいなぁ~!ね!買ってアタシにプレゼントしてくれない?アタシの誕生日そろそろなんだよね!

 ジュリアス様って公爵だからなんでも買えるんでしょう?たーくさん買ってくれたらお礼にキスしてあげるわ!」


 この不敬オンパレードのこの人に比べたら他はすべて無害に見えてしまうわ。


 アニータ・マカロン男爵令嬢。カイゼルのサロンメンバーの一人で明朗快活、顔もよくスタイルもよく甘える姿は男心を鷲掴みにし虜にしてしまうらしい。

 おねだりをして失敗したことはないとか涙を見せれば何でも許されるという令嬢だ。


 ただし成績方面は芳しくないというのも聞いている。

 先生を体で懐柔してそのテストの点数は満点だったが他が惨敗で訝しんだ他の先生に探られ改竄したテストも再テストになったとか、授業は大体寝てるかサボっているとかそんな不穏な噂話しか聞こえてこない。


 なのでカイゼルの言う高度な話し合いができているとは到底思えないのだが彼女はカイゼルのお気に入りでもあった。

 相槌を打つだけだってある程度の理解力かセンスが必要だと思うのだけどその辺ができているのかしら?


 許可もしていないのに一方的に話しかける男爵令嬢を見ているとそんな機微を見分ける能力があるとは到底思えない。


 あるとしたらジュリアス様の隣にわたくしがいても挨拶もせず視線も向けずいないものとして無視している強靭な心臓と無作法さくらいかしら。



「ねぇ~え~!ジュリアス様聞いてるぅ~?」


 あの姉妹に連れ回されわたくしに挨拶した時は嫌そうに顔を引きつらせていたけど今はとてもイキイキしている。

 本当なら他のサロンメンバーと一緒に引っ立てられていたはずだったのだけど男爵令嬢は隠れたか逃げたかして難を逃れたようだ。


 それにしても不愉快ね、と扇子の下で嘆息を吐く。なんでこうサロンメンバーは卒業してもまだ学生気分でいる者が多いのかしら。

 舌足らずでねっとりするような甘え方に鳥肌が立ちそうだわ。カイゼル達はこんな娘がいいのかしら。理解に苦しむわね。


 ドゥーパント姉妹や男爵令嬢もお互いに嫌いあっていたけどどちらにも受け付けがたい嫌悪感を感じる。

 特に男爵令嬢はサロンで身分は関係ない、もしくは自分がお姫様か何かと思っている節があるのよね。


 今だって何度か躱されながらも諦めずジュリアス様の腕に絡みつこうと手を伸ばしてる。


 わたくしは最初からずっとイライラしていたけどさすがのジュリアス様も我慢ならなかったのか、彼女が宝石がついたカフスを目敏く見つけ「今日の記念にアタシにちょうだい!」ともぎ取ろうとしたので持っていたワインを顔にかけられた。


 いきなり顔が水浸しになった男爵令嬢は驚き目をぱちくりとしていたが、なぜかわたくしを見てくしゃりと顔を歪め泣き出した。



「ひどい…ひどぉ~い!メイアがアタシに嫉妬してワインかけたぁ!!」


 ジュリアス様のグラスが空になっていてわたくしのグラスにはまだワインが入っていたのに、わたくしがかけたのだと決めつけた。


「ジュリアス様ぁ~あの人ひどいのぉ!アタシがぁジュリアス様と仲良く話してるのを嫉妬してぇワインかけたのぉ!!

 アタシがこんなになっちゃってるのに笑うのぉ!ふえぇ~ん!助けてぇジュリアス~!!」


 一言も発していないし笑ってもいないのに被害妄想甚だしい。しかも今呼び捨てにしなかった?

 この女、とムカムカ目を細めればジュリアス様に肩を抱かれ、ジュリアス様に抱きつこうとした(そのワインまみれの手で触れようとするなんて!!)男爵令嬢は目の前で豪快にこけた。


「いったあぁ~い!!メイアに蹴られたぁ!!」


 蹴ったのですか?!ぎょっとしてジュリアス様を窺えば「なにぶん私の足は長くて足癖も悪くてね」とニヤリと笑った。


「アニータ!!」

「パパぁ!!」


 男爵令嬢の甲高い声に説明していた父や他の貴族達もこちらに振り返り、そろそろ切り上げようと考えていたら騎士と共にマカロン男爵が汗だくで入ってきた。


 それに気づいた男爵令嬢は縋りつこうとしたがその前に女性騎士に拘束され、やはり乳房が零れて悲鳴を上げた。やはりあの格好は公式パーティーに向かないのではないかしら。


「こ、この度は我が娘が大変失礼なことをいたしました!」


 あられもない姿を披露している娘を無視した男爵は土下座をし、発言の許可と自己紹介をした。男爵は深々と謝ったが娘は不満そうに叫ぶ。


「なんでパパが謝るの?!被害者はアタシよ?!メイアにワインをかけられてしかも蹴られたんだから!そうよ!慰謝料寄越しなさいよ!!

 アタシは怪我したんだから!!痛い痛い痛い!足折れたぁ!!」

「これ!アニータ!!ヘンダーソン侯爵令嬢と呼びなさい!」


「え~?!カイゼルがメイアって呼んでたんだからアタシだって呼び捨てにしてもいいじゃない!アタシはカイゼルのサロンに出入りする選ばれた人間なのよ?!

 たかが侯爵令嬢の分際で王妃になるアタシに逆らうなんて無礼だわ!だからカイゼルに婚約破棄されたのよ?!

 傷物のくせに国母のアタシにケンカ売って許されるわけないじゃない!!アタシが一言嫌ってカイゼルやゲイルに言えばあんたの家なんかすぐ潰せるんだから!」

「アニータ!いい加減にしろ!!」


 男爵令嬢が叫べば叫ぶほど男爵の顔色がどんどん悪くなっていく。周りの視線がきつくなっているのもわかったのかもしれない。

 ジュリアス様の目も冷え冷えと細められ、笑みが深くなった。


「へえ。嘘つきで婚約破棄か」

「そう!そうなのジュリアス様ぁ!その人は学園のみんなに嫌われてて、カイゼルに捨てられたダメダメな傷物なのぉ!!」

「アニータ!」

「ね、ね!そんなしょぼい女よりアタシの方が何倍も可愛いいでしょう?それにベッドでだってアタシの方がずっと楽しませて」

「第三王子にお願いすれば忠臣の侯爵家などあっさり潰せると本気で言っているのかい?」


「?そ、そうよ?だってアタシはカイゼルやゲイル、他にもたーくさんの将来有望な高位貴族に愛されてるの!なんなら陛下だってアタシのお願いを聞いてくれるわ!だってアタシは」

「やめろアニータ!!」


「国母、だからか?」


「え、あれ?なんでジュリアス様が知って……」


 男爵にきつく口止めをされていたのだろう。男爵令嬢は自分が漏らしたことも気づかず首を傾げ、男爵は終わったと言わんばかりに頭を抱えた。

 仕方ない、とわたくしは一歩前へ出ました。


「マカロン男爵。わたくしはつい先日結婚しましたの」

「…へ?」

「お相手はこの方、インサルスティマ王国の王弟、ジュリアスディーン・モエラ・バッハ・インジュード公爵ですの。わたくしはインジュード公爵夫人になりましたのよ」

「公爵、夫人……っ」


 青くなる男爵は低頭して祝辞を述べた。話が通じる方で良かったわ、と少し安堵する。娘の令嬢は自国の公爵位と同等程度に考えているのだもの。ああ、男爵令嬢は王子すら同等だったわね。


 まさかと思うけどジュリアス様のことをお友達の公爵令息と『同じ』だと思っていないわよね?だったらその考えを正さないといけないわ。だって雲泥の差があるもの。



「マカロン男爵。今日のパーティーは伯爵以上しか参加できないものということは知っているな?だというのに君の息女はパーティーに参加し、高位貴族専用のエリアに勝手に侵入した。

 これらは手引きした者がいるのでそのことについては不問とするが、君の息女は私が許可をしていないのに勝手に近づき、話しかけ、無断で愛称呼びをした。

 愛称は私が選んだ極々一部の身内にしか許していない呼び方だ。この国では妻にしか許していない」


 特別な呼び方に自分は呼ぶ権利を与えられた側だと、なんなら妻は自分だと目を輝かせる男爵令嬢にわたくしは不快を隠しきれず扇子で顔を隠しました。


「そして君の息女はあろうことか許可なく私に触れようとした。カフスに宝石がついているから記念に持ち帰りたいと言って勝手に引きちぎろうとしたのだ。それがどういうことか男爵にはわかるな?」


「は、はい…」


「しまいには目を覚ますよう私がワインをかけたことも身の危険を感じて足が出たのもすべて我が妻メイアのせいにし、大声で責め立てた。

 こちらも許可をしていないのに男爵令嬢が公爵夫人を呼び捨てにし名誉を深く傷つけたことは明白である。…ああ、第三王子繋がりで二人は友人なのだとか嘘は言わないでくれ。

 第三王子とは一年も前に婚約が白紙となっているし彼のサロンメンバーは私も妻も大嫌いでね。知り合いとも思われたくないんだ。

 メイアの友人は後ろに控えている素晴らしい女性達だよ。決して君の息女のような爵位を理解せず下品なドレスを着て堂々と恥を晒すような無知ではない」


「ひっひどぉい……」


 口を開こうとした男爵令嬢にジュリアス様が先回りして微笑むと彼女は頬を染めながらも涙を溜めて不満を訴えた。


 何度も瞬きをして上目使いでジュリアス様を見つめるが彼が見ているのはわたくしかマカロン男爵でチラリとも目が合わない。

 そのことに頬を膨らませていたが彼女を可哀想だと心酔している貴族達が駆けつけることはなかった。


 それはそうだろう。ジュリアス様は今とんでもない爆弾を落としたのだ。


 元々下位が上位を貶しただけで重罪は免れない。カイゼルのお気に入りとはいえここに彼はいないから男爵令嬢がどうなろうと誰もが見て見ぬフリをした。多少交流があった令息達も我が身可愛さに駆けつけることも擁護もしなかった。


 そうさせたのは『男爵令嬢を必ず処罰する』、『カイゼルを含んだサロンメンバーはインサルスティマ王国と交流するに値しない』とジュリアス様が堂々と宣言したからだった。


 貴族は体裁や矜持を大事にしている。今後を考えればインサルスティマ王国の王弟であるジュリアス様やメイアの不興を買うのは望ましくない。

 サロンメンバーと限定しているのならこちらに火の粉はかかってこないのだから下手な擁護は身を滅ぼすだけだと口をつぐんだ。


 そうでなくとも会場に残っている者はメイアのことを知らぬくせに悪評を面白おかしく聞き広めていた無責任な者達ばかりだ。

 味方の布陣はすでに出来上がっているから今更すり寄ることもできない。恩を売ろうというよりも後ろめたさの方が大きいだろう。


 中にはインジュード公爵夫人となったメイアの処遇を大袈裟に嘆き、騙されていたとかサロンメンバーに嫌悪し怒りを露にしたりする者もいたがわたくしもジュリアス様も彼らの言葉を拾うことはなかった。






読んでいただきありがとうございます。

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