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(11) 茶番を演じてみる

 


 なら、わたくしはあえて空気を読みませんわ。


「ご心配に及びません。わたくしの名誉にはすでに傷がついております。

 留学しジュリアス様と婚姻しなければわたくしは今も『第三王子殿下に捨てられた哀れな傷物令嬢』と揶揄されていたでしょう。

 先程もこちらのドゥーパント伯爵家の方々にご自分の幸せな様と捨てられたわたくしを比較して皆さんに聞こえるように『第三王子殿下に捨てられた傷物』と喧伝されておりましたから。

 これ以上ない傷がついたと自覚しておりますわ」


「それは聞き捨てならないな!我が妻メイアは聡明で思慮深く外見も内面も素晴らしい女性だ。第三王子との婚約も破棄ではなく解消であり、公式で第三王子の有責となっている。

 そもそもメイアの名誉の傷は傷ではない。メイアが女性だから不要な謗りを受けただけだ。その傷も私との婚姻ですでにそそがれている!」


 会場全体に響き渡るように宣言するジュリアス様の声にわたくしの心が震えました。


 貴族としてカイゼルの婚約者として当然の洗礼だと甘んじて受けてきましたが、それでもやはり婚約者であるカイゼルにはわたくしの味方であってほしかった。

 その諦念や悲しみがジュリアス様の言葉で救われた気がして鼻がつんと痛くなった。


 そんなわたくしに気づいたジュリアス様が優しい眼差しで『大丈夫だよ』と肩を撫でるから余計に涙腺が刺激された。

 この方と結婚できて本当に良かったと心から思えた。



「よって先程この侵入者達が喧伝していた内容はインサルスティマ王国とダスパラード王国の不和を招くための扇動をしていたことになる。

 またこの賊は王妃の親戚だ。…ということは、だ。

 ダスパラード王国はインサルスティマと友好関係を結びたいと口では言いながら、一方では天敵であるドゥーパント家を差し向け友人であるべき王弟の妻を脅し服従させることで自国有利になるよう画策していた、ということになるな」


「ちちちちっ違うぞ!!余はそんなこと考えとらん!それに許可もしていない!!」


 許可をしていなくても好き勝手にしている王妃を止めなかったのだから同じことだろう。

 図星を指されたような反応をする国王に王妃は真っ赤な顔で国王を睨み付けたが彼女に追従する臣下はいなかった。

 会場にいる誰もがジュリアス様の言葉に耳を傾け、固唾を呑み凝視した。


「ならばここにいる賊はなんだ?なぜ国王自ら捕縛の命令を出さない?他国の私が命令を出したということはもうすでに外交問題になっているのだぞ?

 しかも私が号令を出さなければこの者達は国賓である妻への誹謗中傷を止めず不相応にもこのエリアに居座っていただろう。

 再三言っているがこの姉妹は以前メイアを亡き者にしようとした前科がある。

 すべて知っている王家と王宮の重役達はなにをしていた?王家が入場するまでの時間、そして歓談の時間、この賊をのさばらせ君達はなにをしていたんだ?

 これが王家を狙う暗殺者ならすでに王家は亡き者になり、暗殺者は逃げおおせ阿鼻叫喚の事態になっていただろう!それでもまだ許可がどうのと戯れ言を言うのか?!」


 ジュリアス様の鬼気迫る迫力ある声に国王は悲鳴混じりに飛び上がった。大人になり、玉座に座ってから国王を叱る者はいなくなっている。

 そのためここまで気迫を込められた声で叱られたのは実に二十五年ぶりのことだった。


 そして王妃の依怙贔屓や我が儘に慣れきった貴族達はいつものことだと見て見ぬフリをしていた。自分が矢面にならなかったからこれ幸いと思って。


 メイアがカイゼルの元婚約者で王妃にいいように扱われていたから今回も同じように扱っても問題ないと思い込んでいた、というのもあるかもしれない。


 だがメイアが他国に嫁いで国賓としてここにいる。それらを失念するのはありえないことだ。


 だってこのパーティーはインサルスティマ王国のインジュード夫妻を歓迎するためのもの。それとこれは別だなんてそれこそありえないじゃない。


 以前のように王妃や姉妹に侮られ蔑まれてそれを許してしまってはインジュード家にもインサルスティマ王国にも傷がつくわ。


 ジュリアス様に指摘された貴族達は皆居心地悪そうに顔を逸らし目を泳がせた。


「ダスパラード王国はインサルスティマ王国に敵意があり、戦争も辞さない構えだと受けとるが……国王よ。それに相違ないか?」

「まっ待たれよ!!ダスパラードはインサルスティマ王国に対して敵意などない!ないのです!!」


 国王は悲鳴混じりに叫んだ。しかしジュリアス様の態度はとにかく冷めていて責任の所在は誰にあるのかと聞いた。

 意地の悪い質問だわ。戦争を回避したければドゥーパント姉妹を差し出せと言っているようなものだもの。


 けれど止める気はなかった。一年も経っているのに下調べも何もしないまま学生気分でわたくしに話しかけてきたのだもの。

 しかも自分達は上位だと言わんばかりの態度で見下されたら気分だって悪くなるわ。

 おバカさんがしっぺ返しを食らうのは当然よね?



 そう考え視線を下げればドゥーパント姉妹が縋るように国王を見上げていた。希望はまだあるらしい。


「…………リリローヌ・ドゥーパント伯爵夫人、エネレッタ・センダース侯爵夫人。そなた達には失望した。

 王妃の親族だからと目をかけてやったが国賓であるメイア・インジュード公爵夫人へ無礼を働き余が承認した約束を破ったこと。また友好関係を結んでいるインサルスティマ王国に不要な疑念を抱かせたこと。

 余の臣下達を誘導しインサルスティマ王国に敵意を抱くよう仕向けたこと。すべて許しがたい行為だ。

 またこの一ヶ月は領地から出るなと厳命されていたにも関わらず王都に居座った。華美な装飾にドレス、どちらも王都でしか出回っていないオーダーメイドだな。

 その件についても言及し追加の処罰を与える。……重い処罰になることを覚悟しておけ」


 低く、怒りがこもった声色に姉妹は絶望の顔に変わった。


 体裁を保つために姉妹を領地に閉じ込めようとしたのでしょうけど、社交界の黒薔薇としてドゥーパント夫人が出入りしてましたし、娘達も派手好きでパーティー好きですから領地で大人しく、は無理だったようです。


 王家からの通達よりも王妃からの誘いの方が優先されるのですから彼女達に臣下という自覚も秩序もないのかもしれません。


 姉妹の頼みの綱である王妃を見遣れば彼女は具合が悪そうに頭を押さえカイゼルに支えられていた。だがそれだけで何も言ってこない。


 毒殺未遂の時のように姉妹の助命を嘆願するのかと思いきや途中で諦めたみたいだ。王妃でも本気で怒る国王は恐ろしいということだろうか。


「インジュード公爵。これでいいだろうか。余は、この国はそなたの国に敵意はないという証明になっただろう?」


「ああ。勿論だとも。我が妻メイアの汚名はこれで払拭されただろう。この国で流されていた噂はすべて謂われなきものだったからな。

 メイアやヘンダーソン侯爵家と正しく交流している者はそんな間違いなどしないだろうがね。ああそれと、このことはこちらの陛下にも報告しておくよ」


「え、……?!」


「兄夫婦もメイアのことをとても気に入っていてね。この状況を知ったら解決したと言っても激怒する可能性が高い。

 義姉上なんかは諸外国にも顔が利くからダスパラード王国との取引を打ち切るように仕向けてくるかもしれないな」


 そう思わないか?と聞かれ『確かに』と思ってしまった。


 インサルスティマ王国の王妃様はメイアよりも年下で開きのある年の差結婚なのだが、彼女は別の国から嫁いできた王女様で自立心が強く貴族には珍しく感情の機微がはっきりしていた。

 しかしその感情表現は過度ではなく品があって微笑ましいものだった。年下だがメイアにとってはとても頼もしく素敵なお義姉様だと尊敬している。


 そのお義姉様はわたくしの経歴を知った際に泣いてくださり、そして怒ってくださった。

 ダスパラード王国に戻る際も『ついていってメイア様を守るわ!』と豪語されていましたし、もしなにかあれば制裁を与えるから隠さずになんでも話すようにとも言われています。


 有言実行の方なので因縁があるドゥーパント姉妹と接触して嫌な目に遭わされたと報告すればジュリアス様が言うようにじわじわとダスパラード王国を締め付け、孤立させ苦しめたでしょう。


 わたくしとしてはお義姉様が不要な恨みを買っても嫌ですし、無関係な民を苦しめたくもありません。

 他国からの輸入や取引がなくなれば最初に打撃を食らうのは民ですもの。

 それは望まないと申し上げれば国王達がわかりやすくホッとしていた。


「国王には敵意がないのは理解したがあの姉妹についてきたそこの彼女達はどうだろうか?たしか第三王子のサロンメンバーだったはずだが」

「えっ?!」


 しかしすかさず姉妹の後ろで目立たぬように縮こまっていた令嬢達を見つめジュリアス様は不快げに眉をひそめた。


「その令嬢達もドゥーパント姉妹のようにメイアの悪評を並べ立て嘲笑っていたんだろう?

 今だって学園を卒業し大人の仲間入りをしたというのに爵位を失念した態度で高位貴族エリアに侵入している。

 おや?令嬢と言ったが君達は結婚していたのか。徒党を組み上位に物怖じしない態度でメイアを嗤っていたから()()かと思ったよ。

 真実の愛というのは随分と人の気を大きくするものなのだな。

 ……ところで、君達の夫や家族はどこかな?侵入したと言ったが伯爵位以上なのだろう?

 どうやら君達は腰が抜けて動けないようだし夫か家族に迎えに来てもらうといい。さあ彼女達の家族、夫はどこか教えたまえ」


 本当にジュリアス様は意地が悪い。

 サロンでは伯爵位のドゥーパント姉妹が令嬢のトップとして君臨していたからそれ以下の令嬢しかいないのだ。伯爵位だって姉妹の機嫌を損ねれば追い出され二度と足を踏み入れることができない。


 一時期だけ別の侯爵令嬢が出入りしていたがドゥーパント姉妹にいびられて参加しなくなったほどだ。

 なのでジュリアス様の前でへたれこんだまま立てない若い夫人達は子爵位以下で、顔を真っ青にさせながら何も言えずカタカタと震えることしかできなかった。


「おかしいな。今日は『成人』した『伯爵位以上』の夫婦が参加しているはずだろう?ダンスをすることになっているから女性が一人で来るなどありえないはずだが。

 ……まさか王宮はあの姉妹だけでなく下位の夫人達まで王宮に忍び込ませたというのか?

 これでは本当に暗殺者が紛れていてもわからないではないか!メイア!今すぐダスパラード王国(ここ)を出るぞ!!この国は危険だ!!」


 ドレスと身なりでジュリアス様もすぐに下位貴族だと理解していたが国王も他の貴族も未だに動かないので盛大な茶番を演じた。

 もし本当に暗殺者がいれば辿り着く前に連れてきたジュリアス様の騎士団が捕まえてくれるし、ジュリアス様もとても強いのでわたくしを守ってくれるだろう。


 それでも間に合わない場合は守護魔法がかかっているお守りが阻んでくれるはずだ。そのお守りはお義姉様の国で代々伝わっているもので、作成した者の想いが強ければ強いほど効果があるとされている。

 ちなみにわたくしのお守りを作成してくれたのは魔力が強いお義姉様だ。安心感しかない。


 そんなわけでまったく危機感はないのだが、杜撰な警備とインサルスティマ王国を軽んじている態度に苛立ちを見せたジュリアス様がわたくしの手を掴み挨拶もなくその場を去ろうとした。


「お!お待ちくだされ!!す、すまなかった!ドゥーパント姉妹もこの者達も通してしまったのはこちらのミスだ!本当に申し訳ない!

 だが彼女達は暗殺者ではない!!彼女達は下位貴族なだけなのだ!どうか信じてほしい!!」


 慌てた国王にジュリアス様は足を止めるとたっぷり時間をかけて振り返った。その目は疑心に染まっていて不機嫌そのものに見えた。



「……それが本当だとして、今日のパーティーの意味を国王、君は本当に理解しているのか?国内の身内だけのようなパーティーではなく国賓として招かれた我々がいるのだぞ?」

「お言葉はもっともだ。このような事態になってしまったことを余も残念に思っている」


 なってしまった、ではなく放置していただけでしょうに。ダスパラード王国はここまで平和ボケしている国だったかしら。

 祖国だと思うと恥ずかしいわ、と眉を顰めるも国王の熱弁は続く。


「そこで、だ。この話の続きを別室でするのはどうだろう?インジュード夫人も疲れたことだろうし休憩室で休んでほしい。

 そのついでに我が国はインサルスティマ王国と敵対するつもりはないことを証明しよう!」


 正直言い訳以外に言いたいことなどあるのだろうかと思ったがジュリアス様は仕掛けた罠に獲物がかかったという顔でニヤリと笑った。


「気遣い感謝する。惚れた弱味もあってかメイアを傷つけたこの国の子息子女が本気で憎くてな。つい敵意を剥き出しにしてしまうんだ」


 ジュリアス様の心のこもった声に近くにいた貴族ほど震え上がった。


「は、はは……それは、インジュード夫人にも十分伝わっているでしょう」

「ええ。とても幸せでございます」


 国王の顔が『違う、そうじゃない。こっちに加勢しろ。ジュリアスディーンを諌めろ』と言っているが見なかったことにした。

 にっこりと見上げればわかったとにこやかに頷くジュリアス様。気持ちが通じるって素敵なことよね。


 残念ですが陛下、わたくしはインサルスティマ王国の人間になったので、インサルスティマ王国を最優先に考えておりますの。

 ですのでジュリアス様の行動をお諌めすることはありませんわ。だってわたくしを想っての言動ですもの。嬉しさしかありませんわ!


 それにダスパラードの王家の優先順位はこの一年で最底辺になりましたの。気遣っていただくのが少々遅すぎましたわね。






読んでいただきありがとうございます。

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