恩恵(ギフト)4
この物語は、フィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。
楽園が残されていた。そこには、様々な草花が植えられていた。周りには、様々な生き物が暮らしていた。そこには、人間、獣、魔物などという造られた区分はなかった。天使も悪魔も、聖も邪も、渾然一体となって、平和に暮らす。理想郷だった。
「ヴォーグ。」
「カルン。」
二人の前には、オーガスタの花が咲いていた。
「やあ。二人とも。」
そこにやって来たのは、エルナとエレナであった。二人は、仲良く手をつなぎ、青空の下、野原に遊んでいた。
「もう式は済んだのかい?」
「いや。私たちに式は必要ない。そもそも、愛を誓うべき神も、もはやいないのだからな。」
エルナの表情は晴れやかだった。
「お二人なら、きっと歩んで行けますよ。」
「天使と悪魔。お似合いだな。」
二人と語らう、カルンとヴォーグの表情も明るかった。
「ここは良い所だ。」
エレナは、理想郷の新鮮な空気を、その胸いっぱいに吸った。
「我々は、神を殺した。それは、許されることではない。特に、神により、現世に復活した私には、複雑な心境だ。」
「それでも、私は、エレナが、今、ここにいてくれることが幸せなのだ。強欲かもしれぬが、私は、この幸せを、いつまでも、永遠に、この身に刻んでおきたいと思っている。」
「私もです。エルナ。」
二人は、抱き会い、お互いの頬を当てた。
「ところで、神乃は、どうしたんだ?」
エルナとエレナの馴れ合いに恥ずかしくなったのか、ヴォーグが口を開いた。
「シンノ?何のことだ。」
「神乃だよ。結局、あいつ戻って来なかったな。」
「シンノ……。彼は、今頃、故郷で、幸せに暮らしているはずですよ。多分……。」
皆、何のことか理解できなかった。それでも、何故か、話の辻褄だけは合わせるように、皆が皆、言葉を揃え、会話を続けようとしていた。それは、今、この幸せな理想郷が崩れて行くのを防ぐかのような行いであった。
「馬鹿ばかしい。」
「神乃。」
日の国の侍。神乃五郎左衛門宣時。ネノクニューズで、出会い。旅をともにした仲間。皆の中で、何故か、ヴォーグだけは、その詳しい内容を覚えていた。
「世界中の者たちを封印でもするつもりか。」
「何を言っている?」
「俺だよ。真乃京四郎だ。」
何もない。本当に何もない空間に、この世界の人々が眠っていた。それは、人間、獣、魔物、魔人、天使、悪魔etc.そのような区別もなく、カルンも、ヴォーグも、エルナも、エレナも、ラルフも、モーガンも、シェリーゼも、国王も、大臣も、牛頭、馬頭、宿屋の主、屍術師、その他、諸々、おびただしい数が、今まで出会った者、出会わなかった者、生者、死者の区別なく、存在していた。
「不死の病。」
意識を失い、年をとることもなく、死ぬこともなく、永遠に眠る。そのような理想郷の中で、唯一、神乃だけが、生きて、動いていた。
「正体を見せろ。神。」
淡い泡が、言語となり、生命となり、世界を創っていく。その中央で、ひときわ、大きな泡。それが神の本体だった。
「神乃五郎左衛門宣時。侍。害虫。level.1。装備.村雨丸。綿の衣.技法.神刀無双流。」
「ふん。下らぬな。」
神乃は刀を抜いた。
「何をする。やめろ。」
ヴォーグが叫んだ。しかし、残忍にも、神乃の刀は、ヴォーグの肉体を傷つけ、その血を吹かせた。
「愚か者の理想郷など、俺は欲さぬ。」
村雨丸から発せられる露は、ヴォーグの紅い血を流した。そして、その血を、神乃は、己の口に注いだ。
「ぬうおおおお!!!」
神乃の体が発光を帯びた。その肉体は膨れ上がり、変化を遂げた。
「魔乃狂四郎。見参。」
鬼の血を吸い、鬼人となった。それは、真乃京四郎の名を持つ者のみの特性だった。しかし、その存在は、本来、この世界には存在しないはずであり、その存在は、まさに害虫であった。
「魔ノきょAしろ。をに。鬼。オーガ。level.※※※。装備.薬草。薬草。薬草。薬草etc.。技法.手。手。Ration.no provision.」
「ぐあぁぁぁ!!!神刀無双流!!!」
error.
「壱ノ段!」
error..
「弐ノ段!!」
error...
「参ノ段!!!」
error....
「肆ノ段!!!!」
error.....
「伍ノ段!!!!!」
error.......error.error.error.error.error..................
............
......
...
..
.
言葉が変化し、世界は変わった。
「起きろ!」
声がした。それは、神乃の声だった。
「ここは?」
「寝呆けるな。お前たちの理想郷だろう。」
そこはホーメリットの村だった。カルンの造った庭に、ヴォーグ、エルナ、エレナ、皆の姿があった。
「眠っていましたか?」
「少しな。だが、これからが大変だぞ。」
「そうですね。」
カワラナデシコの花が咲いていた。それはいつまでも、変わることなく、理想郷に咲き続ける変わらなでの花だった。
fin