第一話 かち合う視線
半年と二週間続いた幸せ。
時間はあっという間に過ぎ去るのに、
何故かとても長く感じられた日々だった。
『 かち合う視線 』
秋の雨はひどく冷たい。
真美は出来るだけ小走りでバス停へと向かう。
既に止まっていたバスに半ば駆け込むように乗り込んで一息吐いた。
「セーフ」
幸いバスの中に人の姿は無く、ほっとする。
声に出して小さくガッツポーズをすると運転手が言った。
「駆け込み乗車はご遠慮下さい」
バスを降りると外気が肌に突き刺さった。
思わず両手で頬に触れて目を閉じ、深々と溜息を吐く。
真美の目の前には大きな図書館が建っていて、
すぐ見開かれた目はその建物をじっと見据えていた。
そういえば、前もこの場所で。
外よりも幾分暖かい屋内。
真っ直ぐ文庫本コーナーへ足を進めればふと思い出す。
「真美は雑誌とか読まないの?」
「私は読まないよ。流行とか気にしないから」
二人でこの場所に来たことがあった。
陸也は雑誌コーナーで立ち読みばかりしていて、
一方の真美は文庫本コーナーで数冊の本を手に取り借りていた。
「活字は駄目だな。目が痛くなる」
そんな風に呟いた彼はまだ真美の心の中に居る。
陸也の苗字も仕事先もメールアドレスも真美は知らなかった。
それでも続いた関係は今も尚真美を縛り付けている。
ぼんやりしていた。
どん、と軽い衝撃が肩に伝わって危うく倒れそうになる。
このまま倒れてもいい、頭の隅で誰かが囁いた。
けれど力強い感触が両肩に触れると眠っていた意識が徐々に覚醒する。
「大丈夫、ですか」
漂う視線は緩々と上にのぼっていく。
わりと低い声が心地良いと感じてしまって。
薄い唇、通った鼻筋、そして。
かち合った視線は外されることなく、
(逸らすことは許さないと瞳が呟いていた)