完璧なメイド
―ラルム視点―
「今日から働かせて頂きます、ルーフェと言います」
「よろしくお願いします。自分はラルムです。そう緊張しなくても、キル様があんな感じですから」
「え、何その紹介……。酷くない? 聞いてる?」
キル様が13歳の時、雇った使用人であるルーフェを見る。
整えられた髪、所作、仕事態度も含めて完璧と言わざるをえない。冷たい雰囲気という訳ではなく、仕事での受け答えはしっかりしているがそれでも――どこか一線を引いている気はしている。
その事を頭の隅に置きつつ、視線はキル様へと注ぐ。1つに集中し過ぎるからか、よくブツブツと何かを言っているのは知っている。
小声ではあるが、俺が上手く聞き取れているのも前世での事があるからだろう。
「もう少し甘かったよな……。ん~、何が足りないかな」
キル様がよく物事を考えながら歩く方なのは知っている。
前を見ないから壁にはぶつかるし、そういう時に限って「いいアイデアが浮かんだ!!!」と言っては研究室に直行。
後始末する身にもなれよ、と思いながら黙って仕事をこなしてきた。
そうして観察を続けていく内、俺の直感が告げている。
キル様とは何か共通点があるのだと。
夜に屋敷を抜け出しては、庭の様子を見て赤く実った果物を食べては懐かしいと言っていた。
前世で食べた時にはもっと違ったような、と小さく言っていたがそこでピンと来た。
(キル様も、ここではない世界の記憶を有している……?)
自分と同じなのだと理解しながら、同時に俺と彼が生きて来た世界が違うのも実感した。
そう思っていたからなのか、気付いたら俺は前世での事を話すようになったのだ。
だから、内緒話をしたい時や彼が作り出した前世での食べ物は俺が最初に食べるようになっていく。
キル様の世界は恐ろしい……。
食べ物が豊富だったのも驚きだが、お菓子の種類の多さ。そして、それを再現していく力量も凄まじい。
果物の甘さにも驚いたが、お菓子の甘さとはまた違ったものだ。
ルーフェもさぞ驚くと思ったが、彼女はピクリとも動かず黙々と食べている。味見としてキル様から、苺を渡されても見た目の感動もなく微動だにしない。
(あれ、俺は結構驚いたんだが……? ん、こっちに来て俺は表情豊かになったのか)
むむっと考えつつ、こうも俺を変えたのだとすればキル様の所為だなと自己完結。
美味しかったですと言い、ルーフェは仕事があるからと出て行ってしまう。
「……はぁ、完璧なメイドさんってあんな感じなのかな」
「はい?」
前世があるという話をしてからか、よくボロを出す。
逆に俺が相手だからかと思いつつ、使用人として完璧なのは良い事ではと答えた。
「ま、そうなんだけど。でも、他国ではまだ出回ってない果物に驚きもしないで……。ちょっとは驚いてくれるかなぁと思ったんだけど、ショックだな」
そして、テンションの浮き沈みが激しい。
さっきまで完璧なメイドさん良い!! みたいな言い方をしていたのに、もう自分の作り出した物に対してのリアクションがないのを悔しがっている。
色々と忙しい方だと思いながら、俺はそれが楽しいと感じている。
その変化が楽しいと思えるのだから、キル様と居る影響はとてもいい。本人に言うと「えっへん!!」とか言いそうなので絶対に言わないが。
「ルーフェの完璧を崩したい、ですか?」
「ん。協力してラルム」
「また無茶を言いますね」
「ラルムは見たくないの? ちょっとでも崩せばいいんだよ。何に喜んで、何に驚くのか。あんまり完璧にし過ぎるのも、使用人同士ではやりずらいんじゃない?」
「……そうですねぇ」
突拍子もない事を言うのは、当たり前ですがたまに核心を突いているので良しとしてます。
ルーフェは完璧に見える分、傍から見ると壁を作っているようにも見えます。もしくは、本人としてはその意図はなくとも周りからの誤解があるのかも。
「何でそう思ったの?」
「前世での人間観察からですかね。雰囲気を読むのも仕事の内です」
「おふぅ、説得力ある。やっぱりそういうのって、体が覚えてるもん?」
「今は体がと言うよりは、記憶からですね。色々と染みついているんです」
殺した感覚はあくまで感覚。だが、前世での記憶があるからといって今の世で必ずそうする訳でもない。体術や気配を感じさせない動きは、記憶に染みつき体にも伝わる。
前世があると打ち明けたあの時、妙に納得した表情をしていた。だから、不意に来れるんだなと。
「今はもう違う人生なんだから、そんなに思いつめるなよ。暗く考えてたらそっちに引っ張られるぞ」
「あ、はい……。すみません」
こうあっさりと言われると、悩んでいる俺がバカを見ているみたいで悔しい。色々と叶わないと思いつつ、ルーフェの完璧を崩せないかと2人で考える。
そんな会話を聞かれているとも知らず、俺達は夜が更けるまで作戦を練り続けた。