(10) 王子の脳はキャパオーバー
「そんな……そんな!俺はなんてことを!」
カイゼルはショックを受けた顔で足元をふらつかせていました。騒げば騒ぐほど嘘臭いパフォーマンスに見えるのはなぜでしょうね。
「なかったことになったので事情を知らないのは仕方のないことですが、自己紹介の時にあちらはどんな挨拶をなさっていたのですか?」
意訳は『あなたはどう呼んでいたのか?』、ですが。
「……え?いや、今更自己紹介なんてしないだろう?彼女達は幼馴染みだし」
ということは爵位では一度も呼ばなかった、もしくは『公爵令嬢』と呼んでいたのね。
婚約者同士でもないのに名前で呼び合うなんて仲がよろしいこと。
学園では爵位を重視しない交遊関係を推奨しているとはいえ、婚約者でもない異性を名前や愛称で呼ぶのは顰蹙を買うと習わなかったのかしら?
ましてや伯爵令嬢を公爵令嬢として扱うのは隠してる側も知りつつ黙認する側もどちらも罪に問われるのに。
側近には公爵令息がいて侯爵令息、伯爵令嬢もいたのに誰も指摘しなかったなんて、ねぇ?
伯爵位に落ちていたなんて知りませんでした、と言おうものなら情報リテラシーがない家だと宣言しているのと同じでしょうに。貴族でそれは致命的な恥になりますのよ?
ついっとサロンメンバーに視線をやると彼らの周りにも騎士が近づいているのが見えた。こちらのエリアに侵入はしていないが自分の妻達が無礼を働いているので同じく連行されるのだろう。
「なかったこと、とは申しましたが、第三王子殿下の婚約者だった者に毒を盛ったのですよ?文書として残さないだけで王宮に勤める者のほとんどが認知しています。
また王宮で働く者の子供達もそれとなく知らされていました。学園で最初の頃あの方々が遠巻きにされていたのを見ていませんか?」
「え?あ、れは、公爵家だからみんな恐れ多いと遠巻きにして…」
「その頃には伯爵家に落ちております。公爵家がいきなり降爵され伯爵になったのですよ?なにか良からぬことをしたのでは?と様子見されていたと思いませんか?」
わたくしならその異様な状況を察して内密に調べたでしょう。理由が伏せられたまま爵位が下がるなどとんでもないことをやらかしたのだろうと想像するのは当然のこと。
ドゥーパント家の後ろには王妃がいるぞと式典やパーティーの挨拶の際にドゥーパント家とだけ長々と話をしていたようですが、他の貴族からすればそれも悩ましく見えていたことでしょう。
王妃のせいで軽くは扱えず、かといって伯爵位だから相応に相手しなければならない。
縁を結ぶ側も相当頭を悩ませたことでしょうね。
「以上のことがあり、わたくしはどんなに誘われても第三王子殿下のサロンに行くことはできませんでした」
誘われていたのも最初の頃くらいでしたが。
あまりにも断るのでカイゼルは不貞腐れて誘わなくなりました。わたくしは姉妹に近づきたくなかったので安堵しましたが。
誘われていた頃は死にに来いと命令されているのかとカイゼルを奇異とした目で見ていましたわ。
しかしそれがまさか自分が主催するサロンは素晴らしいから見に来い。親友もいるのだから寂しくないだろう?だったなんて。失笑ものですわね。
ドゥーパント姉妹を公爵家で認識しているなら尚更元婚約者候補を近くに置かない、婚約者を優先する行動を周りに示すべきだったのに。侯爵家が公爵家に気を遣わないわけないのに。
姉妹を両腕にぶら下げて学園を闊歩してもカイゼルは拒絶も何もしなかったのだからわたくしへの感情もたかが知れている。
そのことも忘れわたくしの状況も噂も何もかも知らず、自分は平穏無事に結婚できるなどと思っていたなんて頭の中が花畑にでもなっているのではないかしら?
これでよく天才なんて言えるわね。ポンコツの間違いじゃないかしら。
「だ、だったらなんなの?婚約者の務めも果たさず拒絶したのはあなたが先でしょう?あなたが我が儘を言うからカイゼルはいらぬ苦労をさせられたのよ?!
あの子達のように仲を深められないから負け惜しみでわざと会いに行かなかっただけじゃない!それを人のせいにするなんて情けない!それでも侯爵家の娘なの?!」
青い顔をするカイゼルに王妃が焦って口を挟んだ。
少し離れた場所では兄王子達が王妃に黙るよう呼んでいるがまったく聞こえていないようだ。
「いい?カイゼル。メイアさんはああやってあなたの気を引きたいだけなの。本当ズル賢い子だわ。
あんな性格の悪いメイアさんよりもあの子達の方がよっぽど純粋で清廉潔白よ。彼女達の聡明さや心優しさはあなたもよく知っているでしょう?」
「いえ、あの、母上……」
畳み掛けるように言葉を連ねているけれどカイゼルは顔を引きつらせていますよ?
「毒殺しようとしたのだってあの子達ではなくどこかの侍女なのよ?あの子達はなにもしていないの!
なのにメイアさんはドゥーパント家の侍女だと決めつけて一方的に責めたのよ?!メイアさんに個人的に恨みを持っていた可能性だってあるじゃない!
カイゼルだってメイアさんよりもあの子達の方が可愛いと思ったから仲良くしてあげたのでしょう?それでいいのよ!誰にも責められるようなことなどしていないわ!」
自分とカイゼルに言い聞かせるように大きな声を上げ、まっすぐわたくしを睨む王妃にほとほと嫌われたわね、と昔刷り込まれた恐怖に少し震えた。
ドゥーパント家とは別に王妃には王妃教育で嫌な思いをさせられたことが多々ある。そのせいでかなり苦手な人になっていた。
その震えに気づいたジュリアス様がわたくしの手を握って安心させてくれた。そこで呼吸が止まっていたことに気付き息を吐いて、呼吸を整えた。
「……王妃、王妃よ。その話はもう済んだことだ。それ以上掘り返してはならない」
「掘り返したのはメイアさんですわ!わたくしが可愛がっている子供達を蛇蝎のごとく毛嫌いして嫌がらせをするのよ?!
侯爵令嬢ごときがわたくしに不敬を働いているのに黙って見ていろと仰るの?!」
くべられた薪は火を更に燃え上がらせ王妃は止まらない。宥める国王の言葉にも噛みついた。
王妃は言いたいことを叫び発散できて気持ちいいのかもしれないが、周りが戦々恐々としているのが見えていないのだろうか。
「その話を掘り返してただではすまないのはそなた達だということを忘れたのか?」
「え?」
国王がこちらを見て王妃もメイアを見てそれから眉を寄せる。
しかしわたくしの隣に父のヘンダーソン侯爵が並び、父に関わりある貴族がずらりと並び厳しい顔つきで王妃を見ると彼女は動揺したように目を泳がせた。
「王妃様。ヘンダーソン侯爵家は私の娘で正当な後継者であるメイア・ヘンダーソンを毒殺し、亡き者にしようとした真犯人を知っております。
それは一人ではなく複数いることも確認済みです。これ以上我が娘の名誉を貶すと仰るなら今ここでそのすべてを報告しますがよろしいですかな?」
「は?……いえ、その、どうかしらね…?」
父の言葉に王妃は明らかに動揺して国王に目で縋ったが無視され他の貴族に移したが悉く逃げられた。
これが今の王妃の現状なのだろう。
国王と席が離れていたのも、国王はわたくしが王妃をどう思っていたのか知っていた。
またはインサルスティマ王国を田舎小国と罵っているのを聞いたため失言しないよう配慮としてわたくし達から遠い場所に王妃の席が置かれていたのだろう。
すべて無駄だったが。
本当は王妃を欠席させたかったけど相手が国賓、または王妃の我が儘のため欠席させられずストッパー役としてカイゼルを控えさせたという辺りだろうか。
それも力不足だったが。
わたくしはドゥーパント姉妹を見て、そして王妃を見て毒殺未遂の件を大々的に話してもいいのか?と目で聞くと王妃は唇を噛み、怒りに震え、そして立ち上がった。
こちらに何か仕掛けてくるのかと思い一斉に警戒するとメイアの前にはジュリアス様が立ちはだかり王妃が視界から消えた。
メイアが見えなくなったことで諦めたのか次に見えた王妃は無言で会場を後にしようと壇上を横切っている姿だった。
突然の行動に誰もが驚き、カイゼルも固まったまま王妃を見つめるだけだった。
国賓に挨拶もなく足早に去ろうとする王妃の行動はマナー違反だし、この流れでは分が悪いから逃げようとしてるようにも見え、こちらを窺っていた貴族達にも悪印象を与えた。
「退きなさい!!王妃命令よ!!」
いつもならそんな暴挙も見逃されていただろうが、王族が出入りする扉に先回りしていた者達に道を断たれ、王妃が怒鳴ったが扉は開かなかった。
「王妃の親戚には随分と厚顔無恥な者がいるのだな。
第三王子の正式な婚約者をわざわざ家の茶会に呼び出し、凶行に及ぶなど。しかも生き残ったのだから『なかったことにしろ』などとは傲慢そのものだと思わないか?なぁ国王よ。
王家は余程ヘンダーソン侯爵家を嫌っていると見える」
「インジュード公爵。その件はすでに解決している。これ以上は夫人にもヘンダーソン侯爵にも被害が及ぼう」
苦々しい顔で国王は気を遣うようにジュリアス様にストップをかけたが長身の彼に見下ろされ顔が強張った。
「解決というのは降爵した後に交わされた決めごとを正しく理解し実行して初めて成立するものだ。
王家主催のパーティーに泥を塗りあわや外交問題に発展させる者達に情けをかけ被害者のメイアやヘンダーソン侯爵の口を閉じさせるのが賢王と呼ばれている君の采配なのかな?」
「い、いや、ことを荒立てればヘンダーソン家やインジュード夫人が再び辱めを受けてしまうことを心配して、だな」
一見こちらを心配して言っているように見えるが真意は別でしょうね。むしろジュリアス様を止めろ、と言っているように見えるわ。
国王ったらわたくしにこの場をどうにかしろと命令しているのかしら?
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