主と従者
アルベト国。
安定した気候により育つ作物は、この国の名産品であり各国からの人気が高い。
その名産品の1つである果物の名は苺。
一口サイズ程の小さな実。色が真っ赤であり、甘さもあるので子供から大人まで大人気だ。そんな果物を作り出した天才は――捕らえられていた。
「あの~。捕まっている僕が言うのもなんだけど、止めない?」
「はぁ? 何言ってんだ、お前」
果物を作り出した天才であるキル・ベイフェルト。
ベイフェルト家は、アルベト国の王侯貴族な上、キルが生まれてからの魔法技術が飛躍的に伸びた。そんな天才児と言われた彼の頭脳を、欲しがる者達は多い。
裏で売るだけでも、破格の値段で取引されるだろう。
その所為か、キルは幼い頃からよく誘拐をされる。もうこの誘拐も何度目かと思いながら、小さく溜息をしつつ、相手の心配をしたのだ。
「ふん、怖くてそんな事を言うとはな。だが安心しろ。俺等はお前を他国に売って、その金で好き勝手に暮らすんだ」
「あ、いえ。別に怖い訳ではなくて」
彼は言った。とても小さな声で……。
怖い人が来るぞ、と。
「た、大変だ!! ぐえっ」
大慌てで知らせに来たであろう人攫いの1人が、後ろから来た人物により殴られる。
侵入して来たのはたった1人。キルは「だから言ったのに」と言いつつも、来てくれた人物に向けて謝った。
「ごめんなさい」
「本当ですよ、キル様。前から言っているでしょう。考えながら歩かないで下さいって」
「あーうん。分かってるんだけど……ね」
「その癖を止めないから、こうして人攫いにあってるんですよね? 誰が助けに行くと思うんですか? 探す側の俺の事も考えて下さい。貴方、天才ですよね。そこまで考えが及ばないって訳でもないでしょうに」
「あ、はい。すみません」
天才と呼ばれている彼も、従者である彼には逆らえずに敬語で話してしまう。
しかも、会話をしている間にキルの傍に居た人攫い達を気絶させている。会話が終わる頃には、従者1人により制圧された後。
「怖い思いをされてないですか、キル様」
「平気。慣れてるし、来るって分かるもん」
主であるキルを心配する目は優しく、怪我がないのを確認するとホッとした様子だ。
だが、慣れていると言ったキルに従者である彼は「こら」と言ってデコピンの後に、拳骨を喰らわした。
「いっ……!!!」
「反省して下さい」
「うぐっ……容赦ない……」
「当たり前です」
「……リクエストした物、作らないぞ」
「っ!!」
ボソッと言ったキルの言葉に、今度は従者の方が大慌て。
目を見開き、青ざめた上に「ひ、卑怯な……」と恨めしそうにキルを見る。と、そんな会話をしている中、気絶させた筈の1人がユラリと起き上がる。
「あっ」
起き上がった人物と目が合ったキルは、心の中でヤバいと繰り返す。従者に知らせようとしたが、振り向くことなく裏拳で沈めた。いつから気付いたのかと聞きたいが、それをキルが聞ける筈もない。
「誰が起き上がっていいなんて言った。寝てろ」
(こ、こえーー)
その時の目が、まるで人を殺してきたのような雰囲気もありキルは(意地悪すんの、止めよう)と心に決めた。
「キル様。お願いですから、プリンは作って下さい。それ以外は要りませんから!!!」
「……あ、うん。僕こそ、なんかごめん」
「やった……♪」
同じ人間なのに、何故だか犬耳と尻尾が生えているような幻覚が見えた。
それ位、さっきまでの温度差が激しい。1人で制圧した実力もあり、スケジュール管理も完璧な従者。
だが、彼はキルが作り出したプリンなどの甘いお菓子の虜であり、お互いに秘密を持った者同士の親友だ。
「迷惑かけちゃったお詫びに、プリン以外に何かリクエストとかある?」
「では、苺のショートケーキで。新作の味見をしたいです」
「はいはい。協力ありがとう」
「いえ。キル様の力になれるなら、なんだってやりますとも」
「お菓子が目的だろ」
「あ、バレました?」
呑気に会話をしながら、屋敷へと戻れば待っていたのは父親の怒号だった。