半獣人
―キル視点―
3日程の休みが欲しい。
そうルーフェが言ったので、前世で飲んでいたメロンソーダを渡した。この世界では炭酸はないから、きっと驚くだろうなと軽い気持ちで渡しただけだった。
フロートにすれば、炭酸が苦手だったとしてもアイスなら平気かなと思っての配慮。でも、それがいけなかったのか。研究室として使っている部屋を出る直前に見てしまったんだ。
スカートの下から、伸びて来た白い尻尾を。
「もう10日になります」
「うん……。そう、だね」
3日の休みが過ぎ、10日経ってもルーフェが屋敷に戻ることは無かった。
しかし、最後に僕が見てしまったあの尻尾。最後のルーフェの表情は忘れられない。
驚いたのと同時に、絶望したような表情を。
「……あんな崩し方じゃないんだけどな」
もしかしなくとも、僕達は間違っていたんだと気付かされる。
1日過ぎた毎に、ルーフェが気になる。あの表情の意味はなんなのか。そして、彼女が必死で隠していた訳を。
「半獣人……?」
僕が意気消沈している間、ラルムは代わりに色々と動いてくれていた。
ルーフェが戻ってこない理由を含め、全てを父に報告したのだという。そして、父はルーフェが半獣人である事は知っていた。
タイミングを見て、彼女が自ら告白するまでは黙っておく事にしたのだという。
「半獣人は、獣人の一部を引き継いだ子供の総称だそうです。ただ、ルーフェの両親はどちらも人間なので遠縁にあたる方が居るのだろうという事です」
聞けば今の両親が人間同士だったとしても、血縁関係者の中に獣人が居た場合は血は薄まっても時おりその血が強く出る事があるのだと。
獣人の一部が引き継がれる事から、見た目は同じでも耳が異常に良かったり尻尾や爪が出たりなどがあるみたい。
「爪や尻尾は、意識的に抑えられるようですが、不意打ちに弱いみたいなのです。だから、驚く事があっても表情には出さないのと同時に、それ等を隠す意味もあったのだと」
「……そうとは知らず、僕とラルムは崩そうとしたのか。隠そうと必死だったルーフェには酷い仕打ちだな」
「ですね。なので、さっさと起きて下さい」
「は?」
何を言っているんだと思っていると、ラルムは思い切り頬を引っ張った。
痛いと訴え続けて、ようやく放してくれたかと思った時にはヒリヒリとした皮膚。それを撫でている間、ラルムは僕の身支度を整えていく。
「半獣人は、獣人からも半端ものと見られ人間からは、気味悪がられます。ましてや、今まで周りと変わらないと思っていたのに急に現れた体の変化。恐らくですが、彼女が国の外から来た事から苦労を重ねてきたのだと思います」
「……」
「感情を抑えるのも、壁を作るのもそう言った理由からでしょう。それでも、生きる術として仕事は完璧にしておけば出来るからと重宝される。長続きはしないですが、心が折られるよりはずっとましなのだと思います」
俺と同じです。と言ったラルムは僕にある物を突き付けた。
そこに書かれていたのは、人身売買の会場とリスト。ルーフェの名前があり思わず、なんだこれと自分でも恐ろしい位に低い声を出していた。
「人身売買の闇ルートでは、半獣人は高く売れるんです。要は見せ物って事です。業の深い連中は、嫌と言う程に前世で見て来た。そういう連中を俺は殺してきたが、周りから見ればやっかみもあったんだと思う」
だから、最後は裏切られて死んだ。ラルム自身は、仲間とは思わなかったが心のどこかでは仲間だと思っていた矛盾もあるのだと。
でも今は違うのだと言った。僕が居るから、ラルムは本当の意味で自分らしく出せるのだと言った。救われたのが僕だからこそ、仕えるに値すると言ってくれた。
「侵入ルートも含め、警備の数も把握済み。キル様がぐうたらしている間に、俺は出来るだけの事はしてたんですよ。だからあとは命じて下さい」
「……ホントにやるの。と言うかやれるの?」
「俺の前世は暗殺者ですよ。闇ルートのやり方も、退路の確保の仕方も覚えていて当然。そういう護衛だってやって来た。彼女を取り戻しましょう、キル様」
頼りになる従者で本当に助かった。
僕が安心して、前世の事も話せるのはラルムが居るからだ。同じ共通点だけど、今は親友って感じの方が強い。
「終わったらご褒美に、前世での話と新作をお願いしますね!!」
「あ、うん……」
前言撤回。
やっぱり抜けてるわ、ラルムの奴。気付いていない感じが、何だか可愛く見えるのが不思議だ。残念イケメンって、こういう事を言うのだろうか……?